第146話 挫折
翌朝商会に顔を出してから森へ向かった。ドワンは仕事が溜まって来たとかで森には来ないらしい。
俺達3人で森に到着し、シルフィードは昨日のおさらいをして、問題がなければ水の魔石を外して自分の力で水を出す訓練だ。最終的には棒無しで水を出せれば合格だ。
俺とダンは久しぶりに剣の立ち稽古をすることになった。
「ダン、剣の腕が落ちたんじゃないか?」
「そんなことはねぇぜっ!」
こんなこといいつつ午前中みっちりと剣を打ち合った。といっても俺の剣はまるでダンには通用しない。1本も取れずに終わり、あちこちに俺だけに出来たアザに治癒魔法をかけた。
「ぼっちゃん、だいぶ剣の扱いが上達したよな」
「一本も取れてないけどね」
「剣を握って間もないぼっちゃんに1本取られたら恥だぜ!」
「あと1年もあればボコボコにしてやるからな」
そう言ったらダンは楽しみにしてるぜとカッカッカと笑っていた。
「お昼ご飯を食べようか。シルフィードもお腹空いたでしょ」
俺達は久しぶりに釜でピザを焼いて食べた。
「これはなんていう料理ですか?」
「これはね、ピザっていうんだよ。無性に食べたくなる時があるんだよ」
「スッゴク美味しいです。村でも作れたらいいのに」
「そんなに難しい料理じゃないけど村だとチーズが手に入りにくいかな?」
「この前牛乳とレモン汁で作ってくれたやつはダメなんですか?」
「んー、ここまでコクが出ないからね。それに村に牛が居ないでしょ?牛乳すら手に入らないんじゃないかな?」
「あ、そっか。こちらに来てから普通に買えるから忘れてましたねぇ」
「今度のボロン村への旅行には間に合わないけど、春に戻る時に何頭か牛買って帰ればいいんじゃないかな?酪農もやれば豊かになるしね」
「そうですねぇ。購入資金の問題がありますね」
そうか。何でもほいほい買える俺がおかしいんだな。気付かない内にここでも俺は浮かれてたわけだ。
「父さんにも相談しておくよ。村への援助でなんとかならないかと」
「そんな事が出来るんですか?」
「領地になったとは言え、飛び地で何にもしてないからそれくらいしてくれるかもしれないね。まだわかんないけど」
「では期待半分でお願いします」
てへ、と笑いながらおねだりするシルフィードは可愛かった。
「これからの予定なんだけどね、今日中に水魔法が棒無しで使えるようになったら次は治癒魔法を覚えてもらおうと思ってるんだ」
「はい、頑張って今日中に水魔法使えるようになりますっ!」
「その治癒魔法は母さんに教えてもらえるように頼んであるから、母さんから学んで」
「えっ?」
「ぼっちゃん、治癒魔法使えるじゃねぇか。さっきも自分のアザ治してたよな?」
「そうなんだけどね、母さんの治癒魔法の方がシルフィードに向いてると思うんだよ。俺のを先に覚えてしまうと良くないと思ってる」
「治癒魔法に種類があるのか?」
「魔法自体は同じものだね。ただ俺のと母さんのでは質が違うんだ。俺には母さんと同じ治癒魔法は使えないから」
「ふーん、ぼっちゃんでもそういうことあるんだな」
「そりゃそうだよ。俺は完璧じゃ無いからね。出来ない事もたくさんあるよ」
「ゲイル様がアイナ様と同じ治癒魔法を使えるようになってから教えて貰うことは・・・」
「うん、無理かもしれないから母さんから教えてもらって。なんせ聖女様と呼ばれている人だからね母さんは。」
「は、はい・・・」
そのあと俺はシルフィードの練習を夕方までボーッと眺めていた。
「ゲイル様、やった!やりました!棒無しで水が出ました!」
「さすがだね。水魔法が使えたら獲物の解体の時も洗えるし便利だよ」
「ゲイル様が村に来たときにやってた奴ですね」
「そうそう。よく覚えてたね」
シルフィードと話すきっかけになればと思って見せるように魔法使ったんだよね。
「はい、こんな小さな子供が魔法で水を出してるのを見て凄いなぁ、私とぜんぜん違うなぁって思ってたんです」
「俺はシルフィードと話したくて魔法見せてたんだよ。隠れて出てこないから」
「そうだったんですか?ぜんぜん知らなかったです」
「誰にも言ってなかったからね」
「そうするとシルフィードはまんまとぼっちゃんの毒牙に掛かったんだな」
毒牙・・・なんて人聞きの悪い。
シルフィードが水魔法を使えるようになったので屋敷に戻る事にした。シルフィードは明日からアイナの治療院の手伝いをしながら治癒魔法を教えてもらう事にした。
翌朝俺はダンと二人で出掛ける。
シルフィードはアイナと応接室で話をしていた。
「今日から治療院の手伝いをしてもらいながら治癒魔法を覚えてもらうわ」
「はい、宜しくお願いします」
「確認なんだけど、本当はゲイルから教えてもらいたかったんじゃないの?」
「はい」
「本当に私が教えるのでいいのかしら?」
「ゲイル様が同じ魔法でも自分のとアイナ様のものでは質が違うと。自分にはアイナ様の魔法を使えないから教えられないと言われました」
「そう・・・。ゲイルがそう言ったのね?」
「はい」
「私はゲイルみたいに無詠唱で魔法を使えないからシルフィードも詠唱魔法で覚えることになるわ。詠唱魔法で覚えちゃうと無詠唱で使うのはかなり難しくなるけどそれでもいいかしら?」
「はい。宜しくお願いします」
「分かったわ。では治療院に行きましょう」
「ダン、二人で行動するの久しぶりだね」
「そうだな、おやっさんもしばらく忙しいみたいだしな」
「これをしないといけないってのが無いから久しぶりに狩りにいこうか。そろそろボアが美味しくなって来る頃だし」
「まだちょっと早いんじゃないか?」
「ボアベーコンとハムにするからそれでもいいよ」
「お、ボアベーコンか。あれも旨いよな。デカいの取れたらおやっさんにも分けないとな」
「それとね、ワインを蒸留して寝かしてから1年弱経ったでしょ。ちょっと味見して欲しいんだ」
「おっ、いいねぇ。どれだけ変わったのか気になってたんだよな」
「ちゃんと熟成されてたらいいんだけど、ダメだったら次の蒸留の仕方や寝かせ方を考え直さないといけないからね」
「じゃあ瓶1本ほど出しておやっさんのところのと飲み比べしようや」
「じゃ決まりね」
森に着いたら早速ボアポイントに向かって歩きだした。
「なぁ、ぼっちゃん」
「なに?」
「治癒魔法の件で何かあったのか?昨日から様子が変だぞ。」
「あぁ、心配かけちゃった?ごめんね。」
「シルフィードもぼっちゃんから教えてほしかったんじゃないのか?」
「俺もそのつもりだったんだけどね。俺には母さんの治癒魔法は使えそうに無いんだ」
「何が違ったんだ?」
「俺の治癒魔法って部位欠損までは元に戻せないだろ?」
「確かにアイナ様は部位欠損も元に戻せるが、それは熟練度の問題じゃないのか?ぼっちゃんももっと使ってりゃその内・・・」
「ダン、心の問題だったんだよ。技術や効率の問題じゃない。俺にはあんな心はないからね」
「心?」
「母さんの欠損部位を元に戻す治癒魔法を俺の身体に通して掛けてもらったんだ」
「部位欠損を元に戻す?腕でもちぎったのか?」
「まさか。髪の毛を燃やしたんだよ」
腕はちぎられそうになったけどね。
「あぁ、俺が燃やされたやつか」
覚えてやがる。根に持ってんじゃないだろうな?元はお前が悪いんだぞ。
「そう自分の髪の毛を燃やして実験したんだ。母さんが使ってるのは普通の治癒魔法だったけど、魔法が流れている時に深い慈悲の心を感じたんだ。自分が浄化されるような感じだった。俺にはあんな慈悲の心は無いよ」
「慈悲の心か・・・さすが聖女さまだな。しかし、ぼっちゃんも十分慈悲深いと思うぞ」
「俺のは打算だよ。心の底から慈悲深いわけじゃない」
「そうかな?ぼっちゃんに救われてる奴は多いと思うぞ。俺もそうだしな」
「そんな風に言ってくれるのはありがたいけど、部位欠損を元に戻せないってことはやっぱり違うんだよ。シルフィードは母さんと同じ治癒魔法を使える可能性があるから俺のを覚えちゃうとそれがダメになる可能性が高いからね。初めに覚えた物を上書きするのは大変なんだよ」
「そうか。ぼっちゃんがそう決めたならそれが正解なのかもしれんな」
うん・・・
俺はそう返すことしか出来なかったのだった。
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