第86話 ボロン村の秘密

「おーい、無事かぁ」


がーごーと寝ている俺達に戻って来たダンが声をかけて来た。


「あ、おはよう」


「雪の中で一晩過ごしてるからと心配してたのに、ずいぶんと余裕そうだな」


馬車ごと小屋に入って熟睡している俺を見てダンが呆れていた。シルバーは俺に駆け寄りべろべろと舐め回す。


「シルバーもありがとうね」


舐め回す顔を離して礼を言う。アーノルド達も馬車から出て来た。


小屋の入り口を魔法で広げて外に出ると一面銀世界だった。朝の冷え込んだ空気を吸い込み伸びをする。


ズンっ!


「わっ」


なんかの地響きかと思ったら、デカい馬を連れたシドがそこにいた。


「こ、こんな所に小屋が・・・それに勝手に入り口が大きくなった・・・」


あんぐり口を開けるシド。あっちゃあ、ダンだけかと思って油断してたよ。


「ぼっちゃん・・・」


手で顔を押さえるダン。


「ダンもシドがいるの先に言えよな」


責任をダンに転嫁する。


「見られちまったもんは仕方がない。シド、この事は他言無用だ。これは領主命令だからな」


アーノルドが強権発動をした。コクコクと頷くシド。その隙に俺はしれっと小屋を消して元通りにした。


「ずいぶんと時間が掛かったな。まだ村まで遠いのか?」


アーノルドがダンに聞く。


「馬車で鐘ひとつくらいなんでヤスが・・・」


「普通にしゃべれと言っただろ!?」


だんだん元のしゃべり方に戻るダンに気持ち悪いと言うアーノルド。


「あ~、ごほんっ。こいつに時間が掛かってな」


そう言ってシルバーの蹄鉄を指差す。


「シルバー、足を上げて見せて」


ひょいっと後ろ脚を上げるシルバー。脚を上げたシルバーの後ろに回ろうとするとシドが、


「ぼっちゃん、馬の後ろに行っちゃダメです」


と、慌てた、


「シルバーは蹴らないから大丈夫」


そう言って上げた脚の側に行った。


「あ、滑り止めの蹄鉄を付けて貰ったんだ」


「そうだ。なんせ村にはデカい馬用の奴しか無くてな、シルバーに合わせて貰うのに時間が掛かったんだ」


「シルバーありがとう、もういいよ。いいの付けて貰ったね」


そう言うとブンブンと首を縦に振る。


「ぼっちゃんは馬としゃべれるんで・・・?」


シドが俺とシルバーのやり取りを見て驚く。


「いや、このシルバーが賢いんだよ。こっちの言うことが分かるんだ」


ほぇ~っと驚くシド。蹄鉄を付ける時も全く手が掛からなかったことにも驚いていたみたいだ。


ハートもとことこ俺の所にやって来てブンブンと首を縦に振る。


「お前も分かるのか?賢いな」


ブンブンブンブン


「え?12番がこんな反応するのを初めて見ま・・・」


番号で呼んだトムに歯茎を見せるハート。


「トムが番号で呼んだから怒ってるよ」


「あ、ああ、ハートがこんな反応を」


律儀に言い直すトムにハートと呼ばれて頷くようにブンブンと首を振る。


「ぼっちゃん、シド達も馬に名前付けてるみたいだぞ。馬は大切な家族みたいなもんなんだと。こいつはラオだ」


シドが連れてるこの黒くてデカい馬はラオと言うのか。俺のことウヌとか呼ばないよね?


ラオにはあまり懐かれないようにしよう。ラオが俺達に付いて帰る事になったらシドに恨まれそうだ。


「お前はラオって言うのか。助けに来てくれてありがとうね」


これだけにしておく。


ラオにハフンッと鼻息を掛けられた。俺のこと丸飲み出来そうなサイズだが恐怖感はまったくない。



馬車をラオに繋いで引っ張って貰うことにした。御者はシドだ。ダンと俺はシルバーに乗り、トムはハートを引いて歩いて行くことになった。



雪道をものともせずに馬車を引くラオ、滑り止め蹄鉄のお陰か土の道と同じように歩くシルバー。少し歩きにくそうなハート。雪道に大きさの違うが足跡を残しながら村まで到着した。


馬達を小屋に預け、村長らしき人の家におじゃました。


「これはこれは領主様。こんな雪道の中わざわざお越し下さりありがとうございます。この度はこの村を助けて下さり心より感謝申し上げます」


丁寧な挨拶をしてくれる村長。名前はダートス、奥様はスザンという名前らしい。


「堅苦しい挨拶はいいぞ。俺は領主と言っても元冒険者だからな、普通にしゃべってくれてかまわない。うちの者も紹介しておく。俺がアーノルド・ディノスレイヤ、こいつは息子のゲイル、三男坊だ。元々白ワイン購入のきっかけになったのがこいつだから連れて来た。先におじゃましてたのがゲイルの護衛兼世話役のダン、こっちがセバスで領の仕事を任せている」


各々が紹介と共にぺこっと頭を下げる。


「シドには了解を貰っているんだが、本当にうちの領地になるのかの確認をしたい」


「はい、領主様。是非ともディノスレイヤ領にボロン村を入れて下さるようにお願い申し上げます」


「わかった。では正式にうちの領地であることを登録しよう。その前にあとひとつ聞いていいか?」


「はい、なんなりと」


「お前達は北の帝国領から来たのか?」


ピクッと反応するダートス。


「はい、その通りでございます。この村の住民は元々ノースウエス帝国の住人でございました。といっても我々は西の外れに住んでいたもので、帝国そのものとはほとんど関わりがございません」


「ならなんで他国の領へ移って来たんだ?」


「はい、村より南側にある森から流れてくる瘴気が年々濃くなり、村の男達の気性が荒くなり、たえず争いが起こるようになりました」


「あの森か・・・」


アーノルドが呟く。ダンは黙って聞いている。


「女どもがそんな連中を恐れて逃げたいと言い出しまして、瘴気にやられてない男と共にこちらへ移ってきたしだいです」


「なるほどな。それだけか?グズダフがこの村の女を手にいれようと画策していたみたいだが」


「おい、連れて来てくれ」


奥さんのスザンに誰かを連れて来るように言うダートス。


少し間が空いてからスザンがフードを深く被った一人の子供らしき人を連れてきた。


「この娘はシル、シルフィードと申します。こちらは領主様だ挨拶をしなさい」


「初めまして領主様。私はシルフィードと申します」


フードで顔が良く見えないが、10歳くらいだろうか?少し陰のある雰囲気のする少女のようだ。


「シルフィード?ダートス、お前の娘か孫か?」


シルフィードという名前に反応を示したアーノルドはダートスに聞いた。


「いえ、この娘の母親は先の争いで亡くなり、父親はどこにいるのかわからないので私達が預かっております」


ダートスとスザンには子供がおらず親代わりになってこの娘を育てているとのこと。


うつむいたままのシルフィードという名前の少女。


「シルフィード、うちの国のやつが怖い思いをさせたみたいで悪かったな。お前に怖い目をさせたグズダフもハンスももういないから安心しろ」


グズダフもハンスももういない?どういうことだろう?


「すまんが、少し顔を見せてくれんか。怖いことはしないから」


そう言われておずおずとしているシルフィードにダートスが顔を見せなさいと言った。決心したようにフードをはずして顔を上げるシルフィード。


シルフィードは緑と銀色をまぜたような髪色に透き通るような白い肌の少女だった。


「お前はエルフ・・・?いやハーフエルフか?」


ビクッとするシルフィード。


「領主様のおっしゃる通りでございます。この娘はハーフエルフでございます。父親のエルフはいまどこにいるのか我々にはわかりません」


ぐっと考え、黙るアーノルド。


涙目になってダートスの後ろに隠れるシルフィード。


「領主様、この娘は災いをもたらすような事はありません。どうか、どうかご慈悲を」


そう言って夫婦共々土下座をした。


「あ、すまん顔をあげてくれ、ハーフエルフが災いを起こすというのは迷信だと知っているから何かをするつもりはない」


えっ!?と顔を上げるダートスとスザン。この世界ではハーフエルフが災いをもたらす存在だと思われているらしい。俺はそんな事を知らなかった。


「シルフィードの父親の名前はなんて言うんだ?」


三人とも首を横に振る。


「あいにくシルフィードの父親の事を知っているのは死んだこの娘の母親だけでして」


「そうか、辛いことを聞いてすまなかったな」


いえいえと首をふるダートス。


「安心してくれ、うちの領は色んな奴がいるから、種族で差別するような奴はいない。俺も冒険者時代のパーティーにドワーフもエルフもハーフエルフもいたからな。その辺の奴らより慣れてるぞ」


えっ!と驚くダートス夫妻と俺。ダンとセバスは真顔だ。ダンとセバスは元のパーティーメンバー構成を知っていたようだ。


「さようでございましたか。こんな領主様がいる領地に入れて貰えるなんて・・・」


うっうっうと泣き出すダートス夫妻。


シルフィードは自分以外にハーフエルフがいると聞いてソワソワしていた。かなり珍しい存在なのかもしれない。


村人の領民登録は明日にして昼御飯を食べた後に村の視察をして回ることになった。ダートスの家でお昼ご飯をごちそうになったが粗末な食事だった。これでも頑張ってくれたのだろう。


視察はアーノルドとセバスに任せて、俺とダンはシルバーに跨がり狩りに出掛けた。夜はちゃんとしたものが食べたい。


「こんな雪でもなんか狩れるの?」


「鹿かボアがいればいいんだがな、ウサギは雪が降るとほとんど見えないし効率が悪い。デカいのを探そう」


シルバーが入れそうな道を探して獲物を探す。


「ぼっちゃん居たぞ。鹿が2頭だ」


ダンが指差す方向に確かにいる。


「左の奴は俺が弓でやるから、右の奴を魔法で倒せるか?」


「ちょっと遠いけどやってみるよ」


「同時にやらないとどちらかに逃げられるから、俺が弓を撃って鹿に当たる直前に魔法で倒してくれ」


また難しいことを言う・・・


「じゃ行くぞ」


いつもより距離があるのでダンは闘気で強化して弓を撃った。げっ、思ったより弓が速い。強化するなら先に言ってくれ。


慌てて土魔法で串刺しにすると同時に矢がもう1頭の頭を撃ち抜いた。


ドサッと倒れる左の鹿、串刺しにされた鹿はそのままの体勢で絶命していた。


「さすがダン。頭に一発だね」


「首や胴体に当てると倒れるまで追いかけて行かんとダメだからな。狙いは頭だ。ぼっちゃんも見事なもんだ」


シルバーに乗ってお互いを誉めながら鹿の所まで行った。シルバーは山道でも平気で歩いていく。優秀な馬だ。


「解体は村に戻ってからにするが、血抜きだけはやっておくか」


寒くて血が固まるのが早そうなので、首を切って血を抜いていくと真っ白な雪が真っ赤に染まっていく。その様は恐ろしくもあり、綺麗でもあった。


ブヒヒヒーンッ!


いきなりシルバーが大声でいななく。驚いてシルバーを見るとダンが、


「ちっ、熊が来やがった」


熊?お前の仲間じゃないだろうな?


ダンが弓を構えた方向から大きな熊が走ってくる。ダンが強化した矢を撃ち、熊に当たるも尚突進してくる。弓を捨てて剣を構えるダン。足元は雪だ、興奮した熊に万が一の事があったら危ない。


シルバーは逃げ出さずに俺を庇うように前に出る。


ダンの前に立ち上がった熊はダンよりデカい。熊の太い腕がダンに襲い掛かる。


危ないっ!俺は思わず大きく開けた熊の口に尖った氷の塊を撃った。それと同時に熊の首をはねるダン。しかし、首を飛ばされながら尚振り抜いた熊の爪がダンの左肩を切り裂いた。


熊の首とダンの左肩から血しぶきが上がる。


「ダンっ!」


急いでダンの所に駆け寄り治癒魔法をかけることで、すっとダンの肩から傷が消えていく。


「助かったぜぼっちゃん。足元が滑って避けられなかった」


「治癒魔法で治せるくらいの怪我で良かったよ」


「ぼっちゃんが氷を熊の口に撃ってくれたことで首を落とせたぜ。あれが無かったら先に爪が当たってヤバいとこだった。俺達いいコンビだな」


そう言ってカッカッカとダンは笑った。


「熊も首を跳ねたことで血抜きする必要も無くなったけど、どうやって持って帰ろうか?」


「木を切って板にして引っ張っていくか」


「ロープは?」


「持って来てねぇな」


「魔法で浮かべて運ぶから、村の近くになったらダンが運ぶ?」


「いや、バレたらまずい」


「じゃ、俺が誰か呼んでくるからダンはここで待っててくれる?獲物を置いていったらまたなんか来るかもしれないし」


「ぼっちゃん一人で大丈夫か?」


「俺がここで待ってるのとどっちがいい?」


「あー、そうだな。もし魔物とか出たら躊躇せずに燃やすなり・・・。やっぱり一緒に戻ろう。ぼっちゃんに何かあるより、獲物に何かあったほうがマシだ」


そりゃそうか。俺は魔法が使えるけど気配察知が下手だからな。ここはダンの言う通りにしよう。



村まで戻って村人に獲物を運んで貰うようにお願いすると、俺達に慣れてるということでシドがラオを連れ、ロープでソリみたいな物を引いてきた。


「ダンさん達で持って帰ってこれない獲物って、何を狩ったんです?」


「それは見てからのお楽しみ」


久しぶりにもったい付けてみた。



現場に着くと獲物は全部そのままだった。荒らされた形跡もない。


「こんな大きな熊を・・・」


狩った獲物を見て驚くシド。


あ、落ちてる熊の頭が口から後ろにかけて穴が開いてる。見られたらまずいかも。


「シド、熊の頭は邪魔だから捨てて行くぞ」


「あ、あ、わかりました」


まだデカい熊を見て固まってるシドに畳み掛けるように言うダン。上手くごまかせたようだ。


ソリみたいな板に熊と鹿をドサッと乗せてラオがものともせずに雪道を歩いていく。やっぱりすごい力だなぁ。惚れ惚れするくらいだと思ったけど口には出さない。シルバーが拗ねるかもしれないし、ラオが必要以上に懐いても困るのだ。


「ぼっちゃん、あれはぼっちゃんがやったんですか?」


え?


「熊の頭に大きな穴が・・・」


ごまかせてなかった。


「あははは、内緒ね」


シドは黙って頷いた。



村に戻ると鹿と大きな熊を見て、わーっと村人から歓声が上がる。村全体に肉は行き渡るだろうか?いや、足らないだろうな・・・


俺達は数日がまんすればいいだけだし、村の人達で分けてもらえばいいか。



視察をしていたアーノルドが歓声を聞いてやって来た。


「こんなデカい熊がいたのか?」


「鹿の血抜きしてたら襲ってきたんでヤ・・んだ」


「これだけじゃ足らんだろ。もう一度狩に行くぞ。ラオを貸してくれ」


シドがあうあうと言ってるうちにひょいと巨大なラオにまたがるアーノルド。シドがあっと驚くが、抵抗しないラオ。


「よーし、いい子だ。ラオ一緒に行くぞ」


アーノルドがポンポンと横腹を蹴るとのっしのっしと歩きだした。


「ラオは人を乗せたことが無いのにあんな簡単に・・・」


あんぐりと口を開けたシドに行ってくると言って狩りに出掛けた。


「父さんとダンが居たら、俺は行かなくていいんじゃないの?」


「お前がいた方が便利だからな」


また俺を道具みたいに・・・



「お、鹿の群れだ」


早速アーノルドが見付けるがどこにいるかわらかない。指差された方を見るとめっちゃ遠い所に7~8頭の群れがいた。


どんな感覚してんだアーノルドは?ダンも苦笑いしている。


「もう少し近づくぞ。ラオはここで待っててくれ」


馬から降りたアーノルドがそう言うとラオはじっとしていた。アーノルドはラオと話せてるのかな?


「父さん、何頭狩るつもり?」


「全部だ」


「え?どうやって?」


「鹿はほっといてもどんどん増えるから全部狩っても問題ない」


「いや、狩る方法を聞いてるんだよ」


「俺が鹿の背後からお前達のいる方向に追いたてるから、ダンは弓で、ゲイルはあの串刺しで倒せ。ダンは速射どれくらい出来る?」


「こっちへ向かってくるなら3頭くらいはいける」


「じゃ残りはゲイルだな。取りこぼしたら俺も斬るから、俺を串刺しにするなよ」


絶対するなよ!そう言ってアーノルドはスッと消えて行った。俺がアーノルドに襲われたら、気が付かない内に死んでるなと思った。



「シルバー、お前もここでラオと待ってて。鹿が逃げちゃうからね」


ブンブン


ダンがそろそろと近づく。俺は魔法で地面すれすれに浮いて近づいた。


魔法の射程距離に入ったので木の上に昇る。ダンが俺の事を気にせずに集中して貰うためだ。


その時に鹿が一斉にこっちへ向かって走り出す。


まず1頭ダンが弓で倒す。2頭目を撃った時に鹿がバラけて逃げようとする。素早くて土魔法の狙いが定まらない。やべっ、逃げられる。くそっ!


俺は串刺しを諦めて鹿の群れ全体を土壁で囲った。


バンっ!


突然の壁に驚きパニックになる鹿達をダンがパスパス撃ち抜いていく。俺も3頭ほど串刺しにした。


「ふう、全部狩れて良かったね」


「あんなやり方もあるんだな。囲ってしまえば後は楽だな」


「串刺しって動いてる獲物には難しいんだよね、燃やすんだったら簡単なんだけど」


ラオとシルバーを連れてそんな話をしながら倒れてる鹿に向かって歩いた。


「あれ?父さんは?」


鹿を追い立てていたアーノルドが見当たらない。取りあえず土壁を解除したらカエルみたいなアーノルドが倒れていた。


あのバンって音はアーノルドが壁にぶつかった音だったのか。アーノルドに近づいて治癒魔法をかけるとアーノルドが目を覚ました。


「お前なぁ・・・」


アーノルド激オコ。


「いや、串刺しはしてないよ」


「そんな問題じゃねぇ!」



めっちゃ怒られた。どうもアーノルドとの連携は上手くいかないな。


そう思ったゲイルなのであった。


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