第142話 シルフィードの杖

俺は慌てて契約印から手を離した。が、ここで照れたり恥ずかしがったり謝ったりしてはいけない。これは医者の診察と同じなのだ。


「シルフィード、もう服を下ろして大丈夫だよ。やはりエルフの契約印だったね。推測通りだ」


「はい・・・」


ぐすっと、鼻をすするシルフィード。


「父さん、母さん。この契約印はどうすれば解除出来るの?」


「ゲイル、契約印は契約を結んだ者しか解除出来ないと言われている」


「じゃあ、シルフィードのお父さんを探し出さないとダメなんだね?」


コクっと頷くアーノルド。


「シルフィード、魔力500というのは俺の魔力が自然増加だけだったとしたら20歳くらいで到達する魔力量なんだよ。だから人族の平均値くらいなんだと思う。お父さんを探し出すのは時間が掛かるだろうから、魔法最適化に重点を置いて練習しよう。植木鉢一つの苗を作るのに今は80の魔力を使ってる。これを最大効率化して、5くらいまで減らしていけば魔力量が今より増えたのと同じになるから問題ないよ」


そう、500しか使えないとか嘆くのではなく、効率を上げればいいのだ。


「そんなに最適化出来るものですか?」


「出来るか出来ないかじゃなくやるんだよ。シルフィードは村の役に立つのが目標なんだろ?俺も手伝うから。それに道具を使えば案外簡単に出来るかもよ」


「道具?」


「ミスリル銃みたいなヤツだよ。攻撃魔法じゃないから形を変えないとね」


その日の話はそこで終わりにした。明日、ドワンに相談してみよう。試してみたいこともあるからそれも上手くいくといいな。



翌日商会


「やっぱりグリムナの娘じゃったか」


シルフィードき許可を得て昨日の内容をドワンにも話した。


「確定じゃないけど父さんは間違いないだろうって言ってた。やっぱりっておやっさんもそう思ってたの?」


「どこか面影を感じたからの。これで他人じゃったら驚くわい」


へぇ、グリムナってエルフはやっぱり美形だったんだろうな。それに母親も美形なはずだ。ボロン村の女性は美形ばかりだったからな。


「で、魔法最適化の促進ってミスリル銃でも作るのか?」


「あれ攻撃魔法のイメージを強くするものだがらね。違う形のにしたいんだ。植物魔法と治癒魔法とかに合うやつ」


「じゃあ、杖じゃな。魔法を使う奴は杖を持ってるヤツが多い。」


ルーンスタッフとか言うヤツか?


「魔法使いの杖って大げさだよね。美少女で魔法使いの杖を持ってたら冒険者に勧誘されまくったりしない?」


「ぼっちゃん、その可能性はめちゃくちゃ高い。この辺歩くの難しくなるぞ」


「やっぱりそうだよねぇ。そもそもあの杖はどういう意味があるの?」


「ほとんど意味がないものから魔道具まで様々じゃ」


「魔道具?」


「使う魔法の威力を増大させる機能がある。遺跡とかから出てくるやつじゃな」


威力が上がるということは最適化されるというのと同じだな。


「おやっさん、その魔道具を作れないの?」


「バラしてみりゃ仕組みがわかるかもしれんが遺跡から出る魔道具をバラさせてくる奴なんぞおらん。二度と元に戻らんかもしれんからな」


そっか、残念。


「魔法使いの杖はあんなに大きさがいるの?」


「遺跡から出てくるのがみんなあんな感じなんじゃ。そうじゃない杖はそういったものを真似てデザインされてるだけじゃと思うぞ」


「シルフィードに作ってもらう杖は小さいほうがいいな。ポケットとかに入れて隠せるくらいのやつ」


「そりゃ構わんがそれだとただのミスリルの棒とかわらんぞ」


「それにこれをはめて見て欲しいんだ。」


俺は昨晩実験で作った緑の魔石をドワンに渡した。


「これは植物魔法の魔石か?」


「当たり!使えるかどうか解らないから小さいけど、使えるなら大きいのを作り直すよ」


「なるほど、試してみる価値はありそうじゃの。明日までに作っておく。森で試すから味噌豚丼の用意をしておけ」


俺はヘイヘイと返事をした。


「ゲイル様、植物魔法の魔石なんてあるんですか?」


「どうだろね?あれは俺が作ったやつだから」


「わざわざ作ってくれたんですか?」


「純粋な魔力で作ると魔石が出来るんだけど、属性付けた魔法の魔石はなんに使えるか分からないんだよね。火の魔石とかも作ってみたんだけど使い道がわからなくてさ。治癒魔石は分かったんだけど」


「じゃ、植物魔法の石は実験も兼ねてるとか?」


「そうそう。これで上手く行けば色々な物に応用出来るんだよ」


「ゲイル様はホントに凄いですね。いつも色々と考えていて」


「自分が大人になるころにはいつでも美味しい物が食べられて便利になってる方がいいじゃない?」


「ぼっちゃん、今でも十分美味しいもの食べて便利にすごしてるんじゃないのか?」


「俺はね。でも自分だけってのも淋しいし、自分の考えたものだけだと限界あるじゃない?俺が作った物がきっかけでもっと面白いもの考え付く人も出てくるだろうから全体に広がっていく方がいいんだよ」


「おやっさんの言ってた戦争に繋がるとかはどうすんだ?」


「それも考えてるよ。そのうちその準備も進めて行くよ。それよりも今は目の前の問題を解決していかないとね」


「そうだな」


こんな会話をしながら森に到着し、切り株をサクサクと枯らして道と小屋周りの果樹園の整備を行った。


そこに苗を植えていく。枯れてしまわないように少し植物魔法で成長させていった。


「シルフィード、苗を成長させるのにはそんなに魔力使わないのか?」


「あ、はい。種から苗にするのには力を使いましたけど、成長させるのはそうでもないです」


ん?発芽させるのに魔力をたくさん使うのか?


「葡萄はたくさん成長させてきたからかもしれません」


「葡萄は発芽させてないの?」


「葡萄は切った枝を地面に刺して育てるんです」


なるほど、挿し木で増やしていくのか。それなら発芽に魔力をたくさん使ったのは慣れてなくて魔力消費が激しかったんだな。

それともう一つ気になる事がある。成長させる魔力消費が少ないとしても魔力500でこんなに出来るものだろうか?


「なぁ、シルフィード。気になる事があるんだけど、もう一度鑑定させてくれない?」


えっと驚くが、もじもじしながらハイと答えた。


植木鉢に種を入れて発芽させてみる。植木鉢1つに魔力使ったのが72。少し最適化されたな。


そのまま鑑定をして魔力の回復スピードをみてるやはり早い。ピッ ピッと数字が増えていく。思った通りだ。


鑑定を解いて説明する。


「シルフィード、魔力は500に制限されてるけど、回復スピードは元の6000以上の魔力のものだ。魔法最適化が進めば500でも問題ないと思うぞ」


「どういうことですか?」


「魔力って自然に回復していくだろ?その回復量は人によって違うというか魔力総量によって違うんだ」


????


ダンもシルフィードも理解出来てないな。


「例えばね。魔力総量100の人が魔力を使い切って全回復するまで5時間掛かるとする。魔力総量5000の人が魔力使い切って全回復するのにも同じ時間で回復する。つまり5時間で100回復する人と5000回復する人がいるってことだ」


「ぼっちゃん、ということはシルフィードは・・・」


「そう、魔力総量6000以上の回復力をシルフィードは持ってる。500使いきっても直ぐに回復するってことだ。エルフの掟を万全にするなら回復力も500に合わせないといけないと思うんだけど、掟の欠陥かお父さんがわざとそうしたかは解らないね。そもそも回復力に差が出ることを知らないかもしれないから」


「お父さんがそうした可能性はあるんですか?」


「そうであれば、エルフの掟をシルフィードにしたくてした訳じゃなくなるよね。他のエルフを欺く為の可能性が高くなる」


「しかし、それも推測だろ?シルフィードの父ちゃんを探し出して聞かんことにゃ真実はわからんってことだよな?ぼっちゃん」


「そうだね。すべては推測だからね。ただシルフィードはお父さんから捨てられたとかじゃないのは確かなんじゃないかな?そうじゃないとわざわざ人間と協同してディノを倒しに来ないでしょ。それに植物魔法を教えたのは間違いなくシルフィードのお父さんだからね」


「ディノに困ってただけかもしれんぞ」


「それならエルフ総出で退治に出てるさ。単独で来るわけがない」


「なるほどなぁ」


「推測かもしれないけど、捨てられたわけじゃないというゲイル様の言葉はとても嬉しいです。なにか心のトゲが抜けた感じがします」


「ぼっちゃんの推測が正しければ、シルフィードの父ちゃんは今もシルフィードを探し続けてるかもしれんな。エルフの時間軸は俺達と違うから10年とか俺達の感覚だと1~2年くらいなのかもしれんし」


「そうかもしれないね。俺がもう少し大きくなって父さん達の許可が出れば一緒にエルフの里を探しに行こう」


「えっ?一緒に探してくれるんですか?」


「俺もエルフの里に興味があるからね。それにだいたいの場所は見当が付いてるんだ」


「なにっ?見当がついてる?」


「だってシルフィードの母さんと出会って、村にちょくちょく来てたわけでしょ?だったらその近くに決まってるじゃん。エルフの里って他にもあるだろうけど、シルフィードの父さんがいるのはそのあたりだよ」


「そうかもしれんが誰も知らないんだろ?どうやって探すつもりなんだ?」


「それは探しに行ける時になってからのお楽しみ。きっと見つけられる」


「またもったいぶるのか・・・」


ぶつぶつと文句を言うダン。


「あ、ありがとうございますゲイル様っ!」


シルフィードは俺をガバッと抱きしめてお礼を言う。なんか女の子に抱きしめられるって恥ずかしいね。


「ちょ、ちょっとシルフィード。まだ見付かってないから」


よっ、お熱いねぇとダンにからかわれてパッと離れるシルフィード。


「ご、ごめんなさい。私ったら・・・」


「探しに行けるのはまだ先だから、それまで出来ることを増やしておこうね」


取りあえず、植物魔法で成長させるのはシルフィードの魔力量でなんとかなるのがわかったので、植えた木を一気に成長させることにした。


「これさ、成長させたら直ぐに実がならないかな?」


「花は咲くんですけど、実にならないんです」


そうか受粉しないと実にはならんか。直ぐに実が欲しい時は人工受粉させないとな。品種改良とかの実験に使うのに試そう。


「じゃ、ここまでにしておこう。来年の楽しみが増えたね」


想定してたより早く終わったので、入り口付近に柵を作ることにした。


入り口から両サイド1キロくらい土の棒を人が入れない間隔で生やしていく。高さは3mもあれば十分だろう。


ニョキニョキと土の棒が生えていく様は圧巻だった。


「これで親方に来て貰った時に扉を付けて貰えばいいね」


口をパクパクさせて何か言いたげなシルフィードを馬に乗せて屋敷に戻った。



翌日商会で出来上がったシルフィード用の杖を見ていた。


30cmほどの握りが付いた棒が2本

これが杖?


「おやっさん、これは?」


「ミスリルの棒じゃ」


「それは見たらわかるけど・・・」


「じゃから試作品じゃ、ここを見てみろ」


片方の棒の先には渡した小さな緑の魔石が嵌め込まれていた。


「これが上手く行くようならちゃんとしたものを作るから取りあえずこれで試せ」


言われた通り植木鉢に種を植えて試す。


シルフィードも鑑定されるのに少し慣れたみたいであまりもじもじしなくなった。ちょっと寂しい気がするのはおくびにも出さないでおく。


ぶつぶつと詠唱したあと魔石無しのミスリルの棒の先から緑色の光が植木鉢に注がれ、使用魔力は31。魔石付きのミスリル棒は使用魔力は11。最後にミスリル棒なしで隣の植木鉢で試すと使用魔力は72。昨日と同じだ。


鑑定を解いて説明する。


「棒なし、魔力72、魔石無しの棒31、魔石付き11。魔石付きの棒だと大幅に魔力消費が少ないよ。おやっさん実験成功だよ」


「坊主、それは本当か?」


「そうだね、単純に考えると威力が7倍くらい上がったのと同じだね」


・・・

・・・・

・・・・・


「坊主。こいつは一大事だぞ」


「何が?」


想像していた結果通りなんだけど?


「今度はお前さんが試してみろ。但し、植物魔法じゃなくて単純な魔力でじゃ」


俺はまず植木鉢に植物魔法を流す。使用魔力は40。ミスリル棒だと19、魔石付きだと6。


次に魔力のみだと発芽しない。棒を使っても発芽しない。魔石付き棒を使うと・・・ おっ、発芽してニョキニョキと苗になる。使用魔力は19。植物魔力をミスリル棒で使ったのと同じだ。これって・・・


「最後のはどうじゃった?」


「魔石付きの棒だと魔力だけで植物魔法になったよ。植物魔法を使ったよりも使用魔力は多いけど」


「やはりな」



「坊主、これは魔道具に匹敵する。するというか魔道具じゃ」


「この棒が魔道具?」


「遺跡から出た魔道具をばらした事がないから仕組みが同じとは限らんが効果は同じじゃ。火魔法が使えんヤツが杖を使うことで使えたりもするからの」


「ということは古代遺跡から出てくる魔道具にも属性の付いた魔石が使われてるってこと?」


「その可能性が高いってことじゃ」


「魔石の大きさで威力が変わったりするのかな?」


「そこまではわからん。様々な大きさの魔石で試してみんとな。あとワシは見たことがないんじゃが、使用制限のある杖や剣などもあるようじゃ。数発しか撃てないが強大な魔法が撃てる魔道具じゃな」


使用制限があるか。実弾みたいだな。というより魔法だから強制的にブーストさせるタイプだろうな。


強制的にブースト?


「おやっさん、この魔石を簡単に取り換えたりは出来るの?」


「ああ、取り付け取り外しが出来るように加工さえしておけばな」


「複数取り付け出来るようにしておいてくれない?取りあえず2つ。明日、父さんを森に呼んで実験してみたいことがある。魔石作れることはまだ話してないよね?」


「そこまではまだじゃ」


「それとあわせて説明する必要あるけどいいかな?」


「もうあそこまで話したんじゃ。すべて話しておいた方がいいかもしれんの。それと何か思い付いたんじゃろ?」


「うん」


そのあと直ぐにドワンは試作品作りに入り、俺達は森に向かった。豚の味噌焼き丼は明日までお預けだ。


ダンにはシルフィードに剣の指導をしてもらい、俺はその間にせっせと魔力水を舐めながら胸焼けと戦い、様々な魔石を作ったのだった。






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