第197話 来ちゃった

ドワンの所から朝晩餌をやりに来てくれる人が決まるまで鴨の餌やりを自分で3日間した。なんかちょっと鴨が寄ってくるようになったのが嬉しくもあり悲しくもあり・・・


狩りで獲物を殺したり解体したりするのは慣れたけど、自分に懐いてくるのを殺せる自信がない。このまま餌やりしてたらペットになってしまうだろう。3日間で終わってよかった。



砂糖の精製は仕入れた黒砂糖分だけやってお蔵入りにした。そもそもの黒砂糖が高いので自分で精製しても白砂糖を買ってもあまり値段が変わらないのだ。これだと商品にしてもこの領で売るのは無理だろう。


砂糖が高いのは国に生産地の特権が保証されており、他の領で生産が出来ないのだ。専売公社みたいなもんだな。我がディノスレイヤ辺境領はその規制対象外なのだがサトウキビが手に入らない。手に入ったとしても育つかどうかわからないしね。


肉屋のおっちゃんも人手が見つかればスモーク商品の販売をやると言ってくれたのでミンサーをプレゼントしておいた。家族がソーセージとベーコンを超絶気に入ったのが決断の理由だった。



日に日に寒くなってきた。そろそろジョンが帰ってくる頃だ。それまで雪にならないといいな。釣りに行けなくなってしまう。


釣りに行く日を楽しみにしてフライ以外のルアー、スプーンとミノーを何種類も作っておいた。ルアー作りはけっこう楽しい。元の世界で自分の作ったルアーでナマズが釣れたのはめちゃくちゃ嬉しかったな。あの感動を再びってやつだ。



ある朝、朝御飯を食べ終わって小屋に行く準備をしていたらざわざわと外が騒がしい。


玄関に出てみると何やら護衛に守られた豪華な馬車が停まっている。そこには苦笑いをするアーノルドとアイナが居た。


あ、あれは・・・


俺に向かって微笑む王様。ドン爺がいた・・・


えへっ 来ちゃった みたいな顔してんじゃねーよっ!


「どどどどど、どうしてここにいるの?」


「おぉゲイル。久しいのぅ。ちょっとディノスレイヤ領に視察に来たんじゃよ」


その隣にはエイブリックもいる。


王様と王子様が突然来るかふつー?


アルとジョンも馬車から降りてきた。


「よっ!ゲイル遊びに来たぞ」


「い、いらっしゃい・・・」


うちの屋敷は王様、王子様を案内するほどのものじゃない。アーノルドはどうするんだろ?と思ってたら応接室でなく食堂に案内するとのこと。あそこが一番広い。


あ、コック長のヨルドも来ている。


俺は何がなんだかわからないまま食堂に連れていかれた。ダンは部屋で待機してるとさっさと逃げやがった。


あちこちにいる王室の護衛達。物々しくて非常に嫌だ。自分ちなのに居心地が悪い。


「ドン爺、どうしたの?それにエイブリックさんも。二人揃って王都離れるとか問題なんじゃないの?」


俺が王様をドン爺呼ばわりすると反応を見せる護衛。


アーノルドとアイナはエイブリックと話をしている。


「いや何、アルをここに送って行くついでに視察に来ただけじゃよ」


ついでってなんだよ?


「では王様は今から領を視察されたらお戻りになられるのですね。ご公務大変でございますね」


「いや、すぐに戻るわけ・・ゴニョゴニョ」


ん?


「それとその口調はなんじゃよそよそしいぞ」


「いえ、私が発言する度に護衛達の殺気が伝わって参りますし。それにご公務とのことでございましたから」


「お前らのせいかっ!」


ドン爺はギロッと護衛達を睨む。


「ゲイルにはワシに対する態度や言葉使いは許可しておる。いちいち反応するでないっ!」


護衛達に一喝するドン爺は迫力があり怖い。王の威厳をいかんなく発揮する。


「ゲイルよ、これで良いか?いつも通り話してくれ。窮屈でかなわん」


「そ、そお?」


「それで良い。ふぉっほぉっふぉっほぉっ」


「ドン爺は朝御飯食べた?こんな時間に到着するってことは暗い内も移動してたんでしょ?」


「そうじゃな。まだ食べてはおらんぞ」


「じゃあ何か作って貰うよ。ヨルドさん手伝ってくれる?」


「勿論ですよ師匠!喜んでっ!」


俺はヨルドを連れて厨房へいく。


「ブリック、こちらエイブリックさん所のコック長をしているヨルドさん。こちらはブリック。うちのコックだよ」


「初めましてブリック殿。ヨルドです。師匠がいつもお近くにおられる職場とは羨ましい限りですな」


あわあわしているブリック。


「は、初めましてぶぶぶぶブリックです」


「あ、しらないひとがいるー」


ポポも来た。


「ポポ、ヨルドさんだよ。凄い人なんだからね。ちゃんと挨拶して」


「はいゲイルちゃま。初めましてポポだよ」


「こちらこそ初めまして。ヨルドだよ」


ヨルドはにっこり笑ってポポと同じような挨拶をした。俺と初めて会った時とぜんぜん違うじゃねーか。


「ぼっちゃま、あっ、お客様でしたか申し訳ありません」


ミーシャも来た。


「ミーシャ、エイブリックさん・・・アルのお父さんの所のコック長をしているヨルドさんだ。こちらはミーシャ。俺付きのメイドだよ」


ミーシャとヨルドはお互い挨拶をかわす。


「ぼっちゃん、今から何を?」


「今、王様達が来てるんだけど、朝御飯食べてないみたいだから急いで作るよ。ヨルドさん護衛や従者達は全部で何人?」


「私を含めて13人です」


ということは12人分だな


お、お、お、王様・・・?


さらにあわあわし始めるブリック。ミーシャはへぇ王様が来てるんですか凄いですねぇと動じない。さすがだ。


「ブリック、サンドイッチを12人分作って。それを一口サイズに切っておいて。ミーシャ、じゃがいもとベーコンのスープお願い。ヨルドさん、俺達はパンケーキを作るから」


護衛や従者達はゆっくりと食事する暇が無いだろうから立ったままでも食べられる物がいいだろう。


「師匠、護衛達の食事は用意してありますので・・・」


「どうせ干し肉とパンとかでしょ?。あんな重そうな鎧付けて夜通し護衛して来てるんだから、ご飯くらいちゃんと食べさせてあげなよ」


サンドイッチがちゃんとした食事かどうかはわからないけど、干し肉よりずっとマシだ。


大急ぎでご飯を作っていく。


パンケーキは俺が焼き、ヨルドにはソーセージと目玉焼きを担当して貰った。


土魔法でスープを入れる水筒みたいなのを12人分作る。一食分だから小さめだ。保温機能はないけどね。


護衛達の食事を運ぶのはミーシャと他のメイドに任せた。


「さ、出来たから運んで」


ワゴンに乗せてドン爺達のところへ。ヨルドも一緒に食べたら?と言ったけど断ったので厨房で食べて貰う。


「おぅ、ゲイルよ。旨そうであるな」


「ヨルドさんにも手伝ってもらったよ。急だったから簡単なものだけど」


みな喜んで食べている。移動で疲れた身体にはパンよりパンケーキの方がいいだろう。少し甘く味付けしてあるから、しょっぱいソーセージと目玉焼きとのハーモニーを楽しんでくれ。個人的にはあまりこの組合せ好きじゃないけど・・・



「ゲイル、釣りはいつ行くんだ?」


アルはジョンの釣り自慢を聞いてからずっと釣りを楽しみにしているようだ。


「アルが遊びに来た時に行くつもりにしてたから今年はまだ行ってないよ。もうシーズンオフになりかかってるから早い方がいいね」


「じゃあ明日出発するか?」


明日か・・・


「俺は良いけど、父さん達も行く予定にしてるから聞いてみないと」


「ゲイル、俺達は明日出発でかまわん。ドワン達にも確認してくれ。もし無理でも明日出発は決定したと言っておいてくれないか」


「そんな、おやっさんも親方も楽しみにしてて、アルが来るのを待っててくれたんじゃないか。予定聞かずに決めるとか酷くない?」


「王とエイブリックが明日出発しか無理なんだ」


は?


「無理だって何が?」


「だから王とエイブリックの予定があるからだ」


「なんでドン爺とエイブリックさんの予定が関係あるの?。今日視察して戻るんでしょ?」


「ゲイル、釣り楽しみじゃの」


えええええぇ、付いてくるつもりかよ。


「え?ドン爺もエイブリックさんも釣り行くの?」


「ダメかの?」


ダメと言いたい所だけど、こんな子供みたいに楽しみにしている爺さんにダメとは言えない・・・


「こんなぞろぞろと護衛を引き連れて行くような所じゃないよ。道も狭いし」


連れて行くのは良いとしてもこんな物々しいのは嫌だ。それにアーノルドやアイナ、ダンもいる。エイブリックもそうだしドワンが来れば元英雄パーティーの半分以上が揃う。戦えないメンバーの方が少ない。


「ゲイル、これでも最少人数にしたんだぞ。本来ならこの3倍~5倍はいるのだぞ」


エイブリックが言うには一応護衛は減らして来たらしい。まぁ、王様と王子様が乗る馬車だと4~50人は居るのが当然だろうけど。


「本当の公務ならそうだろうけど、釣りには父さんも母さんも行くしダンもいる。エイブリックさんなんて本当は護衛いらないじゃん。こんなに護衛引き連れて行ったら楽しくないよ。ずっと仕事みたいになっちゃうよ」


「こら、ゲイル。そう言うわけにもいかないでしょ」


アイナが俺を嗜める。


「ずっと仕事してるのと同じか。ゲイルの言うことももっともじゃの。おい、お前達はこの領で待機せよ。護衛はアーノルド達に任せる」


「ち、父上。そのような戯れを・・・」


「何、アーノルド達がどうにもならんような事態になれば護衛がおっても同じじゃ。そうであろう?」


「陛下、恐れながら申し上げます。我々は陛下の安全をお守りするのが使命。例えアーノルド様がおられたとしてもその使命を放棄することは出来かねます」


「こうるさいやつじゃの。お前の使命を守るプライドとワシの楽しみとどちらが大事じゃ?ゲイルの言う通りこれは遊びじゃ。お前らがおったら楽しめんであろ」


「し、しかし・・・」


なんか護衛達が可哀想になってきたけど、はっきり言って邪魔だ。


「そうじゃ!、お前が護衛を託せる相手かどうか分かれば納得するであろう。ゲイル、この筆頭護衛と立ち合ってくれまいか? ゲイルが筆頭護衛より強ければお前らは待機じゃ良いなっ」


は?何言い出すのだじじぃ?こいつやっぱりエイブリックの父親だ。発想が同じじゃねーか。


「ちょちょちょ、何で俺?それなら父さんかダンでいいじゃない」


「それだと面白くないじゃろ?こやつらも小さなゲイルが勝てば己の未熟さを思い知る。使命より実力じゃ。もしゲイルが負ければ護衛の同行を認める。どうじゃ名案であろう」


フフンと勝ち誇ったような顔のドン爺。


「まったく父上は・・・」


呆れるエイブリック、お前も同じことしただろ。忘れてんのか?


「ゲイル、相手しろ。一応言っておくがこいつは護衛頭よりは強いぞ」


覚えてるじゃねーか


(エイブリックさん、俺この屋敷では魔法使えること知ってるのほとんどいないんだよ。父さんから禁止されてるから)

(そうなのか?なら魔法無しでやればいいじゃないか)

(筆頭護衛なんでしょ?剣だけで勝てる訳ないじゃん)

(それはお前次第だろ?言い出したのは俺じゃない)


そりゃそうだけど。こいつ、俺にやられたの根に持ってんじゃないだろな?


はぁ・・・


しかし、アーノルドやアイナはこういう時に口を挟んで来ないよな。普通親なら「そんな無茶な事を」とか言って止めにくるもんだぞ?


恐らくドン爺は俺が魔法で瞬殺すると思っている。屋敷で魔法を使わない事を知らないからな。筆頭護衛と言うことは実戦でトップの護衛だろう。組織的には上がいるかもしれないけど。恐らく技量的にはダンクラス。それにあの甲冑を着ていたら木剣が当たるのも物ともせず攻撃してくるだろう。アーノルドにやった奇襲も通用しない。これはトンファーで顔面殴って気絶させるしかないだろうな。使命をかけてくるなら一本とっても納得しないだろうし、絶対参ったもしないはずだ。


「わかった。俺が勝ったら護衛無し、負けたら護衛付き。これでいいんだね?筆頭護衛の人。勝敗は何で決めるの?」


「ゲイル殿とやら、そのような小さき身体で本当に勝負を受ける気か?職務上手加減は出来ぬぞ」


「そんなの知ってるよ。何かあっても母さんがいるから大丈夫。筆頭護衛さんも安心して倒れていいからね」


「護衛頭から聞いてはおったが小癪なガキだ・・・」


他には聞こえないような声で呟いた。やっぱり知ってるか。こいつも腸煮えくり返ってんだろな。護衛頭を無駄飯食らい呼ばわりしたからな。


「稽古着に着替えて来るから、稽古場で待ってて」


アーノルドの案内で皆と他の護衛達がぞろぞろと稽古場に向かって行った。


俺は部屋に戻って着替え、トンファーを少し長めに作り替えて強化もしておいた。これで顔面まで届くだろう。


稽古場に戻るとぐるっと護衛達が輪になっており、ドン爺とエイブリックが椅子に座り、アーノルド達は横に立っていた。御前試合と言えば聞こえはいいが、まるで公開リンチみたいな感じだな。輪になってる護衛達から異様な殺気を感じる。ホームなのにアウェイだ。


中央に立つ筆頭護衛の前に行く。


「剣はどうした?それにそれはただの稽古着だろ?下手したら死ぬぞ。わかってるのか?」


「剣は万が一筆頭護衛さんを殺しちゃったらドン爺に悪いからね。俺はこれで十分。鎧は俺には重いから不要。それに当たらなければどうと言うこと無いよ」


トゲトゲの防具来て着ても良かったんだけどあれを装備したら警戒されるしな。


「きさま・・ 死んでも後悔するなよ」


鎧が熱で溶けるんじゃねーかと思うくらいカッカしてやがる。これで大振りしてくれりゃ儲けもの。避けやすくなる。


「父上、ゲイルの持ってるのはなんですか?それにここでは魔法使いませんよね?大丈夫ですか?」


「あれは見てれば分かる。なかなかよく考えられている武器だぞ」


「あれが武器?」


ジョンは小声でアーノルドに聞いていた。


「魔法を使わんじゃと?どういう事だ?」


ドン爺にも聞こえたのか驚いてアーノルドに尋ねる。


「ゲイルが魔法を使える事は内緒にしてあるんですよ。屋敷の中でもゲイルが魔法を使うことを知っているのは本当に信用出来る一部の者だけです」


「なんとっ!そうであったか。屋敷内でも秘密にしておったとはうかつであった。誰かこの立ち合いを止めさせいっ。エイブリック、きさまは知っておったのか?」


「私も先ほどゲイルから聞いたばかりです。本人もそれを承知で勝負を受けたのですから問題ないでしょう。それに即死しなければアイナがいるからゲイルがやられても大丈夫ですよ」


「し、しかし・・・」


「陛下、もし万が一の事があるようならアーノルドが止めますわ。私もゲイルがどうやって戦うか見たいと思ってたのでちょうど良かったわ。アーノルドがこの前の立ち合いを随分と誉めてましたから」


「まったくお主らは・・・。まぁ良い。そう言うことであればこのまま続けよ」



そして間も無く御前試合という名の公開リンチが始まるのであった。



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