第194話 しっぺ返し
「ありがとうございました」
ロロとシルフィードが朝稽古を終えて先に帰っていく。
「アーノルド様、昨日ぼっちゃんがよぉ、おやっさん泣かしたんだぜ」
「何かしたのか?」
「ぼっちゃんがおやっさんの虎の子の錬金釜をコピーしたんだ。鉱石持ってミスリルをボタボタっと出したんだぜ。そりゃあもうおやっさんの悔し泣きが凄かったぜ」
コピーとか言うなよ。
「なにっ!?あのドワンの貯金をはたいて買ったやつか?あれめちゃくちゃ高かったんだぞ。それをコピー・・・。お前鬼か」
「コピーなんてしてないよ。同じこと出来るんじゃないかなって思ったら出来ただけだ」
「コピーじゃねぇか」
・・・
・・・・
「その後はぼっちゃんがおやっさんをおだてまくって機嫌直してな」
「おだてたんじゃない。真実を言っただけだよ」
くそっ、ダンの野郎。後で覚えとけ。
朝飯後、俺は肉屋に渡したタレと炭の感想を聞きに行った。
「ようぼっちゃん、あのタレ旨かったぜぇ。炭もふっくら焼けるし良かったよ」
「そりゃ良かった。炭は販売したら売れるかな?」
「それは値段次第だなぁ。ほら薪は自分で拾ってきたらタダだろ?普通の家では買わないだろうなぁ。そこまで味に拘るやつも少ねぇしな。でも串焼き屋とか料理人なら買うんじゃないか?ちょっと売値は高くなるかもしれんが、薪も買ってるからなあいつらは」
なるほどね。業務用として薪との価格差か。
「ありがとう。炭作ってるところに言っておくよ」
「ぼっちゃん、珍しい鳥肉入荷してるけど買っていくかい?」
ドンッと丸の鳥肉を出してくる
おっ!鴨じゃん。この世界にまだ合鴨はないから真鴨だろうな。
「これ、鴨だよね?」
「一発で見抜くとはさすがだねぇ。鶏肉と比べたら5倍くらいするけどな。どうだ?」
「何羽入荷したの?」
「今回は5羽だな。次はいつ入ってくるかは分からんけどな」
「鴨は売れる?」
「高けぇからあんまり売れないな。」
「買い手があまりいないなら全部買おうかな。骨とか内臓とか全部残ってるよね?」
「勿論だぜ。目利きのぼっちゃんに買われたら鴨も幸せってもんだ。ブリックの代わりに仕入れに来ればいいのによ」
そうだねと笑って相づちを打っておく。
「あと、牛の大腸、シマチョウって言うんだけどね、それと小腸、マルチョウはいつでも手に入る?」
「牛の解体は3日おきくらいだから予約して貰った方がいいな」
「分かった。今度予約するよ。あと筋もおいといてね」
「筋?あれは煮込んでも硬くてダメだろ?どうやって食うんだ?」
「それ、煮込み足りないんだよ。今度買った時に作ったら持ってくるよ」
「そいつは楽しみだ」
「この鴨は冒険者が獲って来たんだよね?生きたまま獲って来れるかな?」
「こいつは水の上に居るし、気配にも敏感だから無理じゃねーかな?」
「じゃあ居る場所教えてもらう事は可能?」
「そりゃ問題ねーぜ。もし捕まえたとしてどうするんだ?」
「繁殖させてみようかと思ってね。沢山いれば売値も安くなるし、買える人も増えるんじゃないかなって」
「ほー、繁殖ねぇ。ま、安く仕入れ出来るならそれに越した事はねぇな」
「じゃあ今日は鴨と牛肉のヒレを貰っていこうかな」
この世界ではヒレ肉が他の部位とほぼ同じ値段だ。脂気がなくあまり人気が無いのだ。めっちゃウエルダンが当たり前の世界だとヒレ肉の価値はわからないだろう。
「ぼっちゃん、何でヒレ肉なんか買ったんだ?」
「今日はヒレ肉のステーキにしようかと思って。鴨は明日鍋にするのとスモークにするのと分ける。ダンはヒレ肉いらないか?」
「どうもあのカスっとした味がな。腹肉の方が旨いと思うな」
ふーん、ダンでもまだ気付いてないか。
「じゃ、ダンはヒレ肉無しで他の部位でいいか。鴨もあるし一度屋敷に戻るよ」
屋敷に戻るとドワンとミゲルが来ていた。
「坊主、電灯の工事するぞ。作った魔力線が剥き出しだとみっともないからな」
早速作って持ってきてくれたんだ。魔力線がゴムでコーティングされてるし、まんま電線だな。
ミゲルが食堂の電灯の横に穴をあけて魔力線を天井裏に通して入り口の所まで魔力線を引いてくる。
「よし、こんなもんじゃろ。坊主、このレバーを下げたら灯りが点く。上げれば消える。この横のは魔石入れじゃ。試してみろ」
俺は魔石をセットしてレバーを下げた。
パッと灯りが点く。上げると消える。
「よし、問題無しじゃな。後はどこだ?」
「厨房、治療院、執務室、セバスの部屋と俺の部屋だよ」
厨房の工事をしたところで昼飯にする。午後からは執務室と俺の部屋。治療院は患者が居ないタイミングを狙って工事。セバスの部屋はセバスが帰って来てからにする。勝手に入るの悪いからね。
「おやっさん、親方。晩御飯うちで食べて行きなよ」
それは悪ぃーから遠慮すると返事した
「そっかぁ残念だなぁ。珍しくて美味しいもの作る予定だったんだけどなぁ。白ワインとか合うと思ったんだけどね」
「しょ、しょーがねぁな。坊主がそこまで言うなら、食べてってもいいぞ」
珍しくて美味しくて酒に合う。これを言われて断る二人ではない。
ダンは工事の手伝いをさせられているので俺は晩御飯の準備をしよう。
「ブリック、今晩の飯は鉄板焼にするから。何か用意してたか?」
別日に回せるから大丈夫とのこと。
「野菜サラダとスープの用意を頼むよ」
「サラダはポテトサラダくらいしか無理ですよ」
そうか、生野菜がないのか。
庭でちょっとした菜園をしたりするから種はあるな。
使用人の居ないところでレタスとキュウリを育てる。トマトは受粉させないとダメなので、花が咲くところまで育ててストップ。
受粉させる筆が無いな。花をトントンさせるだけでもいいか。
トマトの花を指で弾いて受粉させていく。キュウリは受粉しなくても実が大きくなる。逆に受粉させると種の周りが硬くなるのでしない方がいいのだ。
ポコポコと実がなっていくのでブリックを呼んで収穫して貰った。
「ぼっちゃん、こんなことまで出来るようになったんですね」
「シルフィードのおかげだな。屋敷だと誰が見てるかわからないから、あんまり出来ないけどね。で、今日のメインは牛ヒレ肉とフォアグラのステーキだ」
「フォアグラってなんですか?」
「鴨の肝臓だよ。鴨は長距離を飛ぶ為に身体に栄養を蓄える必要があってね、肝臓が大きいんだよ。ヒレ肉は脂がほとんど無いから組み合わせて食べると旨いんだぞ」
フォアグラはガチョウかアヒルの肝臓だけど、余計なことは言わない。
ミーシャもポポも居ないので二人で試食することに。
赤ワインから作られた酢、いわゆるバルサミコ酢みたいなやつに味噌の上澄み、バター、砂糖を入れて少し煮詰める。
ヒレ肉を焼きだし、少し遅れてフォアグラを焼いていく。
ヒレステーキにフォアグラを乗せてソースを掛けたら完成。
4つに切り分けて一人2切れだ。試食用なので小さい。
「ブリック、今見た手順で頼む。これは熱の入れ方が重要だから焼きすぎても生過ぎてもダメだだぞ」
さ、食べようと言ったタイミングでミーシャとポポが来た。
見てたんじゃないよね?
仕方がないので一切れずつ試食した
「うわっ、濃厚ですね。ヒレ肉の柔らかさと旨味、それにフォアグラの旨さが溶け合うような感じです。もの凄く高級な食事に感じます。このソースも良く合ってますね。もう少し甘くてもいいかもしれません」
「食事だけならもう少し甘くてもいいんだけど、みんな酒飲むからこれくらいだな。でも俺ももう少し甘めでもいいとは思った」
高級か。披露宴のメインに出てきたりするからな。しかし、ブリックも味のことよく分かってきてるな。
「ゲイルちゃま。このぶょっとしたのあまりおいしくなーい。お肉はおいしぃよ」
子供にはそうかもしれん。
「ポポも大人になったら美味しく感じるかも知れないから、こういう料理があると言うことは覚えておいて」
「ぼっちゃま、美味しいです」
ミーシャが珍しく飲み込んでしゃべりやがった。一切れが小さかったからかな?しかし肉ならなんでもOKのミーシャにはもったいない気がする。
「ブリック、おやっさんと親方とダンも食べるから3人分追加ね。ダンはヒレ肉が嫌みたいだからバラ肉で同じの作ってやってくれ。あと少し甘めの白ワインもあればそれも出して」
よし料理はこれで大丈夫。まだ工事しているところに戻り一緒に動作確認をした。
「後はセバスの所だけだね。ご飯食べてからにする?それとも先にやっちゃう?もうすぐ帰ってくるから」
「やっちまってから飯の方がいいな。仕事が残ってると気になるからな」
「じゃそうしよう。あと明日の晩御飯、小屋で食べない?鍋にしようかと思ってるんだけど。」
「お、何鍋だ?」
「鴨鍋だよ。寒い小屋で食べた方が美味しいと思うんだよね。〆はうどんとご飯どっちがいい?」
両方じゃと言われた。
今からうどんの生地仕込んでおこう・・・
アーノルドやセバスが戻ってきたので工事再開。その間にうどんとスモーク鴨の仕込みを済ませた。
「ミゲル、ドワン。工事ありがとうな。ずいぶん便利になったぞ」
「全部坊主のアイデアじゃ。これから裕福な家がもっと増えたらこういうのを欲しがるやつも出てくるじゃろ。これはテストケースじゃ」
「ゲイル、今日はドワン達がいるから鉄板焼なのか?」
ダンもおやっさん達がいるからと一緒に食べさせる。他の使用人の目があるから嫌がったけど。俺のプチ仕返しが待ってるからここで皆と食わす必要があるのだ。
「いや、珍しい食材があったからだよ。おやっさん達が来てくれてちょうど良かったよ」
「ほう、珍しい食材か。楽しみだな。」
まずサラダが運ばれて来た。
「なんじゃ、この季節にこんな野菜が・・・。坊主のせいか・・・」
驚きながらすぐに納得するドワン。
夏野菜をこの時期に食べると身体が冷えるかも知れないけど口は食べたいよね。
ブリック特製ドレッシングが掛かったサラダをしゃくしゃく食べているとスープが運ばれてくる。定番のじゃがいもとベーコンのスープだ。
ブリックが鉄板焼の食材を持ってきて料理の説明を始めた。
「本日はフォアグラとヒレ肉のステーキ、特製ソースになります。尚、ダンさんはヒレ肉がお嫌いとのこでしたので、腹肉で焼かせて頂きます」
まずヒレ肉を焼き始める。ソースは小鍋に入れて鉄板の端に乗せて冷めないようにしている。続いてフォアグラを焼き出す。
両面を焼いてフランベして完成。
各自の皿に乗せてソースを掛けた
「どうぞこちらのワインと合わせてお召し上がり下さい」
「坊主、フォアグラってなんじゃ?」
「鴨の肝臓だよ。鶏の肝の上等なやつ。ヒレと一緒に食べて」
皆言われた通りに切って口に入れる。
「あらっ、とっても美味しいわ。凄い組み合わせねゲイル」
アイナ絶賛。少し甘めの白ワインとのマリアージュを楽しんでいる。
ベントはフォアグラが苦手だったみたいだな。肉から下ろしてステーキだけで食べてる。そのフォアグラはアイナ行きに。
「坊主、これは濃厚じゃの。肉の旨味とバッチリ合っとるぞ」
ワインをぐびぐび飲んで嬉しそうだ。ミゲルも旨そうに食ってる。
俺も冷めない内に食べる。旨いなぁ。しょっちゅう食べるもんじゃ無いけど、年に2回くらいは食べたいよね。
ふとダンを見ると皆がフォアグラとヒレ肉を美味しそうに食べているのと自分のを見比べている。
「ぼっちゃん、旨ぇんだけどよ。少し脂っこくないか?」
「腹肉は脂が多いからね。鉄板焼だとそうなるよ。それにフォアグラと組み合わせたら尚さらだよ」
俺はダンに一口ヒレとフォアグラを乗せた奴をあげた。
「何だよこれ、めちゃくちゃ旨ぇじゃねーか?ヒレ肉のステーキってこんなに旨ぇのか? おいブリック、俺にもヒレ肉焼いてくれ」
えっ?!という顔するブリック。
「ダン、お前ヒレ肉いらないって言ったじゃん。もうヒレ肉無いよ」
「嘘だろ?いつも余分に用意してあるじゃねーか。」
「もう足りてると思ったから試食に使ったよ。ダンが腹肉が良いって言ったんじゃないか。」
「そりゃそうだけどよ。それなら初めに教えてくれてもいいじゃねーか。」
「肉屋にお世辞言ってるとか言われたら嫌だからね。ダンの前では余計な事は言わない事にした」
ここまで言ってダンは俺に朝の仕返しをされている事に気が付いた。
ぐぬぬぬぬぬ
「なんじゃお世辞って」
「いやダンがな、泣いたドワンをゲイルがお世辞で慰めたと言っててな。」
「ちょっ!アーノルド様っ!」
「俺は思った事を言っただけでお世辞とかじゃないんだけどね、ダンにはお世辞に聞こえたらしいよ」
俺は追撃を食らわしてやった。
「ほーおぅ、ワシの事をアーノルドにバラした挙げ句に坊主の言葉を世辞だと思ってたわけじゃな?のぅダンよ」
「そそそそんなこと思ってねぇぜ。なぁ、ぼっちゃん。朝のは冗談だったよなぁ?」
あわあわする熊。
「俺もダンがおやっさんのことをそんな風に思ってたのはショックだったなぁ」
「なっ・・・」
「ダンよ、お前が認めた武器屋が魔剣作ってくれるといいな。世辞で舞い上がってるワシだと力不足じゃ」
「そ、そんなぁ・・・」
人を呪わば穴二つ。
ダンは強烈なしっぺ返しを食らってダウンした。
うん、デザートのプリンが旨いね。
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