第85話 いざボロン村へ

晩御飯の時にアーノルドに聞いてみる。


「父さん、牧場作ってるみたいだけど、広すぎない?」


「あぁ、俺達も馬を買おうと思ってな。それにそろそろ馬車も持ってもいいかと思ってるんだ」


「俺達の馬?父さんと誰が乗るの?」


「アイナに決まってるじゃないか」


アイナは馬に乗れるんだな。


「そうよ、シルバーを見ていいなぁと思って。アーノルドも羨ましかったみたいよ」


ドワンの予想は少し当たってたのか。シルバーを自分のものにしようとしなかっただけ大人になったってことか。


「母さん、普通は領主の奥様って、自分で馬に乗らずに馬車に乗るんじゃないの?」


「あら、そんなこと誰が決めたの?それに自分で乗った方が便利じゃないの」


そりゃそうだけどさ・・・


「あと、ダンの馬も買うつもりだぞ。お前が馬だとダンも馬の方がいいだろ?」


「ダンのも買ってくれるの?」


「あいつにはまた調査とかお願いするかもしれんからな。専用の馬がいた方がいいだろう。まとめて買う方が安くなるしな」


なるほどね。ダンはこれからもこき使われるんだな。


「ジョンの馬は卒業してこっちへ帰ってくるなら買ってやるぞ。ベントはどうする?」


横に首を振るベント。


「僕はいい。怖いもん」


シルバーを見ている時もずっとアイナの後ろに隠れてたくらいだからな。


「そうか、馬を買うのは春になってからだから、気が変わったら言え。乗馬用の小さめの馬とかもいるからな」


「父さん達も乗馬用のにするの?」


「俺は騎馬用だぞ。アイナは背が足らんから乗馬用にするかは馬を見てから決める。馬車も騎馬用のにするつもりだ」


やっぱりアーノルドもスピード狂だったか。


「馬車はもう決まってるの?」


「まだだがなぜだ?」


良かった。春までなら間に合いそうだ。


「おやっさんが改良型の馬車を考えてるから、それが出来てからにして欲しいなと」


「そうなのか?春には馬を買うつもりだから言っといてくれ」


わかったと言って晩御飯は終わった。



翌朝、シルバーにジョンと2人乗りしてドワンの元へ向かう。


「おやっさん、来たよ」


「おう、アーノルドが牧場作っとるそうじゃな。他にも馬を買うのか?」


「春に何頭か買うって言ってたよ」


「そうか、よし、ワシの分も買えと言っておいてくれ。ミゲルの話だと相当広い牧場なんじゃろ?そこで預かればワシも馬が持てる」


「おやっさん馬に乗る暇なんてあるの?」


「働く奴を増やせばいい話じゃ」


うわっはっはと大笑いするドワン。もう遊ぶ気満々じゃん。


「兄貴、俺も馬が欲・・・」


「お前は仕事があるじゃろ」


酷ぇ、弟は働かせて自分だけ遊ぶ気だ。


「親方なら仕事にも使えるでっかい馬とかいいんじゃない?」


「でっかい馬?」


「ほら、ボロン村のシドがワインの樽を運んで来た馬だよ。あれなら力も強いから木材とか運ぶのに便利だと思うよ」


スピードは出なさそうだけど、ダンプカーみたいでカッコいい。


「おぉ、あいつか。確かにあの馬はいいな」


ミゲルの機嫌が直ってきた。


「ぼっちゃん、あの馬を売ってくれるかどうか分からんぞ」


「あ、そうか、見たこと無かった馬だしね」


「なんとかならんのか?」


「雪が降る前に一度父さんが村に行くと言ってたから、聞いてきて貰うよ。でも無理矢理買うような事は出来ないから、ダメだったら諦めてね」


「お前も一緒に行って交渉してこい」


は? アーノルドが行くから俺が行っても意味無いじゃん。


「なんで俺が?」


「お前はあの馬をたらしこんで使いもんにならんようにして買ったんじゃろ? あのデカイ馬もたらしこんでこい」


なんて人聞きの悪い・・・


「シルバーが勝手に懐いたんだからね。たらしこんでなんか無いよっ!」


他の人に聞かれたらどうすんだよ。まったく。


そんな事はどうでもいいからお前も行けと聞かないミゲル。やっぱりドワンと兄弟だ。


「父さんにも聞いてみるけど、期待しないでね」


もう諦めてこう言うしか無かった。


「話は変わるけど、マスパーティーどうする?今度の5の付く日でいい?」


「そうじゃった、パーティーじゃ。その日でいいぞ」


「今度は酒少なめにするからね。危なくてしょうがないんだから」


「坊主、それはちょっと・・・」


「じゃ、マスだけにして酒は無しにする」


「いや、たまには少なめもいいかもしれんな」


酒無しと言われて譲歩したドワン。ミゲルはええっという顔をしていた。



小屋での日課を終えて屋敷に戻り、晩御飯の後にアーノルド達の寝室に向かった。


「父さん、ボロン村にはいつ行くの?」


「そうだな、もうそろそろ行くか、来年の春にしようかと思ってるんだがどうしてだ?」


ドワンが自分の馬も買ってきて欲しいと言ったこと、ミゲルがあの大きい馬を買えるかどうか聞いてきて欲しいと言った事を伝えた。


「ドワンの馬は別にいいが、あの村の馬か・・・、それは実際に聞いてみないとわからんな」


「だから、俺にも行けだって」


「なんでゲイルに行けと言うんだ?」


「シルバーが俺に懐いて商店で使い物にならなくなったじゃない!? おんなじ事をしてこいだって」


「そりゃたまたまだろ?同じ事が起こるとは限らんじゃないか」


「俺もそう言ったんだけどね、言うこと聞かないんだよ」


「あなた、ゲイルも連れて行ったら?親方には無理をお願いしてるし、ダンも案内役に連れていくんでしょ?ゲイルが一人増えても変わらないわ」


え!?


「それもそうだな。もしダメでも行くだけ行ったら諦めがつくだろ。じゃ今年中に終えてしまうか。その方がスッキリするな」


結局俺も行くはめになった。



雪が降る前に行く事が決まり、次の1の付く日に出発だ。行くのはアーノルド、ダン、セバス、俺の4人。湖に行くより長く馬車に乗るのは嫌だなぁ・・・



5の付く日になり、マスパーティーが小屋で開かれた。料理内容は家族旅行の時と同じだ。


ミーシャは食べるのが2回目だけどがっついていた。


「坊主、あのクッションはどうやって作ったか教えろ」


酒が少ないせいかまともな話が始まった。コイルを何本か作って説明する。


「こんな面倒臭い作りになっとるのか?」


「馬車用に3段にしたけど、ベッド用なら1段か2段でも大丈夫だと思う」


「しかし大きくなると数がいるじゃろ?まぁ、このスプリングコイルってのはなんとでもなるが、縫い物がのぅ・・・」


確かに手縫いで格子状に作るのは手間が掛かる。


「このスプリングコイルって奴を使わないとダメなのか?」


「どういうこと?」


ほれ、こんな風にしていけば・・・

と図に描いていくドワン。


なるほど!全体的なバネにするわけか。これなら格子状に縫い物をしなくて済むから、一気に作業効率が上がりそうなので魔法で試作してみる。


出来た物を床に置いて布団を乗せてドワンに寝転ばせてみる。


「バッチリじゃ。これで量産の目処がたったの」


亀の甲より年の功!さすがはドワンだ。俺にはこの形は思い付かなかったな。



「おやっさん、さっきスプリングコイルはどうとでもなるって言ったよね?大きさも自由に変えて作れる?」


「出きるぞ。熱い間に伸ばしてこう巻き付けたらそのままの形で固まるじゃろ」


じゃあさ、と馬車の改装図を描いていく。


「結構重くなりそうじゃの」


重量問題か。


「あのアルミ合金をフレームに使えないかな?」


「あいつをこの形に加工するのは無理じゃな」


「じゃあ鉄をこんな形にして軽量化させたらいける?」


そうじゃな、じゃあこれは?


ドワンとミゲル、ダンを巻き込み馬車の改装を話し合った。


取りあえず、うちの屋敷で使う馬車にはアルミ合金でフレームを作り、4輪独立サスペンションのなんちゃってダンパー付きタイプだ。もちろんフレームは俺が魔法で作る。他には板バネのサスペンションで様子を見ることになった。残念ながらボロン村に向かうときには間に合わない。


その後人数分ベッド用の1枚ものスプリングを作り、それぞれそれに布団を敷いて寝た。


翌朝、ご飯を食べた後、ドワンとミゲルはスプリングベッドの試作品をちゃっかり持って帰り、屋敷のみんなの分はアーノルドとアイナが導入してからと言うことで小屋に置いて帰ることに。


「酒が少ないとまともだったな」


「親方は不服そうだったけどな」


そんな会話をしながら屋敷に戻った。



あーあ、明日からボロン村か。馬車で3日くらい掛かるんだったよな?嫌だなぁ馬車旅・・・



往復6日、向こうでの滞在を考えると10日間くらいか。住民登録をするのにセバスも一緒に行くから魔法で水も出せないし不便なんだよなぁ。


それに山合の村っていうから、ここより寒いだろうし。防寒着とか買い込んでおかなきゃな。



昼飯を食べて買い物に出掛ける。


服や厚手の毛布を買い、冒険者用グッズの店で寝袋等を買い込んだ。アーノルドとセバスは既に持っているらしいし、ダンも持ってるとの事だった。


買った物をシルバーの背中にくくりつけてポコポコと屋敷に帰る。


「ダン、俺達がいない間のシルバーの世話どうしたらいいと思う?」


「餌やりはブリックに頼んで、あとは今作ってる牧場に放しとけばいいんじゃないか?シルバーは賢いし、ジョンにも慣れているから問題起こさんだろ」


「そっか、そうだね。母さんも馬に乗れるみたいだし、みんなにお願いしておこうか。シルバー、明日から俺とダンは10日間くらい留守にするけど、ジョンがいるから大人しく待っててね。怪我するようなことしちゃダメだよ」


いつもならぶんぶんと首を振るシルバーが反応しない。


「ぼっちゃん、シルバーは置いて行かれるのが分かって拗ねてんじゃ、ねぇか?」


「そうかもね。でも馬車で行くからお留守番しててね。ちゃんと帰ってくるから」


少し寂しそうなシルバーはトボトボと小屋の方へ行った。



翌朝アーノルドが手配した馬車に御者が荷物を積み込んでいた。ずいぶんと若い御者だな?まだ子供みたいだ。大丈夫なのか?いつも御者はまぁまぁ年配の人が多い。いかにもベテランって感じの人ばっかりだった。たまたま俺が見るのがそうだったのかもしれんな。


「こら、待てって!言うことを聞かんかシルバー!」


ジョンがシルバーに引っ張られてやってきた。


ブルルルッ


「ゲイル、なんとかしてくれ、シルバーが言うことを聞かないんだ」


「シルバー、ダメじゃないか。今日からお留守番って言っただろ。ジョンの言うことを聞いて大人しく待ってなさい」


そう言っても鼻先で俺に乗れ乗れとつついてくる。


「ぼっちゃん、シルバーは付いて来る気満々だぞ。どうする?」


「どうするったって、置いて行くしかないじゃないか。馬車もあるし」


ブヒヒンブヒヒンと何か言いたげなシルバー。


「俺がぼっちゃんとシルバーに乗って行ってもいいぜ。あぶみもあるし馬車に合わせて歩いて行けばいい話だ」


「どうした?」


ダンとシルバーをどうするか話していると、アーノルドとセバスがやって来た。


「父さん、シルバーが一緒に行くって聞かないんだ」


「そうか、シルバーはまだ子供だからお前と離れるのが嫌なんだろ」


へ!?シルバーが子供?


「多分まだ2~3歳だろ。お前と同じ歳くらいだと思うぞ」


こんなにデカイのに子供?


「馬は人間より成長が早いから、人間で言うと成人してるがな」


「まだおっきくなるの?」


「そうだな、馬にもよるがもう少しでかくなると思うぞ」


お前まだ子供だったんだ。知らなかったよ。


「で、ぼっちゃんどうする?置いて行くのか?連れて行くのか?」


ダンにそう言われてチラッとジョンを見ると困った顔をしている。そして俺のお尻を鼻先でツンツンするシルバー。


「あーもうっ!わかったよ。シルバーも連れて行くよ。父さんいい?」


「お前がいいなら構わんぞ。シルバーの分のカイバも馬車に積んどけ」


ダンがシルバーの装具一式とカイバを用意してくれた。


「ダン、お前はいいのか?」


「こいつがありやすからね、ずいぶんと楽ですよ」


ポンポンとシルバーに付けられたあぶみをアーノルドに見せる。


「なんだそれは?」


「あぶみって言いやしてね、おやっさんが作ってくれたんでさ。量産するって言ってやしたぜ」


敬語を止めたのかどうだか分からない口調のダン。江戸っ子みたいになってるぞ。落語に出てくる熊さんみたいだ


「これは馬に付ける足場か?」


「そうでっせ」


今度は上方落語か。


「ゲイル、シルバーに乗ってみてもいいか?」


連れて行ってもらえる事がわかったシルバーはご機嫌だ。


「大丈夫だよ」


「シルバー、乗るぞ」


馬に一声かけてから乗るアーノルド。よく解ってる。


あぶみにひょいっと足をかけてシルバーにまたがり、ポコポコ パカッラパカッラと軽く駆け足をさせる。アーノルドも馬の扱い上手いなぁ。馬に乗る姿が美しい。


アーノルドはシルバーから降りてポンポンと身体を叩く。


「こいつはいいなぁ、疲れ方がぜんぜん違うぞ。ドワンの奴いいの作りやがったなぁ」


あぶみを見ながら感心するアーノルド。そして、そうだ!と言って屋敷に向かって走って行ったと思ったらアイナを連れて戻ってきた。


「アイナ、シルバーに乗ってみてくれ」


「ちょっとあなた。私スカートなのよ」


まだ恥じらいがある年齢なんだなと思ったら頭を叩かれた。なんでバレた?


「お前ら、ちょっとあっち向いとけ。ほら乗ってみろ」


「踏み台が無いと届かないわよ」


「ここに足かけて乗ってみろ。あぶみって言うらしいぞ」


「もう、みんなこっち見ないでねっ」


そう言いながらスカートをたくしあげてあぶみに足をかけ、そのままひょいっとシルバーに乗った。


「あら、いいわね。これなら踏み台無しで一人でも乗れるわ」


アイナもパカラッパカラッとシルバーに駆け足をさせ、あぶみに足をかけながら降りてきてシルバーの鼻筋を撫でてやる。


「な、これなら遠乗りも楽になる」


「ええ、これで私も騎馬用の馬に一人で乗れるわ」


もしかしてアイナもスピード狂なのか?馬の乗り方も様になってたし。


「旦那様、そろそろ出発しませんと」


セバスが出発を促す。


「おおそうだな。そろそろ行くか。ダン、疲れたら俺が代わってやるから遠慮なく言え」


馬車よりもシルバーに乗りたそうなアーノルドは暗に途中で代われと言った。


馬車に先行してシルバーが歩き出し、それに合わせて馬車も軽やかに走り出す。みんなに見送られての出発だ。



俺はダンに後ろから抱き抱えられるような形でシルバーに乗っている。寒くなった季節だが、ダンのおかげで背中が暖かい。熊のぬいぐるみに包まれているようで心地良かった。実際は毛深いおっさんに中身おっさんが抱きかかえられてるのだが、それは考えないようにしよう。


一度目の休憩をした後、アーノルドとダンが代わった。アーノルドは嬉しそうにシルバーに乗る。


「父さん、早すぎ!馬車が付いてこれなくなってるよ」


「おぉ、すまん。シルバーも軽快だし、このあぶみがあると乗りやすくてついな」


スピードを出されると馬車よりマシだがそれなりの振動が身体に伝わる。やめて欲しい、まだ先は長いのだ。


しかしシルバーはスピードを上げて走っても平気みたいだ。平気と言うよりもむしろ嬉しそうだ。本当は走りたいのかな?アーノルドが言うにはまだ子供みたいだし、トレーニングを兼ねて走らせるのもありかもしれない。牧場の周りをトレーニングコースみたいにしたら思いっきり走らせてやることが出来るかもしれないな。



1回目の日暮れだ。あの後ダンと代わることなくシルバーに乗り続けたアーノルドは満足そうだった。


晩御飯は持って来たマスの干物の燻製だ。俺はこれを気に入っていた。充分塩気があるけど、ちょいと醤油を垂らして熱燗でいっぱいやったら旨いだろうなぁとしみじみ思う。この寒空の下でくっとやれたらたまらんだろな。


そんな妄想をしてるとダンが石で竈を組出して火をつけようとしている。

しかし、薪が湿気ているのかなかなか火が点かない。寒いから早くして欲しいものだ


「ちっ、この辺りは雨が降ったのか薪が濡れてて火が点きやがらねえ」


「ちょっとカイバに火を点けてみたら?」


「一瞬燃え上がるだけで、無理かもしれんし、馬達の飯が減るのはまずい。もう食える草もないしな」


「ゲイル、お前火を点けられるか?」


アーノルドは魔法でなんとかしろと言ってるのか?


「セバスには話してあるから大丈夫だ」


でも、馬車の御者もいるし。


「おい、トム。お前は秘密を守れるか?」


いきなりそう言われて驚く御者の兄ちゃん。トムという名前らしい


「な、何のことでございましょうか領主様」


「お前が秘密を守れる人間なら、今より高給で春から雇ってやる。お前は秘密を守れる人間か?」


秘密を守れるか念押しするアーノルド。


「はい、領主様のご命令とあれば絶対に秘密は守ります」


「だ、そうだゲイル。こいつは春からうちの屋敷で雇う。遠慮せずにやってくれ」


いきなりの展開にまごまごしてると、


「ゲイルぼっちゃん、細かいことは私に任せて下さって大丈夫ですからご安心を」


セバスがそう言ってきた。まぁ、俺の秘密をどうするかはアーノルドに任せてあるので、魔法を使えというなら使おう。寒くて我慢出来なくなってきたし。


薪を温風で乾かしてから火を点ける

とぼっと燃える薪。はたから見てたらいきなり燃え上がる薪に驚くだろう。


「え、えっえ?薪が勝手に燃えた?」


眼を見開いて驚く御者のトム。


「これが秘密だ。俺の息子ゲイルは魔法が使える。絶対に俺の許可なく人には言うな。それがお前を雇う条件だ。部屋も用意してやるから約束を守れよ」


コクコクと頷くトム。


どうやら、馬車を我が家でも持つ事になったので御者を雇うつもりだったらしい。セバスが雇う人のあたりを付けて、今回の御者にトムを指定したようだった。


トムは成人したばかりで身寄りが無く、レンタル馬車の御者見習いで今年から雇われたらしい。見習いということでお小遣い程度の給与と、馬小屋で寝泊まりする生活だったようだ。なるほど、こういう後が無い若者だと住み込みで給与を貰える務め先は貴重だ。裏切る可能性も少ない。この旅は試験みたいなもんだったんだな。しかし、セバスは優秀だな。この前のグズダフ領の不正を暴いたりもしていたし計算も早い。アーノルドも信頼しているから俺の事を話したのか。


それなら魔法使っても問題ないし、やることやってしまおう。


シルバーと馬車馬の小屋を作ってやる。敷きワラがないので毛布を敷いてやった。地面は砂にして乾かしてあるから毛布もびちゃびちゃにならないだろう。


いきなり馬小屋が出来たことに驚いたトムが聞いてくる。


「馬に毛布を使うんですか?」


何やってんだ?みたいな顔をしている。


「敷きワラが無いからね、直接地面に寝たら馬も冷たいだろ?」


旅の途中の馬はその辺にそのまま寝かすのが普通らしい。馬車を引いてきたシルバーより小振りな馬の顔をポンポンとたたきながらトムにそう答えた。


ポカーンとするトム。


「この馬なんて名前だ?」


「馬に名前ですか?」


「そうだよ、こいつはシルバー。俺の馬だよ」


フンフンフンと首を上下させるシルバー。


「ぼっちゃんの馬・・・、領主様の馬じゃ無かったんですか?」


「トム、シルバーはゲイルの馬だ。今回ゲイルに付いてくると我が儘を言ってな。仕方がないから一緒に連れて来たんだ」


馬車があるのになぜ馬が一緒に来ているのか不思議だったみたいだ。そりゃそうだわな。


「馬に名前を付けてるんですか?うちの馬達には名前はついてません。番号だけです。こいつは12番です」


番号呼びか。囚人みたいだな。


馬の寝床も出来たので、今日のご褒美に黒砂糖の塊をシルバーにあげる。12番にも黒砂糖をあげてみた。


「今日はよく頑張ったね。これはご褒美だよ」


黒砂糖を食べてブンブンと首を縦に振る12番。喜んでいるようだ。よく見ると芦毛の12番には鼻筋にうっすらとハート型の茶色い模様があった。


「お前も名前付けて欲しいか?」


ブンブンと首を縦に振る12番。


「じゃあ、お前の名前はハートだ」


ポワっと身体が光ったように見えたけど誰も何も言わない。


「気に入ったか?」


ヒヒヒンっと返事するハート。


「え?名前付けたんですか?」


「だって番号だけだと味気ないだろ?こいつも喜んでるみたいだし」


俺に顔をこすり付けてくるハート。その隣のシルバーは前足をカッカッカと不満そうに動かす。


「拗ねんなよ」


そう言ってシルバーの顔も撫でてやる。


「ぼっちゃんは馬の言ってる事がわかるんですか?」


「いや、わかんないよ。でも何となく気持ちは伝わってくるよね」


2頭の馬に両方から舐められてベタベタになってる俺を見てダンが顔に手を当てていた。


「ゲイル、モテモテだな」


ヨダレまみれの俺を見てアーノルドが話し掛けてきた。


「旦那様、この馬も買うことになりそうですぜ。シルバーとまったく同じ反応しておりやした」


え?やっちゃった?俺、2頭も面倒見れないけど・・・


「そうか、馬車を借りた所は付き合いも長いし、ちゃんと金払えば問題ないだろ。どうせトムの移籍金も払わないとダメだろうしな。トム、お前こいつの面倒も見られるよな?」


「は、はい。大丈夫です」


「よし、春からと思ってたが、もしかしたら帰ったらすぐに雇うことになるかもしれん。それでも大丈夫か?」


「よ、よろこんで!」


居酒屋みたいな返事をしたトム。冬に馬小屋で寝るのが回避されるかもしれないと喜んでいた。飯の時も焼けたマスの燻製も喜んで食べていた。俺も程よく焼けたマスを食う。うん、今日も元気だ魚が旨い!



寝る準備をはじめると、トムが馬車の背もたれを外し座席と繋げて寝られるように並べていった。キャンピングカーみたいな仕組みになってるんだな。


俺とアーノルドが馬車でと言われたが、いびきがうるさそうなので、土魔法で3人分の小屋を作って、馬車で寝たい人と小屋の方がいい人に別れた。結局、アーノルドとセバスが馬車で寝た。見たくねぇ絵面だな。


翌日は休憩毎にダンとアーノルドが交代でシルバーに乗り、夜も1日目と同じ組合せで寝た。



「う~、さっぶいねぇ」


村に近付くに連れて冷え込みが激しくなって来る。シルバーに乗ったダンがトムに止まれと合図した。シルバーから降りて馬車に乗ってるアーノルドに話し掛ける。


「旦那様、少し急いだ方がいいかもしれやせんね、雪になったら馬車が立ち往生してしまいやす」


「そうだな、トム。速駆けでいけるか?」


「はい、大丈夫です」


「じゃ先導するから付いてきてくれ」


トムにそう言ったダンはシルバーにまたがりスピードを上げた。後ろからはガッコンガッコンと馬車の騒音が聞こえてくる。後半日くらいの距離なのでこのスピードなら4時間くらいだろうか?


ちらちらと雪が舞い始める。嫌な予感ほどよく当たるものだ。もう少しスピードをあげたいところだが馬車はもう限界だ。


うっすらと地面に雪が積もり始めている。馬車馬のハートも限界に近い。


ダンがシルバーのスピードを緩めて止まった。もう地面は完全に雪で覆われている。


「旦那様、もうハートが限界みたいなんでどうしやすか?」


馬車の車輪と馬の足元が雪に取られてこのまま進むのは危険だ。


「確かにな、ここで待機するしかないか」


しかし、待機しても天気が回復するとは限らない。まずい状況だ。気温もますます冷え込んで来た。


「俺が先に村へ行って助けを呼んできますから、ここで待ってて下さい。ぼっちゃん、悪いが馬車で待っててくれ」


俺が乗ってると危ないのは確かだけど、シルバーは大丈夫かな?


「心配すんな、シルバーは騎馬用の馬だ。これくらいの雪なら問題なく走れる」


そうか、これ以上酷くなる前にダンにたくそう。


「シルバー、悪いけど助けを呼んで来てくれるかな?俺は待ってるからお願いね」


ブンブンと首を縦に降ってダンと駆けて行った。



さて、待ってるのはいいけどハートも雪だらけで寒そうだ。


俺は馬車が丸ごとすっぽりと収まるような小屋を作る。馬車ごと小屋に入れてハートを自由にしてやった。



入り口を小さくして極力風が入って来ないようにしてから、温風を出して全体を暖める。


驚くトム。


「こんなことが・・・」


「ゲイル助かったぞ。お陰で寒く無くなった」


ほっとするアーノルド。


雪が溶けてびちゃびちゃになってきたハートも温風で乾かしてやる。特に驚きもせずに目を瞑って気持ちよさそうにしていた。小屋の中が少し獣臭くなったので、クリーン魔法もかけておく。


「今何やったんですか?」


獣臭が突然消えた事に驚くトム。


「ハートを乾かしたら臭くなっちゃったからクリーン魔法をかけたんだ」


クリーン魔法?


ピンと来ないトムにもかけてやった。ついでにアーノルド、セバス、自分にもだ。


「わ、身体を拭いたようにスッキリしました」


「ゲイルぼっちゃん、私にまでお気遣いを頂きましてありがとうございます」


冬だから汗をかいてないとはいえ、クリーン魔法でスッキリするのは嬉しいらしい。


「魔物討伐だと魔力温存でなかなかクリーン魔法は使わんかったからな。よくアイナがぶつぶつ言ってたのを思いだしたよ」


アーノルドのパーティーには魔法使いがいたけど魔力温存しないといけなかったから、常時使うのはダメで限界までがまんさせていたらしい。


みんながスッキリした所でご飯を食べる事にした。


最近定番化したベーコンとじゃがいも玉ねぎのスープだ。小屋の中で火を焚くことも出来ないので魔法で暖めて作る。


「お前がいると本当に便利だな」


人を家電みたいに言うアーノルド。スープの旨さに感激するトム。淡々と辺りの気配を探りながらスープを飲むセバス。セバスも元冒険者なのかな?隙とかまったくない気がする。


「こんな美味しいスープを初めて食べました。この肉はなんなんですか?」


トムがスプーンにベーコンを乗せて聞いてくる。


「これはね、ベーコンって言って豚のあばら肉を塩漬けにしてから煙で燻してあるんだよ」


「干し肉とは違うんですか?」


旅の定番は干し肉だ。


「干し肉より保存性はないけど、この時期だし、一週間くらいは大丈夫だよ。こっちの方が美味しいでしょ?」


コクコク。


「トム、うちはな基本的にみんな同じ飯を食うんだ。食う場所は違うが旨いもんが食べられるぞ」


そう説明するアーノルド。


えっ?と驚くトム。普通は雇い主と使用人の食べるものは違う。側近でも無い限り粗末な食べ物しか出てこない。それを聞いたトムは嬉しそうな顔をしてスープを飲んだのだった。



夜になってもダンは帰って来なかった。外はまだ雪が降っているので、今日はもう無理だろう。


小屋の中にもうひとつ小屋を作るのは無理なので馬車で4人寝ることになった



・・・ダメだせまっくるしくて寝れん。


俺は自分のスプリングマットを持って寝袋に入り、ハートと一緒に寝る事にした。ハートは嫌がるどころか俺を舐めまわす。やめれ、ヨダレまみれになる。


ダンとシルバー大丈夫かな?どっかでこけて怪我とかしてないといいけど。


そんな心配をしていたがハートの体温が暖かく、いつの間にか熟睡していたのだった。


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