第190話 店を育てる

飯の後、しばらく射撃を楽しんだ後街に戻る。


商会でエイブリックから注文のあったクーラーの外箱が完成しているから見ていけとミゲルから言われた。


俺たちが使ってたクーラーより重厚そうで立派な物に仕上がっていた。


「随分と立派な造りにしたんだね」


「これ、王子様のところに献上するんだろ?これくらいにしておかねぇとな。ほれ、ここには紋章もつけられるようになっとる」


蓋の所には紋章用のスペースがあり、そこに嵌め込んで使うようだ。エイブリックの所で使うかどうかわからんから、使う人が勝手にはめろということらしい。


「親方、ありがとう。これいくら?」


簡単に作ってあったらありがとうだけで済ませるのだが、ここまでキチンと作られているなら代金を払わねばならない。


「坊主はこれ売らずに献上するんじゃろ?それなら金はいらん」


それはそれ、これはこれで払うと言ったがミゲルはお金は受け取らなかった。その代わりまた旨い飯を食わせろとのこと。


「おやっさんも親方もあのシマチョウ気に入った?」


「ああ、旨かったぞ。飲み込むタイミングも解ったしな」


ミゲルは笑いながら答える。


「じゃあ今度はモツ鍋とか作るよ。昨日食べたのはシマチョウって言うんだけど、あれとマルチョウってのを鍋にして食べよう。〆にうどんか雑炊もするから。もっと寒くなったら小屋でやろう」


楽しみにしておくとドワーフ兄弟は嬉しそうに笑った。


作って貰ったクーラーに手紙を添えておく。販売品ではないので代金は不要、それに数が作れないこと。保温も保冷にも使えるが頻繁に蓋の開け締めすると効果が落ちることなど使用上の注意書きも書いておいた。


ザックの所が酒を取りに来た時に一緒に運んで貰うように頼んでおいた。



俺とダンは商会を出て冒険者向けの雑貨兼道具屋に向かう。



「何かお探しですか?」


「魔石を使った明るいライトが売れ残ってるって聞いたんだけどまだある?」


「まだ10個ほど残ってますよ」


「いくらなの?」


「一つ銀板1枚になります。」


1個10万?結構高いじゃないか!? この世界であの性能だと安いかも知れないけど、ドワンの言葉だともっと安いと思ってた。


ちらっとダンを見ると首を横に振る。なるほど元値ってやつだな。


「そっか、結構高いね。安かったら全部買おうかと思ってたけどやめとく。あと一番細いビッグスパイダーの糸100m巻のはある?」


「糸は入荷してますけど、ライトはいくつご入り用で?」


「いや高くて買えないからいいよ。それより糸が欲しい。100m巻は何個ある?」


「ライトは・・・」


この店の人の話し方によると、よっぽど不良在庫になってんだな。


「値段によっちゃ買ってもいいけど」


「ひとつ銀貨8枚でどうでしょう?」


この様子ならまだまだいけそうだな。


「いや糸だけでいいや。100mのを・・・」


「で、では銀貨6枚でどうです?もうこれが限界です」


普通の在庫ならそうだろうね。


「じゃ、ライト1個と糸を・・・」


「ぜ、全部買って下さるんじゃ?」


「予算オーバーだよ。銀貨1枚くらいかと思ってたからね。それより糸・・・」


「で、では銀貨2枚、2枚だと全部買って頂けますか?」


ダンが頷く。元値の8割引きだ。


「そこまで言うなら全部買ってやってもいいよ」


ありがとうございます、と言って在庫を全部出してきた。30個もある。


「お前10個と言ってだろ?30個もあるぞ」


「はっはっは、数え間違いでしたかな」


こいつ・・・まぁ使い道あるからいいか。


「これ、魔石も付けろよ」


「そ、それは・・・」


魔石は買うと意外に高い。魔力100の魔石で銀板1枚とかだ。魔力300くらいまでは同じくらいの比率の値段だが、それより大きくなればなるほど割高になる。


「使い古しでもいいから。それなら付けられるよね?」


「あまり魔力残留がなくても?」


「いいよ。ちょっとの間使えたらそれでいい」


どうせ充填するからな。いっそ空の魔石でもいいけどそれは怪しいから言えない。


店主はわかりましたと回答する。


「ありがとうございます。それで糸はいくつご入り用で?」


ちゃんと糸のことも聞こえてたんだな。


「7つ欲しい。10個でもいいけど」


ラインの予備はあってもいいからな。


「はい、入荷したてで10個ございますので、ライトと糸をご準備いたします。糸はひとつ銀貨16枚で・・・」


は?


「糸は1つ銀板1枚だったろ?なんでまとめ買いするのに高くなるんだよ。そんなあこぎな商売してると店つぶれるぞ。いいよ、もう全部いらない」


こいつ、ライトを大幅割引した分を糸で回収しに来やがった。


「お、お、お待ち下さい。糸は今値上がりをしておりまして・・・」


「値上がり? 今冒険者達が張り切って活動してるだろ?なんで値上がりするんだよ。数が増えて相場下がってるんじゃないのか?値上がりしてるくらいならそんなに糸入荷しないだろ?おかしいじゃないか?」


「いやあのそれは・・・」


「お前みたいに足元を見て値段決めたり、数を誤魔化して商売するような奴は信用出来ん。商売人として失格だ。今後ここにある商品全てをぶちょー商会とロドリゲス商会で販売させる。まっとうなやり方でな。お前んとこ潰れないといいな。ダン行くぞ」


「お、お待ちを!お待ち下さいっ」


「なんだよ?お前の商売のやり方を変えろと言ってるんじゃない。俺が気に食わないだけだから気にすんな」


「ぶちょー商会とロドリゲス商会に同じ物を販売されたらうちが潰れてしまいますっ!」


「なぜだ?領内で同じ商品を扱う店はどこでもあるだろ?たまたまお前のような店がここにしか無かっただけで。冒険者が増えてるんだから店が増えてもおかしくない。それでお前の所が潰れるならお前の店の評判が悪かっただけだ。自分を恨め」


「そ、そんな・・・」


「ぼっちゃん、あんまりいじめてやるなよ」


「いじめてなんかないぞ。俺はロドリゲス商会にも同じ事を言っただろ?商売人は信用第一なんだよ。客を騙すようなやり方している店はこの領にはいらん。ザックの所は知らずに違う物を販売してしまっただけで反省もしてたからまだいいけど、こいつは確信犯だろ?ライトの在庫の件は許すとしても、糸の値段を上げた言い訳が気に入らん」


「と言ってもよ、どの商品もそんなにボッタくった値段付けてる訳じゃねーからな」


「そ、そうなんです。糸の値段もついライトの赤字を少しでも解消したくてつい・・・」


まぁ、ライトは不良在庫を見越して買い叩いたのもあるけど、あの値段でも在庫を吐きたかったのはコイツだからな。


「おまえ、自分の所があまり評判よくないの自覚してるだろ?」


・・・・

・・・・・


「そうじゃないと他店が同じもの販売しても潰れるとか思わないだろ?競合が無いから平気でこんな事をするんだよ。俺が他の店に言って販売させなくてもその内同じ商品を扱う店が出来る。時間の問題だ」


「こ、心を入れ換えて商売いたします。糸の割引もさせてもらいます」


「俺はな、何でも値切ろうとは思ってはいない。真っ当に作られた物を真っ当な価格で売ってる分にはちゃんとその金は払う。お詫びで割引させようとも思ってない。まとめ買いでいくらになるとか、いつも買ってる常連割引とかならわかるけどな」


「で、ぼっちゃんどうすんだ?」


「俺も店を潰したいわけじゃないからな。コイツが反省するならいいけど。あと、俺が子供でも態度や言葉使いを変えなかったことは褒めてやる。今回は買うけど次こんなことしたらどうなるか覚悟しておけよ」


「あ、ありがとうございます」


「ついでに教えといてやるけど、あのライトはお前の所ではあのままで売れる商品じゃない。客層のニーズに合わない商品だからな。ただ性能自体はいいものだ」


「といいますと?」


「魔石の燃費が悪いのもあるが、冒険者にとっては明る過ぎる。光に寄ってくる魔物がいると聞いたがそのせいだろう。が、ちょっと加工してやれば売れる可能性は高い。元の値段以上でな」


「ほ、本当ですか?」


「もちろん。お前、冒険者が何を必要としてるかほとんど聞いてないだろ?それに相手に勧める時にこういう時にこう使うと便利とかアドバイスとかしてるわけないよな?」


「は、はい。」


「おそらく今後、同業店が出来たとして値段を下げるだけの競争をしたら共倒れになるか、大きい商会が来て一方的に潰れるまで相場を下げられて潰されるかのどちらかになる」


「そ、そんな・・・」


「領が発展していくということは全員にとっていいことばかりではない。儲かる所には店が集まり人も集まり競争が生まれる。信用の無い店、工夫の無い店はどんどん淘汰されて行くんだ。お前の店はその2点とも合致する。確実に潰されるだろう」


「ど、どうすれば・・・」


「潰されないくらい店を大きくしていけばいい。それには客からと仕入れ先からの信用が必要だ。客層にあった仕入れはもちろんだが、客が求めるものを仕入れ先と相談して作る、もう一歩進んだ所に行くには客が気付いてないものを作り出して提案する必要がある。このライトが良い例だ。明日、俺が考えた物を作って見せてやる」



俺たちは金を払って店を出た。糸は去年と同じ100m銀板1枚だ。


「ぼっちゃん、何を作る気だ?」


「冒険者にあると便利なものだよ。洞窟とかに入る時に灯りはどうしてる?」


「魔法使いがパーティーにいればライトの魔法、そうじゃ無ければ松明かランタンだな」


「ライトの必要魔力は少ないとはいえ、魔物がいるところだと少しでも魔力は温存した方がいいし、松明やランタンだと遠くまで見えないだろ?」


「そりゃそうだけどよ。仕方がねぇんじゃないか」


「それを解消するための物を作るんだよ」


俺の考えているのは懐中電灯だ。この光の魔道具はかなり小さい。車のLEDヘッドライトと同じ大きさと明るさだ。この世界にこんな物があるとは驚きだ。中に魔法陣が組み込まれているんだろうけど。元の世界のヤツが作った物をコピーしているのだろうか。


買い込んだ商品をぶちょー商会に持ち込む。


「何しに戻って来たんじゃ?」


「新商品を作るよ」


ゲイルはドワンに絵を描いて説明する。ひとつは手持ちの懐中電灯。もうひとつは頭を守る防具に取り付けるヘッドライトタイプだ。ヘッドライトには大きいが、冒険者には両手が空く方が実用的だ。


このライトの魔道具は光が全方向に出るので、反射板とレンズを組み込み、光に指向性を持たせてやる。ダイアルを回すと光が収束しスポットライトになったり広範囲を照らしたりすることが出来るようにしておく。元の世界だと当たり前の物だがこの世界にはまだない。


ドワンと話しながらここをこういう風にと改良を続けていくうちにすっかり日が暮れてしまった。


今日は屋敷のみんなも休日なので戻ってもご飯がない。ミゲルも誘って近くの宿屋兼食堂でご飯を食べた。


相変わらず硬いパンと塩味のスープだった。安いけど。


ドワンは明日までに作っておくとのことだったので任せて帰った。



屋敷に戻るとロロとポポが俺を待っていた。


「ゲイルちゃまやきとりありがとう。すっごくおいしかった」


「ゲイル様、僕たちの為にありがとうございます」


焼き鳥ごときでなんと律儀な。他の皆に見習わせてやりたい。


「本当は誘おうかと思ったんだけど皆がいると気を使うかなって思って。焼き鳥くらいでそんなにお礼言わなくてもいいよ」


「いえ、どこで食べるものよりずっと美味しくて嬉しかったです。ありがとうございました」


ほんとこの兄妹は良い子達だよなぁ。今後増えるであろう孤児達の星となってくれるだろう。


「またなんか作ったら差し入れするよ。それか一緒に作って食べてもいいしね」


わーいと喜ぶポポに比べてロロは恐縮していた。



翌朝、商会へ向かうと試作品が完成していた。


「坊主、どうじゃこの出来は?」


「おやっさん、地下室で試してみよう」


ドワンがヘッドライトタイプ、俺のは手持ちのだ。地下室に移動してまずドワンがヘッドライトのスイッチを入れる。


「こりゃ凄いわい。地下室が良く見えるぞ」


ドワンがダイアルを回してスポットライトにしたり広範囲に照らしたりしている。俺も手持ちの懐中電灯で試すとめちゃくちゃ明るかった。


これは光量を減らす仕組みも必要だな。魔石の大きさ変えても明るさは変わらず使用可能時間が変わるだけだし、物理的に暗くするフィルターとかで工夫するしかないな。それは商品になるときに別売にしよう。


「おやっさん、ありがとう。あの道具屋に見せてくるよ。多分だけど、ライトの仕入れはあそこでして、おやっさん所で加工するみたいな形になるかもしれないけどいい?」


「うちでライトを仕入れて、加工してから卸しても構わんが、まぁどっちでもいいわい」


その辺のやり取りは任せておこう。面倒臭い。



「おーい、試作品を持って来たぞ」


「もう出来たんですか?」


「ぶちょー商会のおやっさんにお願いしたからな。仕事が早いんだよ」


「ぶ、ぶちょー商会のドワンさんに・・・」


ドワンはこの辺の店達にも有名だ。腕が良いというより、怖い人で・・・

この前このライトを買いにドワンが来た時もいきなり底値で販売したらしい。銀貨3枚で。


俺はドンとヘッドライトと懐中電灯を店主に見せる。


「こ、これは?」


店の奥の少し薄暗い所へ移動する。


店主に防具を被せてスイッチを入れる。バッと明るくなる店内に驚く店主。


「埃だらけだぞ。店は綺麗にしておけよ」


薄暗いと分からないが明るいと汚さがよくわかる。は、はい、と返事する店主


「これは一体・・・」


「これ、洞窟で使えると思わないか?」


「た、確かに」


「な、工夫して洞窟やダンジョン探索用とかで売り出せば売れると思うぞ。こうやってニーズを作り出して行くのも必要だからな。冒険者の話をよく聞いて困ってることを解消する商品を売れば店も儲かるし、客も喜ぶ。どちらかだけが得する商売は長続きせんぞ」


「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」


「この商品が必要ならおやっさんの所と話をしてくれ。ライトの仕入れをここでしてもいいし、おやっさんの所に任せて加工された物を卸しても良いと言ってたから。後は勝手にやってくれ。俺がするのはここまでだ」


「す、すでに話を通して下さってたんですか。何から何までありがとうございます。心を入れ換えてやり直します」


そうしてくれと言って店を出た。


「なんだよぼっちゃん。結局店を助けただけじゃねーか」


「別に悪徳店じゃないって言ったのダンだろ?それなら良い店に育ってくれればいいじゃないか」


「そうだな。それが冒険者の為になるからな」


「あと店では言わなかったけど、探索用にだけでなく他の使い方も出来ると思うんだよ」


「他に?」


俺はダンに向かって懐中電灯を照射する。


「うわっ!目がっ」


昼間でも至近距離で照らされると眩しくて怯む。


「な、怯むだろ?暗いところで目潰しに使える」


「卑怯じゃねーか?」


「魔物相手に卑怯もくそもないよ。それに光に寄ってくる魔物がいるんだろ?安全な場所におびき寄せれば安全に魔物狩りが出来る。探しにいくより効率的だよ」


「なるほどなぁ。冒険者をやったことがないくせに冒険者より色々考え付くよな」


俺のはゲームの知識だからな。RPGをやったことがある人なら誰でも考え付く。


「お告げだよ。お告げのお蔭。俺のアイデアじゃない」


俺はそういうとダンはなるほどと感心していたのだった。


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