第100話 一時選考はシルバーに
ジョンは無事に騎士学校に入学し、アーノルドとアイナが帰って来た。
「馬の世話人を募集しておいたぞ」
「募集?どこに?」
「冒険者ギルドだ。王都とうちの領の両方で募集かけたからすぐに見つかるだろ」
「なんで冒険者ギルドなの?」
「そろそろ引退を考えてるような奴はたくさんいるし、馬を使ってるやつもいるからな。それにある程度戦えるやつの方がいい」
なるほど。そんなに強くない冒険者だと就職先は限られてくるからな。領主の所で働けるなら応募者が多いかもしれない。
「父さん、それならたくさん人が来ちゃうんじゃない?」
「いちいち探すより楽だろ?俺も今の冒険者にはほとんど知り合いがいないから声かけるあてが無いんだよ」
そうか、トムみたいに引き抜くと元の働き先にも迷惑かけるしな。募集が一番いいのかもしれない。
数日後、予想通り応募者が殺到して大変な事になった。アーノルドとアイナは面接に明け暮れている。まだ合格者は出ていない。
まだまだ応募者はたくさんいる。きりがないのでシルバーに予備選考をさせてみた。
「シルバー、この中から良さそうな人だけ選んで」
そういうとずらっと並んだ応募者から5人程鼻先でぐいっと押した。押された人は驚いていたが、自分が面接に選ばれた人だとわかると喜んだ。
ダンが選ばれなかった応募者に大声で知らせる。
「一次選考合格者はこの5人だ。残りの者は不合格だから帰ってくれ。お疲れ様」
そう言われて不合格達がいっせいに怒りだす。
「馬が適当に選んだ奴が合格だと!?こっちはわざわざ遠い所から来てるんだ!そんな馬の言うことを聞くなんておかしいだろっ!」
「そうだそうだ!」
一人の文句をきっかけに一斉に声を上げる不合格者達。
「馬の世話するやつを雇うんだ、馬が選んでもおかしくないだろう?」
ダンが反論する。正論だ。
「ふざけやがってっ」
一番始めに文句を言い出した不合格者が剣を抜いた。あ~あ、こんな奴だからシルバーが選ぶはずがない。
ダンが腰の剣に手を伸ばすと同時にシルバーが俺を乗せたままその冒険者に駆け寄り前足で剣を持った腕をバンッと踏みつけた。
うぎゃあ~と悲鳴を上げる不合格者。シルバーはそのまま頭を噛んで持ち上げててダンの前に差し出す。ぺっと吐き出された不合格者は腕が折れ、デコにはくっきりと歯形が残っていた。
泡を吹いて気を失う不合格者。騒ぎを聞き付けてセバスがやって来た。
「なんの騒ぎでございますか?」
「いや、ぼっちゃんがな、シルバーに面接させる応募者を選ばせたんだよ。そしたら不合格になった奴が逆切れして剣を抜きやがったんだ」
(ぼっちゃん?)
その場にいた応募者がダンの言ったぼっちゃんという言葉に疑問を持つ。
「そうですか、領主様のご子息様であるゲイル・ディノスレイヤ様に剣を向けましたか」
(領主の息子?)
貴族の子供とは思えない姿で馬に乗る子供が領主の息子とは思わなかったのだろう、全員がどよめく。
「領主一族に剣を向けた者は死罪か鉱山奴隷送りですから、この者は捕らえて王都に連れて行きます」
剣を向けたのはダンに向かってだけどな。
「他に文句を言ってた奴は同罪ということになるかもしれんな」
ダンがそういうと、すみませんでしたと選ばれた5人を残して一斉に散って行った。
「ゲイルぼっちゃん、ダンがいるからと危険な事に首を突っ込まれてはなりませんぞ」
と軽く俺を諌めたセバスは泡を吹いて伸びている不合格者の首根っ子を掴みズルズルと引きずっていった。腕とデコ以外にも尻がえらいことになりそうだ。
「シルバー、ぼっちゃんを乗せたまま剣を抜いた奴に近寄るな、危ないだろ。お前は戦う前にぼっちゃんを守るのが役目だからな」
ダンに叱られるシルバーはしょげていた
シルバーも俺を守る為に剣を抜いた奴を倒しに行ったのだけどね。
「シルバー、そうしょげるな。俺を守ってくれたんだろう。ありがとう」
そういってやると耳をくるくると動かした。どういう返事だろうな?
「ご子息様、我々を選んで下さりありがとうございます。ご子息様を守る為に剣を抜いた者に立ち向かう馬を見ることが出来て光栄です。是非とも私にその馬のお世話をさせて下さい」
軍馬として訓練された馬ならまだわかるが、子供の遊び相手のような馬がそんな行動を取ることは無いらしい。シルバーは熊にさえ立ち向かうくらいだからな、あんな腰の入ってない冒険者の剣ならへっちゃらだろう。
「お前達を選んだのはシルバーだからね、最終的には父さんが選ぶから面接頑張ってね」
そう伝えて後はアーノルドに任せる事にした。
面接から数日後、3人の馬の世話係が採用された。内二人はシルバーが選んだ人達だ
「トム、お前の仲間だ。取りあえず一人はすぐに働きだす。後の二人は春に馬が増えてからの採用だ」
3人を連れて来たアーノルドは忙しいのかざっと3人の説明をして戻って行った
すぐに来るのはジームという名前の年配者だ。荷馬車用の馬を育てて販売していた人らしい。息子が後を継がない事になり、奥さんが亡くなった事から育成地と馬をすべて売り払ったそうだ。馬の世話のスペシャリストってとこか。
春からくる二人の内の一人は冒険者の現役だ。安定した職場を探していたようだ。アーノルドより少し年上くらいか?
テイマーの能力があり、動物の扱いに長けているとのこと。名前はジャック。
そのジャックが話し掛けてきた。
「お前、ダンって元冒険者のあのダンか?」
「どのダンかは知らんが、元冒険者のダンってのはあってるぞ。俺の事を知ってるのか?」
「ああ、噂ぐらいだかな。あの時は残念だったな」
「もう済んだ話だ。それに冒険者の過去に触れるのはご法度だろ?」
「あぁ、すまない。まさかここで有名人と一緒に働けるとは思ってなかったからな。さすがアーノルド様の職場だ」
これからよろしく頼むとダンと握手した
ダンの過去を知る人か。ダンは相当有名人だったのだろうか?街で声掛けられる所を見たことがないから、知る人ぞ知るってやつかもしれん。
最後は面接前に俺に声をかけてきたやつだった。まだ、若いな。
「先日はありがとうございました。ソーラス・グラッドと申します。王都で軍馬の育成をしておりました」
ソーラス・グラッド?
「ソーラスは貴族なの?」
「はい、実家は騎士爵家です。私は4男なので爵位を継ぐこともありませんので今回応募させて頂きました」
「それでも王都の貴族だろ?こんな田舎に来なくても仕事はたくさんあったんじゃないか?」
うちの爵位が何かは知らないが、騎士爵は領地を持たず爵位も下の方だ。敬語を使わなくても大丈夫だろう
「馬の世話が好きなのですが、軍馬は良い馬に育てれば育てるほど戦いに連れて行かれるのが虚しくなってきまして、ここならそういうことも無いかと思って応募しました」
馬好きなのか。どの馬も可愛がってくれそうで良かったな。さすがシルバーが選んだ人だ。
「うちの皆は馬を育てる経験が少ないから助かるよ。みんな宜しくね」
俺はそう挨拶した。でも解散する気配がない。ん?解散っ!とか言わないとダメなのか?
「ご子息様」
「ゲイルでいいよ」
「ではゲイル様。ゲイル様の馬に取り付けてある椅子はなんなのでしょうか?」
ソーラスが興味津々に聞いてくる。
「これは俺専用の馬具だよ。身体がちっさいから特別に作って貰ったんだ」
「それだと馬に言うことを聞かせられないのでは・・・」
「この馬はシルバーって言うんだけど、言葉で言うこと聞いてくれるから大丈夫」
「言葉で?」
「じゃあ、職場の紹介を兼ねて牧場とオーバルコースに案内するから付いて来て。シルバー、牧場までゆっくり歩いて」
俺の言う事を聞き、ポコポコと歩きだすシルバー。
驚く三人。
「なぁ、ダン。ゲイル様はあの馬をテイムしてるのか?」
テイマーのジャックが聞いてくる。
「アーノルド様もアイナ様も調べたが違うらしいぞ。テイム印がどこにも無いからな。それに俺の言うことも分かってるからシルバーが特別なんじゃないか?」
「あんなに言葉を理解する馬は見たことが無いぞ」
「俺も無かったな。もう慣れたがな」
「どこであんな馬を手に入れたんだ?」
「元々馬車馬だったんだよ。借りた馬車を引いてた。その時にえらいぼっちゃんに懐いてな、そのまま売って貰ったんだ」
「あの馬が馬車馬・・・」
「しかも荷馬車のな」
「なんで騎馬用の馬が荷馬車の馬に?」
「それがよくわからんのだ、言うことを聞く馬だが大人しくて騎馬に向かんと思われたんじゃないかとドワンのおやっさんも言っていた」
「ドワンって、あの武器屋の名匠ドワンか?」
「そうだ。おやっさんはぼっちゃんと仲良しだからな。一緒に釣りに行くことになって借りた荷馬車の馬があのシルバーだ」
「アーノルド様のご子息様だから、名匠ドワンと知り合いでもおかしくないが、あの気難しいので有名なドワンと・・・」
「まぁ、ぼっちゃんは特別だ。一緒に働き出したらわかるさ」
「ここが牧場とオーバルコースだよ」
「屋敷の裏にこんなものが」
みんな驚いている。
ハートとウィスキーが近寄って来た。
「ゲイルぼっちゃん、この馬は荷馬車や馬車を引く馬では?それにこれはなんと大きい・・・」
ハートに馬具を付けてあることとウィスキーの大きさに驚くジーム。
「馬車馬のハートにも乗れるんだよ。こっちの大きい馬はウィスキー、大工のミゲル親方の馬をここで預かってるんだ」
ほえーと驚き続ける。
「ゲイル様、この牧場の回りにあるのは馬を走らせる為の場所ですか?」
「そうだよオーバルコースって言うんだ。見てて」
俺はシルバーをコースで軽く走らせた。俺にはまだこれが限界だ
一周して帰ってくるとソーラスは興奮していた。
「これは凄い場所ですよ。こんなに安全に走らせられる場所があるなんて。それに石がまったく落ちてない。どうやったらこんなのができるんですか?」
ウィスキーに農具を付けて整地したことを教える。
「わ、私はすぐにここで働きたいですっ!春までの給料はいりませんからお願いします」
使用人の部屋はトムとジームで満室になった。突貫工事でもう一棟建てる予定だが今はない。
「ん~、それは父さんが決める事だし、住む場所もまだ無いんだよね」
宿に泊まってでもというソーラスにダンが言った。
「馬も職場も逃げやしないし、軍馬を育ててる仕事もまだ完全に辞めたわけじゃないんだろ?旦那様が勝手に引き抜いたと非難されるぞ。特にお前は貴族の息子だ。揉めるに決まってる」
「そ、それは・・・」
「お前が今からやることは、きれいに今のところを辞めて誰にも迷惑を掛けないことだ。それが出来ないなら俺が旦那様にお前を雇うと揉めるからやめた方がいいと申告する」
ダンに正論を言われて黙るソーラス。
「ジャックもまだパーティーを抜けると言ってないんじゃないか?春までにちゃんとしとけよ」
図星だったようでジャックも頷いた。
「わかりました。必ず春には戻って参りますのでその節は宜しくお願い致します」
そう言ったソーラスは走って帰って行った。ジャックも仲間と話してくるよと帰っていく。
「ゲイルぼっちゃん、どうぞ宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくね。仕事内容はトムに聞いて。あと週に一度交代で休み取ってね」
休み?と驚くジーム。馬を扱う仕事をしてたらこの歳まで休むと言う事を知らなかったのかもしれないな。
「そう、うちはみんな週に一度は休んで貰ってるから。それもあって馬の世話人を増やしたんだよ。トム一人だとずっと休めないからね」
「や、休みなんてワシは何をしたら・・・」
いや、それは自分で考えてね。
後はトムに任せた。そのうち防寒着も届くだろうからもう大丈夫だな。
「なぁ、父さんは冒険者ギルドに募集掛けたって言ってたよね。結局採用された冒険者は1人だけだったね。他の人はどこで知ったんだろ?」
「冒険者ギルドは冒険者じゃなくても行くのは自由だし、酒場とかで噂になって応募したんじゃないか?」
口コミみたいなもんか。これから新商品作って売るのに冒険者ギルドでテスター頼んだら効果が高いかもしれないな。
田植えの時に冒険者ギルドで人募集してみよう。その横でウィスキーに他の場所を耕してたりさせたら宣伝になるかもしれない。
ー2ヶ月後ー
馬の世話人を採用してから2ヶ月ほどが経ち、寒さのピークも越えた。そろそろ冬が終わる。
俺達は蒸留酒作り、地下室を作り、農地開拓をしながら冬を過ごした。魔力総量増加も順調だ。
開拓した農地は米を植えられるように土地を均す農機具も作って準備万端だ。農機具を収納する小屋と馬小屋、休憩用の小屋、馬を放牧しておくスペースも確保したのでなかなか広大な開拓地になった
ほぼ開拓が終わったのでミゲルが釣りに行きたいと言い出した。
「そろそろ釣りに連れて行ってくれんか。今ならまだ暇じゃろ?」
「そうだね、産卵シーズン前だからよく釣れそうだもんね。ザリガニは無理だと思うけど」
「ザリガニは食ったら旨かったが、釣ってもそう楽しくないじゃろ。マスが釣れればいいわい」
「じゃあ、行きたい人募集しようか。料理人は必要?」
「マスは焼いて骨酒とやらを飲めたらいいぞ」
あ、骨酒が目的か、かなり楽しみにしてたからな。じゃあ、ブリックは来なくても大丈夫だな。
ミーシャはどうするだろう?あの湖はまだシーズン前でロッジみたいな小屋も開いてないだろうし、食べ物も魚と酒だけになりそうだからお留守番でもいいかな。
多分ドワンも来るだろうし、アーノルドはどうするかな?アイナも来るとか言い出したらベントも呼ばない訳にはいかないし。
・・・
・・・・
・・・・・
ベントがドワン達に失礼なことを言った時に俺はベントを殴った。暴力はいけないとは理解しているが自分は間違っていないと思っているので謝ってはいない。ベントも恐怖心を植え付けられたのか俺には近寄ろうともしない。結果、あれからほとんど口をきいてないのだ。
兄弟だからいけないとは思いつつも、俺の中にはわだかまりが残っており歩み寄る気にはならない。ベントもドワン達に謝ったけど、本心から悪いと思っているかどうかわからないのだ。
ジョンが旅立つ日も屋敷では行ってらっしゃいと挨拶していたが、外にまで見送りには来なかった。
こんなベントと俺が一緒にいたらミゲルが楽しめないかもしれない。ここはアーノルドにも諦めてもらってミゲル、ドワン、ダン、俺の4人で行くことにしよう。
竿もリールも2本追加してもらわないとな。ミゲルに言っておやっさんに作っといてもらわなきゃ。
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