第109話 ジョンの自慢
森からの帰り道、獲物を堪能したアルは至極ご満悦だった。
「いやぁ、楽しみにしてた以上の経験ができたぞ」
「田舎も捨てたもんじゃないだろ?」
「あぁ、家や学校ではこんな経験出来んからな。俺も王都近くの森を開発してみてもいいかもしれん」
アルは王都でも同じような事が出来ないか試したいようだ。
「俺たちにはもうそんな暇無いだろう?」
しかし、現実を話すジョン。
「ううぅ、そうだな。残念だ」
騎士学校も忙しいし、卒業したら騎士見習いになるだろう二人には自由になる時間は少ない。少し落ち込むアルファランメルに声をかける。
「次は冬休みに来ればいいじゃない。寒いときに森で食べる鍋や風呂も格別だよ。ギリギリ鱒釣りにも行けるかもしれないし」
「また来ていいのかっ?」
「もちろん!いつでもいいよ」
「ゲイル、お前は良いやつだな。俺は嬉しいぞ。あと鱒釣りとはなんだ?」
「実はな・・・」
ジョンが湖の鱒釣りを嬉しそうに話し始め、アルファランメルは絶対冬休みにも来ると鼻を鳴らしていた。
屋敷に戻ると歓迎会の準備も出来ており、全員が鉄板の前に座った。
「変わったテーブルだな?」
「これは鉄板焼き専用だ。目の前でうちのコックが調理してくれる」
「目の前で調理?なんの意味があるのだそれは?」
「まぁ、楽しみにしてろ」
ふふんっとジョンが自慢気に語る。
ジョンは友人の前だからかずいぶんと楽しそうに話すようになっている。昔は寡黙であまり他のことに興味を示さなかったのにな。やはり気の合う友人がいるのは良いことだ。
「この度はディノスレイヤ家にようこそおいでくださいました。コックを勤めさせて頂くブリックと申します」
ブリックが料理を始める前にアルファランメルに挨拶をしに来た。ずいぶんとコックらしくなったもんだ。いや、前からコックだったんだけど、一流料理店のコックというか・・・
そう思いながらニヤニヤ見ているとブリックが真っ赤になっていた。
「本日のメニューは食べ盛りのお二方の為にメインを2種ご用意致しました。まずは夏野菜のサラダとジャガイモの冷製スープ、一つ目のメインはハンバーグのチーズのせ、もう一つはステーキでございます。デザートはバニラアイスを予定しております。ステーキの焼き加減はミディアムで宜しかったでしょうか?」
おぉ、真っ赤になりながら淀みなく説明出来てるぞ。とニヤニヤ笑うと、キッとブリックが俺を睨む。
「すまんがステーキの焼き加減とはなんだ?」
メニューを説明されたアルファランメルは聞き慣れない言葉に首をかしげる。
「アル、それは食べながら説明しよう。まぁブリックに任せておけば大丈夫だ」
「そうか、あのレストランより旨いと言ってたからな、余計な事を聞かずにお任せするのが良いだろうということか」
そうそうとジョンはニコニコだ。
ではこちらからどうぞ。とサラダとスープが運ばれて来た。
「む、このサラダに掛かってるソースはなんだ?さっぱりしてまずい野菜も旨いぞ」
「こちらはまだ熟してない柑橘の汁とオリーブオイル、塩胡椒で味付けしたものになります。お好みでマヨネーズもお付けしますか?」
「いや、これだけで十分旨い!それに冷たいスープは初めて飲んだがこれも旨いな」
ありがとうございますと笑顔のブリック。
「では一つ目のメイン、ハンバーグを焼かせて頂きます」
ハンバーグ?キョトン顔のアルファランメル。
目の前で柔らかそうに丸めた物がジューッという音と共に焼かれ始める。ほとばしる脂の焼かれる臭いが食欲を大いに刺激する。
「な、目の前で焼かれるとたまらんだろ?」
その様子を見ていたジョンがアルファランメルに鉄板焼の魅力を説明する。
「あぁ、出来たものを持ってくるのが当たり前だと思っていたが、目の前で調理されるというのはたまらんな」
そう言いながらハンバーグがジュウジュウと焼かれるさまを食い入るように見つめるアルファランメル。
両面が焼けた所でハンバーグの周りに少し水をかけ、上にチーズをのせて蓋をする。
「今、なぜ水をかけたのだ?」
「はい、蒸し焼きにすることで中までムラ無く熱が入ります」
ほぅ、と感心しているとパカッと蓋が開けられ素早く目の前の皿にハンバーグが載せられていく。そこに温められたトマトソースが掛けられていく。
「どうぞ、ハンバーグのチーズのせ、トマトソースと共にです」
アルファランメルは即座にハンバーグをナイフとフォークで切り分け口に運んだ。
ほぅ、と気の抜けた様な表情を浮かべハンバーグを咀嚼する。
「なんなのだこれは・・・」
そのまま無言で残りを口に入れていく。
「うちの料理は旨いだろ?」
ジョンがアルファランメルに問いかける。
「旨い・・・ 旨すぎるぞこれは」
口の中の旨味を確かめるように呟くアルファランメル。
「お気に召して頂き光栄です。続きましてステーキを焼かせて頂きます」
お、今日はサーロインか。個人的にはヒレの方が好きなんだが、ジョンやアルファランメルなら脂のある方が好みだろうからな。
牛脂を溶かしてそこに肉を置いて焼き始める。もう匂いだけで美味しい。
アルコールでボッとフランベをすると驚くアルファランメル。しかし、無言のまま鉄板を見つめ続けた。
肉に蓋をしたあと、隣でガーリックをバターで炒め始めると口の中がヨダレでいっぱいだ。
蓋を開けて焼けたステーキが目の前の皿に載せられたあと、カリカリガーリックとバターがかけられた。
「冷めないうちにどうぞ」
アルファランメルはそう言われて慌ててナイフで肉を切るとまだ生焼けだった。大いに高ぶった食欲に水を差された気分だ。
「おい、まだ焼けて・・・」
「やっぱりステーキはこうじゃないとなっ!」
生焼けの肉を喜んで食べ出したジョンがチラッとアルファランメルを見ながら言う。
「このまま食えと言うのか?」
恐る恐る生焼けの肉を口に入れる姿をジョンがニヤニヤしながら眺めている。
「や、柔らかい・・・。生だと思ったが中まで温かい。それになんだこのあふれでる肉の旨味は!」
「な、こっちの肉の方が旨いだろ?」
「こ、この肉はディノスレイヤ家の特別な肉なのかっ?」
「ブリック、この肉は特別な肉か?」
ジョンはニヤッと笑いながらブリックに問いかける。
「いえ、街の肉屋で売ってる肉でございます」
「だ、そうだ」
「普通の肉がこんなに・・・」
「焼き方一つでこれだけ味が変わるんだそうだ。俺も初めは驚いた」
「焼き方一つで・・・。料理とは奥深いものだな・・・」
雷に打たれたような衝撃を受けたアルファランメルはデザートのバニラアイスで撃沈した。
「今日はどんな感じだ」
「は、森で狩りをされ、その獲物を調理され召し上がられてました」
「そうか、遠征した時に不味いものを食わされる訓練になるな」
「いえ、たいそう美味しそうに召し上がっておられました」
「なに?獲物といってもウサギかなんかだろう?この時期のウサギは旨くないだろ?」
「ゲイル様が調理されておられましたので何か秘密があるのかと」
「ほぅ、あの三男が調理を・・・」
「はい、夜は歓迎会ということで鉄板が付いたテーブルで目の前で調理された料理を召し上がっておられました。なにやら放心されていたようですが・・・」
「放心か・・・。粗末な食事に驚いたのだろう」
「いえ、ひとつも残さず召し上がっておりましたので少々違うかと」
「ん~、よくわからんな。引き続き監視を続けてくれ」
「かしこまりました」
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