第112話 子供にしてやれること
ベントが不合格になった夜、泣き崩れて部屋から出て来ないベントを残しアーノルドは出掛けていた。
「失礼致します。ディノスレイヤ家当主、アーノルド様がお見えになられましたがいかがなさいますか?」
「何?アーノルドが来てるだと? ったくあいつはいつもいつも約束無しにいきなり来やがって。追い返す訳にもいかんだろ。この前アルが世話になったばかりだしな。応接室に通しておいてくれ」
「かしこまりました」
「おう、夜分にすまんな」
「夜分というか約束無しにくる方が失礼だろっ。俺が居なかったらどうするつもりだったんだ!」
「お前が居ないときなんぞほとんどないだろ?」
「ちっ、まぁいい。用件があってきたんだろ?それと先日はアルが世話になったな。ずいぶんと興奮して話をしてたが何かしたのか?」
「いや、馬に乗ったり狩りをしたり飯を食ったりしただけだ」
「その飯がどれもたいそう旨かったらしいがどんなのだ?」
「まぁ、田舎料理が珍しかったんじゃないか?特別なものはないぞ。ちょっとした調味料とかが違うだけだ」
「ほぅ、調味料ねぇ。その調味料のレシピはすでに市中に出回ってるのか?」
「よくは知らんが外では食ったことないな。ひとつはうちの領地になった村の特産品だがな」
「特産品か、それはどんなのだ?」
「まぁ、食い物の話は後でしよう。俺はノータッチだからな」
「そうか、では後でじっくり聞かせて貰うとして、今日来た用件はなんだ?」
「あぁ、政治学の学校のことでな」
「学校のことか。誰か受けたのか?」
「あぁ、次男が受けた」
「ダメだったんだろ?」
「あぁ、かなり頑張ってたみたいだが落ちた」
「当たり前だ。政治学コースは試験前から合格者は決まってるからな」
「どういうことだ?」
「お前も知ってるだろ?あそこは要職に就いている法衣貴族の関係者が行く学校だ。関係者でも成績が悪ければ不合格になる。無理矢理入学させても勉強についていけず卒業出来んからな」
「関係者以外で試験で通るやつもいるんじゃなかったのか?」
「その年によるな。関係者が少なければ可能性があるが今年は試験受けた奴が多かったと聞いている。まず無理だな」
「そうか・・・、ベントは始めから勝ち目のない戦いを・・・」
「仮に関係者が少なくても無理だろうな。お前、中央の法衣貴族達とまったく交流ないだろ?交流どころか疎まれてるぐらいだからな。実力が物を言う騎士学校とはわけが違う」
「・・・そうか・・・俺のことも影響してるのか・・・」
「そういうことだ。不合格だったとはいえ、勉強したことは無駄にはならんだろ。あそこはコネとしがらみにまみれるのが好きな奴が行くところだから気にすんな」
「しかし・・・」
「さすがの俺でも発表後にねじ込むことは出来んぞ」
「いや、例え出来たとしてもそんな事は望んではおらん。俺がもっと情報を調べておけばあんな思いをさせることは無かったのに・・・」
「済んだ事でグジグジするな。お前らしくもない。試験の内容が良かったのなら、実務コースか領主育成コースにスライド出来るぞ。政治学を落ちた者はだいたいそうするからな。ただ、今年は実務コースも無理だろう。法衣貴族達の関係者の奴らで埋まるはずだ」
「ということは試験内容が良ければ領主育成コースにはいけるということだな」
「多分な。明日学校に問い合わせしてみればいい。ただし・・・」
「ただし・・・!?なんだ?」
「学費がべらぼうに高い」
「いくらぐらいだ?」
「確か年間金貨20枚と寮費が金貨10枚。3年間で金貨90枚だ」
「なっ・・・」
「領主コースに行くやつは皆領主の子供達だ。法衣貴族達は権力はあっても一部を除きそんなに金が無いからな。取れるところから取るということだ」
「金貨90枚か・・・」
「それくらいお前の蓄えから出せるだろ?」
「まぁ、出せないわけじゃないが・・・」
「領主コースの奴らは見栄の塊みたいなやつも多いからな。それなりに子供に金持たせてやらんと辛い思いをさせるぞ。それも入れたら金貨100枚は下らん。あとはどうするかお前達で決めたらいい」
「そうか、色々とありがとうな。今晩考えてみるわ」
「あぁ、それとアルが冬休みもお前の所に行くと言ってたが俺も行っていいか?」
「馬鹿言えっ!お前はダメだ」
「なんだケチ臭いじゃないか」
「お前が来たら大事になりすぎるだろ。立場をわきまえろ」
「お前に立場をわきまえろとか言われたくないね。まったく顔を見せないかと思えばいつも突然来やがって」
「そうだな、すまん。しかしお前が来るのは無理だ」
「そうだな、冗談だ」
「こいつ」
そう言って二人で笑いあったあとエイブリックの屋敷を後にした。
そのうちゲイルにマヨネーズとかのレシピ聞いて渡してやらんといかんかもしれんな。世話になってばかりだ。
金貨100枚か・・・
アイナにも相談するべきだが明日中に結論ださんとダメだからな・・・
アーノルドは金が惜しいとか払えないとかではなく、そこまでして学校に行く価値があるのかどうか分からなかった。
翌朝、ベントは部屋から出て来ない。まだ落ち込んでいるのだろう。
領主コースへのスライドの事はまだ話してはいない。スライドが出来るかどうかもわからないのでまだ胸のうちに仕舞ってあるのだ。
アーノルドは取りあえず学校に確認しに行くことにした。
「私はアーノルド・ディノスレイヤというものだが受験の事で確認したいことがある。誰か話のわかる者に取り次いで貰いたい」
学校の窓口でそう告げると髭を生やした小太りの男が出てきた。
「初めましてディノスレイヤ様、受験の事でお話をと言うことでございますが、どういう内容でしょうか」
「私の息子、ベント・ディノスレイヤが政治学コースを受験したのだが・・・・」
パラパラと名簿に目をやる小太りの男
「ベント・ディノスレイヤ様ですね。この度は残念で・・・」
「結果は知っている。それでベントは領主育成コースへのスライドは可能か?」
「はい、政治学コースは残念でございましたが、この成績ならば問題無くスライド出来ます。ただ学費の方が・・・」
アーノルドは貴族らしからぬ冒険者のような服を着てたので値踏みされるような目線で見られた
「あぁ、高額なのは知っている。申し込みはいつまでだ?」
「はい、ご希望の皆様はすでに申し込みがお済みでございますので、明日中にお願い致します。尚、3年間の学費と寮費は全額前払いとなっておりますので今年中に納めて頂かないと入学は取り消しに・・・」
「わかった。3年間で寮費込みで金貨90枚だと聞いているが間違いないか?」
「はい、間違いございません」
それだけを聞くとアーノルドはさっさと学校を後にした。
(ディノスレイヤ家ねぇ、あの成り上がりの田舎者に金貨90枚払えるとは思いませんけどね・・・)
小太りの男はフッフッフと髭を触りながら去って行くアーノルドを小バカにしたような目で見ていた
「戻ったぞ。サラ、ベントは起きて来たか?」
「はい・・・、先程起きて来られましたが何も召し上がられないようで・・・」
「わかった。おいベント、話がある」
「はい、父さん。なんでしょう・・・」
死人のような顔つきのベントがフラフラとアーノルドの側に来た
「今回の受験は残念だったな。しかしお前はよくがんばった」
「・・・はい」
「政治学コースではないが、領主育成コースというものがあるらしい。政治学コースと授業内容はさほど変わらんみたいだがそこに行きたいか?」
「えっ?」
「このまま領地に帰って普通の学校に行くか、学校に行かずに俺の手伝いをするか、領主育成コースに行くか決めろ。ただし、領主育成コースは代々貴族として領地を守って来た者達ばかりらしい。成り上がり貴族のうちとは違う。恐らく嫌な思いをたくさんするだろう。それは先に言っておく」
「領主育成コースなんて所が・・・」
「領主育成コースの申し込みは明日までだ。お前の試験結果だと申し込むだけで入れる。今晩よく考えて決め・・・」
「行きたいですっ!領主育成コースに行きたいです!」
パアッとベントの顔が明るくなった。
「わかった。明日一緒に申し込みに行こう。ただ本当に覚悟しておけよ。相当辛い思いをするからな」
「いえ、このままおめおめと領地に戻るより辛いことなんてありません」
「ならいい。今日はちゃんと飯を食えよ」
「はいっ!」
アーノルドはベントの嬉しそうな顔を見て、学校に行く価値がどうとかどうでも良くなっていた。親がしてやれることも残り少ない。学校を出たら自分の力で生きて行かなければならないのだから。
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