第102話 アーノルドは偉いさん

「こりゃあ凄い。ゲイルが他の馬車に乗れなくなると言った意味が分かる!」


ベントが学校に行った後、街の視察と無理矢理仕事にして馬車で街を巡回するアーノルド。


「本当に今までの馬車は何だったの?って言うくらい快適ね」


アイナも馬車の試乗に付いて来ていた。


「これで王都に行くのが楽しみだな」


「ええそうね。後は領主の馬車だと分かるように印を入れないとね」


「印かぁ、本当はすぐに決めろと言われて放置してたんだよな」


「そうよ、あれで決めてればスッキリしたのに。あれから何年経ってると思ってるのよ」


「もう10年過ぎちまったな」


あははと頭を掻くアーノルド。


各貴族は家の紋章を作らなければならないが、滅多に王都に行かないアーノルドは面倒だと放置していた。


「王都に行ったら紋章を作ってくれる所にもう一度頼んでみるか。自分たちで考えても良いのが思い浮かばないしな」


「そうね、もう何でもいいわ」


「じゃあ、おまかせで頼むから文句言うなよ」


「あなたが一番うるさいから決まらなかったんでしょ」


実は紋章を作れと言われて紋章屋頼んだがアーノルドが気に入らず、自分で考えると言い出しそのままなのであった。

今回は文句を言わないとのことでアイナと約束した。



「あ、父さん達帰ってきた」


「ゲイル、凄いなこの馬車、お前が言ってた他の馬車に乗れなくなるって言ってた意味がわかったぞ」


「でしょ?これなら遠くまで行ってもお尻も痛くならないよ」


「ゲイルがこんなの想像してたら、普通の馬車でお尻が痛いって言うのが理解出来たわ」


アイナも絶賛だ。


「父さん、時間がまだあるならこのままおやっさんの所に行って、馬車の感想と支払いすれば」


「そうだな、今から西方面に視察に行こう」


もうっ、と言いながらアイナも付いて行くようだ。


「ゲイル達も乗れ」


アーノルドが俺とダンも一緒に来いと言う。


「ダンだけ乗って、シルバーが拗ねるから俺はシルバーで行くよ」


ゲイルはシルバーで馬車を先導するように進んだ。


幼児が騎馬に乗り、異質な馬車を先導する。当然注目の的だ。元の世界ならスマホでカシャカシャ撮られてSNSで拡散されていただろう。


商会の前で馬車が停まり、熊に先導されて領主夫妻が降りてくる。ちょっとした出し物だ。アーノルドとアイナはこういうの平気なようで、沢山の人にわーわー騒がれても平然としている。英雄パーティー時代で慣れているのかもしれないな。


「なんの騒ぎじゃい」


ドワンが出てきた。


「ドワン、この馬車凄いな。今までの馬車とまったく違うぞ」


「当たり前じゃ、今までに無かった最新の技術が満載じゃ」


「これで来月王都に行って馬買って来るぞ。勿論お前のもな」


「いい馬を頼むぞ、速いのを選んで来い」


「あぁ、分かってるさ。これは馬車の代金だ」


ガシャッと音のする革袋を手渡した。中身も確認せずに受け取るドワン。


「王都でこの馬車の注文を受けてくるなよ。こいつを作るには時間がかかり過ぎるからな」


「時間が掛かっても儲かるんじゃないか?」


「利益抜きで金貨20枚じゃぞ、こいつを作ったのはワシじゃが考えたのは坊主じゃ。アーノルド達と坊主が使うからこの値段なんじゃ。商売で売るなら金貨100枚くらい貰わんと割が合わんわ」


やっぱり金貨20枚は格安だったんだな。まともに売るなら金貨100枚、一億円か。とてもじゃないが買える人いなさそうだな。


「ゲイルが考えた?」


「アイデアだけね、それを形にしてくれたのはおやっさんだよ。他の人なら無理だったと思う」


俺の言葉をうんうんと嬉しそうに頷くドワン。


「そうか、さすがはドワンだな。しかし、この馬車の事を聞かれたらどうする?」


「王族以外なら知らんで済ませろ」


ドワンも無茶苦茶だな。うちより高位の貴族に聞かれて知らんとは言えんだろ。


「紋章はそこに付けられるように空けてあるからさっさと決めて取り付けろよ」


あの変に空いてるスペースは家紋みたいなものを付けるところだったのか。うちの紋章ってどんなんだろ?


「うちの紋章ってどんなの?」


「まだ無いから空けてあるんじゃ、いつまでも放置しやがって」


まだ無いんだ。アーノルドが拝領してから10年は過ぎてるよな?放置するにも度が過ぎてる。ドワンが呆れるはずだ。


「王都に行って頼んで来るよ」


あははとアーノルドは頭を掻いた。



商会を後にして屋敷に戻る。


「この馬車の事、王都で聞かれたらどうするの?」


「知らんと言うしか無いだろう」


「うちより高位の貴族に聞かれて知らんとか言えないんじゃない?」


「まあ、うちより高位の貴族に会うことは滅多に無いからな。大丈夫なんじゃないか?」


ん?うちより高位の貴族に会うことが少ない?


「うち、男爵とかじゃないの?」


「ぼっちゃん、ディノスレイヤ家は辺境伯様だぞ。上はほとんど王族関係だけだ」


え?マジで?


「辺境伯って偉いの?」


名前の響きだけだと田舎領主みたいな感じだけど。


「王族関係を除けば上から2番目だな」


そんな高位の爵位なんだアーノルドって。


「辺境伯ってのはほとんどの事を領主に一任されててな、王都に税金を払う必要もない。その代わり防衛任務を課せられててな、普通は他国から攻められないように領軍を持ったりして税金を払うより金が掛かったりするもんだ」


「うちの領は軍どころか衛兵も居ないよね?」


「ぼっちゃん、この領は他国と面してるか?」


「山の向こうに帝国があるんだよね?」


「あんな所から攻めて来れると思うか?」


「遠すぎて無理だね」


「ゲイル、うちの防衛は対魔物だ」


「魔物からの防衛?それって冒険者がやってるやつだよね」


「そうだ。だから軍とか必要ないんだよ」


なんかズルい気がする。


「税金が安いのはそういうのもあるんだぞ。防衛費用が必要ないからな」


「冒険者達が敵わない魔物が出たらどうするの?」


「ぼっちゃん、アーノルド様とアイナ様、それにおやっさんがいるんだぞ、なんとかなるさ。アーノルド様達が敵わない魔物なら軍でも無理だ」


なんと、西の最終防衛の要がアーノルド達だったとは・・・


ボロン村の税金は今のところ上げるつもりはないが、上げる可能性があると言ったのはこういうことか。アーノルド達が老いて戦えなくなる前に戦力を作る必要があるからその時に税を上げるつもりだったのか。謎がどんどん解決していくな。


しかし、平民にいきなり辺境伯の爵位を与えるとかずいぶん行き当たりばったりな国だな。よくほかの貴族から文句が出なかったもんだ。


「父さん、ダン。よく分かったよ。貴族関係の事はよく分からなかったから」


「ゲイルにはそういう教育が必要かもしれないけどまだ知らなくても大丈夫よ。成人するころに知ってればいいから」


アイナは俺に政治的な事に染まって欲しくないのかもしれない。ベントの事もあるしな。まぁ、俺は知っても変わらんとは思うが。


アーノルドもアイナも貴族臭くないし、うちはこんな感じでいいのかもしれないな。

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