第89話 ショック療法

食事を終えて部屋に戻った。


ダートス夫妻とシルフィード、アーノルドと俺の5人で話をする。


「あのスープは母親が昔作ってくれたのと似てた?」


「はい、お肉が手に入った時に作ってくれたんだと思います。とても美味しくて懐かしい味がしました。ありがとうございます」


深々と頭を下げるシルフィード。


「俺もシルフィードのお母さんに感謝だね。味噌作ってくれてありがとう」


壺3つ味噌を分けてもらったのだ。次から生産量を増やして販売して貰うことにしている。


「この村では狩りをやらないの?」


「狩りが上手な男どもは瘴気にやられてしまったものが多く、こちらに来たのはあまり狩りの出来ないものばかりでして、鹿やウサギくらいしか狩ることが出来ません」


あとは女性陣か。大型のボアや熊とかを狩るのは無理そうだな。


「農作物は何を作ってるの?」


「普通のものですが、畑が広くなくて収穫量は多くありません」


「畑を増やせばいいのに」


「ここの土地は石とかが多くて畑にするのに時間が掛かります。少しずつ広げてはいるのですが」


え?それだけの理由?作物が育ちにくいとかじゃないのか?


「植えた野菜が枯れるとかじゃないんだね?」


「それは今のところありません」


単に男手が少なくて開発に時間かかってるだけか。それなら手の打ちようがある。


「畑作るのにあの馬達を使えばいいのに」


「馬を畑作りに?」


「そうだよ、馬に農機具取り付けて土掘って貰えばいいんだよ。あれだけ力のある馬ならもりもり耕せると思うよ」


ポカンとするダートス夫妻。


「馬用の農機具とはなんでしょう?」


あれ?牛とか馬に農機具引かせるのって普通にあるんじゃないのか?

チラッとアーノルドを見るが、ん?という顔をした。これはまだ無いのかもしれないな。


書くものと板を持ってきて貰って図に描いてみる。


「荷馬車の代わりにこういうの付けて引っ張って貰うんだ。石が挟まったら板にでも乗せておいて、他の馬に運んで貰えばいいでしょ?」


これを何度か繰り返せば土も柔らかくなるし、人の手でも簡単に耕せるようになる。


「この道具は鉄か何かで作るんでしょうか?」


「そうだよ」


「村にそれだけの鉄がありませんし、鉄を加工できる職人がおりません」


鍛冶職人がいないのか。蹄鉄くらいしか作れないのかもしれないな。


「父さん、これくらいなら街で作って支給できるよね?」


「そうだな、作るのはいいがどうやって運ぶんだ?」


「春になったら取りに来て貰えばいいんだよ。ワイン樽を一度に100樽運べるんだから大丈夫でしょ」


「それもそうだな。よし、ダートス。春になったら農機具を取りにこい。作っておいてやる」


「よ、宜しいのですか?」


「あぁ、構わん。ひもじいのは誰でも嫌だからな。獲物も狩れない、作物も作れないとかよく生活出来てたな」


「はい、食べるのが精一杯でした」


「あの馬は何頭いるんだ?」


「20頭いるかいないかです」


馬の餌が確保出来ないので、順番に食べて増え過ぎないようにしていたらしい。よく絶滅しなかったね。


「あの馬を増やして売ってみないか?」


「一度、王都に行って馬が売れないか聞いた事があるのですが、こんな大きくて遅い馬はいらないと言われました」


おかしいな?この馬の価値がわかる人がいてもおかしくないのに。


「うちの領だと売れると思うぞ。現に1頭買えないか聞いてきてくれと言われているからな」


「本当ですか?」


「あぁ、何なら今回1頭買って帰ってもいいぞ。馬を増やすならうちが代わりに売ってやってもいい。それに馬を増やすなら餌用の土地も広げないとダメだろ?たくさんいる方がいいと思うぞ」


「馬がたくさん必要・・・」


「多分1頭あたり金貨1枚くらいで売れると思う。うちが代わりに売るなら税と手間賃込みで6割を村に渡す。自分達で売るなら2割の税がかかるから8割が村の取り分だ」


「馬1頭でそんなに貰えるんですか?」


「あぁ、それだけの価値がある馬だ。うちの領はどんどん人が増えてるし、商人の出入りも多い。一度にたくさん運べる馬を欲しがるやつは多いはずだ。高くても売れる」


金貨1枚は騎馬用の馬と同じ値段だ。一般人には手がでないが商人なら買う人がいるだろう。それに合わせた荷馬車を作ればそれも売れるかもしれないな。


「ぜひ、お願いします。領主様の所で買い取って頂けるのなら安心です」


「よし、決まりだな。売ってもいい馬が出て来たら連れて来てくれ。あと今回はどうする?街で活躍する姿を見せたら宣伝にもなると思うが」


「分かりました。1頭見繕いますのでお願いします」


「わかった、なるべく若い馬を頼む」


そう言ってセバスに指示して金貨1枚を渡した。


「今回の馬はお試しと宣伝も兼ねるから税はいらん」


ありがとうございます、ありがとうございますと何度も頭を下げたダートスだった。


これで畑はなんとかなりそうだな。


あとは狩りだ。アーノルドやダンみたいにサクサクと獲物を見つけて狩りが出来るやつは特殊なんだろう。他のやつ見たことないけど想像が付く。狩りの出来る冒険者を派遣して獲物を狩ってもらうにしても払う金がまだないしな。


「この村には大工はいるんだよね?」


「はい、村の家を建てたりしておりますので」


ダートスの家を見ると釘をつかわずに木を組んで作ってある。腕は良さそうだ。


「囲いに入ったボアとかなら狩れる?」


「襲ってくる心配がなければ女どもでも槍で突くことくらいは出来るかと思いますが」


「じゃあ、罠を作って仕掛けよう」


「罠ですか?」


図に描いて説明していく。


「ここに獲物が入ったら扉が閉まって出られなくなるから、槍とかで突けば倒せるよ」


ほぉ~と感心して図を見てた。


明日大工を呼んで試作品を作って貰うことになり解散となった。シルフィードが去る時に小さく手を振ったので、俺も小さく振り返しておいた。


翌朝から罠の試作品作りだ。


大工に指示してギコギコと木を切り組み立てていく。手際は良いけどミゲルみたいな早業ではない。どうやら俺の周りは特殊な人達が揃っているみたいだ。何でもすぐに出来てしまうからな。


昼を過ぎたころ、ようやく一つ罠が出来た。


「ダン、この中に入ってみて」


罠はダンがしゃがんで入れるサイズだ。なんで俺がとぶつぶつ言うダン。熊だから罠が似合いそうなんだよ。


しゃがんだまま器用にすすっと罠に入るとバタンと扉が閉まる。


成功だ!これで中に獲物が入りさえすれば定期的に獲物が手に入るはずだ。


「ダン、もういいよ出てきて」


「これどうやって出るんだよっ!」


「あ、ごめん、扉あけてやって」


大工が笑いながら扉を上げた。


罠を板に乗せて、ラオに運んで貰う

ラオを連れたシドが聞いてくる。


「これは何ですか?」


「獲物を捕まえる為の罠だよ。上手く捕まえられるかまだわかんないけど」


昨日ボアを狩った場所でドングリを拾い罠の中に入れておく。罠に泥を塗って枯れ葉を上に乗せたりしながらカモフラージュをしておいた。


「このまま見てても来るかどうかわからないし一旦戻ろう」


戻ってからウサギ用の跳ね上げ式の罠、大工には鹿用の背が高めの罠を作って貰った。


今度は鹿を狩ったポイントに行き、罠を仕掛けておく。ここには野菜くずを入れて置いた。


ダンがウサギの足跡を探し、足跡があった所に罠を仕掛けて、乾燥したブドウを撒いておいた。


今日は獲物を狩らなかったので、残ってたマスの燻製を焼いたらダートス達にめっちゃ好評だった。



「セバス、明日で登録終わりそう?」


「はい、旦那様がおられましたので順調に進んでおりますよ」


セバスは淡々と答える。明日もアーノルドに仕事をきちんとさせるようだ。


「昨日言ってた罠はどうした?」


ブスッとしたアーノルドが聞いてくる。あんた領主の仕事しに来たんだろうが、拗ねるなよ。


「何ヵ所か仕掛けたよ。これが上手くいったら仕掛ける場所増やしていって、定期的に獲物が手に入るようになると思う」


「そうか、上手く行くといいな。そうだ!上手く行ったかどうかを確認する必要があるから俺も視察・・・」

「ダン、ゲイルぼっちゃま。旦那様はお忙しいので視察を宜しくお願い致します」


被せ気味にアーノルドの言いかけたことを防ぐセバス。アーノルド、諦めろ。セバスの方が一枚上手だ



ー翌朝ー


今日がボロン村最終日だ。今晩寝たら出発だからな。罠が上手くいってたらスッキリ帰れる。


すっかり雪が無くなった道をシルバーを迎えに行こうとすると、おずおずとシルフィードが付いて来た。


「わ、わたひも・・・」


あ、噛んだ。


「私も一緒に行きたいっ!」


噛んだ事はスルーして言い直した。どうやら俺達が今日までしかいないのを知って勇気を出したようだ。


自分もブドウ畑以外にも役に立ちたいらしい。見た目少女でも二十歳だもんな。バリバリ働かないといけない歳だ。


「ダン、シルバーに3人乗れそう?」


「大丈夫だと思うが俺は降りてサポートするわ。嬢ちゃん馬乗ったことないだろ?」


こくこくと頷く。


シルバーにシルフィードを紹介して乗せることを伝える。


ブンブン


「いいよだって、ダンお願い」


「きゃっ!」


ダンはフワッとシルフィードを抱き上げシルバーに乗せてあぶみを合わせる。次に俺をシルフィードの前に乗せた。


「嬢ちゃん、ここに足を乗せてこの手綱をしっかり持っててくれ」


女の子とタンデムするのは少し恥ずかしいが、他の人が見たら幼い姉弟にしか見えないだろう。


見た目少女の二十歳の女性、見た目幼児の中身親父だ。


俺達以外に村の女性3人と男性1人が槍を持って参加した。


シルフィードを乗せたシルバーはいつもよりゆっくりと歩く。初めて馬に乗ったシルフィードのドキドキが背中に伝わってくるが、男心をくすぐるような感触は無かった。



ボアポイントに到着すると親子2頭のボアがギーギー鳴きながら罠に入っていた。


「お、上手く行ったようだな」


罠まで近づくとドンっと親ボアがこちらに向かって突進し罠に体当たりする。ビクッとするシルフィードと村人達。もうちょっと頑丈にしないと大型のボアなら壊すかもしれないな。


「さ、槍で突いてくれ。思い切って突き抜けるくらいの気持ちでやらないと傷付けるだけで死なないからな。なるべく痛い思いをさせずに殺してやる方がいいぞ。手だけで突くんじゃ無しに身体ごとぶつかるつもりで突け」


女性3人、男性1人が一斉に親ボアを突く。ピギーッと鳴くボアは血塗れになって暴れる。


「胴体はなかなか死なんから首を狙え」


必死に突く4人。血を吹き出しながら暴れるボアをなかなか仕留め切れない。


シルフィードは目を瞑り耳を手で塞いだ。母親が殺された事を思い出したのかもしれない。ダンがやるなら一撃で絶命させただろうからまだショックはマシだったはずだ。


ピギーッピギーッと血を撒きながら暴れる様は残酷ショーみたいだ。俺でも耳を塞ぎたくなる。


しまったな、シルフィードを連れて来るんじゃなかったな。


必死の形相で親ボアを仕留めた4人は呆然としている。ボアはぼろぼろだ。突いて殺したというより、出血多量で死んだのかもしれない。


まだ子ボアは隅でピーピー鳴いている。思わずかわいそうと言いたくなるが、ここは弱肉強食だ食わねば生きてはいけない。


ダンが耳を塞いでいるシルフィードの手を下げてさせて聞く。


「嬢ちゃん、このボアを仕留めてみるか?」


イヤイヤと首を横に振るシルフィード。


「このまま怯えて隠れて暮らしていくか、堂々と自分が生きて行く道を切り開いていくのかはお前さんしだいだ。アーノルド様のパーティーメンバーにいたハーフエルフの事を聞いただろ?」


あれ?何でダンがその話知ってるの?


「この子供のボアを仕留めて覚悟を決めるか、今まで通りでいいか好きにしろ。俺達は手助けはしてやれるがお前にはなってやれん。決めるのはお前自身だ」


檻に入った子供のボアを仕留めるのは腕や力ではなく、他の生き物を殺す覚悟だ。俺もウサギ狩りで心に刻んだ自分が生きる為に他の命を奪う覚悟。


ぶるぶると震えるシルフィード。


恐らく母親が殺された光景がフラッシュバッグしているに違いない。


自分が見た恐ろしい光景を今度は自分がする。俺のかわいそうとかと次元が違う覚悟が必要だろう。


震えるシルフィードにダンは言う。


「お前は何の為に俺達に付いてきたんだ?それに俺達がいるのは今日までだからな」


はっとするシルフィード。


ぶるぶると震える手を出しダンに馬から降ろしてくれと言った。馬から降りてガクガクと震える足で立つシルフィード。


「ダン、俺も降ろしてくれ」


スッと俺を降ろすダン。


「シルフィード、いいか、俺が今からお前に力を与える。なるべく苦しまないように一撃で倒せるように」


俺はシルフィードの手を握って槍を渡しながらそう言った。シルフィードは震える足を押さえつけ、槍を持って子ボアに近づく。


槍をグッと構える。それを怯えた目で見る子ボア。思わず目線を逸らすシルフィード。


「シルフィード、目線を逸らすと槍が急所を外れて苦しませる事になる。一撃でやるなら目を逸らすな」


そう言われて子ボアを見るシルフィードの目からは涙が流れていた。


俺はシルフィードの背中に手を当てて闘気、身体強化魔法を流していく。剣も強化出来るのだから、人も強化出来るはずだ。シルフィードの心にもこの魔法が届けと念じながらどんどん魔力を流し込むとシルフィードの身体が金色に輝いてきた。


「今だやれっ!」


俺がそう言うとシルフィードは槍を一直線に伸ばした。


槍の先は子ボアの眉間を貫き一声もあげる事無く絶命した。


へたんとその場に座り込むシルフィード。


へたりこんだ高さと同じくらいの身長の俺はよくやったと抱き締めた。



しばらく俺にしがみつき泣いたシルフィードの頭をポンポンとダンが叩く。


「よく頑張った。お前はもう大丈夫だ。亡くなった母親も安心したと思うぞ」


母親の事を言われてまた泣き出したシルフィードだった。



俺は獲物を出した罠にクリーン魔法を掛けて血の臭いを消しておき、これからは血を洗い流す為に水を持ってきておくように村人に伝えておいた。


ぼろぼろの親ボアと脳天を貫かれた子ボアを持って一度村に帰る。


メンバーを変えて鹿の罠を見に行くのにもシルフィードは付いて来た。


残念ながら鹿は罠に掛かっていなかったがウサギが一匹罠に掛かっていた。村人は生きたウサギの耳を掴みナイフで首を切った。シルフィードはその光景を目に焼き付けているようだった。


戻って大工に罠が成功した報告と、ボア用の罠はもう少し頑丈に作るように言っておいた。



「ダン、シルフィードの話知ってたの?あと父さんのパーティーメンバーに居たハーフエルフの話も」


「昨晩アーノルド様になシルフィードが自分で行動を起こすようなら手助けしてやってくれと頼まれたんだ。その時に聞いたんだ」


俺が寝た後に話したのかもしれないな。アーノルドはなんとなくこうなるのがわかってたのかもしれない。


「罠に獲物が掛かってなかったらどうするつもりだったの?」


獲物探しにいって、俺に囲いを作らせれば済む話だとカッカッカと笑って言った。そう俺って便利だからねって、おい!!


「シルフィードは強くなれるかな?」


「そりゃ解らんな。後は嬢ちゃん次第だ。俺達にしてやれることはきっかけを作ってやるくらいだな」


「そうだよね」


ダンもアーノルドもきっかけというか手助けというか、どちらかと言えばショック療法を使ってくる。劇的に効くか、ぼろぼろになるかは本人次第。弱肉強食の世界では向いてるのかもしれないな。もしダメになってもダメになるのが早まっただけなのだ。この世界は元の世界ほど生きて行くのに優しくはない。シルフィードの心が壊れなくて良かったと思う。






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