第203話 ドン爺の釣り日記その3
怪しい物音は熊だったとのことで決着が付いたので風呂に入る。炭酸水を飲みながら見る月明かりに照らされる薄モヤが掛かった湖面はとても綺麗だ。
しかしその楽しみをエイブリックに奪われる。
「なに一人で風呂を楽しんでやがるんだ?」
何でもう来るんだよ。酒飲んどけよ。
「酒飲みにずっと付き合えるほど精神力ないからね」
「ほんと生意気だよなぁ。そういうところ」
「好きでしょ?こういうの」
そう答えるとエイブリックはフンッと嗤う。
「ところでさっきのいつから気付いてたんだ?」
「はっきり意識したのは昨日の小屋からかな。ここに来てからも気になってたんだけどね。やっぱり隠密の護衛だったんだね。悪いことしちゃったかな?でも護衛なら王様に意識を向けとくもんでしょ?俺に付いてくるから確かめたかっただけなんだよ。3人もいるとは思わなかったけど」
「何人だと思った?」
「一人だよ」
「そいつは軍の隠密だ。お前を調べてたんだ。後の二人はうちの奴だ。と言うことはうちのには気付いてなかったんだな。しまったな叱っちまったわ」
「軍か・・・。もう目を付けられてるんだね。」
「そうだ。お前は兵器になるからな。これからも調べられるだろう。怖いか?」
「そうだね、直接狙われる分には仕方がないと思ってる。それより周りの人になんかあるのが心配だね。ミーシャとかシルフィードとか人質に取られるかもしれない」
「そうだな、その心配はもっともだな。なら、うちのを付けといてやろう」
「ありがとう。でも風呂とか覗かせないでよね」
「女を付けとくから安心しろ」
「王様やエイブリックさんはこうやってずっと誰かに見られている生活なんだよね?嫌じゃない?」
「まぁ、仕方がないな」
「仕方がないか・・・」
「隠密の護衛は何人くらいいるの?」
「それは正確には言えん、すまんな。でもどうしてだ?」
「いや、隠密ってかなり危険でしょ?お守りを作ってあげようかと思ってね」
「父上に渡したやつか?」
「そう同じ物」
「あれは魔道具か?」
「何が魔道具かわからないんだけど、あの腕輪には治癒魔法が仕込んであるんだよ、怪我した瞬間に治るように。王様に渡したのは即死しない限り致命傷が3回は防げると思う。部位欠損は治せないけど、このメンバーなら何かあっても数秒間稼げたらなんとかなるでしょ?そのお守り」
「お、おまっ、それは国宝級の・・・」
「作るのに時間かかるから沢山作れないけどね。ミーシャとシルフィードの護衛は一人ずつと思ってていい?」
「あ、ああ」
「それとその二人は魔法使える?使えるなら得意魔法を教えて貰えたら別のお守りも作っておくよ。使用魔力が1/7になるやつ」
「そ、そんな物があるのか?」
「それを俺に話すのか?」
「後でエイブリックさんに話した事を父さん達にも話すよ。父さん達は軍事利用されるのを心配するだろうと思って秘密にしている。でももう軍にバレてるなら出来る対策は全部取っておかないと不味い。知ってる?クーデターを起こすのはいつも軍なんだよ」
「クーデター?」
「政権を乗っ取る。つまり自分が王になることだよ。王や王子がいるところに隠密を放つくらいだ、その可能性は考えておいた方がいいよ。平和路線の王様だと軍が活躍出来ることないからね。特に他国に脅かされたりもしてないのに兵器を欲しがるのはそういうことじゃないかな?」
「そ、そんなことが・・・。軍とはあまり良い関係とは言えないが、軍のトップは俺の義理の兄だぞ」
「エイブリックさんのお姉さんの旦那が軍のトップってこと?」
「そうだ」
「それだとより可能性が高くなったね。もしクーデターを起こすなら、王様が引退してエイブリックさんが王になるタイミングか、その少し前を狙われると思うよ。王様とエイブリックさんは毒に気を付けてね。解毒の魔法とか呪いを防止する魔道具はある?」
「あぁ、あるぞ」
「王様は身に付けてると思うけど、エイブリックさんは付けてなさそうだから、身に付けておいた方がいいよ。軍事力でクーデターを起こすのは最後の手段。その前にエイブリックさんが自然死して跡を継ぐ方が国民も受け入れやすいからね」
「お前王宮の中枢に入る気ないか?」
「無いよ」
「そうか、あっさり断るなよ」
「俺が来るとは思ってないでしょ」
そりゃそうだと笑うエイブリック。
「取りあえずさ、この話は釣りから帰ってからにしよう。遊びは遊びで切り替えて楽しんでからにしよう。帰ってからもう1泊出来る?鴨料理ご馳走するけど」
「なんとかしよう」
俺とエイブリックはのぼせ気味になりながら風呂から出た。
女湯に熱めの湯を張っておく。
「母さん、女湯出来てるからシルフィードとミーシャで入って来なよ。熱いから気を付けてね」
「あら気が利くわね。じゃあなた達お風呂に行くわよ」
「おー、風呂があるのか。ワシらも入るかの」
男全員で入るのか。風呂を作り直さなきゃ・・・
ー王家の馬車の中ー
「エイブリックよ、ゲイルと何を話しておった?」
「国の未来ですよ。ゲイルは父上と私が暗殺されることを心配しておりました」
「何か思い当たる節でもあったのか?」
「ゲイルが軍の暗部を倒しました。うちの護衛も2人巻き添えをくらいましたが」
「やはりあの騒ぎはそうであったか。殺したのか?」
「いえ、気配を読んで魔力を吸ったようです。誰を見張ってるか確認したそうですよ。うちの護衛だろうが念のためだと」
「それが軍のやつだったわけじゃな。ゲイルは恐ろしく優秀じゃの」
「王や私がいるところに暗部をよこすのは王の座を狙ってる可能性が高いと申しておりました」
「それが暗殺に繋がるわけか。本当によく頭が回る。敵に回らなければよいがの」
「ちなみに父上に渡したお守りは国宝級の代物ですよ。致命傷なら3回は防げると。治癒魔法を施してあるらしいです」
「そんな物をどこで手に入れたんじゃ?」
「父上の為に作ったと。その説明を帰ったらするから帰るの1日延ばせと言ってきました」
「そうか、すでに政治に巻き込んでしまったか。しかし、なんの説明も恩を着せることもなく、こんな物をしれっと渡してくるとはな。味方であることは間違いはないか。それであればゲイルは何が何でも守ってやらんといかんな」
「そうですね。うちの暗部にも危険だから同じ物を作ると言って来た時は驚きました。あと魔法を強化するものを作るから得意な魔法があれば教えて欲しいとも」
「死ぬのも仕事のうちである暗部の者まで心配するとは・・・」
「それと遊びは遊びで切り替えて楽しんで欲しいと申してましたので明日は釣りを楽しんでやってください」
「よし、大物を釣ってミーシャに食べさせてやるかの」
「たかがメイドを気に入ったのですか?」
「ゲイルが大切にしているメイドじゃからな」
「そういうことにしておきましょう」
ーゲイルの土長屋ー
俺が気配に気付いたのは軍の隠密だけ。エイブリック達の護衛はわからなかった。
よく考えると、あの隠密が囮だった可能性が否定出来ない。アーノルドやエイブリックはすべての気配を確認しているのだろうか?もしまだ紛れ込んでいたら何をしてくる?
暗殺しようとするなら道中の馬車を狙うかもしれないな。事故死が一番自然だからな。帰りは御者をナルとヨルドに任せるのは危険かもしれないな。狙うとすれば馬だろうからな。ダンに王家の御者やって貰ってうちの馬車は俺がやるか。シルバーも拗ねてるしな。
ゲイルは釣りの事よりも、暗殺の事で頭がいっぱいになるのであった。
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