第208話 お上りさん
ベントが王都に行く日がやって来た。今はベントの荷物を馬車に積み込んでいる最中だ。
年が明け俺は4歳になった。自分ではよく分からないけどやはり大きくなってるようで、服を全部買い換えた。ミーシャとシルフィードの服も新調した。エイブリックが王子様と知ったのに普段着で行くのも宜しくないだろう。治癒魔石の腕輪も持ったし忘れ物ないな。
馬車の御者はアーノルド。そしてアイナ、ジョン、ベント、ミーシャ、シルフィードとサラが乗った。客室の定員は6人。ベントのメイドであるサラも寮での世話をするらしく一緒に行く。騎士学校の寮にはメイドは連れていかないが、領主育成コースの寮は自分のメイドを連れて行くのは当たり前とのこと。寮って親から離れて自立心を養うとかもあると思うんだけどね。
俺とダンはそれぞれの馬に乗って行くことになった。確か俺も領主の息子だよな?一番小さな子供を馬車に乗せないことを誰も疑問に思わない。サラも当然の顔して馬車に乗ってやがる。
夜明けと共に出発したので馬で走ると寒い。耳当て付きの帽子を買っておいてよかった。耳を出してたら千切れるところだ。
宿場町には止まらない予定なので、そこそこ飛ばさないとダメなんだよな。おー寒いっ!
一度目の休憩の時にカレースープを飲んで身体を暖める。昼飯用のだけどそうも言ってられない。
「ぼっちゃん、そんなに寒いならアイナ様の膝の上でも座らせて貰ったらどうだ?シルバーも馬車引かせて3頭立てにすればいいしよ」
何でダンはケロッとしてるんだよ。自前の毛皮着てるからか?
「いや、スープ飲んだから大丈夫。日も昇って気温が上がってきたし」
アイナが遠慮することないのよ、と言うが遠慮しておいた。またいらぬことを思い浮かべたらアイナクローの餌食になるからな。
休憩が終わって馬を出した時に良いこと思いついた。コートの中に温風送ってたらいいんじゃなかろうか?試しに魔法で温風を身体に纏わせると一気に寒さ問題が解決した。布団乾燥機に抱き付いてるみたいだ。初めからこうすりゃ良かった。
ずっと温風出してると暑いので出したり止めたりしながら馬を走らせた。
夜にやっと王都に到着。門を開けて貰って中に入れてもらった。
今晩は皆で宿屋に泊まる。明日はベントの入寮支度でそのままベントとサラが寮へ。ジョンも寮へ戻る。俺達はもう一泊宿屋に泊まる予定だ。
そして明後日がベントの入学式。その日、俺たちは参加出来ないので王都見物に行くことにした。
「色々なお店がありますねぇ」
「人がたくさんいて怖いです。」
初めて王都に来たミーシャとシルフィード。清々しいほど完璧なお上りさんだ。
「なんか食べたいものある?」
「串肉がいいですぅ」
ぶれないミーシャ。ここには無いぞ。
「ぼっちゃん、串肉は庶民街か門の外側だな。ここらには売ってないぞ」
「だって、ミーシャ。串肉は領に戻ってからだな」
「じゃぁお任せします・・・」
適当に食堂に入るがまぁこんなもん。うちの飯に比べたらどこも旨くはない。2~3年後に期待だな。それが証拠にミーシャのおいしーでふぅは出なかった。みんな舌が肥えてしまってるな。
入学式を終えたアーノルドとアイナと合流した。
「どうだった?」
「ベントに上等な服を着せたつもりだったんだけどな、他の子供達は王族かと思うような服装だったぞ。先が思いやられるな」
領主育成コースの入学式は金持ちの矜持をかけた戦いのようらしい。まったく下らん戦いだ。
「じゃあ、エイブリックの所に行くか」
俺たちはエイブリック邸に2泊させて貰って帰る予定だ。
「アーノルド・ディノスレイヤ様。皆様もお待ちしておりました。」
執事の爺に歓迎される。俺にコソッと
(先日は過分なるお心遣いありがとうございました。ホットドッグもスープも大変美味しく頂きました)
(ヨルドさんももう同じもの作れるからまた食べたくなったらリクエストしてね)
(はい)
執事はにっこりと笑った。
応接室に入ってもミーシャとシルフィードはキョロキョロしっぱなしだ。首もげるぞ。
「エイブリック様は公務よりまだお戻りではありませんので、こちらでしばらくお待ち頂けますでしょうか」
「執事さん、ミーシャとシルフィード。遠慮無く連れてきたから紹介しておくね」
「はい、陛下とエイブリック様よりも伺っております。ようこそおいで下さいました。ごゆっくりお過ごし下さいませ」
穏やかに挨拶をしてくれる執事にミーシャもシルフィードも恐縮しっぱなしだ。シルフィードはともかく、ミーシャは王様や王子には平気で話し掛けてたのに、執事には緊張するのか?実に不思議だ。
アーノルドとアイナは我が家の様にくつろぎながら出されたお茶を飲んでいる。
「執事さん、ヨルドさんの所に行きたいんだけど」
「ゲイル様、大変申し訳ございません。ヨルドは今夜の準備で忙しくしておりますので、お食事が終わりましてからお声をかけてやって下さい」
そうか忙しいのか。それだと邪魔しちゃ悪いな。しかし、貧乏性の俺は何かしてないと暇で仕方がない。
「トビーさんはいる?」
「トビーラスは現場復帰を致しまして、まだ調教から戻っておりません」
「え?現場に戻ったの?なんで?」
「はい。やり残した事が見つかったと申しまして張り切っておりますよ」
そうなんだ。まぁ働けるうちは働いた方がいいからな。そして何もすることが無くなった俺は椅子に座って足をプラプラさせながら暇を持て余した。
ガチャっとドアが開いてエイブリックが入って来た。
「よく来たな。ちゃんと連絡してから来たの初めてじゃないか?」
「今回は予定が決まってたからな」
「エイブリックさん、遠慮なくミーシャとシルフィードも連れて来たよ」
「よく来た。父上も喜ぶだろう。釣りの時の話を毎日毎日するもんだから、護衛達もだんだんうんざりして来ててな。ミーシャが話を聞いてやってくれたら助かる」
護衛達の引きつった笑顔が目に浮かぶようだ。
「アーノルド、お前社交会には出ないんだろ?」
「あんな面倒臭いの出るかよ。それにうちは王都に屋敷を構えてないから呼ばれるだけってのも嫌だしな」
「ならそろそろ王都に屋敷を構えろ。お前の爵位で王都に屋敷が無いのはまずいだろ。土地は確保しておいてやるから」
「そうだな、そのうちな」
そのうちと返事をするがまったくその気がないアーノルド。屋敷を構えると、そこに執事やメイドを置いておかないといけないから維持費が掛かる。他の貴族との交流、つまり政治に絡まないのであれば無駄金食らいなだけで特にメリットは無いのだ。
「まったくお前はなんでもそのうち、そのうちとか言いやがって。アイナからも何とか言ってやってくれ」
「アーノルドは紋章決めるのにも10年かかったわよね?屋敷は100年くらい掛かるんじゃないかしら?」
「呆れたもんだ。ちょっとは貴族らしくしろよ。お前を貴族にした父上の評判にも関わってくるんだぞ」
アーノルドはとてもばつが悪そうだ。個人的には今のままでいて欲しいけど、そうもいかなくなってくるんだろな。貴族の派閥とかもあるだろうし。
「エイブリック様、そろそろ準備が整ったようですので」
晩御飯に食堂へ案内されるのかと思ったらパーティー会場みたいなところに案内される。めっちゃ広い。
「待っておったぞ」
会場にはバイキング形式で料理が用意され、上座にドン爺が座っていた。
「どうしたのこれ?」
「社交会の予行じゃよ。お前達が来るのにあわせて準備したんじゃ。どうじゃ?」
高級ホテルのバイキングみたいだな。しかしなんて数の料理だろうか。俺達だけで食べきれるはずもないし・・・
「他にも誰か来るの?」
「いや、お前達だけじゃぞ」
「こんなに料理あるのに?」
「予行演習を兼ねとると言ったであろう?残った料理は使用人達にも振る舞われるから無駄にもならん。お前達の人数に合わせて作ったら予行にはならんじゃろ?」
なるほど。本番さながらで準備したのか。それでも当日はもっと用意されるのかもしれないな。
料理を見て回ると俺のレシピをうまくパーティー料理にしてある。唐揚げやカツとか学生向けの食堂みたいになりそうなのを上手く高級感出してあるもんだ。
スープも何種類か用意されている。
「師匠!どうですか?」
ヨルドが嬉しそうに話し掛けてきた。
「すごい頑張ったねぇ。とても美味しそうだよ」
「師匠にそう言って頂けると嬉しいです。さ、どうぞ召し上がって下さい」
ミーシャが待ちきれないようなのでさっそく頂く事にした。
うん、どれも良くできてて美味しい。王都に来てから食事がつまらなかったので嬉しいな。しかし、バイキングとはこんな感じだけど、少し物足りないな・・・
「ゲイルよ、何か問題でもあるか?」
「いや、どれも美味しいけど・・・」
「けど?」
「社交会ってどんな流れでやるの?」
「だいたいの時間にバラバラと集まって来て、軽い食事と飲み物を提供する。集まり具合を見計らって主催者の挨拶が終わると本格的な料理がこうやって出させれるな。飯が一段落ついたらダンスを踊ったり、色々と合流したりとかだ。」
「みんな料理はがっつり食べる?」
「貴族どもは社交会での料理と酒を値踏みするからな。足りなければケチと思われるし、不味ければ誰も手を付けなくて大量に余る。そうなれば社交会も上手く行かなくて評判を落とす事になるぞ」
なるほどね。料理と酒が貴族の力のバロメーターになるのか。美味しい料理は自分の所でも出したいので新作料理のレシピは高額で売れて、尚且つ派閥の近い関係の所にしか売らないらしい。料理は政治の道具なんだな。
「料理はいいんだけどさ、演出も入れた方がいいんじゃないかな?」
そう、物足りないと思ったのは料理を並べてあるだけだからだ。
「演出?」
「鉄板焼のフランベとか、客の目の前で天ぷら揚げるとか。目で楽しめるともっと盛り上がると思うよ」
「客の前で調理するだと?」
「うちでフォアグラとヒレのステーキを目の前で焼いてるの見た時に楽しくなかった?」
「そう言えばそうだな。あれは何がどうなるのか楽しみだったな」
「作ってる時の音もいいしね。何より出来立てをすぐ食べたほうが美味しいし」
「よし、それを取り入れよう。後は何かあるか?」
「女性用の飲み物かな。ジュース、ワインはどこでも出るでしょ?。今回出す蒸留酒はどちらかと言うと男性向けだしね。女性用のお酒出したら?」
「女向けにわざわざ用意するのか?」
「何言ってんの?女性が男性を裏で操ってるんだから女性から評判良くないと成功とは呼べないよ」
「そうなのか?」
「例えばさ、うちの父さんが採用するのに良いと思ってる人がいるとするじゃない?でも母さんがあの人ダメねと言ったらどうなると思う?」
「不採用だろうな」
「そういうこと。どこも一緒だと思うよ」
「なるほど、女性向けの飲み物か・・・後で教えてくれるか?」
「あるものを組合せるだけで出来るから、食事の後に試そうか?俺は飲めないから皆で味見して。出来れば成人しているメイドさんとかにも試して貰った方がいい。女性の好みは女性に聞かないとね」
「女性の事は女性に聞くか。分かった手配しておこう。他は?」
「デザートは全部一口サイズにする方がいい。どれも食べたいのに一つが大きいと一口食べて残すことになるでしょ?それなら初めから一口サイズにしておく方がいいね。見たことがないお菓子だから絶対全部食べようとするから」
ポットも頑張ったな。よく出来てるよ。それに良いものを見付けてしまった。ケーキに入っているフルーツ。イチゴだ。入手先を調べよう。
しかしこの時期にイチゴがあると言うのは驚きだ。きっと温室栽培なのだろう。苗が手に入るようなら俺も温室作ろう。
ビニールハウスは無理だからガラスで作って貰えばいいからな。
ゲイルは自分の欲望に素直なのであった。
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