第90話 馬が増える

住民登録が無事完了したのでボロン村から帰る事になった。


「この度は色々とありがとうございました。ゲイルぼっちゃんに教えて頂いた罠のお陰で定期的に肉も食べられるようになると思います。シルフィードの事もありがとうございました」


何度も何度もお礼を言う横で目を赤くしたシルフィードが手を振っていた。


ボロン産駒の馬を1頭追加した領主一向は村人達の盛大な見送りを受けて出発した。


「この馬の名前はなんて言うの?」


ボロン産駒の馬に股がるアーノルドに聞く。


「まだ1歳で名前付けてないみたいだぞ」


このデカさで1歳馬か。すでにシルバーよりデカイ。年があけたら2歳馬になるらしいが。


「じゃあ、親方に渡す馬だから、親方に名前を付けて貰った方がいいね」


「あ、あーそうだな」


まさか自分の馬にするつもりだったんじゃないだろうな?


馬を渡され、ひょいと乗ったアーノルドに村人達は驚いていた。なんの訓練もされてない馬に乗れるアーノルドも異常だよな。


帰りは雪に降られる事もなく順調に帰る事が出来た。帰りの食事はすべて狩りで捕ったものだったので野菜やパンが恋しい。



ー到着ー


「ただいまぁ」


「お帰りなさいぼっちゃま」


ミーシャが走って出迎えてくれた。他の使用人達も出て来て挨拶をしてから馬車の荷物を降ろす。


「トム、明日お前の所に行って話すから主人に俺が行くことを伝えておいてくれ」


「よろこんでっ!」


元気に返事をしたトム、なかなか帰ろうとしない馬のハート。俺がハートに言い聞かせてなんとかトムは帰っていった。


「お帰りなさいあなた。ダン、セバスご苦労様でした。明日と明後日は休んで頂戴ね」


そう言った後に俺はアイナにぎゅっと抱き締められ、無事で帰ってきてくれて良かったわと頬にキスされた。


「この馬はどうしたの?もう買ってきたの?」


ボロン産駒に股がるアーノルドに聞く。


「あぁ、これからボロン村で馬を増やして売ることに決まった。こいつはその宣伝用だな」


「あら、うちで馬を売るの?」


「売れるとは思うんだが確実じゃ無いからな。馬の販売が軌道に乗れば誰かに任すさ」


屋敷前で話しだす二人。


「馬も疲れておりましょうから、牧場に連れて行ってやりましょう。旦那様と奥様は屋敷でお話しされてはどうかと」


セバスがさっさと家に入れと促した。当主夫妻がここにいると使用人達も戻れないからな。


「父さん、俺とダンで連れて行くから降りて」


ダンはシルバーから降りてアーノルドから馬を受け取り、シルバーとボロン産駒の馬を連れて裏に行くと牧場がだいぶ整備されていた。わずか10日間離れてただけなのにすげぇな。


2頭を牧場に放してやる。


「まだ工事してる所があるから、あっちまでいっちゃダメだよ」


シルバーに言って聞かせて、ボロン産駒の馬の面倒をみてもらうことにした。ボロン産駒の馬はシルバーにじゃれつくが、身体がデカイのでシルバーに襲い掛かっているように見える。スピードは断然シルバーの方が早いので問題はないのだが。


「ボロンの馬の小屋どうしようか?」


馬小屋はシルバーのしかない。


「帰りに敷いてやってた熊の毛皮敷くだけでいいんじゃないか?そいつも気に入ってたし、寒さにも強いだろうから一晩くらい平気だろ」


ボロン産駒の馬は熊、シルバーはボア、ハートは鹿の毛皮だ。クリーン魔法で臭いも完全に消してあったから嫌がらずにその上で寝ていた。


「シルバーはどうする?小屋に入る?それともこいつと一緒にここで寝る?」


シルバーはデカい馬をチラッと見て仕方がない、こいつと一緒に寝てやるかという感じでここに残る選択をした。


餌を食べた後、2頭ともごろっと毛皮に寝転んだので毛布をかけておいた。あとは寝転んだり起きたりを繰り返すだろうけど、自分で出来るだろ。


「ダン、明日休みになったのに悪いんだけど、親方の所に連れてってくれない?」


「ぜんぜん問題ないぞ。ジョンとミーシャも連れて昼飯でも食いに行くついでに行こう」


「ありがとう」


ダンは手を上げて自分の部屋に戻って行ったので俺も戻ろう。



食堂に行くともう全員座っていた。やっとまともな食事が食べられる。


アーノルドがボロン村の事を話ながら食事をしているが俺はパンをかじりながらウトウトとしてしまった。


「ぼっちゃま、このままお部屋で寝ますか?それともお風呂に入りますか?」


ミーシャに肩をトントンと叩かれて目が覚めた。アーノルドとアイナが俺を見て笑っていた。パンをかじりながら寝る。

実に幼児らしい所を見せてしまったのだ。


「お風呂に入る」


クリーン魔法を掛けていたとはいえ、風呂は別物だ。


「一緒入りますか?」


皆がいるところでそんな事言うんじゃない。


「一人で入るから大丈夫」


「あらゲイル、お風呂に行くの?じゃ母さんが入れてあげる」


「えっ?ちょちょちょっ」


ぐいっと抱きあげられて風呂に連れていかれた。


実の母親と3歳前の子供が一緒に風呂に入る。全くおかしいことではないが、俺は恥ずかしいのだ。しかし、見た目と違って力のあるアイナに抵抗しても無駄だった。


アイナの膝の上に乗せられて湯船に浸かる。シルフィードとは違った感触が背中にあるが、母親のそれは男心をくすぐる事は無かった。


気が付くとベッドで朝を迎えていた。


どうやら風呂で寝てしまったらしい。一人で入ってたら溺れてたかもしれんな。ここは素直に母親の愛に感謝しておこう。


朝の食堂でアイナにお礼を言っておく。


「昨日、風呂で寝ちゃったんだね。ありがとう」


「それならミーシャにもお礼言ってあげて、身体拭いて服着せたのミーシャだから」


マジか・・・


話題変えよ。


「父さん、今日親方の所に馬を連れて報告に行って来るよ。馬の代金どうする?」


「えっ?もう連れて行くのか?」


このままズルズル放置したらアーノルドが自分の馬にしそうだからな。


「馬見せて名前付けて貰ったらまた連れて帰ってくるよ。どうせ馬を管理しておく場所もないだろうから」


「そ、そうか。あと馬の代金はどうするかな?」


「いらないって言っても親方は払うと思うよ」


「そうだろうな」


「それか、牧場の追加工事を受けてもらってそれと差し引きしてもらう?」


「なんの工事だ?馬小屋なら初めの依頼に含まれてるぞ」


「いや、牧場の回りに楕円形の広場があるといいなと思ってるんだよ」


「楕円形の広場?」


「そう、父さん達も騎馬用の馬を買うつもりなんでしょ?父さん達は毎日馬に乗る訳でもないし、走るトレーニングも兼ねてスピード出して走れる場所があった方がいいと思うんだよ」


「牧場だけだとダメなのか?」


「違う種類の馬が一緒にいることになるでしょ?走るスピードが違うから危ないと思うんだ。牧場は馬が遊んだり、休んだりするところ。楕円形のところはおもいっきり馬を走らせてやるところと区切ってしまえばいいと思うんだよね」


「そんなの必要か?」


「父さん、朝の稽古がわりに馬をスピード出して走らせる訓練出来るよ」


「よし、そうしよう。どんなのかよくわからんがお前に任せる。工事代金が足らなかった追加で払うと言っておいてくれ」


柵だけだからそんなに工事代金変わらないと思うんだけど、砂を入れるかどうかだな。芝だと手入れもいるし。



ダン、ジョン、ミーシャを連れて4人でドワンのところに向かう


ボロン産駒にダンとジョン、シルバーにミーシャと俺が乗った。ミーシャにはズボンを用意しておいてあったのでそれをはいてもらっている。スカートでも平気で乗りそうだけどな。上手く乗れるか心配だったが、あぶみのおかげで上手く乗れているようだ。



「おやっさん帰って来たよ」


「馬はどう・・・なった?」


ドワンより先にミゲルが出てきた。


「おおおお!こいつがワシの馬か?」


ダンが乗る馬を見て大はしゃぎするミゲル。ダンが降りてジョンも降ろす。


「親方、こいつはまだ子馬なんだ。優しく扱ってやらないと親方の事を怖がるようになるぞ」


「そんなこた分かっとるわい」


「なんじゃい騒がしいっ!」


ドワンも出てきた。


「兄貴、俺の馬だ!兄貴より先に俺の馬が来たぞ!」


ちっと舌打ちするドワン。どうせデカイだけののろまな馬じゃろと悪態をつく。


「親方、先に名前付けてあげて、名前無いと呼びにくくて仕方がないんだ」


「もう決めてあるぞ、ウィスキーじゃ」


は?ウィスキー?


「坊主が前に言っておったのがずっと頭に残っておっての、強い酒の名前じゃろ?こいつも強い馬になるんじゃ!」


馬の名前まで酒か・・・、ドワーフのセンスがわからんな。いや、元の世界中でもウォッカとかいたような気がする。


「お前の名前はウィスキーだ、ワシの馬だ!」


わーはっはっはと大声で笑うミゲル。その声の大きさに驚きシルバーの後ろに隠れた。


「親方、もう怖がってるぞ」


「何っ?」


そんなこと無いよなと近づくとドッドッドと逃げて俺の後ろに来る。ミゲルか近づくと反対側に回って俺の後ろに来る。


俺をギロッとにらむミゲル。


「もうこいつをたらしこんだんじゃねーだろうな」


また人聞きの悪いことを・・・


「俺は極力かまわないようにしてたよ。親方がダンの忠告を聞かずに大声だすから怖がったんじゃないか」


「ミゲルよ、お前に馬を持つのは無理なんじゃねぇか?」


ドワンが突っ込む。確かにミゲルは馬の扱いに慣れてないようだ。嫌味か本気かわかんないけど。


「親方がいらないなら父さんが買うと思うから大丈夫だよ。父さんこいつのこと気に入ってるみたいだったし」


「ダメじゃこいつはワシの馬なんじゃ」


「だったら大声だしたり、乱暴にしちゃダメだよ。一回怖いと思ったらなかなか懐かないんだからね」


「わかった・・・」


「自分で面倒みとくの?それともうちで預かっとくの?」


「すまんが預かっといてくれ」


「わかった。あと牧場に追加工事したいんだけどいいかな?」


「馬はいくらじゃった?」


「金貨1枚だよ。追加工事と交換でもいいって」


「どんな工事じゃ?」


牧場回りにオーバルコースを描いて説明する。


「柵だけでいいんだけど、全部に砂入れたら高くなる?」


「砂はなんぼでもあるからいいんじゃが、運ぶのに手間と時間かかるぞ」


「ウィスキーにトレーニング兼ねて運んでもらうのはどう?」


「それでも時間かかるぞ。土のままじゃいかんのか?」


「スピード出して走らせたいから石とかあると危ないかなと思って」


「あそこらの土は柔らかいから砂と変わらんぞ。石だけ拾えば済むじゃろ?」


「そう?それなら柵だけで大丈夫だよ」


「柵だけなんて金貨1枚の仕事じゃないぞ」


「ボロン村に馬の繁殖をお願いしてきたんだよ、上手くいけば再来年くらいからうちで販売する予定だから、親方がウィスキーを街で使ってたら宣伝になるから本当はお金いらないんだって」


「おい、あの馬をお前のところで売るのか?」


ドワンが口を挟んできた。


「上手くいけばね。なんで?」


「樽を運んで来た時にあの馬はどこで手に入るかと何人にも聞かれたんじゃ。樽を100個も一度に運べる馬なんぞ初めて見たからの」


ほら、需要あるじゃん。


「一度王都に売れるか聞きに言ったら、こんな遅い馬いらないって言われたみたいだよ」


「それ、騎馬を扱ってるところに聞いたんじゃろ。荷馬を扱ってる所なら絶対売れるはずじゃ」


なるほどね、リサーチ不足ってやつだな。


「父さんが売ってみて商売になりそうなら他の人に任せるって言ってた」


「あいつめ、領の名産にする気なんじゃな」


「そうかもしれないね、ボロン村が正式に領地になったからだと思うよ」


「そうかあの村が正式に決まったか」


「ついでに話していい?」


「なんじゃい?」


「馬に取り付ける農機具を作って欲しいんだ」


「馬に取り付ける農機具?」


絵に描いて説明する。


「これを馬に引かせたら、簡単に耕せるし、石も取り除けると思うんだ。地面に刺そうと思ったら重量のあるやつじゃないとダメだし、重量があると普通の馬だと引けないでしょ? でもこの馬なら出来ると思うんだよね」


「馬に引かせる農機具か。柔らかい土だとそこまで重く無くてもいけるな。ウィスキーの体格にあわせて試作品を作るから、お前の言ってた追加工事で試してみるとちょうどいい」


さすが年の甲。


「3日程で作ってやる。追加工事とこの試作品で馬と交換でいいか?」


「勿論!」


「ミゲルもそれでいいな」


「おう!」


「坊主、石取りが終わったらそいつで農地開発もするぞ」


え?


「お前、米とかいう奴を育てるんじゃろ?」


おー、そうだった。


「そいつでもりもり農地開発をしたらどうなると思う?」


「馬も農機具も売れる!」


「そういうこった」


がーっはっはっは


まさに笑いが止まらんってやつだな。それにすでに耕したとこなら普通の馬に使える小型の奴も売れるかもしれない。ボロン村から馬が来たら一気に農地が広がるかもしれないな。


「親方、ウィスキーの小屋ともう1頭すぐに馬が来る予定だから、馬小屋を2つ先に建ててほしいんだけど」


「そうか、ウィスキーの小屋か。そうだな。今から行くぞ。ウィスキー、ワシが今からお前の小屋建ててやるからな。ワシが建てるんだぞ」


ミゲルはウィスキーを懐かせようと必死だ。


ミゲルには昼飯食べたら屋敷に戻ると言って別れた。



一方、レンタル馬車の商会。


「すまんな時間とらせて」


「いえいえ、いつもご利用頂いてありがとうございます。今回は何用で?」


「お前、トムを手放す気はあるか?」


「見習いのトムですか?」


「そうだ。来年の春頃からうちも馬車を買うことになってな。御者を探してるんだ」


「そうでしたか。領主様ともなれば馬車の一つや二つお持ちになるのが当然ですからね。長年ご贔屓を頂いた身としては寂しい限りですが、それだけ領地が発展したということですね。おめでとうございます」


「そう言ってくれると助かる。と言っても年明けにまた借りるがな」


お互いあっはっはと笑う。


「しかし、領主様の御者ともなればベテランの方がよろしいのではないですか?」


「ベテランを引き抜いたらお前の所が困るだろう」


「そりゃそうですが、トムは今年入ったばかりの見習いですし、とても領主様の御者には・・・」


「いや、今回の旅も問題なかったしな。それに御者だけでなく馬の世話もしてもらいたいんだよ」


「本当にトムでよろしいんで?」


「お前のとこが困るなら無理は言わんが、問題がなければお願いしたい」


「時期はいつ頃から?」


「馬車を買うのは春になると思うが、トムはそれまでに来てくれれば助かる。別に今日からでもいいが」


「は?今日からでも?」


「お前の所は冬はあまり仕事がないだろ?その間いなくなる見習いを置いておくより、すぐの方がいいかと思っただけだ。そっちの都合に任せる」


「そこまでお気遣い頂きましてありがとうございます。ちょっとトムを呼んで来ます。おいっトムっ!ちょっとこっちへ来てくれっ!」


「はい、お呼びでしょうか」


「領主様がお前を雇いたいとおっしゃられてな。お前が良ければ話を受けるがどうする?」


「いつからですか?」


「今日からでも構わないとおっしゃられている」


「はい、ご主人様のお許しが頂けるならお受けしたいです」


「本人も乗り気のようですので、トムを宜しくお願い申し上げます」


「それとな、トムと一緒に来た馬も手放す事は可能か?」


「12番ですか?普通の馬ですよ。特に脚が早いわけでもなく、力が強い訳でもありません。領主様ならもっといい馬が手に入ると思われますが」


「その馬がうちの息子にすごく懐いてしまってな」


「懐く?トム、どういうことだ?」


「はい、今回ぼっちゃんが同行されてたんですが、尋常じゃない懐きようでした」



「ちょっと12番の所へ行ってもいいでしょうか?」


「俺も行こう」


アーノルドが12番の馬の所に行くとブヒヒンブヒヒンと興奮する。


「いつもは大人しい12番がこんなに興奮して」


「おい、ハート。うちに来るか?」


ぶんぶんぶんと首を縦に振るハート。


「ハート?」


「すまんな、うちの息子がこの馬に名前を付けてしまってな。それから懐いてしまったんだ」


「名前を付けたら懐いたんですか?」


「んー、懐いたから名前を付けてさらに懐いたという感じだな」


「確かに領主様を見ても興奮してますね。それに言葉に反応したような」


「ご主人様、ぼっちゃんが言うことにはちゃんと従ってました。驚くぐらいです」


「そうですか、馬がそんなに懐いてるぼっちゃんなら問題無さそうですね、わかりましたお譲り致します」


「本当に大丈夫か?」


「まぁ、こう言ってはなんですが、この程度の馬なら簡単に手に入りますので」


「そうか、手間をかけさせるな」


「ぼっちゃんは長男様ですかそれとも次男様で?」


「いや、三男のゲイルだ」


「え?三男?」


「もうすぐ3歳になるから御披露目は来年だから皆が知らないのは当然だな」


「3歳・・・」


「ぼっちゃんはまだ2歳です」


トムが補足する。


「領主様を疑う訳ではないのですが、3歳に満たないぼっちゃんに馬をお譲りする訳には・・・」


「確かに馬は財産でもあり、従業員でもあるからな、お前の心配はもっともだ。ちょっと戻ってゲイルを連れて来るから自分の目で確かめてくれ」


「は、ぼっちゃんをここに連れて来られるんですか?」


「自分の目で確かめるのが確実だろ?それでダメだと思えば諦める」


「あのその・・・」


アーノルドは最後まで聞くことなく出て行った。


「トム、詳しく教えてくれんか?」


「多分お話ししても信じられないと思います。ぼっちゃんが来られたら分かりますよ」


トムにそう言われて、アーノルドが戻って来るのを待った。



ゲイル達が屋敷前まで戻るとアーノルドが走ってきた。


「お前達戻ってきたのか、森まで行かなくて済んだな」


「どうしたの?」


「ゲイルだけ来てくれるか。シルバーと一緒に。ダンは悪いがその馬を屋敷に連れて帰ってくれ」


「わかりました」


アーノルドがひょいとシルバーにまたがり俺を乗せたままどこかへ向かった。街中なので早駆け程度のスピードに抑えてるがちょっと危ない。


「ここだ」


「ここってレンタル馬車のとこ?」


「そうだ。今ハートの購入の話をしてる。お前を見てから売るかどうかを決めるってことでな」


「どういうこと?」


主人を呼んでくるからそのまま待っとけと言い残して中に入って行った。


「もうお戻りに?」


「あぁ、ゲイルを連れて来たぞ」


ゲイルの名前を聞いてハートが前足で地面を掻きながら更に興奮する。


アーノルドに連れられて主人が出て来た。


「え、こんな小さな子供が騎馬用の馬に?」


シルバーに乗る俺を見て驚く主人 。


「ゲイル、シルバーでその辺をぐるっと歩いて回ってくれ」


「ちょっ、ちょっと領主様、あんな小さい子供を一人で馬に乗せて何かあったら・・・」


「シルバー、ゆっくりでいいからその辺ぐるっと歩いて」


ゲイルの言葉に従ってポコポコと歩くシルバー。


「い、い、今、手、手綱はどうしました?何もして無かったみたいですが」


「ゲイルは言葉だけでシルバー・・・、この馬を動かせるんだ。ハートもゲイルの言葉に従うぞ」


「そんな・・・、トム、12番を連れて来てくれ」


トムがさっと12番、ハートを連れて来る。ゲイルを見てめっちゃ喜ぶハート。


「ハート、元気にしてたか、迎えに来たぞ」


シルバーから降ろして貰ったゲイルはハートに声を掛けるとトムを引きずったままダッと俺に駆け寄る。


ハムハムハムベロベロっ


「やめろ、ヨダレまみれになる」


ゲイルはハートの顔をぐっと押し退ける。


「なんだこの12番の反応は・・・」


「ゲイル、ハートに何か命令してみろ」


「ハート、俺を乗せてくれる?」


ぶんぶんぶん


「父さん、乗っていいって。ハートに乗せて」


「ぼっちゃん、12番は人を乗せる訓練をしてな・・・」


アーノルドが俺をハートに乗せると嬉しそうに鳴いた。ハートに乗るのは初めてだな。


「俺が落ちないようにゆっくり歩いて」


ポコポコと歩き出すハート。


「し、信じられません、なんの訓練もしてない荷馬が人を乗せて、しかも言葉だけで動かすなんて・・・」


「ご主人様、見て頂いた方が良かったでしょ?こんな話をしても信じて頂けませんので」


トムの言葉にコクコクコクコクと壊れた様に頷く主人。


「どうだ、うちの息子は合格か?」


コクコクコクコク。


「だってさ、良かったなハート。お前も今日から俺の仲間だ」


「最後に確認していいか?」


「な、なんでしょうか?」


「何年か先になると思うが、お前の所で馬を販売する気はあるか?」


「馬の販売ですか?」


「2~3年後に新しい馬を仕入れることになってな、うちで試しに販売するつもりなんだ。軌道に乗れば誰かに後を任せようと思ってるんだがやってみるか?」


「ありがたい話ではありますが、領主様がわざわざお試しになるような馬を扱えるとは思いません。私どもはレンタル馬車が仕事でございますので申し訳ありません」


「そうか、別に構わんぞ。世話になったから儲け話をと思っただけだ。気にせんでくれ」


「これはトムの移籍代金とハートの購入代だ。色々と無理を言ってすまなかったな」


アーノルドはそう言って代金を渡した


「こ、こんなに頂く訳には」


主人は馬の代金くらいを貰えればいいと思っていた。銀貨20枚くらいだろう。トムは見習いで特に何か出来る訳でもないので辞めてしまうのと同じことだと。それがアーノルドが渡したのは金貨2枚驚くのを通り越して恐縮してしまった。


「いや、見習いとは言え従業員と馬を引き抜くんだ。これが妥当な金額だろう。迷惑料込みだと思ってくれ。これからも領地の発展に力を貸してくれ」


なんとありがたい言葉なんだろう。トムも馬も幸せそうだ。アーノルド様、その後を継がれるかもしれないゲイル様。この領地は今後も安泰だと心から思ったのだった。


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