第152話 合格祝いの家族旅行
さて明日はいよいよボロン村に出発だ。シルフィードもいるがベントの合格祝いを兼ねた家族旅行なのでダンもミーシャもお留守番だ。
領主一族が護衛も無しに旅行に行くのもどうかと思うが、アーノルドとアイナが居れば護衛もいらないか。それに蛇の件もあるのでダンは屋敷に残っていた方がいいらしい。
ちなみに晩御飯はこの前仕込んであったタンシチューだった。ベントにはなんの肉か説明しなかったから美味しそうに食べていた。
翌朝出発の時
「ぼっちゃん、シルフィードに服を渡したのか?」
「あ、忘れてた」
「ぼっちゃま、これですよ」
ミーシャが包みを渡してくれる。
「シルフィード、これプレゼント。もう寒くなるし、村はもっと冷えるんでしょ?」
「私に?」
「この前買ってきたんだ。ミーシャが選んでくれたから俺もまだ見てないんだけど」
がさごそと袋を開けるシルフィード。
「わっ!コート。こんな高そうなコートを私に?」
広げて見るとアイボリーを基調としたフワフワのデザイン。ファー付きのフードとボタンの所にボンボリが付いた女の子らしいものだった。ちょっと幼いデザインのような気がするが・・・
まさかミーシャはシルフィードを自分より歳下だと思ってないだろうな?
「ミーシャ、ちなみにシルフィードの年齢知ってるか?」
「えっ?シルフィードちゃんは10歳か11歳くらいですよね?」
やっぱり・・・
「シルフィードは20歳だぞ」
それを聞いて、サラから色々と何かを言われているベントが盗み聞きしていたのかぎょっとしていた。
「えっえっえっ?そうなんですか?す、すいません。デザインが幼すぎましたね・・・」
「いえ、ミーシャさんが選んでくれたコート、とっても可愛いです。ありがとうございます」
お世辞や気を使った感じのお礼ではなく、本気で喜んでくれているようだ。小さな頃から貧しかった村で育ったシルフィードはこういった可愛い物がなかったから憧れとか残ってるのかもしれん。
「気に入ってくれたなら良かったよ。まだこれを着る季節じゃないけど持って行った方がいいね」
「ゲイル様っ!ありがとうございます」
そう言ってガバッと抱きしめられた。
やめて、皆が見てる・・・
「ゲイル、女の子に服をあげる人はそれを脱がす魂胆があるからって言われているのよ」
ちょ、アイナ、何言ってやがる。それは下着だろうが。
「ゲ、ゲイル。お前その歳でそんな・・・」
アーノルドも真に受けるんじゃない。
「母さん、3歳の息子に何を言ってんだよ。父さんに服買って貰った時の事を思い出して言ってんじゃないの?」
ボッと赤くなるアイナとアーノルド。図星か。親のそんな所を見せられるのはたまったもんじゃ・・・
ゴスッ
って、アーノルドが照れて頭を殴りやがった。なんだよ、お前の妻がいらんこと言うからお返しだろ?
「しゅ、出発するぞ」
シルバーとアーノルドの馬ソックスの2頭立てでアーノルド家の新型馬車が出発した。御者はアーノルド。領主自ら御者って・・・
カッコカッコと軽快に走り出した馬車は乗り心地が良かった。
「ゲイル様、この馬車は凄いですね。あまり揺れないのでお尻が痛くなりません」
「馬車自体に衝撃が来ないように作られていて、座るところもクッション性を高めてあるからね。うちのベッドも寝心地いいだろ?あれと同じ仕組みになってるんだよ」
自慢のスプリングクッションだ。ベントは当たり前のように感じているだろうが、この世界ではどこにもない最新の技術が盛り込まれているのだぞ。
「やっぱり領主様のものは凄いですね。村のものはどれもカチコチですよ!」
ゲイルとシルフィードがキャッキャと話していると、
「あ、あの・・・シルフィード。その帽子似合ってるね」
ベントが赤くなりながら勇気を出してシルフィードと話すきっかけを探していたようだ。
今日シルフィードが被っているのは深い緑色の帽子の方だ。淡い緑の髪と深い緑のコントラストが良く似合っている。ミーシャが選んだらフワフワウサ耳付き帽子とか選んでたかもしれん。
「ありがとうございます。これと色違いの黒の帽子をゲイル様が買ってくれたんです」
「ゲイルが?」
「はい、フードを深く被っていると怪しいからって」
そう言っててへっと笑うシルフィード
「そ、そうなんだ。この旅行から帰ったら僕も何か買ってあげるよ。お小遣い貯めてあるから」
お小遣い?そんなの貰ったことないぞ。なんなら外で食べる食材とか冬の服とか全部自分でお金出して買ってるんだけど?
チラッとアイナを見るとそれが何か?ってな感じで微笑まれた。余計なことは言わないでおこう・・・
ベントから何かプレゼントするって言われたシルフィードはそんなの大丈夫ですとやんわり断っていた。
「おーい、そろそろ昼休憩にするか?」
御者台からアーノルドが大きな声で叫んで馬車を止めた。馬も休憩させないとダメだしね。
俺達は馬車から降りてゆっくりと身体を伸ばしてご飯の準備に取り掛かった。といっても持ってきたホットドッグなのだが。
馬を馬車から外すとシルバーが駆け寄ってくる。俺が馬車に乗ってるのが寂しいらしい。顔を思う存分撫でてやると満足したのかその辺の草を食べ出した。タンポポみたいなヤツがお気に入りみたいだ。
俺は土魔法で水桶を作り、たっぷりと水を入れておいた。
「すこし肌寒くなってきたわね。ホットドッグも美味しいけど、温かいものが恋しくなるわね」
アイナは一口ホットドッグをかじるとそう言った。
「ホットドッグを温め直してスープでも作る?」
「あら催促したみたいで悪いわね」
みたいって、催促してんだろ・・・
土魔法で竈と簡単なオーブンを作り、アーノルドが拾ってきた木に火を点ける。スープはベーコンとじゃがいもの簡単なやつ。ホットドッグは簡易オーブンで軽く焼き直した。
「わぁ、美味しいです。旅先でもこんなのが食べられて、それに揺れない馬車で快適です」
「そうね、一度こんな旅をしてしまったら昔には戻れないわね」
「そうだな、干し肉と硬いパンをその辺の草スープで無理矢理流し込む事が多かったからな」
「昼ご飯抜きとかも多かったわよね」
「そうだな、そう考えたら今は本当にいいな」
この人達、俺が一緒に旅行に来なければどうしてたんだろ?アイナは水を出せるしアーノルドが竈を組んで準備しても時間かかるだろうからな。
「父さん、俺がこうやって準備しなかったらどうしてたの?」
「ん?そんなの決まってるじゃないか。そのままホットドッグ食べて終わりだ。昼飯にわざわざ竈組んでスープなんか作る訳ないだろ。面倒臭い」
その面倒臭いのを俺にやらしたわけだ?
「ゲイルがいるとホントに便利よねぇ。ね、シルフィード」
「あ、はい。美味しい物が食べられて嬉しいです」
シルフィードの言葉で癒される。夫婦揃って俺を便利家電扱いするのとは大違いだ。
「シ、シルフィードはうちの屋敷のご飯好き?」
「はい、お屋敷のご飯はとても美味しいです。それも食べたことない物ばかりで」
「うちのコックは優秀なんだ。この前王都に行った時に食べたご飯よりずっと美味しい物を作るからね」
ブリックが優秀になってきたのは同感だけどシルフィードにコック自慢するのはどうかと思うぞ。シルフィードは俺がブリックに料理を教えてるの知ってるからな。
「へぇ、そうなんですね」
シルフィードも余計な事を言わずに話を合わせてくれたか。
その後も屋敷の自慢を色々するベントだが、すべて俺が関わっているものだった。
休憩が終わり出発する。御者はアイナに代わった。どちらも御者が出来るのは便利だ。俺が馬車に乗り込もうとするとアイナが隣に座れと言い出す。
「ゲイルも御者を覚えなさい」
なんでだよ?
「父さんと母さんが交代でするから俺が覚える必要ないでしょ?」
「何事も経験よ。つべこべ言わずにここへ来なさい」
アイナにむんずをされる前に隣に座った。
「先にベントに教えなよ。あいつ何にも出来ないんだから」
馬車を発進させてカッコカッコ音が鳴り出してからアイナにそう切り出す。
「ベントに教えても無駄よ。あの子は馬の気持ちをわかろうとかしないもの。人には向き不向きがあるのよ」
そりゃそうだろうけど。
「それにね、たまにはシルフィードをベントに譲ってあげなさい。ゲイルはいつでも一緒にいられるでしょ。あの子、一生懸命に話しかけてるわ」
「あの会話は逆効果だと思うよ。自慢話ばかりじゃないか。それも自分がやったことじゃないやつばかり」
「それでもいいのよ。ゲイルみたいに物事を知ってるわけじゃないからあれくらいの会話しか出来ないのが当然なのよ。自分の話が面白くないと気付くのも経験のうち」
いや、自分の話が面白くないと気付ける人間は少ないぞ。おっさんが若い子に自慢話を延々と話して陰口を叩かれるのは世の常だからな。その内誰も聞いてくれなくなってキャバクラとか金払って聞いて貰うしかなくなるんだ。
「シルフィードが可哀想だね。延々と下らない話を聞かされるわけだ」
「大丈夫よ。そのうちアーノルドが冒険者時代の自慢話をし始めるから。魔物討伐の話は結構面白いのよ。私が聞いてたら事実と違う所も誰もわかんないでしょ」
なるほど、当事者がいると話を盛れないからな。
「ゲイルもいると矛盾点に気付いちゃうからあなたはここにいる方がいいの。それにたまには母さんと二人でいるのも悪くないと思わない?」
そうだな。アイナと二人きりで一緒にいる経験ないな。
俺はアイナに最近何をしているか、これからどんな事をしようとしているのかとか色々と話した。アイナはそれをニコニコとして聞いていた。
馬車の中ではベントの下らない自慢話はすぐにとりあげられ、アーノルドの壮大な冒険スペクタクルが繰り広げられていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます