第200話 和解と魔王誕生

明るいうちに屋敷に戻った。


護衛達は天幕を持ってきており、牧場の隣にそれを設置し、ドン爺もエイブリックも今晩はそこに泊まるとのこと。うちの屋敷が小さいことを知っており準備してきたようだ。今はサーカスみたいなものを設営中である。


「ゲイル様、本日の数々の非礼をお詫び申し上げたい。それと陛下と共に同じテーブルで話しながら食事を共にする貴重な経験をさせて頂き深くお礼を申し上げる」


「筆頭護衛さん。こちらこそ申し訳無いことしちゃったなと思ってたから気にしてないよ。王様の護衛なんて大変な仕事勤まる人なんてほとんどいないからね」


「私はナルディック・トロールと申します。ナルとでもお呼び下さい」


「じゃあナルさんて呼ぶね。俺もゲイルでいいし、敬語も様もいらないよ。父さんは領主だけど俺はただその家に生まれただけで偉いわけでもなんでもないからね」


「その様な訳には・・・」


ずいぶんと態度が軟化したな。普通に接したらまともな人だな。


「じゃあゲイル殿とかでいいよ。でも敬語はいらない。俺も父さんくらいの歳の人に敬語使われるのも窮屈だし、俺も敬語を使うの苦手だからね」


「ありがたいお言葉に感謝するゲイル殿。それでは敬語はなしで話させてもらう」


「いいよ。それで」


「ひとつ無理を承知で願いを聞き届けて貰うことは出来ぬだろうか?」


「なに?」


「陛下の釣りに同行させては貰えぬだろうか?勝負に負け、陛下にも邪魔だと言われても俺は俺は・・・」


涙を堪えて一緒に行きたいと言う。使命がなんたらとか言ってたけど、この人、王様の事が好きなんだろうな。


「じゃ一緒に行こう。ナルさんだけでしょ一緒に来るの?」


「か、構わぬのか?」


「ドン爺もいつも一緒にいる人に大物釣って自慢したいんじゃない?ナルさんがボアを褒めてるのめっちゃ嬉しそうだったしね。頑張って大物釣って貰うからさ、また王様の話を喜んで聞いてあげてよ」


「げ、ゲイル殿っ!」


筆頭護衛改めナルディック・トロール。男泣きしながら抱き締めるのやめてくれ・・・



ナルが同行することは俺から王様に言っておくと伝えた。他の護衛達はここで待機してもらおう。たまにはゆっくり休むのも良いだろう。釣りにはブリックも連れて行くつもりだったけど、屋敷に残って護衛達の食事を提供してもらうか。王様と同行させたら死にそうだし。今晩のメニューはヨルドと決めてくれと言っただけで泡吹いてたからな。


夕飯は昼飯からそんなに時間が経ってないのでベント以外は酒のつまみ程度で良いだろうということでチーズフォンデュになった。ブリックは肩透かしをくらったかと思ったがほっとしたようだ。


俺はドン爺にナルが同行する旨を伝えた。俺が良いなら問題無いって。そうか俺が反対してただけだったな。


ミーシャとシルフィードも連れていく。ベントは行きたかったみたいだがセバスと外せない用件を入れていたようで来れないみたいだ。明後日出発なら行けたらしい。運の悪いやつめ。


アルは屋敷に泊まり、ドン爺とエイブリックは天幕に寝に行った。


明日は釣りか。ルアーもフライも出来てるし、スピニングリールに糸も巻いた。準備万端だ。しかし、今日は本当に大変な一日だったから早めに寝よう。



ー翌日ー


朝食後に出発だ。


うちの馬車の御者はダン。王家の馬車の御者はナルとヨルド。


自分ちの馬車に乗り込もうとしたら王家の馬車に乗れと言われた。俺とドン爺、エイブリックとアーノルド。


うちの馬車にはアイナ、ミーシャ、シルフィード、ジョン、アルが乗る。


王家の馬車も流石に良い馬車だけど、ノーサスペンションには変わりがない。街の外に出たらガッコンガッコするんだろな。嫌だなぁ


商会にドワンをピックアップしにいく。ドワンとミゲルが乗ったら馬車の定員ぴったりだ。ベントが来れなかった事が幸いするとはね・・・・


「おやっさん行くよー」


「今いく」


ドワンが作った新しい釣竿と酒樽とエールの樽を持ってきた。それに炭やらなんやらを馬車に積み込んでいく。


「あれ?親方は?」


「ミゲルは仕事じゃ」


あー、親方もベント同様ついてないな。また血の涙を流したのだろう。


ドワンは王様とエイブリックに軽く挨拶をしてこっちに乗り込むのかと思ったらうちの馬車に乗り込みやがった。


馬車は2台とも馬2頭でひいていく。王家の馬は芦毛の立派な馬だ。とても凛々しい。シルバーの可愛さには勝てないけど。そのシルバーはとても機嫌が悪い。背中に乗らないばかりか馬車にも俺が乗らないからだ。すまんなシルバー。


ドワンが馬車に乗り込んだことで出発となった。




ー護衛達の待機所ー


「なぁ、昨日の事は夢じゃないよな?」


「あの恐怖が夢な訳がないだろう?笑いながら延々と放たれるファイアボール、凍りつく自分。その後闇に襲われたんだぞ。てっきり死んだんだと思ったわ」


「あいつ笑いながら攻撃してたよな・・・」


「あれ、詠唱してたか?」


「いや、あいつの周りにいきなり火の玉がポンポン出て飛んできたからな。詠唱してる様子が無かった・・・」


「俺達、よく生きてたな」


「でも、怪我ひとつしてないのはおかしくないか?訓練でもこんなこと無いのに」


「あいつ、俺達が怪我しないように手加減していたらしいぞ」


「あれで手加減?俺達全員を相手にして?そんな余裕があるってのか?」


「ナルディック様の話によるとあれは本当の火魔法攻撃じゃないそうだ」


「本当の火魔法攻撃?なんだそれ?ファイアボールは本当の攻撃じゃないと言うのか?本当の攻撃はどんななんだ?」


「俺、暗闇から解放されたあと見たぞ。火の玉が飛ばずに丸太が燃えた」


「は?」


「いきなり燃えたんだよっ!」


「そうらしい。殺す気なら避けたり切ったり出来るような攻撃はせず、いきなり消し炭にすると・・・」


「な、なんだそれは?詠唱も無くいきなり燃やされるのか?」


「そうだ俺達は一瞬で全滅だ」


「そ、そんな・・・ 剣なんていくら訓練しても意味がないじゃないか。俺達は今までなんの為に厳しい訓練をしてきたんだ・・・」


「エイブリック様やアーノルド様、あとアイツの護衛に付いてるダンというやつならなんとか出来るかも知れないらしい」


「エイブリック様やアーノルド様は分かるが、あのダンとやらもか?アイツはそんなに凄いのか?」


「この前のフォレストグリーンアナコンダは知ってるか?」


「あぁ、最高記録が出た大物だよな」


「あれ、1匹はアーノルド様とダンが共闘して討伐したらしい」


「2匹居たよな?もう1匹は?」


「アイツが一人で倒したと・・・」


「嘘だろ?」


「俺も値を吊り上げる為の噂だと思ってたよ、昨日まではな。アイツが倒した蛇には討伐痕が見当たらないらしい。エイブリック様がわざわざ確認しに行ったらしいからな」


「お、お、お、俺達は昨日何を相手に戦わされたんだ?」


「悪魔だよ・・・」


「悪魔?」


「あぁ、しかも悪魔の王様かもしれん」


「悪魔の王様・・・それって魔王なんじゃ・・・」


「強いだけじゃない。悪魔は人を魅了すると言われている。陛下やエイブリック様もアイツと異常な迄に親しい。特に陛下は自分の孫のアルファランメル様より可愛がられておられるみたいだ。それにナルディック様を見てみろ。今日嬉しそうにアイツと話してただろ?あれだけ敵意をむき出しにしていたのに」


「確かに・・・」


「俺達も陛下と共に食事をするなんて有り得ないこともあったしな。緊張して飯なんか喉を通らないと思ったが、有り得ないくらい旨くて気が付くと陛下と普通に話していた・・・」


「俺達も魅了されてんだよ、きっと。

今朝運んでくれた飯も有り得ないくらい旨かっただろ?」


「あぁ、今まで食ってたのはゴミかと思えるくらいにな」


「魔王に魅了されたものは庇護下に入ったことになり、旨い飯も食えるし殺される事もないんじゃないかと思う」


「じゃあ俺達は・・・?


「すでに魔王の配下だな」


「そうか、俺達はすでに魔王の配下になってるのか・・・」



ー王家の馬車内ー


「ドン爺にお守り作ってきたんだ」


「ワシにお守り?」


「そう、護衛を断ったから、もしなんかあったら俺のせいになっちゃうからね。気休めだけど」


そういって俺は腕輪を渡した。見た目はシンプルだけどミスリル製で3つの突起のなかに治癒魔法の魔石を仕込んである。部位欠損は治癒出来ないけど、もし攻撃を受けても即座に怪我が治るものだ。このメンバーだと数秒時間を稼げるだけでなんとかなる。


念のためミーシャとシルフィードにはペンダントにして今朝渡した。指輪の方が外れる危険が少ないけど、指輪だと何やらシルフィードが勘違いしそうだからな。


アイナが母さんのは?と聞いてきたけど、アクセサリーは父さんに貰ってねと言っておいた。アーノルドはめっちゃ嫌そうな顔をしていた。


「そうかお守りか。ゲイルは爺思いじゃのう。早速付けておこう」


ドン爺も喜んで付けてくれた。王様だから身を守る魔道具をすでに身に付けているだろうけど念には念を入れた方がいい。


「ゲイル、俺には無いのか?」


エイブリックが聞いてくる。


「エイブリックさんは自分で身を守れるでしょ?お守りなんて必要ないよ」


「ふんっ、そう言う問題じゃない」


エイブリックってやっぱアーノルドと同類だよな。中身が子供だ。自分だけオモチャ貰えずに拗ねたみたいだ。


「お、そうだ。この前クーラー届いたぞ。献上品とか書いてあったが本当に良かったのか?」


「あれ、売り物にするほど数作れないからね。元々去年釣った鱒を持って帰るためのものだったんだよ。商会で作れるようになったら販売するかもしれないけど、しばらく無理だね」


「どうやって作るんだ?魔法陣が入ってる訳でもないんだろ?」


「中に断熱材として真空パネルを入れてあるんだよ。その真空パネルが今のところ俺しか作れないんだ」


「真空パネル?」


「軽い金属を空洞にしてあってね、その中の空気を抜いてあるんだ。そうすることによって熱が伝わりにくくなるんだよ」


みな理解出来ないようだ。もう説明するの面倒臭い。


「他には何か面白いものを作ったりしてないのか?」


「あと何があるかなぁ?馬具とかは知ってるでしょ?他はスプリングマットとかかな?あれもう売ってるのかな?」


ドワンに任せたままでさっぱり記憶にない。


「気になるなら発注してみて。売ってなかったら俺の所に相談に来るだろうから」


「そのような珍しいものとかはお前に取って忘れてしまうようなものなのか?」


「自分の分が手に入ったらそんなもんじゃない?需要があって供給出来るなら売ればいいし。その辺はおやっさんに任せきりになってる。市場に出して不味いものならそもそも売らないだろうし。俺には不味いものかどうか判断がつかないんだよね」


「そうかドワンが武器以外にそこまで協力してるのか」


「従業員は増えたけど、まず形にしてくれるのがおやっさんしかいないのも問題なんだよ。だから来春に職人をスカウトしにドワーフの国に行ってくるんだ。来てくれる人が居たら物作りの数もスピードも増えるかもしれないね」


「他は何をしてるんだ?」


「手を付けてるのは米作り、鴨の養殖かな。予算が出来たら果樹園を作るつもり」


「米とは昨日食った奴だな?鴨の養殖とは?」


「鴨って高いんだよ。美味しいけど食べること事が出来る人少ないんだよね。養殖すれば安定供給も可能性だし、値段も下がるから」


「鴨の養殖か。そんなに需要あるか?確かに旨いがな」


「エイブリック、鴨料理は抜群に旨かったぞ。鴨鍋もそうだがフォアグラとステーキの組み合わせにワインだ」


「フォアグラとはなんだ?」


「鴨の肝臓だよ。牛や豚とかもちゃんと処理された内臓は旨いからね」


「内臓なんて食うのか?」


「シマチョウだっけ?あれの炭焼きも旨かったな。ニンニク乗せた塩タンも味噌牛タンもめちゃくちゃ酒に合う。あの滴り落ちる脂が炭に落ちてその煙に燻されたやつ、香ばしい牛タン、それを口に入れたら旨味が広がって、酒をきゅーっと」


アーノルドの話を聞いてヨダレを垂らすドン爺。


「そ、今回はそれは食えるのか?」


「釣りから帰った後でもう1日余裕があるなら鴨はいけると思うけど、内臓はあるかどうかわからないね。予約しておかないとダメだから」


「無理ですよ父上。これでも無理やり予定を変えたんですから」


「し、しかし」


「鴨は王都でも手に入るでしょ?ヨルドさんに作り方伝えておくけど」


「しかし、ヨルドも食べたこと無いだろ?作れても正解かどうかわからんのじゃないか?」


それもそうだ。


「じゃあまた食べに来ればいいじゃない」


「なにっ!また来ていいのかっ?」


「息抜きも必要でしょ。その代わりに先に連絡してね。準備とかあるから」


「そうか、また来ていいのか。そうかそうか」


ドン爺はめっちゃ嬉しそうだがエイブリックは頭を押さえている。スケジュール調整大変なんだろうな。いらんこと言ったか?

どうしても無理そうなら俺が食材持って行ってもいいしな。


ここで一度目の休憩となった。ここまでは街の外でもめちゃめちゃ荒れた道ではない。王家の馬車でも我慢出来た。うちの馬車に乗り換えたいなぁ。


馬達に水を飲ませてしばし休憩。次の休憩で昼飯だ。ドン爺の希望ということで俺はまた王家の馬車へ。これ往復ずっとこの馬車なんじゃなかろうか?




嫌だな・・・

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