第177話 ゲイル王都へその7
エイブリック邸に戻り、今日の獲物をダンの指導の元、コック達が解体していく。
ウサギはマヨ焼き、柚子胡椒風味の唐揚げ、持ってきた焼き肉のタレでソテーだ。鹿はローストにして赤ワインベースでタマネギ等を使ったソースにする。
「師匠、この味噌というのはなんですか?」
「大豆を発酵させた調味料でね、うちの領にある村の特産品なんだ。まだ数が作れてないから流通してないけど、来年あたりから少しずつ流通させる予定。この焼き肉のタレも味噌をベースにしてあるよ。タレはそのうちその村の特産品で出て来るから、気に入ったら買ってね。ロドリゲス商会を窓口にするから」
勝手にザックのところを窓口に指定しておいた。ぶちょー商会でもいいんだけど、今は手いっぱいなんだよね。味噌の詳しい使い方も流通が始まってからでいいだろう。
「それは本当か?」
ヨルドの声が響く。
「どうしたの?」
「いえ、陛下がこちらで夕食を召し上がられると連絡が入りました」
朝飯も昼飯も一緒に食ってたけど?
「そうなの?まぁ余分に作ってるから足りるでしょ」
「いえ、そういう問題では・・・」
「エイブリックさんが問題無いと判断してるんだから気にしないで作っていこう。相手が誰かで料理に対する姿勢を変えちゃダメだよ。常に最高の物を作るのがプロだからね」
「そ、その通りです、師匠。それを私は陛下が召し上がられると伺い、舞い上がる所でした」
「はい、常に気持ちを込めて作っていこうね」
「「ハイっ!」」
コック全員体育会系のノリになってきたな。
キャベツがあるからこれをコールスローにしてと。しかし、まだ時間に余裕あるな。
「ヨルドさん、スパイス試していいかな?」
「ウサギか鹿に使うのですか?」
「いや、スープに使おうかと思って」
「スープに?」
本格的なカレーを作る前にスープで反応を試そう。
ウサギの骨から出汁を取って貰ってる間にスパイスをチョイス。
えー、クミン、ナツメグ、シナモン、胡椒、クローブ、ターメリック。これくらいしかわからんな。
出汁にローレルとじゃがいもとニンジン、タマネギを入れて煮込んでる間にスパイスを調合して少し炒める。
スープの味見をする。うんよい加減。炒めたスパイスを入れるともうカレーの香りだ、懐かしい・・・
なんとかスープカレーみたいな感じになったけど、ちょっとパンチが足りないな。ニンニクをバターで炒めてからスープに投入。お、旨くなった。
「エイブリックさんとか辛いの平気?」
「はい、お好きです」
じゃ、唐辛子と生姜を加えてと。
おぉ、旨い。子供舌にはちと辛いが大人だと物足りないかもしれないな。それはまた調整していけばいい。スパイシースープの完成だ。
「あ、味見をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「今日はスープにしたけど、違う食べ方もあるからね、味だけ覚えといて。スパイスの配合で味が変わるから好みに応じて変えていけばいいよ」
コック達は次々に味見をしていく。
「あんなにスパイスを使ったスープがこんな味になるとは・・・」
「ぼっちゃん、俺にも味見をさせてくれ」
ダンも匂いにつられたようだ。
「おっ、こりゃうめぇ。アーノルド様もおやっさんも好きなんじゃねーか?これ屋敷で作ったことねーよな?」
「うちにはこんなにスパイスが無いからね。作りたかったけど作れなかったものの一つだよ。父さんも好きだろうね」
「アーノルド様? 父さん?」
「あれ?言ってなかったっけ?俺はディノスレイヤ家の三男だよ」
「えええええぇ~!!!!」
驚くコック達。俺をディノスレイヤ領の使用人だと思ってたらしい。
「今までご無礼を・・・」
「何も気にしてないよ。俺は領主でもなんでもないからね。でもそうじゃなきゃエイブリックさんと食堂でご飯食べたり、一緒に狩りに行ったりするのおかしいと思わなかったの?」
「そ、それはそうなんですが・・・。まさか辺境伯様のご子息が厨房に入られるとは思わず」
「そうか。普通は料理人に任せるよね。でも俺は自分好みのものを作って貰う方がいいからね。うちは屋敷のコックとこうやって色々試して作ってるよ。なぁダン」
「ぼっちゃんが色々考えてくれるお陰で俺達の飯も旨くなったからなぁ。こうやって手伝わされるけどよ」
「ダンさんはいつもは何を・・・?」
「ダンは俺の護衛兼世話係兼剣の師匠兼パーティーメンバーってやつだね」
「護衛?つまり使用人ということですか?」
「立場上はそうなるね。俺は家族だと思ってるけど」
「恥ずかしいこと言うなよ」
照れるダン。
「ぼっちゃんは変わっててな、立場がどうとか身分がどうとか種族がどうとかまったく気にしない奇特な人だ。いつもメイドや俺達と飯食ってるぞ」
「俺が変人みたいに言うなよ。別にそんなのどうでもいいんだよ。ただ貴族の家に生まれただけで俺が偉い訳でもないし。そもそも貴族が偉いってのが良くわかんないからな。偉そうにふんぞり返ってる人より、こうやって毎日懸命に仕事してる人の方が偉いんだよ」
「し、師匠・・・」
「はいはい、作業に戻って。時間ないよっ!次はこれやってっ!」
「「はいっ!喜んでっ」」
居酒屋かよ・・・
仕込みは終わったし、後は任せておこう。
執事の人が呼びにきてくれて、食堂に入ると王様もアーノルドもいた。
アーノルドは俺がやった魔力の出し入れのことで帰れなくなったらしい。そんな恨めしそうな目で見るな。先に言わなかったお前が悪い。
晩飯はまずはあの酒で乾杯するらしく、水割りで用意されている。食前酒ならもう少し甘いのにすればいいのに。
「ほう、これは飲んだことの無い酒ではないか」
「ディノスレイヤ領で新しく作られた酒です。次の社交会で披露する予定です」
「なるほど、これらの飯もそうか」
鹿肉のローストとウサギ肉3種類、コールスローサラダ、そこにスープ皿が用意されている。
メイドが各自のスープ皿にカレースープを注ぐ。
「なんだ?この臭いは?」
3人の声が揃う。
あれ?嗅ぎなれてないから違和感があるのかな?コックには好評だったんだけど。
「いっただきまーす」
俺はスープを口に運び懐かしい味を堪能する。やっぱカレー味は正義だよなぁ。パンも浸して食べよう。
俺が旨そうに食ってるのを見てまずアーノルドが手を付ける。
「おっ!これは食ったことの無いやつだ。ゲイル新作か?」
あっ!?
ギロリンとエイブリックがアーノルドを睨む。
「よいよい、これらもゲイルが関係しておるのであろう?いきなりコック達がこのような新作を作れるとは思わん。バレバレじゃ」
「はぁ~。ゲイル、これらの料理の説明をしてくれ」
もういいんだよね?とエイブリックを見ると観念したのか頷く。
「このスープはカレーと言ってね、色々なスパイスを調合してあるんだ。もっと辛いのとか作れるけど、初めてだから控えめにしてあるよ」
「うちでは作ったことないよな?」
「うちにはこんなにたくさんのスパイスが無いからね。うちの領でも買えたら作れるよ」
「エイブリック、ディノスレイヤ領で入手出来るように手配してやれ。他に欲しいものがあれば全部じゃ。色々とあると他にも作れるかもしれんのであろう?」
「そうだね。明日何があるかヨルドさんに聞いてみる」
「ゲイル、どこを窓口にすればいいんだ?ドワンのところか?」
「おやっさんの所は今手いっぱいだからロドリゲス商会にお願い。うちの領から流通させるものもそこを通すから」
「わかった。ロドリゲス商会だな」
頑張れザック。王室御用達商会になったぞ。
「このカレーとやらは癖になるのう。あとこの3つはウサギか?」
「マヨ焼きと柚子胡椒風味の唐揚げ、焼き肉のタレ味のソテーだよ」
エイブリックは唐揚げをパクついて酒を飲む。
「むっ、この唐揚げの味はなんだ?」
「柚子と唐辛子と塩を練ったもので味付けしてあるんだよ。鍋とかにも使えるから冬にはたくさん出番があるよ。お酒に合うでしょ?」
「ゲイル、この焼き肉タレ味とはなんじゃ?」
「味噌という調味料をベースに色々混ぜて作ってある。味噌はうちの領の特産品なんだけど数が少なくて流通してないんだ。今増産をお願いしてるけど流通し始めるの2年後くらいかなぁ?」
「すぐには手に入らんのか?」
「ここで使う分くらいなら大丈夫かな?焼き肉のタレは村の特産品にするからタレはそこから買ってね。ロドリゲス商会を通すから」
「タレのレシピは?」
「これは非公開。村の収入源にしてあげたいから」
「なるほど、お前が領主みたいだな」
まさかと返答しておく。
「この焼き肉のタレ味もマヨ焼きと言うのもたまらんのぅ。酒が進む味じゃな。しかし柚子胡椒も捨てがたい・・・」
「ウサギ肉はあっさりしてるからね。こういう味付けが合うんだよ。鹿肉のローストも食べてみて」
「これは肉の塊を焼いただけではないのか?」
まぁ食べてと薄切りにしてもらう。
「まだ中が生ではないか?失敗か?」
「赤いけど熱は通ってるから」
俺とアーノルドはソースをかけて食べる。うんバッチリだ。アーノルドは赤ワインを頼んでいる。こういうのに合うんだよな。
俺達を見て王様とエイブリックが恐る恐る食べた。
「おぉ」
「これは・・・」
冒険者時代に鹿肉を直火焼きして食べていたエイブリックには衝撃的だったようだ。
「エイブリック、驚いただろ?ステーキも魚もこいつに焼かせたら断然旨いぞ。二度とあの頃の飯には戻れん」
「鹿肉がこんなに柔らかくて旨いとはな・・・」
「アーノルドよ、ステーキもそんなに違うのか?」
「それなら一番初めにヨルドさん達に試して貰ってるから、これからは美味しく焼いてもらえると思うよ」
「唐揚げはもちろん作れるようになっているよな?」
「大丈夫。だけどここにある材料だと作れないから、それも流通させるように言っておく。お菓子用の粉も」
「何か粉が違うのか?」
「唐揚げは片栗粉。おやっさんの所で作って貰ってる。お菓子の粉は薄力粉。ロドリゲス商会に全部押さえてもらってるから安定供給出来るよ。王都全部から注文入ると足りないかもしれないけど」
「それは大丈夫だ。しばらくは貴族と貴族用のレストランからしか注文は入らないだろうからな。3年くらい経ったら一気に売れる可能性があると思っておいた方がいいぞ」
なるほど。流行は貴族からってやつか。それより先にうちの領で広まるだろうけど。
アーノルドは翌日の朝、俺達が調教所に行く時に帰って行った。朝飯くらい食って行けばいいのに。
「トビーさん宜しくね」
「はい、お任せを」
軍馬の調教所に行くとすでに何頭もの馬が走らされていた。
「おはようございます、トビーラス・グラッド様」
「うむ、おはよう。今日からお客人の馬をしばらく走らせるから注意せよ」
「はっ!」
グラッド?どこかで聞いたな?どこだっけ? あっ!?
「トビーさん、もしかしてソーラスのご家族さん?」
「はいソーラスがお世話になっておりますゲイル様。ソーラスはわたくしの孫でございます」
「なんだ先に言ってくれればいいのに。ソーラスはうちの馬の調教を付けてくれてるよ」
「はい。家族の反対を押しきってディノスレイヤ領に行くと聞いた時は驚きましたが、ぼっちゃん達の馬を見て納得致しました。ソーラスも良い働き場所を見つけられて良かったです。孫を宜しくお願いします」
「いえいえこちらこそ、ソーラスには世話になってるんで」
そうか、グラッド家は軍馬の調教をしてるんだったな。
「じゃ、シルバー、初めはゆっくりだからね。他の馬が居ても競ってはダメだよ。ここはオーバルコースでもないし小石も多そうだから」
俺とダンは並走しながら邪魔にならないように端によって馬を走らせたのだった。
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