第214話 ゲイル、修行に行くその4

「ぼっちゃん、死ぬとこだったんだからなっ!」


プリプリ怒り続けているダン。


「ゴメン、めっちゃデカいゴブリンかと思って渾身の力で斬っちゃった」


誰がゴブリンだっ!と謝っても許してくれない。ダンの防具はスッパリと背中部分が切れてその下の服も切れている。俺はダンの背中に致命傷を負わせてしまったようだ。


防具は金属製みたいなので錬金魔法で切れた部分を繋ぎ合わせる。服は同じことが出来なかったので、アーノルドが狩って来た鹿の皮で紐を作りくくって繋げた。背中がゴロゴロしやがると不評だったが仕方ない。それとダンの腕輪に治癒魔力を充填しておく。


「ダン、油断したお前が悪い」


ダンは気配を消してたのでゴブリンにほとんど襲われず、余裕で近くにいる奴を斬っていたようだ。


「油断って・・・、ぼっちゃんが後ろにいるのは分かってたけどよう、まさか斬って来るとは思わんだろ?」


「それも含めて油断だ。ゲイルの様子を掴んでたら、間違えて斬り掛かって来てもおかしくないだろ?それにゲイルに気配読まれたんじゃないのか?」


「え?ぼっちゃん、俺の気配読めたのか?」


「気配というより体温・・・」


「なんだよ、アーノルド様が気配読まれたというからビックリしたわ。しかし体温で把握されるとは思ってもみなかったぜ」


気配を読まれたわけじゃないと分かってホッとするダン。本当はちょっと気配も感じたんだけどね。



「暗闇の修行はどうだった?」


「めっちゃ怖かった。」


「だろうな。お前パニックになってたからな」


「なんで魔法攻撃するのわかったの?」


「そりゃあれだけパニックになってりゃ感情くらい読める。お前の気が一気に膨れ上がったからな。よく途中で止めたもんだ。あのまま撃ってたらあの辺一帯火の海だったぞ」


「ゴメン、自分でもよく止められたと思う」


「無詠唱で強力な魔法攻撃が出来るデメリットだな。普通のやつならパニックになれば詠唱失敗とかで魔法が発動しないがお前にはそれがない。余程気を付けてないと自分の魔法で死ぬことになるぞ。特にダンジョンとかではな」


そうか、俺には詠唱という安全装置が無い。暴発すれば自分ばかりか味方も巻き込んでしまうな・・・


「明日からはその剣は一旦使用禁止にするぞ。あの一撃が首に決まってたら即死だったからな。お前もダンを殺したくないだろ?」


そう言ってクックックッと笑うアーノルド


「ぼっちゃん、もう一度その剣を見せてくれ」


マジマジと俺の魔剣を見つめるダン。


「魔剣って、魔法を纏わせなくてもあんなに斬れるもんなんだな・・・」


確かに鹿もそうだったがゴブリンを斬ってもあまり手応えがない。ダンを斬った時だげガツっという手応えがあったが、あれはドワンが作った防具を斬った時の感触だろう。背中の肉を斬った感触はない。それに歯こぼれの一つも見当たらない。


「ドワンの作ったその魔剣はエイブリックが使ってるのと遜色ないからな。短いとは言え国宝級以上の代物だろう。あいつも良くそんなもんをまだ剣も振れなかったゲイルに渡したもんだ」


やっぱり俺には過ぎた剣なんだな。


「おやっさん、なんで俺には魔剣作ってくれねぇんだろ?」


「ダンの腕があれば普通の剣で十分だからな。ゲイルが普通の剣でさっきみたいな戦い方してたらよくて歯こぼれ、下手すりゃ一匹目で剣折ってたからな。剣の腕というか経験の無さと力の無さを魔剣でカバーしてるってとこだな」


「それでもよぉ・・・」


「ダンがディノ討伐に行くなら作ってくれるんじゃねーか?」


「ディノはもういねーじゃねぇか。それだと一生作ってもらえねぇだろっ!」


そりゃそうだと大笑いするアーノルドだった。


翌日からはトンファーを使ってゴブリンを5日間倒し続けて、気配がちゃんと読めるようになった。


毎日昼飯抜きでぶっ通しでやり続けた結果、もりもり肉も食べらるようになり、地面でも平気で寝られるようになった。慣れとは偉大だ。



「そろそろゴブリン相手も終わりでいいだろう。よくやったなゲイル」


あー、やっと終わりだ。帰りもマラソンが続くと思うと憂鬱だけど、帰るという目的があれば耐えられる。



「じゃ、明日からはもう少し奥に潜るぞ」


うそん・・・・


終わりじゃないのかよ・・・



翌日からは気配を消してゴブリンが居るところを素通りしてさらに奥に進んだ。ゴブリンからコボルトに相手が切り替わる。


バラバラに襲ってくるゴブリンと違って連携しながら襲ってくるコボルトはけっこうやっかいだった。7日ほど掛かってこれも合格。その間2回ほどダンを殴ったのは許してもらおう。油断していたダンが悪い。


ようやく最後の修行とのことで更に奥に進む。


次の相手はコウモリみたいな奴だ。ゴブリン、コボルトとは比較にならないほど難しい。コイツは気配を消したり出したりを繰り返してまるで読めない。ずっと消されている方がまだ読みやすい。


フッと気配を出された方に気が行くと気配を消した他の奴に襲われる。しかも縦横無尽にトリッキーな飛び方をする上に噛まれると少しの間身体が痺れて言うことを効かなくなる。これにはダンも苦戦している。


「あんなのどうやって倒すの?目で見てても難しそうなんだけど」


「そうだな目で追ってても無理だぞ。相手は小さいから闇雲に剣を振っても当たらん。でもな1匹を相手にすると気配を消したり出したりするのと飛び方にパターンがあるのが見えてくるぞ」


コウモリはこっちが思ってるより知能が高い訳でなく、パターンで攻撃してきてるようだ。数が組合わさるとそれが読めなくて対応出来なくなるのだ。ちくちく麻痺攻撃されて完全に動けなくなったら一斉に飛び掛かられて血を吸われて死ぬらしい。


「ダンはこいつをやっつけるのは初めて?」


ダンも苦戦してるから初めて対峙するのだろうか?


「いや、何度も倒してるぞ」


「どうやって?」


「俺は大剣を使ってたからな。こうやってバーンッだ」


蝿叩き戦法か。効果的な倒し方だ。


それから毎日毎日コウモリと格闘する。気配を出したり消したりするのには慣れてきた。気配を出して襲い掛かってくる奴が居れば必ず後ろから気配を消した奴が来る。だんだんパターンが読めてきた。ダンはすでにコツを掴んだようでチクチク噛まれることも無くなっていた。



まだ合格を貰えぬままアーノルドが狩ってきてくれたウサギを食べながらダンに聞いてみる。


「ダンはもう余裕そうだね?」


「大半のコウモリがぼっちゃんに群がるからな。楽っちゃ楽だ」


なんですと?大半が俺に群がってるだと。


「コウモリは気配を消してても相手の位置や地形が分かるみたいだし。俺より気配が消せてないぼっちゃんに群がるのは当然だ」


そういえば壁の方からアーノルドが剣を振る音も聞こえてくるよな。退屈だから素振りでもしてるのかと思ってたけどコウモリを倒してたのか。元の世界だと超音波で把握してたから似たような器官があるのかもしれん。


それにやっぱり俺の気配は完全に消せてはいないんだな。ゴブリンやコボルトには気付かれなくなってるんだけど。


それから数日、もっと気配を消す事に意識を集中していくとだんだんとコウモリの襲って来る数が減って来た。



「なんかこの2~3日コウモリ増えてねぇか?ぼっちゃんの気配も途切れ途切れになってるし、なんかやってるのか?」


飯を食ってるとダンが聞いてくる。


「いや、気配をもっと消す事に集中してるだけだよ」


「そういうことか。だいぶ分かりにくくなったぜ。頼むから殴らんでくれよ。あそこまで分かりにくくなったらまた食らうかもしれんからな」


もうダンを殴ることは無くなっていた。さりげなく避けてくれてもいるのだろうけど、ダンがいることも感じられるようになっているのだ。



「そろそろ帰らないとやべぇからいい加減合格しやがれ」


アーノルドは仕事をアイナに任せてこの修行に付き合ってくれている。もう1ヶ月くらいここにいるだろう。タイムリミットか。めっちゃ頑張ったのにこのまま中途半端で帰りたくない。よし、頑張って明日には合格を貰うぞ。



いつものコウモリポイントに到着するとここに慣れて来た心の隙間を無くすように集中していく。



ん?


暗闇なのにまるで目が見えているかのように感じる。


ここは本当に暗闇だろうか?俺は無意識にライト点けてるんじゃなかろうか?


ダンは近くでコウモリを剣でスパスパ斬っている。アーノルドは壁に持たれて俺達を見ている。


なんだこれ?


飛んでくるコウモリもゆっくりだ。トンファーで殴ると簡単に下に落ちて絶命する。


シューティングゲームを初心者向けにレベルを落とした体験版みたいな感じだ。


これがアーノルドやダンが見ている世界・・・なのか?


ゆっくり飛ぶコウモリをコンコン殴っては落としを続ける。気配を感じるとかそんな次元じゃない、見えてるのだ。


不思議な世界でどんどん足元にコウモリの死骸が溜まっていく。



と、その時にぞくっとした嫌な感じがしてその場から飛んで離れた。ヤバいっ。蛇を見た時みたいな感覚だ。


何かが地面から飛び出した瞬間アーノルドが一瞬で目の前まで来てそいつに剣を振るった。


ドサッと大きな物が倒れる音がする。


「ゲイル、ライトを暗く点けて徐々に明るくしてくれ」


アーノルドは面倒臭いライトの点け方を俺に要求してくる。まぁ、いきなり明るくしたら自分に目潰しするみたいなもんだからな


ぼんやりとした明るさから目を慣らすように明るくしていくと、そこには青い蛇みたいな舌を垂らして死んでいるコモドドラゴンみたいな奴が横たわっていた。全長は5m強くらいだろうか?


「父さん、これ何?」


「トカゲだ」


いや、トカゲってもっと小さい・・・


「いやにコウモリの死骸が少ないなと思ってたがコイツだったか」


そういや毎日毎日大量のコウモリを倒してたけど、翌日死骸がほとんど残って無かった。漫画みたいにダンジョンに吸収されてるのかと思ってたけどコイツが食ってたのか。


「ゴブリンやコボルトの死体もコイツが食ってたの?」


「いや、あいつらは共食いだ。仲間とかでもないから死んだら他の奴らの餌になる。コウモリは血を吸うだけで肉食わんだろ?何が食ってるか分からんかったんだよな」


俺がコウモリの死体をどんどん足元に積み上げたからそれに寄ってきたのだろう。


「ゲイル、死んでてもそいつの口に触るなよ。毒持ってるからな」


いや、触らねーし。


「ぼっちゃん、良く気が付いたな。それにぼっちゃんがどこにいるか分かんなかったぜ」


「なんかね、意識を集中したらライト点けて目を開けてるみたいな感覚で全部見えてたんだよ。コウモリもスローモーションみたいな飛び方してたし。そしたらぞくっと嫌な感じがして避けたらコイツが出て来た」


それを聞いてアーノルドはニヤッと笑った


「よし、合格だ。帰るぞ」


ん、終わり?修行の終了が突如として訪れる。


「コイツは肉だけ食って皮はドワンの土産にしよう。さ、出るぞ」


ダンがトカゲのしっぽを持ちズルズルと引きずって外に出た。


アーノルドがトカゲを解体して晩飯に食った。脂の乗った鶏肉みたいで塩だけでもめっちゃ旨かった。こいつを養殖出来ないかな・・・?


トカゲを堪能したあと、皮をくるくると丸めて背中にくくりつけてディノスレイヤ領に向けてマラソン大会再開だ。


来るときに3日費やした道を1日半で帰る事が出来た。


修行に出てからずっと身体強化してたお陰か消費魔力も減り、ヘロヘロになることはなかったのは成長と呼べるだろう。



これでやっとお気に入りのスプリングマットのベッドで眠ることが出来る。


そう思ったら一気に身体が重くなってしまった。屋敷までもう少し、身体強化を強くしよう。




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