第105話 ラブロマンス
アーノルド達が馬を買いに王都に出掛けた。騎馬4頭を購入予定らしい。アーノルド、アイナ、ダン、ドワンの分だ。ボロン村から物資を買いに来たシドが味噌をたくさん持って来てくれたが、ボロン産駒の馬は2年後にならないとダメらしい。そりゃいきなり増えないよな。馬の担当を分けたけどそれも2年後だな。
ー王都に到着したアーノルドとアイナー
二人はお目当ての馬を探しに騎馬の繁殖牧場にいた。
「これはアーノルド様、アイナ様。前回お越し頂いた際に見て頂いた馬はどれも順調に育っておりますよ。来月にはお渡し出来ると思います」
「その様だな。体付きもいくぶんしっかりしてきたようだ」
「しかし、本当に調教はしなくて宜しいのですか?後3ヶ月ほどお待ち頂ければすぐに乗れるように仕上げておきますが」
「いや、調教師も雇ったんでな、すぐに欲しいんだ」
「さようでございましか。出過ぎた真似を致しました」
「いや構わんぞ。育てた馬を心配するのは当たり前だからな」
「では4頭の馬をディノスレイヤ領への運び賃を含めまして金貨8枚でございます」
「ん?前に金貨9枚と言ってなかったか?」
「前の金額は最後の調教代も含まれておりましたので」
「正直なやつだな。黙ってれは金貨1枚儲けたものを」
「我が牧場は誠実がモットーでございますので」
「あぁ、生き物を扱うところはそうでないとな。育て主に似て馬も誠実そうだ」
ふふっと笑うアーノルドに笑顔で返した牧場主だった。
「さて、次は紋章屋だな」
「今度は文句言わないで決めてね」
「わかってる」
ぶっきらぼうに答えるアーノルド。くどいなぁと思ったが自分のせいなのでその言葉は飲み込んだ。
「前のところはちょっとばつがわるいから他の所へ行こう」
「ふふっ、そんな事は気にするのね」
「さんざん考えさせて使わなかったからな。同じ奴がいたら気まずい」
「あなたの好きにすればいいわ」
何軒かあるうちの紋章屋の一つに入った。
「紋章をデザインから頼みたいんだが、ここは出来るか?」
「はい、出来ます・・・よ!?」
「ん?どうした?」
アーノルド達を見て固まる紋章屋。まだ若そうな奴だが店番か?
「も、もしかしてアーノルド様とアイナ様で・・・は?」
「俺達の事を知っているのか?」
カウンターからバッと出て来てこちらに駆け寄る紋章屋の若い男。そしてアーノルドの手を掴み、
「か、感激です。あの英雄パーティーがうちの店に来て頂けるなんてっ」
涙を流しながらぶんぶんと握った手を振る若い男。
「ディノを倒した物語を何度も聞いて、一度お会いしたいと思っておりました。こ、こんな夢のような事が
・・・」
物語?なんだそりゃ?
「何を騒いでいるんだ・・・?ってお客様でしたか。申し訳ありません。うちの息子が何か不始末でも・・・?」
奥から主人らしき人が出てきた。
「と、父さん。アーノルド様だよ、アーノルド様とアイナ様! 本物だよっ!」
「店では店主と呼べと・・・、アーノルド様? あのお前がいつも話してる英雄パーティーのか?」
「すまんがそろそろ手を離してくれると助かる」
ずっと手を握った若い男にアーノルドは手を離せと言った。男に手を握られてても嬉しくはない。そう思った瞬間にアイナに睨まれた。アイナは思考を読む魔法が使えるのかもしれない。
はっと我に帰る若い男は手を離してペコペコと謝った。
「も、申し訳ありません。つい興奮してしまって」
「別に構わんが、物語ってなんだ?」
「アーノルド様、申し訳ありません。こいつはロンってんですが、昔、吟遊詩人が歌ったアーノルド様達の物語を聞いてからずっと憧れてましてね、許してやって下さい」
ロンは吟遊詩人から聞いたディノ討伐からアーノルドとアイナの壮大なラブロマンスを長い時間を掛けて話した。
「ず、ずいぶん脚色されてるわね」
アイナは照れていた。討伐の内容は実際と近かったが、後のラブロマンスはパーティーメンバーがアイナをめぐり壮絶な争いをし、権力を使ったエイブリックがアイナと結婚することになり、結婚式の途中でアーノルドがアイナをさらって結ばれたという内容だった。
前半の討伐は男性向け、後半のラブロマンスは女性向けの内容なのだろう。
「こんな恥ずかしい物が語られてたのか・・・」
ラブロマンス部分を聞いて愕然とするアーノルド。
「これ、エイブリックも知らないんだろうな。知ってたら吟遊詩人を斬っているかもしれん」
アイナは自分をめぐって男性達が争う内容にまんざらでもなさそうだ。
<私の為に争うのはやめてっ!>
特にこのセリフが気に入ってるようだった。
「とまあ、こんな調子でして。息子が何回も何回もこの話をするもんで私もすっかり覚えてしまいましてね・・・・。実際のところ、エイブリック様からさらったというのは・・・?」
「嘘に決まってるだろう。誰ともアイナをめぐって争ってないぞ」
アーノルドは困惑気味に否定した。
「そうでしたか」
主人もちょっと残念そうだった。息子に感化されてたのかもしれない。
「ところで今回は何用で?」
「あぁ、紋章をデザインから作って欲しくてな。頼めるか?」
「紋章ってディノスレイヤ家のですか?まだお決めになってなかったので?」
アイナにほらっと肘鉄を食らう。
「あぁ、ちょっとバタバタしててな」
ごまかすアーノルド。10年はちょっとではない。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。自分が考えたものが!」
ロンがバタバタと奥に走っていく。
「こ、これを見て下さい」
ロンは勝手にディノスレイヤ家の紋章を考えてたらしく、紋章案を2つ持って来た。
一つは蔦に絡まれたディノの前に剣が2つ交差しハンマーと魔法使いの杖をいくつも並べて縁取りしてあった。バックの色はピンクだ。
もう1つはドレスを着た女性が男性に抱き抱えられて、上からスポットライトが当てられた模様だった。
「・・・・・・」
「私はどっちでもいいわ。2つ目のにする?」
意地悪そうに笑うアイナ。
文句を言わずに決めると言った手前、1つ目の一択だ。
自分達が討伐したディノをモチーフにした紋章ってどんだけ痛い奴なんだ俺は・・・
「こ、こっちで」
渋々と1つ目を選んだ。こんな事になるならさっさと自分で考えて決めるんだったと激しく後悔する。
「自分がデザインした紋章が採用されるなんて、こんな嬉しいことはありませんっ」
ロンは涙を流して喜んだ。アーノルドは苦笑いだ。
見せられた紋章は馬車に取り付けるものだったので、ロンは嬉しそうに馬車に取り付けた。
新型馬車もさすがはアーノルド様とアイナ様の馬車だとあちこち珍しい作りを覗き込んでいた。
アーノルドは紋章の旗をいくつか注文してその場を離れた。王宮への届け出はしておいてくれるらしい。
この紋章を付けて馬車に乗るのか・・・
夕食をジョンと食べる為に騎士学校の寮に向かった。
「俺はアーノルド・ディノスレイヤと言うものなんだが、1年生のジョン・ディノスレイヤを呼んでくれないか」
寮の管理人に呼び出しを頼んだら、パンの事でお礼を言われた。ディノスレイヤ家秘伝のパンを寮の食堂に教えたことを大層喜んでいるようだ。ひとしきりパンの旨さの説明をした後でジョンを呼びに行ってくれた。
「ジョンは上手くパンの作り方を教えられたようね」
「そうだな、ブリックの特訓を受けて頑張ってたからな」
ジョンが寮に溶けこめているようでほっとした二人。
「父上、母上、どうされたんですか?」
ジョンが走ってやって来た。
「馬を買いに王都まで来たから飯でも一緒に食おうと思ってな」
「また馬が増えるんですね、休みの日に屋敷に戻るのが楽しみです」
「そうだな、夏休みに戻ってくる頃には走れるようになってるだろうからな。飯はどこで食う?どこでもいいぞ」
「ならアルも一緒でいいですか?」
「アルってエイブリックの息子か?」
「そうです。明日休みだからどこかに食べに行こうかと言ってたんですよ」
「別に構わんがその辺の飯屋で大丈夫なのか?」
「学生の間は身分うんぬんは言わない規則ですので問題ありません」
そう言ってジョンはアルことアルファランメルを呼びに行った。
「初めまして。アルファランメルと申します。お二人の事は父からよく伺っております」
「こちらこそ、ジョンが世話になってるな」
お互い挨拶を済ませどこに食べに行こうかと考えてたらアルが、
「まだ決まってないようでしたらお任せ頂いてもいいですか?」
「そうだな、じゃあ頼むよ。御者に行き先を教えてやってくれ」
アルはトムに道を説明して馬車に乗り込んで来た。
「この馬車は何ですか?全然ガタガタとせずすごく乗り心地がいいです。うちの馬車とは比べ物にならない」
目を丸くしながらポンポンとクッションを叩く。
「父上、これは新しく作った馬車ですか?」
「ゲイルがケツが痛くて馬車が嫌だと言ってな。特別に作って貰った奴だ」
やっぱりゲイルかと呟くジョン。
「ゲイルて誰だ?」
「一番下の弟だ。今3歳だな」
「まだ小さいんだな」
あぁとジョンはニヤリと笑う。
「アーノルドさん、馬車に付いていた紋章はディノスレイヤ家の紋章ですか?カッコいいですね、一目でディノスレイヤ家を表してるのがわかります。父さんの剣も描かれていて嬉しいですね」
「そ、そうか。自慢しているみたいで恥ずかしいんだがお任せで頼んだらこれになってしまってな」
「紋章なんて出来たんですか?気が付かなかった。俺の制服にワッペンで付けようかな」
そう言ったジョンに止めておきなさいとアーノルドは止めたのであった。
「着きましたよ」
アルが案内してくれたのは王都の高級レストランだった。
「今日は平服で来てるからここは入れないんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。違う入り口から入って個室に行きますから」
そう言われて高そうな扉の所へ案内された。トムも一緒に食べるつもりだったが、さすがにここは無理そうだ。すまんと銀貨1枚渡して他の店で好きなものを食べてもらうことに。
一流の調度品が揃った個室に案内され、落ち着かないアーノルド。ジョンは慣れた感じで座った。
「お前、ここに何度か来ているのか?」
「アルの紹介でね。後で分かるから」
子供のお小遣い程度で来られる店ではない。パンのレシピが売れてお金が入って来てるんだろうけど・・・
アーノルドはエール、アイナはワインを頼んだ。まずサラダが出てくるが何か物足りない。次のスープも食べ慣れない香辛料が入ってるのか変わった風味だ。
アルは美味しそうに食べているが、アーノルドとアイナ、ジョンはさほどでもない。
メインの牛ステーキとパンが運ばれてきた。
「このパンは・・・、うちのパンか?」
見慣れたロールパンがバスケットに乗せられていた。
「ここのシェフがパンのレシピを買ってくれてね。作り方を教える時に何度かご馳走になったんだ」
「そういうことか。自分で払って食べてるのかと思ったぞ」
まさか、と答えるジョン。
冷めないうちにと言われてステーキをナイフで切る。胡椒がふんだんに使われた高そうなステーキだが中まできっちりと火が通っている。
肉そのものは旨い肉だが、ブリックが焼いた肉の方が好きだな。
デザートは見たことがないフルーツだった。
「いかがでしたか?王都で一番のレストランです」
「あぁ、旨かったよ」
と答えるアーノルドだが満足そうな顔はしていない。
「ひょっとしてお気に召しませんでしたか?」
アーノルド達の表情を見て心配そうになるアル。
「父上は家の料理の方が好きなんだよ。うちの料理はここより旨いからな」
ジョンはアルに自慢気に語る。
「ここより旨い料理?なにか材料が違うのか?」
「いや、材料はこっちの方が良いだろう。後はちょっとした味付けとか肉の焼き方の違いだな」
アーノルドが代わりに答えた。
「ディノスレイヤ家はそんなに優秀なコックを雇ってるのですか?」
「あぁ、まぁなんと言うかそんな感じだな」
「さっき話した弟のゲイルが料理にうるさいんだよ。あいつのおかげでうちのコックが色々と頑張って作るようになったんだ」
「まだ3歳と言ったけど、そんな小さなうちから料理にうるさいのか?」
「まぁな、うちの弟は色々とおもしろいぞ。夏休みにうちに遊びに来るか?」
「いいのか?」
アルは友人の家に遊びに行ったりしたことが無かったので目が輝いている。
「ジョン、遊びに来てもらうのはいいけど、そんな立派な家でもないし恥ずかしいわ」
「うちは狭いけど大丈夫?」
「そんなの気にしないぞ。今は狭い寮暮らしだからな」
「寮の部屋よりは広いから大丈夫だな」
「わかった。夏休みに遊びに来てくれ。但し、エイブリックに許可は取っておいてくれよ」
わかりましたと返事したアル。
試験の時に遠くから見てた時とイメージが違い、素直な普通の少年だった。エイブリックと見た目は似ているが俺様感は無かった。お互い同じ年頃の友達がいなかったみたいでお泊まりとか楽しみなんだろうなとアーノルドは思った。
食べ終わって談笑しているのを見計らってシェフが挨拶に来てくれる。
「この度はディノスレイヤ家のご当主様ご夫妻にご来店頂けましたこと光栄に存じます」
「こんな格好ですまないな」
「こちらはプライベートルームですのでお気になさらずに」
単なる個室じゃなく、エイブリック専用みたいな部屋ってことか。俺が来ていたことバレるな。まぁ、アルがうちに遊びにくると報告するときにバレるから問題ないか。
「ジョン様のレシピのパンをエイブリック様が大変お気に召されました。このようなパンを開発されたコックがいらっしゃるとはさすがディノスレイヤ家でいらっしゃいます」
「エイブリックもこのパン食べたのか」
「はい、王宮のコックにもこのレシピをお渡ししております」
「父上、1年間はこのレシピを寮の食堂とアルの家以外に出さないという約束で破格の金額を頂きました」
「破格ってどれくらいだ?」
「金貨10枚です」
「な、たかがパンに金貨10枚だと?」
「アーノルドさん、父は次の社交シーズンにこのパンを出すつもりで1年間は外に出して欲しくないみたいです」
「ここのレストランで出してたら秘密にしておく事は出来ないだろ?」
「はい、当店も次の社交シーズンが終わるまではお出ししない約束になっております」
エイブリックのやつ、人のレシピで自慢するつもりか、しょうがない奴だな。
そろそろ帰るかという頃になり、お金を払おうとすると断られた。レシピの件で無理を言ったエイブリックが全て負担することになっているらしい。知ってたら一番高いワインを飲んでやるんだった。
ジョンとアルを寮に送り届けて二人は宿屋に向かった。
「あの料理っていくらくらいするのかしら?」
「どうだろうな。一人銀貨5枚くらいは取るだろうな」
「でもゲイルが作る料理の方が美味しいわね」
「俺もそう思った」
そうよねぇと二人は笑いながら宿屋に入って行ったのだった。
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