第187話 夢と焼き鳥
カッコカッコと馬車がやって来た。うちの馬車だ。ソックスとブランが引いている。
「ぼっちゃま、来ましたよ」
ミーシャとブリックが降りてくる。昨日仕込んだ焼き鳥と焼き肉を持って来てくれた。続いてシルフィードとベントが降りて来た。
「なんか雰囲気が変わったな。ずいぶんと広くなってる」
「果樹園と射撃場作ったからね」
「ゲイル様、新しいタレを作ったのは本当ですか?」
シルフィードの目が輝く。
「そうだよ。焼き鳥用にアレンジしたんだ。でもこれは量が作れないんだよ」
味噌の上澄みがベースだから味噌よりももっと原材料が少ない。
「そうですか。ちょっと残念です」
「作り方自体は教えるから、またボロン村に戻ったら作り方教えてあげるといいよ。村の中で食べる分には大丈夫だと思うから」
そういうとシルフィードはにっこりと微笑んだ。
「ゲイル、ドワン達はまだか?」
「まだだよ。父さんと違って忙しいんじゃない?」
ゴンッ。っ痛!
俺も忙しいわと頭を叩かれた。なんだよ子供のちょっとしたジョークじゃないか。
「アーノルド様、おやっさん達が来る前にちょいと運動しねぇか?」
そう言いながらニヤニヤ笑うダン。
「そうだな。今日はずっと座ったままだったからな。よしやろう」
アーノルドはダンに木剣を渡される
「ダン、お前は木剣じゃなく、その変な棒でやるのか?」
「ちょいと実験ですよ。遠慮無くさぁどうぞ」
ニヤニヤが止まらないダン。
(ダンの野郎何か企んでやがるな)
アーノルドは様子見に軽く剣を振り下ろす。
ガツンっ
ダンはトンファーで受け、そのまま踏み込んでパンチを撃つ。
「うぉっ、危ねぇ。なるほど攻防一体化した武具か。良くできてるじゃねーか」
ダンはアーノルドの剣を受けたり受け流したりしながら淡々と隙を狙っている。アーノルドはダンのパンチの距離を既に把握したのか大きくは避けずギリギリでかわして反撃するようになっていた。
ダンが大きめのパンチをフック気味に繰り出すとアーノルドはスッと身を引いてかわして剣を振り上げる。その瞬間、トンファーがくるんと弧を描く。
ガツンと音が鳴り、決まったかと思ったが、アーノルドは振り上げた剣のもつ所でその攻撃を受けてから剣を振り下ろした。
ゴンッ
ダンは決まったと思って油断したのかモロに頭に剣を受けて気絶した。
「あっぶねぇ、なんだ今の攻撃は?」
ダンの敗因はさっき飲んだ酒。そりゃ蒸留酒を500mlも飲んで激しい運動したら動きも鈍る。それに見たことの無い武具持ってニヤニヤしてたら何か企んでるのバレバレだ。
治癒魔法をかけてやるがまだニヤケながら伸びてる。こいつ夢の中でアーノルドを倒した気になってるんじゃなかろうか?
「あらゲイル。面白いもの作ったわね。母さんにも見せて」
アイナがダンのトンファーを拾いあげる。
「これどうやって使うの?」
俺は自分のトンファーを構えて使い方を説明する。
「初見でこの攻撃されたらまず避けられないわね」
「初見じゃ無くてもフェイント織り交ぜながら攻撃したらかなり使い勝手がいいと思うんだ。それに剣より弾かれにくいし」
アイナはシュッシュッとパンチを繰り出してトンファーを回す。なんか凄い風切り音出てるんですけど・・・
「アーノルド、久しぶりに立ち合いしましょ。ちょっとコレ面白そうなの」
青ざめるアーノルド。
「いや、可愛い奥さんに剣を向けるのは気が引ける。やめておこう」
「あら皆の前で可愛いだなんて」
ゴスっ
グホッ
照れ隠しのアイナパンチ。拳よりも細い棒の先がアーノルドの顔面にヒットした。顔を突き抜けそうだな・・・
あら、そんな大袈裟に倒れなくてもと言うアイナ。それアーノルドじゃなきゃ顔無くなってるからね・・・
アイナにトンファーは危険だ。そう思いながらアーノルドに治癒魔法をかける。
「父さん、母さんを連れて射撃場にでも行ってきたら。本当に立ち合いすることになるよ」
「そ、そうしよう」
アイナからトンファーを回収し、ミスリル銃をアイナに渡す。射撃場なら被害者も出ないだろう。
アーノルドとアイナが射撃場に向かうとベントも付いて行った。
「おいダン!そろそろ起きろ」
「んん?あれいつの間に寝ちまったんだ? そうだ!初めてアーノルド様から一本取ったぞ!どうだ!」
はぁ、やっぱ夢見てたか。
「あ、あれ?アーノルド様達は?」
「射撃場に行ったよ。ダン、お前は一本取ったんじゃない。取られて伸びてたんだよ」
そう現実を教えると、嘘だろ…と信じられない様子だった。はぁまったく。
「そろそろおやっさん達が来るから手伝え」
シルフィードとミーシャにご飯を炊いてもらい、ブリックに焼き方とタレの付け方を教える。ダンは焼き肉の準備だ。
焼き鳥を焼く台を大きくして二人並んで焼けるくらいにして、そろそろ炭に火を入れるか。ちょっと肌寒くなってきたしな。
日が陰りだすと途端に気温が下がり冬の足音が聞こえてくる気がする。次に森で宴会するならもつ鍋パーティーだな。焼き鳥はもっと少人数の時に楽しもう。準備が面倒臭すぎる。
「おーい、腹がへったぞ」
ドワーフ兄弟がやって来た。ちゃんとエールの樽と蒸留酒も樽で持って来やがった。まさか飲み干さないよね?
「坊主、アーノルド達は?」
「射撃場に行ってるけど、もうすぐ暗くなるから戻ってくると思うよ」
「そうか。あっ、坊主、これを使え。」
「これは?」
「灯りの魔道具じゃ。ちと魔石の消費が激しいがかなり明るい。お前さんなら魔石の魔力回復出来るしここにちょうどよいじゃろ」
王都でもメインストリートは明るかった。こういうのを設置してあったんだな。それよりも明るいけど。
庭の宴会場に4箇所設置して灯りを点けた。いくつも持ってきてくれたみたいなので小屋の中にも設置した。めっちゃ明るい。
「おやっさん、これ高いんじゃないの?」
「冒険者向けの道具屋に売れ残って眠ってたやつじゃ。夜営には明るすぎるし魔石の消費も半端無い欠陥品だから安かったぞ」
そうなのか。これが一般家庭に普及すれば便利そうなのに。でも魔石を頻繁に交換して使うほど需要がないんだろうな。
「おやっさん、これまだ売れ残ってた?」
「どうじゃろな?」
「在庫があれば買い占めてくるよ。こんなに明るくなるなら便利だし、夜でも馬車走らせることも出来るしね」
「安全な道ならそれもありじゃな。しかし魔物の出る所では魔物を引き寄せるから注意しろよ」
へぇ、魔物って光に寄って来るやつがいるんだ。虫みたいだ。
「よう、ドワンにミゲル。ここめちゃくちゃ明るいな」
アイナも二人に手を振り、ベントもペコんと頭を下げた。
「やっと戻ってきおったか。早く食うぞ」
エールの金属樽2つ。蒸留酒は普通瓶に5本。小屋においてある金属樽には炭酸水を入れておく。水はピッチャーに入れて、氷も作っておく。あとは勝手に飲んでくれ。
ミーシャとシルフィードも土鍋を持ってやって来た。ご飯も炊けたようだ。
「じゃ、焼き鳥を焼いていくから、焼き肉は勝手に焼いてね。ミーシャもシルフィードも手伝いありがとう。もう座ってていいよ」
ここまで何もしていないベントだけだ。お前は何をちんと座ってんだ?
「おいベント、お前焼き鳥焼け」
「ぼ、僕が?」
「お前働いてないだろ?みんな仕事してからここに来てるし、俺とダンは昨日からずっと焼き鳥を串に刺してたんだからな。お前も働け」
働いてないのはお前だけと言われて渋々焼き鳥台の所に行くベント。
ブリックが焼き鳥の焼き方を教えている。タレはブリックが塩はベントが焼く事になったようだ。
俺はニンニクとネギをみじん切りにして皿に入れて焼き肉の所に持って行く。この前やらなかったネギ塩牛タンを食べたいのだ。ニンニクとネギは焼き肉のタレに入れてもいい。
焼き鳥を焼く音が聞こえ出した。
こちらでは焼き肉を焼き出す。各自食べたい物を勝手に焼くスタイルだ。
俺は牛タンに塩をしてその面を炭火で焼く様にしてネギとニンニクを載せる。片面が焼けたらそのままネギとニンニクをくるむようにしてパクっと。
かーっ!うめぇ。炭酸水をごくごく飲むとまるでいっぱいやってる気分だ。
その様子を見ていた皆も慌てて真似をし出す。
「こりゃあ旨いっ!」
ネギ塩牛タンを食べてはエールを飲む。
いかん。色々あるから牛タンの薄切りは数をあまり用意してない。このままでは食べ尽くされてしまう。
あわてて3枚ほど確保するも一瞬で食べ尽くされた。お前らイナゴか。
ブリックもベントも一枚も食べていない。渋々もう1枚だけ食べて、残り2枚はブリックとベントに残しておいてやる。
「焼き鳥焼けました」
次々に焼けてくる。モモ肉はタレ焼き、ネギマは塩焼きだ。タレ焼きはグッドだ。しかしベントの焼いたネギマはネギが焦げてるのに鶏はまだ焼けてない。
失格!
せっかく串に刺したのが無駄になるわっ!
「ベント代われっ!お前は焼き鳥屋失格だ。次やる時はお前串に刺す担当だからな」
「チェッ、なんだよ焼けと言ったのゲイルだろ」
「うるさい、自分が焼いた焼き鳥はお前が食べろ。あと牛タン1枚残しておいてやったからミーシャにでも食べ方聞け。もう1枚はブリックのだから1枚だけだぞ」
こっそり残してあったもう1枚の牛タンに手を伸ばそうとしたミーシャはブリックの分と聞いて慌てて手を引っ込めた。
「ブリック、お前もそれ焼き終わったら向こうで食べて来い。後は俺がやる。肝は焼くの難しいからな。俺が焼いたの食って焼き加減と味を覚えておいてくれ」
「はいっ、ありがとうございます」
モモ肉のタレ焼きを終えたブリックはそれを持って椅子に座った。
さっき不服だったネギマを塩とタレで焼いていく。一人で焼くのは結構忙しい。
焼けた奴を皆に配る前に先に食べる。うん旨い。我ながらなんだけどもベントのネギマとは雲泥の差だ。自分で自分を誉めてあげたい。モグモグと食っているとミーシャが焼けた奴を取りに来た。
「これ持ってって」
ミーシャは焼けた焼き鳥を持って行きつつ自分のを確保していた。
どんどんネギマを処理していく。塩かタレか希望は聞かない。ネギマは半々で焼く。
「こんなの誰が焼いても変わんないんじゃないの?」
焼き方をクビになったベントはぶつぶつ言いながら俺の焼いた奴を食べた。
目を丸くして、
「ぜんぜん違う・・・」
ドワンがベントに話しかける。
「お前さんが焼いたのと坊主が焼いたのとぜんぜん違うじゃろ?」
うんと頷く。
「ワシらも鱒を焼いて食べた時もそうじゃった。焼けりゃいいと思ってたが、坊主の焼いた鱒は今まで食べてきた鱒とはまるで違ったんじゃ。肉でもそうじゃろブリック」
「はい、ステーキの焼き方を教えて貰った時は衝撃でした」
「焼くというのは一番シンプルな調理法じゃ。それゆえに難しいらしい。坊主と出会ってワシは今まで何をしてきたんじゃと思ったワイ。なんでも工夫次第でどんどん良くなる。なんでもそうじゃの。食べ物も酒も人も」
ベントは思い返した。自分は工夫というものをしてきただろうか?与えられたものを与えられたようにこなしてきただけではないだろうか?
ばっと立ち上がり、焼き鳥台に向かう。
「ゲイル、代われ。もう一度俺が焼く」
「いいけど、失敗したら全部自分で食えよ。でも肝とか他の部位は任さんぞ。数が少ないからな」
実はネギマは焼くのが結構難しい。鶏肉とネギの焼けるタイミングが違うからだ。初めから早く焼こうと強めに焼くとネギが焦げる。焦がさないように弱い熱で焼くと鶏の脂が抜けすぎて不味くなる。その塩梅が難しいのだ。
まぁ本人からやりたいと言い出したんだからやらせておこう。
こっちは皮と軟骨を焼く。皮はカリカリ用とカリクニュ用に刺し方を変えてある。
煙がバンバン出るなかせっせと焼く。よし食べ比べだ。くそっ、カリカリもカリクニュも甲乙付けがたい。引き分けだ。
自分でも何と闘ってるのなわからない皮勝負をしながら焼いていく。
焼けた尻からミーシャがどんどん持って行ってしまうから自分の分は最後に別で焼こう。
「あの、ゲイル様。皮のタレ焼きはありますか?」
シルフィードのリクエストが入った。皮タレだ。今のところ全部塩で焼いている。
「カリカリとカリクニュのどっちをタレ焼きにして欲しい?」
「出来ればカリクニュの方で・・・」
シルフィードはカリクニュ派らしい。カリカリは塩、カリクニュはタレと焼き分けていく。ここで軟骨を焼き始める。
皆が旨い旨いと盛り上がっている。
やっと焼き鳥全部焼き終えた。ネギマ、皮、軟骨と自分のを焼かずにおいてあったので最後の肝と共に焼き始める。
肝は焼きすぎると不味いが生焼けは危険だ。念のためクリーン魔法をかけておく。
表面が焼けたらタレを付けて焼いてタレを付けて焼いてを素早く繰り返す。
完成だ。自分のものを別皿に入れて、後はミーシャに渡す。こっちのはやらんからな。
やっと座って食べられる。ベントはまだやっているようだ。焦げたのと生焼けのはここで火を通してアーノルドとアイナが食べていた。他の人は俺が焼いたやつしか食べてないようだ。
俺は焼き鳥と炭酸水を堪能したあと焼き肉を焼き出した。味噌牛タンは残っていなかった。
「ぼっちゃん、この肝ってのはちょっと癖がありますけど、美味しいですね。」
「これは肝臓って部位でね、好き嫌いが分かれる所なんだけど、ちゃんと処理してあって火加減に気を付けて焼けばめちゃくちゃ旨いんだよ」
「これくらいになるように焼けばいいんですね。次は自分に焼かせて下さい」
うん、頼む。自分で焼くより人に焼いて貰いたい。
ダンがシマチョウを焼き始めると一気に煙が増す。今まで食べてなかったのか。もしかしたら俺が焼き鳥焼き終わるの待っててくれたのか?
「ダン、乗せすぎだよ」
「もう待ちきれねーんだよ」
やっぱり待っててくれたんだね。こいつこういう気遣いしてくれるんだよなぁ。
「ダン、塩ごま油にニンニク入れてみ、もっと旨くなるぞ」
ご褒美に昼間と少し違う食べ方を教えてやる。
「よーし、早く焼けろ。ニンニクバンバンで食ってやる」
もうもうと煙まみれになりながらシマチョウを焼くダン。炎が上がりそうになるとちょっと水を飛ばしてそれを防いでやる。
「もう良いだろ食おーぜ」
全員がもにゅもにゅと食べ始め酒を煽る。大人は蒸留酒の炭酸割りだ。ダンが教えたらしい。
「坊主、これは旨いがいつ飲み込めばいいんじゃ?」
ミゲルがいつまでも口をもにゅもにゅしている。
「飲み込みたい時に飲み込めばいいよ」
シマチョウを飲み込むタイミングがわからない人が前の世界にもいたな。
「うひょーうめぇぜ」
ダンはホルモンが気に入った様だな。今度はマルチョウの煮込みでも作ってやるか。
ふと横をみるとミーシャもシルフィードもずっともにゅもにゅしていた。女の子にはもう少し小さく切ってやるべきだったかな?そう思ってアイナを見ると平然とパク付いていた。
アイナが俺と目が合うとピンッと焦げたネギをデコに当てやがった。
あっつ、なんてことしやがるんだ。
「ゲイル、私も女なんだけど」
アイナは俺の思考を鑑定してるんじゃないだろうな・・・そんな事を考えていると
「やった!やったぞ!」
一人でネギマを焼いていたベントが叫ぶ。
俺の所に焼けたネギマを持ってきた
「食ってみろ」
俺は差し出されたネギマを食べた。
お、ずいぶんと良くなったな。ブリックが焼いたのと変わらんぐらいだ
「及第点だな。次も焼かせてやろう」
へんっ偉そうに、と言いながら嬉しそうな顔をするベントだった。
アイナにもうこっちで食べなさいと言われてベントはシマチョウを食べ出す。
もにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅ・・・・
「母さん、これいつ飲み込めばいいの?」
それを聞いた全員が大笑いしたのだった。
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