第178話 ゲイル王都へその8

シルバー達の身体が暖まって来たようなので徐々にスピードを上げて行く。運動不足気味だったシルバーの足は軽やかだった。小石の多いこの場所だとこれ以上スピードをあげると怪我するかもしれないな。


しばらく軽快に走ったあと、スピードを落としてトビーの元へと戻った。


「素晴らしい走りですね。うちの調教師達にも見習わせたいものです」


お世辞を言ってくれるトビー。


「いや、皆さんプロなんだから見習うとか止めてよ」


「いえ、世辞ではなく本当に。馬との一体感が素晴らしいのです。」


確かに一体感は感じるけど。


「例えばあの調教師と馬を見てください。馬はあまり走りたがっていないのに無理に走らせてるような感じがします」


確かにトビーが指を差した馬は嫌々走ってる感じだな。


「ここの馬は軍馬なんだよね?」


「そうです。戦いの重要な機動力となると共にお互いに命を預けるパートナーとなります。騎馬兵に渡す前に人間を信頼させねばならんのですがそれがなかなか難しいところなのです」


「あの馬、ムチで叩かれるのが嫌なんじゃない?叩かれる度にビクッてしてるよ」


「はい、走らせる為にはムチを入れなくてはなりませんので、馬はそれに慣れていかねばなりません」


痛そうだな。あんなに思い切り叩かなくてもいいのに。


「うちはムチとか使わないからね。見てると痛くて可哀想だね」


「ムチを使わない?」


「シルバーが本気で走ると俺には乗りこなせないから使わなくてもいいのもあるけど、俺が大丈夫になったら走ると思うよ」


「どうやって走らせるのですか?」


「え、もっと早く走ってとか言えば大丈夫だよ」


え?


「シルバーもこのクロスも、父さんが乗って帰ったソックスもみんなそうだよ。父さんもムチ持ってなかったでしょ?」


「そう言えば・・・」


「シルバー右回り」


ポコポコ


「左回り」


ポコポコ


「ね、馬と毎日話してると言葉を理解するようになるよ」


半分嘘だけど。


「トビーさん、真に受けないでくれ。ぼっちゃんは特別だ。それとシルバーが賢いってのもあるけどよ」


「なんだ驚きました。馬が言葉だけで言うことを聞くとは・・・そうですよね、ぼっちゃんとこの馬が特別なんですよね・・・」


あ、あんまり余計な事を言うなってことだね。


さっきの嫌々していた馬と調教師がこちらにやって来る


「トビーラス様、この馬は良くありませんね。追い込んでも走りません」


「そうか無理か。肉行きになるか・・・」


「肉行きって?」


「はい、軍馬にならない馬は払い下げ出来ると良いのですが、貴族は払い下げの馬を買いません。といって庶民で馬を買える人間も少ないので肉行きになることも多いのです」


元の世界の競走馬もそうだったな。わかっちゃいるけど見ちゃうとかわいそうだよなぁ。馬肉好きだけど・・・


馬肉旨いと馬可哀想という矛盾した感情がぐるぐる回る。


「ホントにダメかな?」


矛盾した感情が行き場を失い、つい言葉に出てしまった。


「どういうことですか?お客人?」


あ、調教師にケチ付けたみたいになってしまった。こんな子供に言われてイラっとしたんだな。でも今さら引けない。


「シルバー下ろして」


ひょいとしゃがむシルバーを見て調教師が驚く。


「この馬の名前はなんていうの?」


「ここでは名前を付けておりません。引き取られた時に名前を付ける方もおられますが」


そうなのね。


馬のそばに近付くとブヒヒヒっと歯茎を見せて威嚇してくる。


「おい、客人!うかつに近付くな。危ないだろっ!」


ゲイルが調教師の言葉に構わず近付くとガブッと肩を噛まれた。


「ぼっちゃんっ!」


「大丈夫。本気で噛んでないから」


噛まれたまま馬の顔にそっと手を差し出す。


「怖くないよ何もしないから」


そう言って馬の顔を撫でてやると噛むのを止めた。


「お前、ちゃんと走らないと食べられちゃうぞ。そんなの嫌だろ?なんで走るの嫌なんだ?」


馬はブッヒブッヒと首を縦にふり口にはめられた馬銜はみをガチャガチャさせる。


「これが嫌いなのか?それとも痛いのか? トビーさん、この馬銜を一度外してくれないかな?」


半信半疑で馬銜を外すトビー。


その馬銜を見てみると鉄なのにささくれ立っている所があった。


「力を入れて噛むと痛かったんだね。そうか可哀想に」


トビーが慌てて馬銜を確認する。


「確かにこれだと馬が痛がるかもしれない・・・。おいっ!新しい馬銜に代えてもう一度走らせて見ろっ!」


「もう一回チャンスくれるって。ちゃんと走れよ」


「あ、新しい馬銜を持ってきました。」


トビーが問題ないか確認してからもう一度取り付ける。


「調教師さん、こいつ賢いからムチを強く打つ必要ないと思うよ。ムチの先に布を巻いて軽く叩いてやればいいと思う」


馬銜の異常に気付けなかった調教師は嫌な顔をしたが、トビーに言われてムチに布を巻いた。


はいよっ!はっ!


馬が走り出す。軽快な走りだ。さっきとは全然違う。調教所をぐるっと早駆けで走っている。


調教師と馬が戻ってきた。


「ぼっちゃん、いやゲイル様。ありがとうございます。これでこの馬を潰さずに済みました。どうして馬銜に異常があるとお分かりに?」


「馬って基本的に走りたい動物でしょ?走らない時はなんかおかしいんだよ。脚が痛かったり、何か怖いものがあったりとか。それを馬のせいにしちゃいけないと思うんだ。それにムチが痛いと人間は痛いことする奴だって思っちゃうからね」


とっとっと俺に近付いてくる軍馬。顔を俺にトンとぶつけてくる。その顔をさすさすしてやるとシルバーが拗ねてるな。ちょっと我慢しろ。


「まだこの馬は子供なんだよね?こうやって甘えさせてないんじゃない?調教するばっかりで。それじゃ人間を好きになるわけないよ。構ってもくれないし、痛いことするだけの存在なんだから」


調教師は馬の世話をしてはいるが可愛がってはいないようだ。シルバーもそうだったし、ハートも番号で呼ばれてたな。生き物を可愛がる文化がまだ無い世界だから俺が異端児なのだろう。


「ゲイル様。このトビーラス。長年馬と調教師を見て参りましたが未熟でございました。ソーラスがなぜあなた様の所を選んだのか心の底からわかりました。馬を可愛がる・・・そんな事にすら気付いておらぬとは・・・」


いや、やめて。そんなに涙を流しながら頭を下げないで。気まずいじゃないか。


「トビーさん。軍馬を育てなければという使命があるからそうなってしまっただけで・・・。やめて頭を上げて・・・」


「ダン、なんとか言ってよ」


「まぁ、ぼっちゃんだからな。しょうがねぇ」


「もぅ」


取りあえず見てしまった馬が潰されないですんで良かった。そろそろ帰らなきゃ。


「トビーさん、もう帰らなきゃ。じゃ調教師さんその馬を可愛がってあげてねぇ」


慌ただしく帰る事にした。さ、お料理教室が待っている。




「遅くなってごめん。さ、今日はどれからしようか」


「師匠!今日も宜しくお願いしますっ!」

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