第88話 シルフィードの両親
まずダートス夫妻とアーノルド、俺の4人で話をすることになった。
「さっきはゲイルが騒がせて申し訳なかったな。悪気は無かったんだ許してやってくれ」
「何があったのかと驚きはしましたが、謝って頂くようなことではございません。どうか頭をお上げ下さい」
頭を下げたアーノルドに恐縮するダートス夫妻。普通は領主が領民に頭を下げるような事はない。
「シルフィードとその母親に関して話がしたい。それを聞いて何かしようとかでは無いから心配はしなくていい。あと、俺が話すことも他言無用ということを約束してくれないか」
ごくっと唾を飲む夫妻。アーノルドの真剣な眼差しが夫妻の緊張を呼ぶ。
「もちろん約束は守らせて頂きます」
「では質問からいいか?」
頷く夫妻。
「シルフィードは何歳になる?」
「確かもうすぐ20歳になると思います」
え?ハタチ?あの娘が?
「そうか。お前達がここに来たのは何年前だ?」
「かれこれ10年近くになると思います」
「ディノという怪物が暴れだしたころか?」
「はい、ちょうどその頃です。村の争いが増えて逃げ出す頃に怪物が出たと聞きました」
「シルフィードの母親が死んだ時も同じ頃か?」
「はい、そうです」
・・・
・・・・
・・・・・
「わずか10年で葡萄畑がこんなに大きくなるとは思えないんだが、それにはシルフィードが関わってるか?」
少し黙る夫妻。
「お察しの通りシルフィードの力を借りております」
シルフィードの力?
「実はな、シルフィードの父親に心当たりがある。違ってるかもしれんがほぼ間違い無いだろう」
「そ、それは本当でございますかっ?」
「あぁ。ただ俺もあいつが今どこにいるのかまではわからん」
「ど、どういった人物なのでしょう?」
「俺が元冒険者だった事は初めに話しただろ?俺達のパーティーメンバーにエルフがいたんだ。パーティーメンバーと言ってもディノを倒すためだけにメンバーになっただけだがな」
「ディノを倒す?」
「ああ、俺達のパーティーがディノ討伐の為に瘴気の森へ向かった時に一人のエルフがメンバーに加わったんだ。シルフィードによく似た髪の色をした男でな、植物魔法を得意とする奴だった。魔法を使って一瞬で植物を成長させてディノの足止めをしてくれたんだ」
「も、もしかして領主様はあのディノを倒した英雄パーティーの・・・。はっ!? アーノルド・ディノスレイ・・・ア。ディノを討ち取りしもの・・・」
ははぁ~っと土下座する夫妻。
「そんなに畏まるな。冒険者が魔物を倒すのは仕事だ。いいメンバーに巡りあえて倒せただけのことだ」
神様を見るような目をした夫妻にアーノルドは照れてそう言った。
「俺のことは置いといて、その父親のエルフを見たことがある村人はいないんだな?」
「はい、誰も知りません。シルフィードも母親が殺されたショックで一部の記憶がございません」
「それで父親の名前もわからないと言ったのか・・・。シルフィードは父親の事を知りたがってるか?」
「いえ、あまり父親の記憶がございませんし、自分が村の皆と違うハーフエルフということもありますので・・・」
「恨んでるかもしれないということか?」
「直接聞いた事はありませんが、その可能性はあると思います」
「そうかわかった。次はこちらの話だ。息子のゲイルは少し特殊でな」
「はい、そのお歳なのにまるで大人と同じように話せるとシドから聞いて信じられませんでしたが、初めてお会いして納得いたしました」
「ゲイルは神のお告げを受けた人間なんだ」
「神のお告げですか?」
「あぁ、生後半年くらいの時に神様からこの世界を発展させなさいと言われたそうだ」
「か、神様の使い・・・」
「本人は使徒じゃ無いと言ってるがな、俺達が知らない事をたくさん知ってるし、無詠唱で色々な魔法が使える」
「なんとっ!」
目を見張るダートス。
「それでゲイルが言うにはシルフィードの母親も神のお告げを受けてたんじゃないかと」
「シルの母親が?」
ここからはゲイルが説明する。
「シルフィードが持って来てくれた調味料、味噌は俺もお告げがあって作ろうとしたやつなんだ。なんとなくしか作り方がわからなくて、諦めてたんだよ」
「それをシルの母親が作ったと?」
「あの味噌は昔から村にあったものじゃないでしょ?」
「えぇ、これを作ったのは子供の頃からちょっと変わった娘でして、何か作っては失敗してを繰り返していました。わけのわからない事を言うとその娘の両親は少し気味悪がってたのを覚えております」
恐らく転生ものが流行る前の時代から来たのだろう。訳がわからず前世の事を親に話したんだろな。
「父親が狩りで亡くなり、母親も病気で亡くなったのがまだ成人前です。その後ずっと一人で暮らしておりまして、気が付くとシルフィードを生んでおりました。当時はハーフエルフが生まれたと大騒ぎになったものです」
「色々作って成功したのが味噌だったの?」
「はい、その通りです。肉を漬けておけば少し長持ちして美味しくなるとかで村でも作るようになりました」
「汁物には使わなかったの?」
「汁物ですか?いや、肉を漬けておくものだとしか・・・」
「他には何か作ろうとかしてなかったかな?黒い液体の調味料とか」
「何かを作ろうとしてたのは確かですが、何を作ろうとしてかまでは分かりません」
「日記とか残ってないかな?」
「あったかもしれませんが、こちらに逃げてくるときに・・・」
そうか必要最小限のものしか持って逃げないから日記は望み薄だな。
「わかったありがとう」
「ダートス、ゲイルの事はくれぐれも他言無用で頼む。軍部とかに目を付けられたくないんだ」
「もちろんでございます」
「シルフィードには父親の心当たりがあることを教えた方がいいか?」
「いえ、記憶もあまり無いことなのでそっとしておきたいと思います。いつか本人が父親の事を聞いてきたら、お力添えをお願いしても宜しいでしょうか」
「わかった。俺は内密に行方を探しておくが期待はするな。エルフが住んでいるところを探すのは至難の技だ」
かしこまりましたとダートスは返事して話し合いは終わった。今晩はダートスの家に泊まらせてもらって、トムを含む5人で雑魚寝だ。
「父さん、グズダフとハンスはもういないってどういうこと?」
「あぁ、グズダフ家はお取り潰しで本人は処刑、家族は牢に入ってる。ハンスは犯罪奴隷として鉱山おくりだ」
サラッと言うアーノルド。
「領主がいなくなってグズダフ領の領民はどうなるの?」
「グズダフ領は一時的に王家直轄領となりまして、その内にどこかの貴族の恩賞として譲渡されると思われます」
セバスが答えてくれた。
「王家直轄だろうと他の奴が領主になろうとグズダフよりマシだろ。心配する必要ねぇぞ」
それもそうだ。俺が心配しても何にもならないしな。
「ダン、明日の狩りでボア取れるかな?」
「どうだろうなぁ。こっちに来てからまだ見てないしな。どうしてボアなんだ?」
「いや、作りたい料理があってね、ボアがいたらいいなぁって」
「そうか、じゃあ誰かにボアを見たことがないか聞いてから狩りに行くか」
「そうか明日はボア狩りか、デカイのがいるといいな」
アーノルドが話に加わってきた。
「旦那様、まさか私めに全ての仕事を押し付けて狩りに行こうとはしていませんよね」
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・
「ダン、大きなボアがいるといいですね、私と旦那様も楽しみに村で待っていますよ」
さすがセバスだ。アーノルドに行くなとは言わずに行けなくなるように持っていった。本当に優秀だな。
先手を打たれたアーノルドがふて寝したので俺達も寝ることにした。
翌朝、ダートスにボアがいないか聞いてみる。
「ボアですか?収穫時期には畑を荒らしにくるのですが、収穫が終わると姿を消してしまいます」
そうか、いるにはいるんだな。
「ダン、どうする?」
「そうだな、畑がある方面に向かってそこから探してみるか」
「俺なら見つけられると・・・」
「旦那様、本日は村人の三分の一を登録いたしますので、そろそろご準備を」
確かにアーノルドがいた方が見つかる可能性は高い。だが領主の仕事が最優先だからね。
「父さん楽しみに待っててね」
「あ・・・・・うん」
これでよしと。
シルバーに乗って畑らしき所へ向かう。ハートも付いて来たそうだったがトムに任せた。
「ボアの足跡とかないね」
「そうだな、ドングリがなる木を探してみるか。あいつらドングリ大好きだからな」
イベリコ豚もドングリ食ってるんだっけか?近くにいた美人さんにドングリの木があるか聞いてみると、村より少し下ったところに群生しているらしく、教えてもらった所に行ってみると枯れたような木がたくさん並んでいた。
「いたぞ」
葉っぱが無くなった木の下に3頭のボアがいた。大きいのと小さいのか2頭。多分親子連れだろう。
「どれにする?」
「全部狩ろう。親だけ狩っても子どもは生きていけないし、子どもだけだと足らんだろ」
「そうだね、じゃあ昨日みたいに壁で囲むからダンが倒してくれる?」
「アーノルド様もいないし大丈夫だろ」
クックックと昨日のアーノルドを思い出し笑いをするダン。
「じゃ、行くよ」
ドンっ
いきなり壁に囲まれたボアはパニックになって走り回る。鹿より低い壁で十分だ。
まず子どものボアをパスパスと一撃で射抜く。子どもを殺された親ボアがこちらに向かって牙をむくが壁があるので問題なしだ。そしてこっちを向いた親ボアの眉間に矢が当たり絶命した。相変わらず見事な腕前だ。目にスコープとか付いてるのかもしれん。
壁を解除して血抜きをしていく。
子どものボアとはいえ間近で見るとデカいな。俺達だけなら子ども1頭で良かったかもしれない。
今日はロープを持ってきたので、3頭を繋いで板に乗せてダンがずるずると引っ張っていった。
村に戻り、親ボアと子どものボア1頭を近くにいた美人さんに任せる。親ボアの毛皮だけ返して欲しいと伝えておいた。ハートの敷きワラ代わりに使うためだ。シルバーのは昨日の熊の毛皮を使う。肉は好きに分けてくれたまへ。
俺達は子どものボア1頭で足りるだろう。念入りに血抜きをするために木からぶら下げておいて、昼飯を食べた。
血抜きの終わったボアをダートスの家の庭で解体を始める。シルフィードがおずおずと解体を覗いている。
「ぼっちゃん、洗ってくれ」
「はいよ」
シルフィードはじょぼじょぼと魔法で水を出して洗う俺を見て驚いていた。こうやって魔法を使うところを見せたら、話すきっかけになるかもしれないな。
「ダン、肉をめっちゃ薄く切れる?」
「どれくらいだ?」
「紙くらいの薄さのがこれくらいと、残りはもう少し厚目に切って」
また面倒臭いことをと言いながらスライスしてくれた。ミーシャだと全て極厚切りになってただろう。
台所を借りて大きな鍋で骨から出汁を取る。白菜だけもらって、じゃがいも、ニンジン、タマネギは持って来たものを使う。ここの食材をたくさん使うのは気が引けたからだ。帰りの食事はなんか獲物を狩って食えばいいしね。
丁寧に灰汁を取ったボア骨スープが完成。結構時間がかかった。
大きな鍋に一口サイズの根菜を入れて柔らかくなったところで火から下ろす。
「シルフィード、味噌をくれないか?」
物影から見ていたシルフィードに話し掛けたら、驚いてたが味噌のツボを持ってきてくれた。
「ありがとう、この味噌はたくさんあるの?」
こくこくと頷く。
なら大丈夫だな。外は寒いけど寒さも調味料になるので、庭に土魔法で小さな竈を作りそこで食べることにした。
「庭に竈が・・・」
驚くダートス夫妻。
「後で元に戻しておくから」
そういってダンに鍋を火にかけてもらった。竈の回りに土魔法で作った椅子に鹿の毛皮を敷いて座ってもらう。クリーン魔法をかけてあるので綺麗な毛皮だ。
水から根菜を煮込んだ鍋に薄切りのボアを入れて煮てから火を消して味噌を入れる。豚汁ならぬボア汁だ。
もう片方の鍋にはボア骨スープに白菜を入れて白菜が透明になったら味噌を入れてと。
まずはボア汁からみんなに食べて貰う。
「ぼっちゃん、これ旨いぞ」
俺が作るものに抵抗がないダンが食べる。続いてアーノルド、セバス、トム
みんなが旨いと絶賛だ。そう、寒い所で食べる豚汁は格別なのだ。
「この調味料を汁に・・・」
肉を漬ける為の調味料と思い込んでる人は驚くだろう。おれも糠味噌を汁に入れられたら驚く。
「おぉ、これはなんとも・・・」
驚くダートス夫妻。
「はい、シルフィードも食べて。お母さんが作った味噌で作ったボア汁だよ」
おずおずとお椀に口を付けるシルフィード。
「熱っ、あ、この味・・・お母さんの・・・」
ポロポロと泣き出すシルフィード。
「シルどうしたんだい?火傷でもしたのかい?」
泣き出したシルフィードを心配して声をかけるスザン。
「違うの、違うのっ!このスープは子供の頃母さんが作ってくれた・・・」
ボア汁を食べながらグスグス泣くシルフィード。多分母親が作った味に似ていたのだろう。鰹節とかないから出汁になるものは肉系だったろうからな。
「この味噌は本来こうやって汁に溶いて飲むものなんだよ。こっちの鍋はボタン鍋。このボアの肉を入れて食べて」
ドサドサっと肉を入れるダン。ガサツさが出てやがる。
「ダン、灰汁が出るから、濁った泡が出て来たら掬って捨てて」
あんなに肉を入れたら恐ろしいくらい灰汁が出るだろう。スープ無くなるんじゃないだろうな?
鍋も好評で旨い旨いと言いながら全ての肉を平らげた。1頭でギリギリの量だったのか。皆よく食べるね。
あー、〆にうどん食べたいな。
そんな事を考えながら豚汁とボタン鍋を食べ終えたのだった。
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