第163話 蛇退治その2
「人形に被せるからなるべく綺麗に倒してね。首を斬り落としちゃダメだよ」
「注文が多いぞ」
「仕方がないじゃないか。綺麗に人形に被せるほうがいいんだから」
「蛇は目が悪いんだろ?別にいいんじゃねぇか?」
ボアポイントに来たらまずまずの大きさのボアがいたが狩り方でもめていた。
「あー、そんなぐちゃぐちゃ言うならお前がやれ」
なんだよそれ?ぐちゃぐちゃとか言うな。蛇退治のためだろっ。
ちっ
ゲイルはボアの頭を水魔法で包むことにした。ちょっと可哀想な殺し方だが一番傷が付かない。
少しでも苦しまないように息を吐いた瞬間を狙う。神経を集中してボアの呼吸に自分をシンクロさせていく。
すぅー はぁー すぅー はぁー す・・
今だっ!
一気にボアの顔を水で包む。ボアは息を吸った瞬間に大量の水が肺に流れ込みその場で倒れ痙攣した。
数秒で動かなくなったボア。
「ゲイル、お、お前今なにやったんだ?」
「え?見ての通り、水で顔を包んで窒息死させたんだけど」
「そりゃ分かるが、なんでいきなり倒れた?普通もっともがくだろう?」
「あまり苦しまないように息を吸う瞬間を狙ったんだよ。一気に肺に水が流れ込んで気絶してから死んだんだ。ほとんど苦しまなかったと思うよ」
「なんちゅう恐ろしい殺し方をするんじゃ・・・」
「いや、恐怖も感じてないと思うよ」
「あれを自分が食らったかと思うとゾッとするワイ」
自分の首に手をあてブルッと震えるドワン。
「ぼっちゃん、どうやってその瞬間を狙ったんだ?」
「ボアのお腹見てたら息を吸って吐いてしてるのが分かるでしょ?それに自分の呼吸を合わせてタイミングを図ったんだよ。父さん達も剣交える時に相手の呼吸に合わせて攻撃したりすることあるでしょ?」
「お、おま・・・お前誰にそれを教わった?ダン、お前が教えたのか?」
「いや、そこまで高度なことは教えてねぇ」
そんな高度なことなんだ。なんかの剣道漫画に描いてあったんだよね。
「坊主、自分でそれに気付いたのか?」
「うん」
そういうことにしておく。
「真剣勝負なら当然じゃない?息を吐いた瞬間狙われたらヤバいんだから。今回は水を吸わす為だったけど」
・・・・3人は沈黙した。
「さ、水魔法も解除してあるから小屋まで持って帰るよ。丁寧に解体してね。肉は食べる分だけ取れればいいから」
「おい、アーノルド、ダン。お前らあと2~3年もしたらゲイルに剣でも敵わなくなるんじゃねえのか?」
「言うな、ドワン。ただでさえ魔法でやられそうなのに、これで剣でも追い抜かれたら・・・」
「せめてぼっちゃんが成人するぐらいまでは追い抜かれたくねぇな・・・」
「ダン、早朝稽古にお前も来い。打ち合うぞ」
「そうさせてもらう・・・」
小屋まで持って帰ったボアの内臓とバラ肉、ロースを取り出し、後の肉は残しておくことにした。
その日は早めに就寝し、夜明けと共に蛇退治に向かった。
ダンとドワンがボアを持って最後尾に、アーノルドが先頭。俺は真ん中だ。ボアの巣穴に近づくにつれ、森が険しくなっていく。日が登って明るくなるはずなのに鬱蒼と暗い。
「ダンそろそろか?」
「そうだな。ちょっと待っててくれ、様子を見てくる」
ダンがボアを置き、さっと巣穴の方向へ向かって走っていった。あの巨体を音もなく走らせるのは相変わらず凄い。
最後の休憩を兼ねてダンの帰りを待つ。
「この先で合ってる。いるかどうかわかんねぇが」
ダンが戻ってきた。良かった。道はあってたようだ。この前付けた目印もわかんないしちょっと不安だったんだよね。
みんな疲れてはなさそうだけど万全を期すために回復魔法をかけておく。
「お、ぼっちゃんサンキュー」
あ、魔法かけられたのわかるんだね。
一息吐いたところで出発だ。
「アーノルド様あそこだ」
ダンが指差すところには前に見た穴があった。
「ゲイル、俺達が配置に着いたら手を上げるからボアを巣穴の前にやってくれ。それとお前は木の上に登って全体を見渡せるようにしとけ。ドワンはその木の前でゲイルのカバーを」
そうアーノルドが言い残してダンとスッと消える。足音も気配も消えてどこにいったのかもわからない。狩りの時はまだ分かるようになってきたけど、討伐に向かう時のアーノルドとダンはこんなに凄いのか。
「坊主、アーノルドは勿論じゃがダンもなかなかのもんじゃ。すごいじゃろ?」
「うん、どこにいったのか全くわからなかった。狩りの時とは全く違うね」
「そうじゃな、あいつらにとって狩りは命を奪うだけじゃ。だが今回は命を奪われる可能性もあるからの。ほれ、配置に着いたようじゃぞ。ボアを投入しろ」
俺はドワンに指を差されるまでアーノルドとダンがどこにいるのかわからなかった。ドワンには二人が見えてたのだろう。これが英雄と呼ばれる冒険者なんだと心底感心していた。
ボアの内臓を取った肉のところに土を詰めて巣穴の前まで魔法でするするとボアを運び、とことこと動かした。
「坊主、早く木に登れ」
あ、そうだった。初めてのまともな実戦で舞い上がってるのかすっかり忘れてた。フワフワと浮かんで木の枝に乗り、ボアを動かし続ける。
ピリッとドワンの気迫が俺に伝わって来た。
来るっ!
真っ暗な巣穴からさらに黒い物が出てくるように感じる。
それを感じ取ったゲイルがすすっとボアを巣穴から少し離すとヌッとデカイ蛇が出てきた。
なんじゃありゃ?
想像してたよりもはるかにデカい。あんな生き物がいるのか?ゲイルは離れていても恐怖で固まった。
「坊主、蛇が全身出すまでボアを巣穴から離せっ!」
くっ、身体が硬直して上手く魔法を操れない。ボアを巣穴から離そうとしても上手く行かずボアがその場で倒れる。
しまった
そう思った瞬間にアーノルドとダンが動いた。
「坊主、しっかりせいっ!もうボアは動かさなくていい。お前は襲撃に備えんかっ」
ドワンの声にハッとする。
動けっ!動けっ!俺の身体!
頭とは裏腹にガクガクと足が震える。ここからでも分かる蛇の圧力に押されているのだ。
落ち着けっ 落ち着けっ
アーノルドとダンが動いたことで蛇も二人に気付いたようで頭を持ち上げて臨戦態勢に入った。
ビビってボアを上手く誘導出来なかったことで不意打ちは失敗だ。何をやってるんだ俺はっ!
「坊主、落ち着けっ!後はあいつらがなんとかする。お前は自分の事を考えるんじゃっ!」
ふっ ふーっ ふーーーっ
俺は息をゆっくり吐けるように集中する。
うん、身体に感覚が戻ってきた。
「おやっさん、ごめんもう大丈夫」
「それでいい。安心しろ。お前の前にはワシがおる」
そうだ、ここにはドワンもいてくれる。俺の出来る事は援護しかない。しっかりと戦いを見て何が出来るか判断しなければ。
アーノルドとダンは蛇を相手に苦戦しているように見える。木や蔦が複雑に入り組む事で動きが制限されている。おまけに皮に傷を付けないで倒すというハンデもしょっているのだ。
あの木々を枯らしてぼろぼろにすれば戦いやすいかもしれない。
が、攻撃魔法が必要になるかもしれないと魔力を温存しているのが裏目に出た。あれだけの木を枯らすには俺の魔力残量が多すぎる。水に捨てるにしても時間が掛かる。攻撃するにしてもアーノルド達と蛇の動きが速すぎて誤射するかもしれない。後ろから誤射してやると思ったがホントにそうなりそうだ。
そうだっ!
ゲイルは土魔法で逃げ込まれないようにまず巣穴を塞ぐ。次に氷魔法と風魔法の複合でブリザードにして蛇の周りに吹き付けてやる。
びゅお~~
よし、魔力を結構使うし蛇の動きも鈍ったようだ。あまりやり過ぎるとアーノルド達の足元が凍ってまずい。
減った魔力の分をアーノルド達の周りの木々から奪う。
ずずずっ
離れている分吸うのが遅い。
ずずずっ
ずずずっ
ずずずっ
よし、だいぶ枯れてきた。戦っている場所が緑から茶色に変わっていく。
ずずずっ
ずずずっ
ずずずっ
ボロボロボロ・・・
やった、木々が崩れていった。
「坊主、よくやった!あれで戦いやすくなるじゃろ」
木々が入り組んだ迷路のような戦場から広場の戦場へと変わっていく。
アーノルドとダンの動きがよくなってきた。もう大丈夫かもしれない。
ふっと気が抜けた瞬間、しなるムチのように動いて攻撃を仕掛けていた蛇の動きが止まり、頭を大きく持ち上げた
動きの止まった蛇の正面に立ち、ぐっと腰を落として構えるアーノルド。
決める気だ。
その時にフッと嫌な予感が走った。
「アーノルドっ!」
俺は今まで出した事が無いくらいの声で叫んでいた。父さんでなくアーノルドと呼んだことも気付かずに・・・
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