第186話 希少部位はなかったものとする
夕食時にまだ漂う焼き鳥の香りに誘われてアーノルドもアイナも参加を希望。おまけにベントも来ると言い出した。来ても良いけどドワン達と揉めるなよ。
翌朝肉屋に鶏のホルモンを取りに行く。
「おう、ぼっちゃん。用意してあるぜ。処理済みだからすぐに食べられるぜ」
素晴らしい、さすがだ。
「これ、試作品のタレだよ。販売出来るほど量は作れないからおっちゃんの所で楽しんで。あとこれが炭だよ。これ一本で焼き鳥なら充分いけるから。焼き肉なら2~3本使った方がいいかな」
俺はタレと炭を10本程渡した。
「へぇ、こいつが昨日言ってたやつかい?いくら払えばいいかな?」
「いつも美味しい肉を用意してもらってるからお礼だよ。お金はいらないよ。その代わりタレと炭を使った感想を教えてね」
「そんなもんでいいのかい?ありがとうよ。ほれ、これも準備しておいたが食うか?」
どんっと白い物体を見せられる。
「これは?」
「牛の腸だ。綺麗に洗って臭み取りもしてあるけど気持ち悪いか?」
おお、大腸だ。シマチョウじゃん!
「やった!ありがとう。これ旨いんだよね。処理面倒だったでしょ?ありがとう」
「だろ?ぼっちゃんなら喜ぶと思ってたんだ。他の部位も必要なら今度置いといてやるからな。ブリックにでも言ってくれ」
俺は盛大にお礼を言って商会に向かった。
「ぼっちゃん、あの白くてぶよぶよしたの内臓だよな?」
「そうだよ。見た目は悪いけど酒にめっちゃ合うから。内臓は処理が悪いと臭くて食べられないけど、あの店のなら大丈夫なはず」
「そうか。なら一応楽しみにしてるわ」
屋台の串焼きに内臓肉もあるらしいけど、ゲテモノ扱いされている。処理が悪いものが多いのかハッキリ言って不人気商品でお金のない人が買うものらしい。牛タンもそうだったけど、処理の仕方で大きく価値が変わるからね。
商会に立ち寄り、アーノルド達の参加を伝える。ドワンもミゲルも仕事が終わってから来るらしい。
結局、内臓肉の仕込みも俺とダンでやるしかない。皆から金取ろうか・・・
小屋に着いたら早速仕込み開始だ。
ダンは嫌そうな顔をしている。
「ダン、手伝うご褒美に数が少ない希少部位を俺達で食べちゃおうか?皆で分けたら一口ずつ位しか当たらないからね」
鶏の心臓、ハートやハツと呼ばれる部位。尻尾の付け根、ぼんじりは1羽に付き1つしか取れない。今回20個ずつぐらいしか無いのだ。ズリは苦手だから皆に出そう。あそこで1日にさばく鶏の数は20羽くらいなのだろうな。
「お、食っちまっていいのか?少し残しておかなくて大丈夫か?」
「足りなかったら喧嘩になりそうだからね。無かったら解らないから食べちゃう方がいい」
そりゃそうだとの事でせっせと串に刺して下ごしらえをしていく。ダンには硬い軟骨を串に刺して貰おう。俺は嫌だ。
心臓を切って開いていく。ぼんじりはそのままだ。1串3個ずつ刺していくと各8本だった。ダンと4本ずつだね。俺は別にこれだけでいいけどダンには足りないよな
「晩飯と同じメニューになるけど他に食べたいところある?」
「あの白いぶよぶよしたやつ興味あるな。あれを先に食ってみたいな」
あれなら焼くだけだからいいか。ゲイルはダンにわかったと返事した。
鶏の皮は少し湯がいてやり、その茹で汁はスープに使う。肝、皮をせっせと串に刺す。
ダンはクソッ逃げるなっとか言いながら軟骨と格闘していた。あのデッカイ手で小さい軟骨を刺すのは難しいらしい。
「ダン、もうすぐ仕込み終わるから全部やってから飯にするけどいい?」
いいぞーとの事なので仕込みを終えてしまおう。希少部位はモモ肉より量も少なく、ホルモンは軟骨を除き柔らかいので刺すのは楽だ。全て仕込みをしてしまおう。
「よしっ、仕込み終わり。もうこれで皆が来るの待つだけだね。昼飯の準備をしよう。ダン酒飲む?」
「いいのか?」
「うちの蒸留酒の味も見て貰いたいからね」
やったぜ!と喜ぶダン。ここ最近ストレス溜まるような事ばかりさせてたからな。息抜きにもいいだろう。
ダンと地下室に行く。
「どれくらい熟成されてんだろな?」
「そうだね。おやっさん所とあまり変わらないと思うけど」
一番初めに蒸留した樽から中瓶1本を注ぐ。魔法で明るくしているけど色まではわからないがとてもよい香りが漂う。
「ぼっちゃん、なんかいい匂いしてんな。おやっさんところのより匂いがあるんじゃねーか?」
確かに香りの立ち方が違う。
「取りあえず外に出て確かめよう」
外に出て酒の瓶を見るとドワンの作ったものより少し色も濃い気がする。
取りあえず炭に火を付けて焼く準備を済ませる。炭の火力が少し落ち着くのを待つ間、土魔法でブランデーグラスを作った。そこへ少しだけ蒸留酒を注ぎ、ダンに飲んで貰う。
ヘンテコなコップだなと言いながらダンは飲んだ。
「おっ!おおっ!」
なんか旨そうだな。
「ぼっちゃん、おやっさんの奴より断然旨い。何より匂いがいいぞ」
俺も嗅いでみるがやっぱりブランデーの匂いになってきている。あー、味確かめてぇ~。
もう少し入れて今度は人肌まで温めてからダンに試させる。
「ぼっちゃん、匂いが強くなって口に入れた瞬間無くなるように感じるが、喉とハラワタがカッと熱くなるぜ。こりゃ旨いわ」
ドワンの所と元は同じ白ワインなのに差が出始めているらしい。何が原因なんだろうか?少量ずつ蒸留してるのが良いのか?金属より土の蒸留器の方が良いのか、それとも地下室の違いだろうか?考えても解らないな。今年はドワンと同じように一気に蒸留してしまおうかと思ったけど、去年と同じやり方の方が良いかもしれんな。
「ダン、ここの酒とおやっさん所の酒は同じだったと言う事にしておいてくれる?こっちの方が旨いとバレたら飲まれまくっちゃうから」
「そうだな、おやっさん達にバレるとまずいな。内緒にしておくことに賛成だ」
「じゃそゆことで」
俺はハツとぼんじりを焼いて行く。ハツはタレ、ぼんじりは塩だ。シマチョウは焼いてからごま油と塩を混ぜた物を付けて食べることにする。
ハツに付けたタレが香ばしい匂いを漂わせ、ぼんじりからは脂が滴り落ちる度にボッと炎が上がり脂の焦げる匂いがする。たまらんなこれ。
横ではダンがシマチョウを焼いているが煙が凄い。
「ぼっちゃん、これどれくらい焼けばいいんだ?」
「もうちょっとでいいよ。焼きすぎるとちっさくなってカチカチになるから」
ほぼ同時に焼き上がった。
「たまらん匂いだぜ。この白いのはこれ付けて食べんだな?」
「塩だけでもいいけど、こっちの方が俺は好き。好みで選んで。あと酒は水割りにする?それとも炭酸で割る?」
「炭酸で割る?エールみたいな感じか?」
「そうだね。ぼんじりもシマチョウも脂っこいから炭酸の方が合うかも」
「よし、それなら炭酸だ。頼むぜぼっちゃん」
ダンの酒をハイボール風にしてやり、早速食べる。
まずはぼんじりから・・・
あぁ、旨ぇ・・・。炭で焼いたぼんじりの旨さはたまらん。昔よく食べた味だ。死ぬ前も焼き鳥屋でよく食べてたけど、煙が出すぎるとかで炭焼きを謳う店でも脂の多い部位は電熱で焼くところ増えてたんだよな。期待して食べて何度がっかりしたことか・・・
次はハツだ。ちょいと一味を振ってと。これも旨い。あー、ビール飲みてぇぇぇぇぇ。自分に炭酸水を作ってそれで我慢するしかないのが恨めしい。エールを蒸留してアルコール抜いたらノンアルコールビールになるのだろうか?
「ぼっちゃん、どれもこれも旨いな。今まで食ってた鶏の串焼きはなんだったんだってもんだ。この酒の炭酸割にもめちゃくちゃ合う」
とっくに焼き鳥を食べ終えたダンはシマチョウを食べながらハイボールを飲んでいる。
俺もシマチョウをごま油に付けて食べる。旨ーい!全く臭みも無くて純粋に旨さだけ感じる。やっぱり肉屋の親父、良い腕してんじゃん。タレも炭もプレゼントする価値あるわ。
またせっせとホルモンを焼き出すダン。
「ダン、好きなだけ食べてもいいけど、晩飯まで時間少ないからいい加減にしとかないと食えなくなるぞ」
そういやそうだな、と追加はそこまでにしておくようだ。酒は飲みきりやがった。蒸留器500mlて結構な量だぞ。
食後のまったりした時間にダンに尋ねる
「ダンって体術使える?」
「剣を使わずにか?」
「そうそう。この前舞台で冒険者達を殴り倒してただろ?あんな奴」
「我流だから教える程の物でもないぞ。それにぼっちゃんに体術は無理だろう?その手足じゃ不利過ぎる」
「そうなんだけどね、おやっさんからもらった魔手袋もあるし、それにアルと立ち合いした時剣を弾かれて参ったしたけど実戦なら参ったなんて無いだろう?剣を弾かれるのは殺されるのと同然だと思うんだ」
「そりゃそうだがぼっちゃんには魔法があるじゃねーか。本来剣もいらないぐらいだぞ」
「いやそうなんだけどね。突然魔法が使えなくなる可能性も0じゃないと思うんだ。備えあれば憂い無しって奴だよ」
俺はこの世界に転生した時にめぐみに言われた言葉「才能持った人はすぐ死んじゃうんだよね」というのがずっと頭に残っていた。俺は魔法が使えるこの世界が結構気に入っている。元の世界に比べると圧倒的に生活は不便だし旨いものも少なくて不自由だ。しかし、関わる人はいいやつばかりだし、不便な生活にも慣れて旨いものも増えてきた。まだ死にたくはない。
「ぼっちゃんは相変わらず、そういう事には慎重だな。まあ護衛としちゃその方が安心だが。これからちょっと立ち合ってみるか?しかし俺とじゃリーチの差がなぁ」
「それについてはちょっと考えがあるんだよ。それを試すついでに軽く立ち合ってくれない?」
そりゃいいけど魔法は無しだぜと言われた。
ちょっとした考え・・・それはこれだ。
トンファー
リーチの無い俺のハンディを埋め、防御にも使える。拳の柔らかい俺の素手で殴るより効果的だし自分の拳を痛める事もない。小さいからと舐めた相手が初見で躱すのが難しい使い方も出来る。ドワンに相談したら腕にセットしておくことも可能かも知れない。
土魔法でそれらしきものを簡易で作る。
「ぼっちゃん、それは武器か?素手の立ち合いがしたいんじゃないのか?」
「おれの拳は柔らかいだろ?魔手袋だと威力が有りすぎるし、素手だと相手に効かないばかりか拳がダメになるじゃん。ダンにはこれくらいのハンディを貰ってもいいと思うんだ」
「別にそれくらい良いけどよ」
「じゃ行くね。」
俺はトンファーを握りながら短く突き出た先を拳代わりにしてダンに攻撃する。
「その棒の先分リーチが伸びる訳だ。が、まだまだ届かんぞ」
ダンはそういって余裕を持ちながらひょいひょいとギリギリで避ける。
ダンも軽く殴ってくるがトンファーで防御だ。まともにダンに腕を殴られたら折れるだろうがトンファーでいなして行くことが出来る。
「攻防一体化武具か。なかなかよく考えてあるな。しかしやっぱりぼっちゃんには体術は早ぇぜ。身体が小さ過ぎる」
どんどんギリギリで避けるダン。すっかり油断したな。
今だっ!
ギリギリで避けるダン目掛けてトンファーをくるんと回して遠心力を乗せて長い方で殴った。
ゴスンっ!ブフォッ
やったヒット!
見事トンファーはダンの死角から顔面を強打した。
「痛ってぇ~。何が起こった?」
俺はダンに治癒魔法を掛けてからトンファーの説明をする。
「そんな使い方をするものだったのか。てっきり防御するためのもんだと思ったぜ」
「小さいからと舐めた相手に有効だと思うんだよね」
「そうだな、俺もどこから攻撃を食らったのかわからなかったぜ。ちょっと俺用にも作ってくれねぇか?」
俺はダンの体格にあわせて作ってやる。
ダンはトンファーを持ちシャドウボクシングのような素振りをした後にくるんと回して遠心力の乗った殴り方をした。流石だな。この一瞬で使い方を把握しやがった
「ぼっちゃん、これおもしれぇな。材質によっては剣も防げるし、切り殺してしまうこともない。街中だとこれの方が使いやすいかもしれん」
ダンは器用に殴ったりくるくる回して攻防一体の動きを見せた。
なるほど。あんな使い方も出来るんだな。
ダンはトンファーの使い心地を確かめながらニヤリと笑ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます