第201話 ドン爺の釣り日記その1

昼飯休憩だけどエイブリックが色々聞いてくるので話しっぱなしだ。疲れる。


昼飯はブリックが作ってくれたカレーキャベツ入りのホットドッグ。俺の好物だ。それに定番のベーコンとじゃがいものスープ。この前エイブリックのところの執事に渡した物と同じ組み合わせだな。


「ゲイル、これはうちの爺に渡したホットドッグか?」


爺って執事のことだよな?


「そうだよ。俺、これ好きなんだよね。エイブリックさんの所でスパイスもらったから作れるようになったよ」


「確かにこのカレー味が入るだけでずいぶんと違うな。ヨルド作れるか?」


「はい、ソーセージも作れるようにようになりましたので大丈夫です」


これも社交会に出すのかな?貴族のパーティーに出す代物じゃないんだけどなぁ。野球観戦とかそんな時に食べるものだ。


「ヨルドさん、これ社交会に出すの?」


「かもしれませんな。」


「それなら一口で食べられるサイズにした方がいいよ。かじって汁とか垂れたらドレスとかの汚れ取れないからね」


「なるほど、となればソーセージから改良が必要ですな。」


一応忠告しておいた。自分でドレス汚しておいて発狂するオバハンとかいそうだからな。


昼休憩終わりだけど、いつもより少し時間掛かってるな。今日中に着くかな?


ディノスレイヤ家の馬車は御者がドワンと交代。こっちはナルとヨルドが交代交代でやってる。


ガッコンガッコン ガコガコガコガコ


ドワンがスピードを上げたらしい。こっちの馬車もそれにあわせてスピードを上げる。


ドン爺は慣れてるのか意外とこの揺れに平然としていた。この衝撃が嫌なのは俺だけか?ちょっと浮いておこう。


「お、おまっ浮くことも出来るのか?」


浮いた俺を見てエイブリックが驚く。


「あ、うん。これだけ衝撃来ると気持ち悪くなるからね」


「そうか、お前の所の馬車はその為に揺れないっ・・・・てそういうことじゃない。浮遊魔法はもっとも高度な魔法の一つなんだぞ!」


「そうなの?」


「ったくお前は・・・」


「これ念動力なんだよね。物を動かしたりするやつ。宮廷魔導士に物を動かせる人いないの?」


「何人かはいるが・・・」


「じゃ、その人達も浮けると思うよ。ただ詠唱がいるなら実質は浮くだけだね。移動しようと思ったら念動力で動かすか風魔法で動くかだから。ずっと詠唱してなきゃダメになる」


「それでは浮遊魔法とは一体・・・」


「おそらく念動力の複合使用と同じものだと思う。浮かせながら移動とか。俺は詠唱を知らないから違うかもしれないけど、この魔法はこうだとか思い込むとそれしか使えなくなるんだよね」


「お前はことごとく魔法の常識を覆すな」


「常識なんて時代によっても変わるし、住んでる国や領でも変わる。人によっても違うしね。有って無いようなものだよ」


「あってないようなものか・・・」


「そうそう。そもそも基準って人によって違うから」


「どういう意味だ?」


「エイブリックさんが大きい鱒と聞いたら何センチくらいのを思い浮かべる?」


「40cmくらいか」


「ドン爺は?」


「30cmくらいかの」


「ね、親子でも違うんだよ。これを部下に命令したとするでしょ?大きな鱒を釣ってこいと。で部下は30cmの鱒を持ってきたらドン爺には誉められるけど、エイブリックさんには小さいと怒られる。部下は何が悪いのかわからず不満が募る。自分の感覚や常識が人と同じだと思ってるとミスに繋がるんだよ。これを防ぐには大きな鱒を釣ってこいじゃなくて、40cm以上の鱒を釣ってこいと命令しないとね」


ちょっと話がそれた。会社員時代の話が元だ。


「なるほどのう。気が利かんと思うやつはワシの伝え方が悪い、そういう訳じゃな?」


「そうだね。長年ドン爺に仕えてたらドン爺の基準にそって判断してくれるだろうけど、全員がそうじゃないでしょ?相手のせいにしちゃダメだよ」


エイブリックも黙ってしまった。心当たりがあるのだろう。



馬車が止まる。最後の休憩だ。


アーノルドやドワン達が話している。


「もう少し移動してそこで泊まって夜明けに出発するか、暗い道を移動して湖で寝るかどうする?」


安全性を考えると途中で泊まるのが正解。が、釣りの事を考えると朝マズメのチャンスタイムを逃す。さてどうしたもんか。


うちの馬車だけなら間に合ったんだろうけど、こっちの馬車はそこまで飛ばせないし、この季節は日が暮れるのも早い。


「おやっさん、取りあえず暗くなるまで進んでそこで決めよう。近いなら頑張って湖まで行けばいいし、そうじゃなきゃ泊まりだね」


「そうじゃな。そうするか」


取りあえず出発だ。こっちの馬が持たないから御者をダンに代わって貰った。ドワンにはいくら言っても無駄だからな。


湖まであと1時間くらいかなと言うところで暗くなってくる。しかも湖に近づくにつれて霧が出てきた。


馬車を止めて相談する。


「どうする坊主?」


「このまま進むのちょっとしんどいかなぁ。この霧って朝に晴れてると思う?」


「いや、朝の方が酷いじゃろ」


そうだよね。夜明けすぐに出発したらギリギリ朝マズメに間に合うかもしれないけど、霧が濃いと出発出来ない。


「ちょっとフォグランプ点けて見るよ。それで行けそうだったら進もう」


「この前作った黄色いランプか?」


「そうそう。試すにはちょうどよい機会だし」


王家の馬にブリンカーとシャドーロールを付ける。暴れたりしたら不味いからな。


「ゲイル、それはなんじゃ?」


「馬が怖がらないように、視界を狭くする道具だよ。ブリンカーとシャドーロール。今からフォグランプを点けるから念のため」


シルバーとクロスには怖がらなくていいからねと言って聞かせておく。


「ダン、下のランプのスイッチ入れて」


ダンがスイッチを入れると黄色い明かりがピカッと光る。


全面を黄色い光で照らし出す。霧はまだ下まで下がってないのでよく見える。完全に霧に包まれたらフォグランプがあっても無理だからな。


「おやっさん、行けそうだね。湖まで行こう」


馬車は暗くなった道を黄色く照らしながら進んだ。


「ゲイル、あれはなんだ?」


「フォグランプだよ。黄色い光は霧でも反射されにくいからこんな時に役立つんだよ。霧が出てなければ白い光の方を使うんだけどね」


「あれは魔道具か?」


「そう、冒険者向けの店で売れ残ってた奴を改造して作ったんだよ。魔石の消費が激しいのと明るすぎて冒険者には売れなかったみたい」


「確かに昼間のように明るい。屋敷の食堂もいやに明るかったがあれもそうか?」


「そうだよ。屋敷用に改造したやつ。これもね」


そういって懐中電灯も見せた。


「こんなものまで作ってたのか・・・」


「王都にも灯り点いてるじゃない。あれも魔道具でしょ?これは改造しただけで作ったわけじゃないよ」


「いやそうだがこんな使い方が・・・」


「魔法と同じだね。これは街灯用とか思い込むとそれしか使い道が思い付かなくなる」


この世界はみんなちょっと足りないからな。思い付かないのもそのせいかもしれない。


エイブリックとドン爺が懐中電灯を点けたり消したりしていた。モールス信号じゃねーぞってこれ教えたら軍事利用するかもしれないから黙ってよう。



ようやく湖に着いたので夜営地にライトを4つ点ける。小屋の庭と同じように。


食事の準備の前に馬小屋を作り、水桶に水を入れる。周りに柵を作って、柵の中に牧草の種をバラバラ撒く。


「シルフィード、牧草の種撒いたから育ててやってくれるかな」


まだドン爺達にシルフィードとミーシャをちゃんと紹介出来ていないのでシルフィードに活躍の場を与える。


詠唱をぶつぶつ唱えると牧草が伸びて繁っていく。


それを見た馬達はばくばくと食い出した。乾燥したエサより生の牧草の方が旨いにきまってるからね。こっちも荷物が少なくて済む。


「ドン爺、ちゃんと紹介するね。今牧草を育ててくれたのがシルフィード。冬の間うちに住んでる客人」


黒い帽子を被ったシルフィードはおずおずとそれを脱いで頭を下げた。


「お前はエルフ・・・いやハーフエルフか?」


ドン爺に言われてビクッとするシルフィード。


「王よ、ディノ討伐メンバーのグリムナの娘です。わけあってうちで冬の間預かってます」


アーノルドがドン爺に説明する。


「あのエルフの・・・そうであったか。いや驚かせてすまなんだ」


「お前がグリムナの娘か。どことなく面影を感じるな。父上も俺もハーフエルフだからどうこうと言うつもりはないから安心しろ。パーティーメンバーにハーフエルフが居たことを聞いているだろ?」


コクンと頷くシルフィード。


「シルフィードよ。そなたの父は大儀であった。グリムナはディノの討伐後、褒美も何も受け取らずに消えてしまっての。父の代わりに褒美を受け取らぬか?」


「わ、私は父の事をほとんど覚えておりません。そんな私が褒美を受ける事が出来るはずがありません。申し訳ございません」


「そうか、あまり覚えておらんのか。よいよいそんなに畏まるでない。ここには遊びにきておるのじゃ。お前もゲイルと同じ様にしてくれて良い」


「は、はい。ありがとうございます」


シルフィードは人見知りだから今はこれが精一杯だろう。


「こっちがミーシャ。俺付きのメイド。今度行く時に一緒に連れていくと言った二人だよ」


「初めまして王様、王子様。ぼっちゃまのメイド、ミーシャです」


うん、ミーシャらしく良い。相手が王様でもそのままだ。退かぬ媚びぬ省みぬだな。


「お主がゲイルが家族のように大切にしているメイドか。宜しくな」


一国の王様がメイドに挨拶・・・


護衛が来てなくてよかったと思うのであった。




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