第96話 仲直り
鍋パーティーが終わった夜、サラはアーノルドの執務室に呼び出されていた。
「お前に確認したいことがある」
「はい、何でございましょう」
「ベントの事だが、ドワーフは人間じゃないとか貴族と平民は違うとか教えてるか?」
「はい、ベント様を立派な領主の後継ぎとしての心構えを教えております」
「お前にはベントの世話と教育を任せていたが思想教育までは頼んではいない」
「どういうことでしょうか?」
「後継ぎ候補なのは確かだが、俺は種族が違うことによる差別は認めていない。身分が違うことによる区別も必要ないと思っている」
「元冒険者であられた旦那様のお考えは理解しておりますが、これから領が大きくなっていけばそういう訳には参りません。ベント様が跡を継がれる頃には貴族も増えているでしょうから、今のうちにきちんとした教育が必要と思われます」
「お前は領のことをとやかく言う立場ではない。領主が考えて決めて行くことだ」
「はい、存じております。旦那様が領主様であられる間はそれで良いかと。しかしながらベント様が後を・・・」
「くどいっ!これ以上考えを変えないのであればベントの担当メイドから外す。我が領は種族違いの差別も身分による区別も必要ない。これは誰が跡継ぎになろうと変えるつもりはない」
・・・
・・・・
・・・・・
「かしこまりました。それではベント様には通常のお勉強だけして頂きます」
それだけを言い残してサラは執務室を出た。
サラの言っていることは他領だと普通の考え方だ。サラは犯罪を犯した訳でもないので辞めさせることも出来ない。元々、優秀な人材として王宮からの紹介でもあるのでなおさらだ。
ジョンが王都に行くとローラの手が空くので交代させることも出来るが、淡々と業務をこなすローラにベントは付いていけないだろう。しばらくは現状維持で様子を見るしかないか・・・
アーノルドとアイナはベッドで寝ようとするが、ベントの発言を聞いたドワンとミゲルの顔が浮かんで来て寝付けなかった。
「あなた眠れないの?」
「あぁ、そうだな」
「少し飲む?」
「そうしようか」
食堂に降りていく二人。
「少し寒いな。ゲイルが作ってたお湯割を飲もうか」
「いいわね、ちょっと飲んでみたかったの」
二人は少し濃い目のお湯割りを飲んだ。
「身体が暖まるけどすぐに酔いそうね」
「そうだな」
「お鍋を食べながらドワン達と飲みたかったわね」
「ああ」
「ドワン達と友達みたいな関係には戻れないのかしら」
「俺もドワンのあの顔が頭から離れなくてな、謝る以外に言葉が出てこなかった」
「ゲイルが居なかったら、きっと話すことも出来なくなってたわね」
「俺はダメだな。何も言えなかったし何も出来なかった」
「それは私もよ」
「俺達に出来る事はないかな?」
「言葉だけじゃダメだものね。いっそのこと貴族籍を返上する?」
「それは無理だ。王様からの褒美を返上するのはまずいし、いま領地を放り出すのは無責任過ぎる」
「難しいわね」
「そうだな」
アーノルドとアイナは結論が出ないまま深夜まで飲み続けた。
ふぁ~あ、よく寝た。今日は6の付く日でみんな休みだから誰も起こしに来なかった。ご飯どうしようかな?
とてとてと屋敷の中を歩いて厨房へ向かう。
んー、ベーコンと目玉焼きでいいか。飲み物は牛乳で。
1人だとコンロまで届かないので、椅子の上に立って焼く準備をしてるとジョンがやって来た。
「ゲイル、何か作るのか?」
「ベーコンと目玉焼き作るだけだよ」
「よし、俺が作ってやろう」
へぇ、ジョンが作るなんて初めてだな。
ベーコンの焼き方と目玉焼きの作り方を横で教えながらジョンに作ってもらったのをトーストと共に食べる。
「うん旨いな」
「ジョンが初めて作ってくれた目玉焼き美味しいよ」
「焼くだけだったからな。お前の作る料理とは比べ物にならん」
「そんなことないよ、やる気があれば何でも作れるようになるよ」
「そうだといいな」
「騎士学校の寮はどんな食事が出るんだろね?」
「期待はしてないがパンが昔のやつに戻るのは辛いな」
ディノスレイヤ家以外ではまだ固くてぽそぽそのパンだ。
「ジョンが覚えて寮の食堂の人に教えたら?」
「俺がか?」
「そうしないとずっとあのパンのままだよ」
「しかしせっかくのレシピが外に出るのはまずいんじゃないのか?他のヤツがレシピ登録してしまうかもしれんぞ」
「じゃあジョンがレシピ登録したらいいんだよ。そしたらお金も入ってくるからお小遣いになるんじゃない?」
「お前が登録したらいいじゃないか」
「もう色々な物をおやっさんが登録してくれてて、どれだけお金が入って来てるから分からないくらいだし別にいいよ。屋敷から離れて暮らすんだから父さんがくれるお金以外に自由になるお金があった方がいいと思う」
「そんなに使うとは思わんが」
「使わなかったら貯めとけばいいんだよ。このまま屋敷を出るなら家を借りるか買わないといけなくなるし」
王都はこの領地と違って勝手に開拓することも出来ないだろうし、物件も高いだろう。
「それもそうか」
「レシピをあげるのはジョンがパン作りを覚えるのが条件だからね」
「わかった。頑張って覚えよう」
こうして料理素人のジョンは王都に行く間際までブリックにパン作りを習う事になった。2~3年したらこのパンが主流になって、そこから派生した新しいパンが生まれるかもしれないな。どんなのが生まれるか楽しみだ。
俺とジョンは牧場に行き、シルバーたちに乗って遊ぶことに。オーバルコースの石はもう無くなってるとのことなので走らせてやりたいが俺だけだと難しいんだよね。
俺でも走らせてやれるような馬具作ってもらおうかな? 背もたれ付きで鞍を固定してもらって足のせるところがあれば後ろにも落ちないし、中腰にもなれるなと、ぶつぶつと仕組みを考える。
ふぁ~あと眠たそうな顔をしたアーノルドとアイナが牧場にやって来た。珍しく朝寝坊をしたようだ。
「父さん、酒臭いよ」
「昨日遅くまで飲んでたからな、そんなに臭うか?」
自分をくんくんするアーノルド。
「すぐ分かるくらいにね」
「馬に乗るなら先に風呂入ってきたら?馬も嫌がるよ」
「そうだな、たまには朝から風呂入るのもいいか」
「母さんも一緒に入って来たら。父さんと同じ臭いがしてるよ」
あははと誤魔化し笑いをしたアイナもアーノルドと風呂に入るようだ。
俺はオーバルコースをシルバーに乗って下見をした。ハートに乗ったジョンも付いてくる。ウィスキーは牧場でのんびりしていた。
「このオーバルコースというやつはシルバー達も歩きやすそうだな」
「思いっきり走らせてやる為のコースだからね。歩いても歩きやすいと思うよ」
ぐるっとコースを一周した。2000メートルくらいあるのかな?馬が増えたら競馬場にも出来そうだな。しかし屋敷の裏に博打打ちが集まってくるなんて嫌だから競馬場になんてしないけどね。
スッキリした顔のアーノルド達が戻って来た。酒臭いのもだいぶマシになったな。
「父さん、お酒残ってないようなら軽く一周してみてくれない?シルバーも走りたいと思うんだ。でも全力はダメだよ。軽くだからね軽く」
「私はハートに乗って走ってもいいのかしら?」
「ハートは馬車馬だから走りたくないかもしれないから無理矢理走らせたらダメだよ」
わかってるわよと言いながらアイナはハートに股がった。
駆け足程度で走りだすアーノルドとシルバー。だんだんとスピードを上げていく。軽くって言ったのに。
戻ってきたアーノルドに怒る。
「軽くって言ったじゃないか!」
「ん、シルバーはもっとスピードが出るぞ。あれが軽くだ」
え?馬ってそんなに速く走れるの?もとの世界のサラブレッドとかもっと速かったのかな?テレビで見るのと生で見るのと全く違うんだな。
ぽっこぽっことハートに乗ったアイナが帰ってきた。
「やっぱりシルバーは速いわね、ぜんぜん追い付かないわ」
「シルバーはもっと速く走れるらしいよ」
「え?もっと速く?」
「シルバーは騎馬として優秀だな。なんで馬車馬にされたんだろうな」
「ボロン村で熊が出た時も逃げずに俺の前に出たくらいだから臆病でもないよ」
「熊を見ても逃げなかった?それはすごいぞ。それにゲイルを守ったとは驚きだ。ますます馬車馬にした理由がわからん」
ひたすら首をかしげるアーノルドだった。
アーノルドを見て思った。俺もシルバーに乗って走ってみたいな。やっぱり専用の鞍を作ってもらおう。
「父さん、おやっさんのところに行きたいんだけど連れてってくれない」
「今からか?」
「そうだよ。母さんも一緒に行こう」
少し戸惑う二人。
ベント騒動の後、ドワン達とアーノルド達はずっとギクシャクしたままほとんど話もしてないし、一緒に酒も飲まなかった。気まずいのは分かるがお互いが嫌いな訳ではないし、ケンカしたわけでもない。早めに元に戻るのが吉だ。時間が経てば経つほど話しにくくなる。
「日が経てば経つほど話せなくなるよ」
こう言わないと踏ん切りが付かないだろう。
「ゲイル・・・」
「父さん達とおやっさん達がギクシャクしてるのは嫌だからね。作って欲しいものもあるし、お昼ご飯でも一緒に食べよう。俺が行かない方がいいなら留守番してるけど」
「いや、ゲイルは一緒に来てくれ」
「じゃあ、俺がおやっさんに作って欲しい物を先に頼むから、後は父さん達に任すね」
シルバーに俺とアーノルド、ハートにアイナが乗りドワンの元へと向かった。
「おやっさん、作って欲しいものがあるんだ」
「お前はいつもいきな・・・り、アーノルド達も来てるのか」
「そうだよ、俺の作って欲しいものの話が終わったら親方も一緒にどこかでご飯食べよ。奢るよ!」
そう言ってウインクして親指立てたら頭を殴られた。
「で、作るもんてなんじゃい?」
「俺がシルバーに乗って走れるようにして欲しいんだ」
「どうやって?」
「こんなのがあれば俺でもシルバーに乗って走れると思うんだよね」
「他の馬だと無理じゃろうが、シルバーとお前ならいけるじゃろ」
「あとねレシピの登録ってどうやるの?」
「なんのレシピじゃ?」
「パンだよ。ジョンが王都の寮でも同じパンを食べたいって言うから」
「王都でパンを売るのか?」
「まさか!騎士学校の寮で作って貰うんだよ。そしたらそのうち他にも広まるだろうからレシピ登録しとこうと思って」
「なら、やっといてやるからレシピ書いてこい」
「ありがとう。じゃあジョンに言っておくよ」
「お前さんが書くんじゃないのか?」
「王都に行って作り方教えるのはジョンだからね。ジョンの名前で登録しようと思って。ブリックの特訓受けて頑張ってるよ」
「お前はそれでいいのか?」
「何が?」
「ジョンの名前で登録したら取り分もジョンのところへ行くぞ」
「ああ、お金の事ね。俺はおやっさんのおかげで自分では分からないくらい貰ってるから大丈夫。ジョンも今のうちから貯金でもしておいた方がいいんじゃないかな。王都に家を買わないといけなくなるかもしれないし」
「ったく、そんな事は親が考えるもんじゃ、なぁアーノルドよ」
「そ、その通りだ・・・な」
「なんでもかんでも坊主に任せおって!お前らの子育てはいったいどうなっておるんじゃ? 飯でも食いながら聞かせろ。説教じゃ!」
説教?
「じゃ、俺はここで留守番を・・・」
「お前も来るんじゃ。ミゲルも来いっ!」
とばっちりなのか誘われたのかは分からないがミゲルも来ることになった。
「どこで食べるの?」
「お前の小屋に行こう」
「えっ、その辺の食堂で食べるんじゃないの?」
「たまには3人で狩りをしてもいいじゃろ」
あー、なるほどね。
「じゃあ、なんか大物を狩ってきてよ。それで作るから」
任せとけと言ったドワン達は小屋に着いてすぐに狩りに行った。
「何でウィスキーも連れて来なかったんじゃ?」
「店の近くで食べると思ってたし、親方の馬を勝手に使うわけにもいかないでしょ」
そう言うとミゲルはちょっと拗ねた。
アーノルド達が帰って来るの遅いなぁと思ってたらなんかデカいのを担いで帰ってきた。
「な、な、何を狩って来たの?」
「オークじゃ、大物じゃろ」
うわっはっはっはと笑うドワン。
に、二足歩行の豚・・・これを食うのか・・・
「昔はオークなんて雑魚だと思ってたけど久しぶりだと緊張したわ」
現役を引退してから10年ぐらい経ってるんだ。そりゃ腕もなまってるわな。
「アイナの一撃で逝きよったわ」
あ、アイナが倒したんだ。剣も何も持って行ってなかったのに一撃てどんな攻撃だったんだろ?
「さ、解体するから手伝え」
アーノルドに言われてオークを良く見たら頭蓋骨が陥没してた。アイナはグーで殴っただけなんだ。治癒担当ってなんなんだろう・・・
オークのほぼ人体かと思えるような身体を解体していく。ちょっと気持ちわるい・・・
でも三人で狩り行った事で冒険者時代に戻ったみたいな感じでギクシャクした感じは消えていた。これで元に戻れそうだな。
あー、良かったとゲイルは心から思ったのだった。
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