第153話 合格祝いの家族旅行その2

日が暮れる前に夜営の準備だ。


アイナとシルフィードは馬車のクッションをベッドにして車中泊。アーノルド、ベント、俺は外だ。


「父さん、なんか狩って来てよ。その間に小屋とか調理の準備しておくから」


「お前は狩りに来ないのか?」


「父さん一人で十分でしょ?だったらベントを連れてったら?」


「僕が?」


俺とベントはほとんど話をしていない。そんな俺に狩りに行けば?と言われたら驚くだろう。


「この辺ならそんなに危なく無いだろうし、自分で狩った獲物をシルフィードに食べさせてやれば?」


「自分で狩ったものをシルフィードに・・・」


まぁ、無理だろうけど。経験にはなるだろうからね。


「父さんが居れば大丈夫でしょ?連れて行きなよ」


「僕も行きます」


おーおー、恋の力は偉大だね。シルフィードが居なければ絶対に断ってただろうな。


「そうか、行くか。じゃあ、剣を持って付いて来い。大物を狩るぞ」


いや、一晩だけの食料だから大物はいらないぞ。ウサギとかでいいから。


「シルフィード、母さん。僕狩りに行って来るよ。美味しいもの狩ってくる!」


馬車に剣を取りに行ったベントは二人に自慢するように言ってからアーノルドに付いていった。


俺はその間に馬小屋と自分達が泊まる小屋を作った。扉は無いけど一応部屋を3つに区切る。アーノルドのイビキとかうるさそうだからな。


それと風呂だな。地面に直接作るのは万が一魔物に襲われた時に困るから小屋の屋根に作ろう。小屋に階段付けて、大きめの湯船を作ってと。


風呂の後は調理台と竈を作って、スープの準備に取りかかる。


アイナとシルフィードが手伝いに来てくれたので野菜を切って貰った。


牛乳に薄力粉とバターでクリームソースを作り茹でたじゃがいも、ニンジン、タマネギ、ベーコンを入れて味付けして完了。寒くなった夜にはクリームシチューだ。


「白いスープなんですね。」


「スープというかシチューだね。焼いたパンと一緒に食べると美味しいよ」


「ゲイルの作る料理はどこの食堂よりも美味しいわよね。ブリックも相当腕を上げてきたけど、ゲイルが作った方が美味しいのよね。同じものでも何が違うのかしら?」


「ベント様がコックの事を話されてましたけど、ゲイル様が手解きされてるんですよね?」


やっぱりバレてる。


「そうだね、初めて作るものはレシピを教えてるけど、ブリックも自分なりに色々と工夫してるよ。お菓子も作れるようになってきたしね」


最近、晩御飯の後にデザートが出る。アイナは結構楽しみにしているようだった。


「私も色々と作れるようになれたらいいなぁ」


「冬場は他に出来ることも少ないから一緒に作ればいいよ。蛇退治が終わったら小屋で色々試そう。でもその前に治癒魔法を習得しないとね」


俺がそういうとちょっとシュンとしてしまった。



「ベント、居たぞ見えるか?」


「どこですか?」


「ほら、あそこの斜面に鹿がいるだろう?まだそんなに大きくないからちょうどいい」


えっえっえっ?

ベントはアーノルドが指差す方向を見てもまったくどこにいるのかわからない。


アーノルドは周りの気配を探り、危険が無いかを確認した。


「お前、鹿を仕留めてみるか?」


「僕がですか?」


「シルフィードに自分で狩った獲物を食わしてやるんだろ?。俺が追い込んでこっちに誘導してやるから仕留めてみろ。鹿なら襲われても打撲程度で済むから怖がるな」


自分で狩った獲物を食べさせると言って来たのだ、やるしかない。


「わかった。父さんお願い」


それを聞いたアーノルドはスッと姿を消す。いきなり消えたアーノルドに驚くベント。


「あ、あれ父さん?父さんっ?」


安全だと言われたが森に一人で残されて一気に不安になる。木を背中にしてあちこちをキョロキョロ見渡す。


「ベント、行ったぞ、構えろっ!」


アーノルドの声が聞こえてはっと前を見ると血を流した鹿がこちらへ走って来る。


「あわわわわっ!」


ヒッ


ベントは腰を抜かしてその場に尻もちを付いた。


ザクッ


とっさに頭を庇った剣に嫌な感触が走った。


ベントを飛び越えようとした鹿だったが、アーノルドにやられた怪我で思うように跳べず頭を庇ったベントの剣の切っ先に当たってしまったようだ。


その場で倒れてもがく鹿。致命傷には至っていないので、立ち上がって逃げようとしている。


「ベント、止めを差せ!長く苦しませてやるな」


アーノルドに止めを差せと言われて鹿を見るが、血まみれになり、濡れた鹿の目は泣いて許しを請うているように見えた。


「そ、そんなの出来ないよ」


「お前がそうしている間も鹿は苦しいんだ、早くやれっ!」


ベントは首を横に降って剣を振る事が出来なかった。その様子を見たアーノルドがスッと剣を振り鹿の頭を落としたのだった。


木に鹿をぶらさげながら血抜きをするアーノルド。


「ベント、初めて生き物を斬った感覚はどうだ?」


「手に嫌な感覚が残ってます・・・」


「ジョンもなかなかゴブリンを斬れなかった。それで殺されそうにもなったな」


「あのジョンが・・・?」


ベントはいくら稽古をしても結局ジョンから1本も取れなかった。途中で剣を止めてしまったベントはこの先一生1本も取る事ができないだろう。ジョンはベントに剣のコンプレックスを与えた存在でもあるが、どこか憧れも残る存在でもあそんなジョンでも初めは斬れなかったと聞いて不思議に思った。


「ゴブリンって弱い魔物ですよね?ジョンなら簡単に斬れるんじゃ」


「あぁ、能力的にはな。だがゴブリンは人と姿が似ているからな。斬るのに勇気が必要なんだ。お前も死にかけの鹿を斬るくらいの腕はあるだろう?でも斬れなかった。それと同じだ」


「ジョ、ジョンはゴブリンを斬れるようになったんですかっ?」


「あぁ。ゲイルがゴブリンに襲われそうになってな、それを守る為に斬った」


「ゲイルを守る為に?」


「ジョンはゲイルが危ないと思った時にとっさに動いたそうだ。あいつは騎士を目指しているからな。大切な物を守る為に剣を振るう事が出来たんだな。お前にそうなれとは言わん。目指しているものが違うからな。ただお前がいつも食ってる肉は誰かがこうやって生き物の命を奪って得たものだ。その事は知っておく必要があるぞ」


「は、はい」


「さ、血抜きも出来たし戻ろう」


アーノルドがずるずると鹿を引きずりながらベントと一緒にみんなの元へと戻った。



「お帰り~!」


アーノルド達が戻ってきた。獲物は鹿か。ウサギで良かったのに。それにベントのやつ血まみれじゃないか。怪我してそうには見えないから鹿の返り血だな。どうやったらあんなに顔から血まみれになるんだ?


俺はベントにクリーン魔法を掛けてキレイにしてやった。


「ベント、小屋の上に風呂沸いてるから身体を洗ってきなよ。初めての狩りで疲れただろ?」


ゲイルがそう言うとベントは、


「お前はジョンに守ってもらったんだろ?俺は鹿を斬ったんだっ!」


そう言って風呂に向かった。


なんのこっちゃ?とアーノルドをチラッと見ると両手を広げておどけて見せた。


鹿を解体していく。シルフィードが手伝うとのことだったので水魔法で血の洗い流し担当をしてもらう。


ゲイルは解体された肉を焼き肉用とロースト用に切り分けて下ごしらえをしていき、アイナには残りの肉を干し肉用にしていった。明日には村に着くのに食いきれんからな。


網焼きでもいいんだが、脂身の少ない肉なので鉄板焼きならぬ土板焼きにしよう。残りの焼き肉用はタレの壺に漬けておいて村で食べればいいか。


塩胡椒とニンニクを塗った肉の塊を簡易オーブンに入れて表面が焼けたら火を消してそのままゆっくりと内部まで熱を通しておく。シチューを温め直して、焼いたパンと塩胡椒で味付けした焼き肉を土板でじゅうじゅうと焼きだした。


風呂から上がったベントも降りてきた。


「さ、喰うぞ。ゲイル、さっき焼いてた塊肉はいつ食えるんだ?」


「まだ時間かかるから先に焼き肉とシチュー食べて」


「さ、ベントも食べましょう。あなたが狩ってきた肉よ。自分で狩った肉は特別に美味しいのよ」


と、アイナがベンドに言っているのに先に食べるアーノルド。俺は中身がおっさんだけど、アーノルドの中身は子供だな。


「うん、旨い。鹿は網焼きよりこっちの方がいいな」


続いてシルフィード。


「ベント様が狩ってきた肉は柔らかくて美味しいです。ありがとうございます」


シルフィードにそう言われたベントはみるみる内に元気が戻り、肉を食べ出した。


しこたま焼き肉とシチューを食ったのでロースト肉は翌朝のサンドイッチに使うことにする。


食事中、ベントの狩りスペクタクルが炸裂していたがアーノルドは苦笑いをしていた。



屋根の上に作った風呂の湯を入れ直し、アイナとシルフィードが一緒に入ったあと、俺とアーノルドが一緒に入っていた。ベントは疲れたのか興奮し過ぎたのか先に寝ていた。



「父さん、ベントが言ってたジョンに守られた癖にってなんなの?」


「ベントにジョンがゴブリンを斬れなかった話をしたんだ」


あー、あの時の


「ということはベントは鹿を斬ったわけじゃないんだね?鹿に止めを刺せずに父さんが仕留めたからその話をしたんでしょ?」


「お前、見てたのか?」


「それくらい想像付くよ。でも何であんな血まみれだったの?」


「ベントの方に追い込んだ鹿にベントの剣が当たってな。その時の血だ」


「へぇ、追い込んで貰ったとは言え、初めてで剣を当てるなんてすごいじゃん。さっきの自慢話はまんざら嘘でもないんだね」


「それがな・・・」


アーノルドは真相を俺に話した。道理でケツが泥まみれだったわけだ。しかしアーノルドよ、それは黙っておいてやるのが親心じゃないのか?


やっぱり中身は子供なんだろうな。

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