第156話 合格祝いの家族旅行その5

「お、ボアが2頭も入ってるじゃねーか」


罠の見学に来ていたアーノルド一行はどんぐりの木があるポイントに来ていた。そこにはボア2頭が入っていた。


村の女性陣が槍を構える。


「ていっ!」


一人の女性が1頭のボアを刺す。ボアが血を吹き出して倒れた所を他の女性が止めを刺す。2頭目も同じように槍で刺して殺した。


ベントは自分が止めをさせなかったのに、女性陣がいとも簡単にボアを殺したことに驚愕していた。


「あらみんなずいぶん手慣れているわね」


「はい、ゲイル様の考えて下さった罠のお陰で女性でも安全に狩りが出来るようになりました。それまではほとんどお肉を食べる事が出来ませんでしたから」


罠の扉を開けて中に入る女性陣。罠の中は血だらけだ。ベントは血の臭いに引き気味になった。鹿の血を浴びた時は気付かなかったが、こうして見ているだけだとそこで生き物が死んだのがよく理解出来る。少し気持ちが悪くなってきた。


女性陣がボアを引きずりだすとシルフィードが中に入って水魔法でじゃばじゃばと罠の血を洗い流した。まるで何事もなかったように。


「シルフィード、水魔法を使えるようになったの?助かるわぁ。後で洗いにくるのいつも大変だったのよ」


へへへと笑うシルフィード。


「まるでゲイル様みたいね。初めて罠を洗ってくれたの見た時に驚いたもの」


「うん、私も水魔法が使えたら同じように出来るのにって思ってたの。水魔法を教えて貰って良かった。みんなの役に立てるんだもの」


「今までも植物育てるのに十分役に立ってるわよ。それに良く笑うようになったわね。良かったわ」


みなシルフィードの生い立ちとハーフエルフであることを理解してるので、明るい笑顔を見せるようになったことが嬉しかった。


(ここでもゲイル ゲイル ゲイル。なんなんだよあいつはっ)


ベントは心の中で呟いていた。



ボアの解体が進む頃、他の罠にも獲物が掛かってたようで続々とボアやウサギ、鹿が運ばれてくる。


「アーノルド様、明日の夜に村の皆が歓迎会を開きたいと張り切っておりまして、ご家族旅行だと申し上げたのですが・・・」


「おぅ、歓迎会をしてくれるのか。それは嬉しいな是非お願いしたい」


「それは良かった。皆も喜びます」


明日の夜は宴会か。多分鍋もするだろうからうどんでも作っておくか。


「シルフィード、小麦粉ある?」


「どれくらい必要ですか?」


「ん~、袋半分くらい欲しいな」


わかりましたと取りに行ってくれた。


「父さん、馬車から荷物運ぶの手伝って」


俺は薄力粉を一袋持ってきておいたのだ。麦種が手に入ったらここで生産して貰う予定だからみんなにも食べて貰ったほうがいい。


それに薄力粉の魅力を知ってもらうのにブリックに焼いて貰ったパウンドケーキ20本を持ってきてるしな。薄く切ればみんな一口くらい食べられるかな?


「お前こんなもの持ってきてたのか?」


「まぁね、この薄力粉を気にいってくれるならここで生産してもらおうかと思って」


「そうか、それで何を作るんだ?」


「うどんだよ。どうせ鍋をするだろうからシメに食べようと思って」


俺はシルフィードが持ってきてくれた小麦粉と薄力粉を半分ずつ入れてまぜる。塩と水を加えながら魔法で混ぜていく。この量を自分の手で混ぜるの無理だからな。


もちもちしてきたら丸めて濡れた布をかぶしておく。


「ゲイル様、これは何を?」


「うどんってのを作ってるんだよ。小麦粉だけで作ると硬くなりすぎるから薄力粉を半分混ぜるんだ」


「うどん?」


「今日はこの生地を寝かせておいておくから、宴会が始まったら何か分かるよ」



夕飯を食べながら今日俺が何をしていたかをアーノルド達に話した。


「父さん、この村にも果樹園作りたいんだけど、木の伐採が難しそうなんだよね。そこに生えてる木は資材としては使えなさそうだから枯らしてしまおうと思ってるんだけど、魔法使って枯らしてもいいかな?」


「魔法で枯らす?どうやるんだ?」


「木の魔力を吸ってやると枯れるんだよ。一度に木が枯れたらみんな驚くでしょ?だからやってもいいか相談しておこうと思って」


「後でその場所で1本試しにやってみせてくれ」


「もう真っ暗だよ」


「だからいいんじゃないか。もしまずくても誰にも見られんだろ?」


それもそうか。


俺達は腹ごなしの散歩と言うことでぞろぞろと果樹園造成予定の場所に歩いていった。


「ここだよ。この辺り一帯を果樹園にしたいんだ」


俺の予定では梨園だ。栗や柿は村の中に植えてもいいからな。


「お前、一帯ってそこそこ広いぞ。魔力は大丈夫なのか?」


「吸うって言ったでしょ。使うわけじゃないからいくらでも大丈夫だよ」


「そうか、吸うのか。なるほど。そりゃ大丈夫だな」


俺は壺を作って水を入れていつものように魔力を捨てる。これで吸う準備は完了だ。木に手を当てて魔力を吸っていく。ボロボロになるまで吸い尽くすと薪にも使えなくなるのでその手前までだ。ズズズっと魔力を吸ってやると木が生気を失い枯れ木となった


「こんな感じだよ。根まで枯れてるから、後はロープで馬に引かせたら抜けると思う。もし抜けないならもう少し枯らすか、切って切り株を完全に枯らしてしまうかだね」


木が枯れていく様を見たアーノルドとアイナは渋い顔をしていた。


「あなた・・・」


「あぁ、恐ろしい魔法だな。これが使えたら敵地の農作物を全滅させることが出来る・・・」


アーノルドとアイナがぼそぼそと何かを相談している。


「ゲイル、これはダートスにも相談してみる。ここの村人が秘密を守れるかどうかを含めてな」


元々誰も知らなかった村だ。秘密が漏れる心配は少ない。が、油断は禁物なんだな。


「お前はなぜここに果樹園を作ろうと思ったんだ?」


「え?この村には甘いものなんてほとんどないでしょ?年に一度くらいは思う存分甘い果物食べてもらいたいなと思っただけだよ。街だと何かしら買えるし、砂糖も買える。でもここだとせいぜい葡萄と森の中の木の実食べられるくらいだからね」


「売り物じゃないのか?」


「売りたければ売ればいいけど、そのうち商会の果樹園が出来たら売れなくなるよ。栽培している葡萄も全部ワインにしちゃうから自分達が楽しむものまで余裕無いでしょ。去年までは食べることさえ必死だったけど、今年はきちんと食べられるようになったと言ってたから、次は楽しみも必要だと思うんだ」


「お前、どうやったらそんな発想が出来るんだ?」


「え?父さん達もそうだったんじゃないの?ディノスレイヤ領になる前はそんなに豊かな村じゃなかったんでしょ?」


「そうだが・・・」


「それがディノスレイヤ領になって畑を増やし、人が増え、店が出来て王都から色々な物が増えて楽しみが増えてとかになったんでしょ?」


「うむ・・・」


「やり方は違うけど、やってることは同じなんだよ。別に俺がすることじゃないかも知れないけど、出来る能力があれば使うべきだと思うんだよね。この村の人達はみんな良い人で真面目に働くし、それが報われたらいいなと思うだけ」


「そうか。よく分かった。果樹園を作ることを前提にダートスと話す。開拓が終わったらどうやって果樹園にするんだ?お前が来るのか?」


「まさか。全部与えるだけとかするわけないじゃん。俺はきっかけを作るだけ。春にシルフィードが村に戻ったら果樹園を作って貰うよ。もうやり方は試し終わってるから大丈夫だと思う。後は植えた木がここの気候に耐えられるかどうかだね」


「シルフィードはこの事を知っているのか?」


「はい、ゲイル様が作る予定の果物や木の実を食べさせて貰いました。是非、村のみんなにも食べてもらいたいです」


ダートスの家に戻りながら果物や木の実の話をした。来年にはちゃんと実がなるかな?



アーノルドとダートスの話が終わり、秘密厳守ということで開拓することに決まった。


翌日の朝食後にアーノルドとシルフィードは俺と一緒に。アイナとベントは初めて来る村なので村の中を見て回る事になった。



昨日枯らした木を馬に引かせてみる。


凄いパワーで引くがなかなか抜けない。これ以上は繋いだロープが切れてしまいそうだ。もう少し木を枯らしてみるが結果は同じだった。


「ダメだね、ボロボロになるまで枯らすか切るかしないと抜けないね。シド、冬に使う薪は足りてるの?」


「毎年ぎりぎりまで我慢して使ってます。葡萄畑の開拓も終わりましたので薪集めは大変なんですよ」


じゃ、ボロボロにするのはもったいないな。


「父さん、この枯れた木だとどれくらいの量斬れる?」


「やってみよう」


剣でスパッと枯れ木を凪ぎ払うアーノルド。


「あぁ、これならいくらでも斬れそうだな」


「じゃあ、俺が枯らしていくから斬っていって。但し、倒す方向間違えないでね。シド、木を伐る人間と運ぶ馬と人を増やして。一気にやってしまうから」


はいと言ったシドは他の村人を呼びに行った。


枯らしては斬り、枯らしては斬りを繰り返していく。アーノルドは身体強化しながらさくさくと切り出したので、吸った魔力はアーノルドに捨てる。非常に効率がよい。


どんどん伐採を進める俺達を見て手伝いに来た村人が驚くが、「さすが領主様」この一言で片が付いた。素直な村人達だ。怪しい宗教とか来たらすぐに洗脳されそうだ。


伐採された木々を馬でどんどん平地に引っ張り出す。アーノルド達が休憩している間に切り株をボロボロにしていく。


「ゲイル様、私にも何か手伝えることはないですか?」


何もすることがないシルフィードは手伝いたいと言ってきた。しかし育てるのはお願い出来ても伐採の方は何もないな。


お、あれにしよ。


ゲイルは水瓶を魔法で作り出した。


「ここに水を満タンにしてくれる?」


「ゲイル様は水出せますよね?」


「これは飲む為のやつだから可愛い娘が出した水の方がいいに決まってるじゃん」


手伝いに来てるのは男連中だ。心理的に女の子が出した水の方が嬉しいだろう。それにシルフィードが村人の役に立つということを実感してくれるからな。


シルフィードは可愛い娘と言われて照れていたが、水をじょぼじょぼと出した。


「あと、悪いけど塩をもって来てくれるかな?」


体力仕事でへとへとになってきている男ども。汗も盛大にかいているからスペシャルスポドリを作ってやろう。俺は水瓶に回復魔法と魔力をその水に注いでいく。あまり強く入れすぎるとヤバいから薄甘いくらいに留めた。


「塩を取ってきました。」


シルフィードは走って取って来てくれたようだ。早かったね・・・


先ほどの水に塩を入れてほんのり塩味が感じられくらいに調整し、少し冷やして完成だ。


土魔法でコップと柄杓を作って各自好きに飲んで貰った。


今度は大きめの水桶を作り同じ要領で作る。念のため塩は入れないでおこう。これは馬用だ。


「シド、馬にこれを飲ませてやってくれ」


「馬にも用意してくれたんですか?」


「大切な馬だろう?一緒に働いてくれてるんだ。これくらいは当然だよ」


シドはなんか感動していた。


「おー、冷たくてうめぇ。シルフィードの出した水飲むとなんか元気が出るな。もっとやる気が出てきたぞ」


男どもが嬉しそうに水を飲む。シルフィード人気あるじゃん。


「はい、アーノルド様。こちらをどうぞ」


シルフィードはアーノルドに水を持っていった。


「ありがとう。頂くよ」


そういって水を飲んだアーノルドはちらっと俺を見た。あ、バレたみたいだ。



「さ、今日中に終わらせるぞ」


「「おーっ!」」


一気に回復した村人と馬。まるでドーピングだ。昼飯は抜きになってしまったが梨園の造成が完了した。


「シド、これを薪にするのはお願いね」


「もちろんですよ。これだけあれば今年の冬どころか来年の冬まで使えそうです」


「薪を保管する場所あるのか?」


「さすがにこの量は無理ですね。各家に配って、村の保管庫に入れても・・・」


「保管庫作ってやろうか?どこの場所がいい?」


「え?」


「だから薪の保管だよ。雨や雪が防げるだけの簡単なものでいいだろ?」


「そりゃそうですけど」


「じゃ場所案内して。父さんありがとう。俺は薪の保管庫作ってくるから先に戻ってて」



「この辺りがいいんですけど、どうやって作るんですか?」


「え?魔法でだけど」


土魔法で一軒屋くらいの小屋をもりもりと作っていく。一応棚みたいなものも壁に付けておいた。


「扉は大工仕事出来る奴に扉を付けてもらってね。あと、何年持つかはわからないから、もし崩れだしそうなら次は自分たちで作り直して」


「こ、こんなあっという間に・・・」


「これも一応秘密だからね」


「は、はい」


唖然とするシドは小屋の前で呆然と立ち尽くしていた。


さ、次はうどん作ろ。


ダートスの家に戻った後、アーノルドに剣でうどんを斬って貰った。


アイナ達は村の見学中に怪我している人を治してたそうだ。



村人がぞろぞろ集まりだしてきた。そろそろ宴会が始まりそうだね。もうお腹ペコペコだよ。



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