第84話 父親譲り

「アイナ、ゲイルはシルバーをテイムしてるのか?」


「私もそうかと思ったんだけど、テイムの印は無かったわ」


「人を乗せる訓練をされてない馬があんなに簡単に人を乗せるのは見た事がないんだよな。しかも自分から乗れみたいな仕草をしただろ?」


「ゲイルはまだ小さいし、乗せても苦にならないからかしら?」


「それでもなぁ。騎馬用の馬はプライドが高いからまず物を乗せることすら嫌がるぞ」


「ゲイルのことだし何があってもおかしくないわ。賢い馬が家族になっただけの事よ」


「そうか、そうだな。あれだけ賢い馬ならゲイルに任せていても大丈夫そうだしな」


「ねぇ、いっそのこと、屋敷の裏の土地を牧場にする?ジョンが王都に行ったら私達も王都に行くことが増えるでしょ?そろそろうちも自家用の馬車持ってもいいと思うわ」


「そうだな、領主で馬車借りるのうちくらいだからな」


と、アーノルドは笑う。


「それに私もゲイル達を見てたら自分専用の馬が欲しくなっちゃったわ」


「そうだな、俺もシルバーを見て羨ましくて専用の馬が欲しいと思ったんだ。ダンも馬に乗れるし何頭か買うか」


「あら、いいわね。皆で遠出とかしても楽しいわよね」


「じゃ、決まりだな。まずは牧場作って、ジョンを王都に連れて行く時に馬を見に行こう」


「楽しみが増えたわね」


「そうだな。良い馬がいるといいな」


こうして翌日からディノスレイヤ家に牧場工事が入る事になった。



ゲイルはそんな事とは露知らず、シルバーに跨りポコポコと森へ向かう。


「ジョンも乗ってみる?」


ジョンもまだ子供だ。二人乗っても問題ないだろう。


「シルバー、ジョンも一緒に乗っていいよね?」


ぶんぶんと首を縦に振るシルバー。大丈夫なようだな。


「ダン、ジョンを俺の後ろに乗せてあげて」


まだ乗るとも嫌とも返事していないジョンを持ち上げてシルバーに乗せる。


「うわっ、馬に乗るとこんなに高く感じるんだな。自分が大きくなったみたいだ」


乗り始めはびくびくしてたジョンだが、大人よりも高い目線に楽しくなったようだ。


「ジョン、騎士学校を出たら馬に乗る仕事に就くかもしれんから今のうちに慣れた方がいいぞ。慣れてないと大人になるに連れて恐くなっていくからな」


ジョンが落ちないように横についてそう説明するダン。


確かに初めて乗馬体験をした時は怖かった。高さもそうだったが馬が言うことを聞いてくれないのだ。ふん、この素人がみたいな感じで。 



そのまま小屋に着くと魔物避けの柵の中は安全なのでシルバーを自由にしてやった。楽しそうに駆け回っている。


「ダン、上手く乗るにはどうしたらいいんだ?」


ジョンが積極的に馬に乗ろうとしているようだ。


「自分の身体を安定させるように足で馬の身体をぐっと挟むんだよ。ジョンやぼっちゃんはまだ小さいからそのまま座ってて問題ないがな、本来は馬の動きに合わせて身体を上下させてやるんだ」


一度乗馬した時の説明と同じだから俺は理解出来た(理解だけ)けど、何のこっちゃさっぱりわからなそうなジョン。


「やって見せてくれないか?」


ジョンはそう言ったけど、ダンみたいな大男を乗せるの嫌がらないかな?シルバーに聞いてからにしよう。


「シルバー、こっちへ来て」


呼ぶとパカラッパカラッとゲイルの所に来るシルバー。


「ダンにも乗ってもらいたいんだけど大丈夫?」


ぶんぶんと首を縦に振る。大丈夫みたいだな。


「ダン、大丈夫だって。無理させないでね」


ダンは大丈夫だと言ってひらりとシルバーに股がった。


おぉ、様になってるな。そういやボロン村に不眠不休で行ってたから馬の扱いも上手いのも当然か。


「ジョン、こうやってな、脚を内側に絞り混むようにして馬の身体を挟む。これが基本姿勢だ。足で馬の身体をポンと軽く蹴ると歩き出すか・・・ら?」


ポンと蹴られてもじっとしているシルバー。


「ダン、乗馬の教育受けてないから何かわからないじゃないか?こうしたら歩けとか止まれとか教えないとダメじゃないかな?」


「あ、そうかもしれんな。シルバー、俺がここを軽く蹴ったら歩き出してくれ」


そう言ってからポンと蹴る。


するとポコポコと歩き出すシルバー。


「うぉっ、一発で覚えたぞ。すげぇなお前。次は手綱をくっと引っ張ったら止まってくれ」


くっと手綱を絞ると止まる。ポンと蹴りまた歩き出す。こうやったら右にこうやったら左に曲がれと言われた通りに動くシルバー。


シルバーから降りて誉めまくるダン。


「お前本当に賢いな。凄いぞ」


ふふんっと鼻息を吐くシルバー。当然だろって言ってるみたいだ。


「ダン、シルバーが賢いのは良く分かったが、俺にも乗り方を教えてくれ」


「あ、そうだな。すまんすまん」


ダンはシルバーの賢さに感動してジョンに乗り方を教えるのを忘れていたようだ。そしてまたシルバーに乗り、ジョンに乗り方を教えてからジョンと交代する。物覚えが早いジョンでもぐらぐらしてなかなか上手く乗りこなせない。馬の大きさに対してジョンが小さいというのも影響しているのだろう。


「ダン、あぶみを付けたらもっと乗りやすくなるんじゃないかな?」


「あぶみってなんだ?」


あれ?俺のちっこい身体には必要ないから付けて無いのかと思ったけど、あぶみそのものがないのか?


「馬に付ける足場みたいなもんだよ」


「どんなのだ?」


地面に図を描いて説明する。


「乗る人の大きさに合わせて長さを変えてやると安定して乗れると思う」


「なるほどなぁ、乗る時もこの足場があればもっと簡単に乗れるようになるな」


「あの馬を貸してくれるとこに行ったら作ってくれるかな?」


「見た事が無いものを作るのはおやっさんに頼むのが一番だと思うぞ」


「そりゃそうか。また怒られそうだけど、おやっさんの身長でも馬に乗れたら喜びそうだね」


「おやっさんも馬くらい乗れると思うぞ。そんな事言ったら殴られるからな」


ドワンに殴られる自分を想像してブルっと震える。良かった先に聞いといて。



ひとまず馬の練習は終わり、ダンとジョンは狩りに行ったので、俺は地下室を作る。シルバーは柵の中で自由にしていた。



2人が狩って来たウサギを食べ、シルバーはその辺の草を食べていた。昼飯後に少しだけ剣の稽古をしてからドワンの元へと向かった。


「おやっさん、あぶみ作って」


「またお前はいきなり・・・、おぅ、馬も一緒か」


にゅいっと顔出したシルバーに驚くドワン。


「で、あぶみってなんじゃい?」


また図に描いて説明する。


「馬に付ける足場か。なるほどな。それがあると馬に乗れる奴が増えるかもしれんな」


ちょっと待ってろと奥にいくドワン。


カンコンカンと何かを叩く音が聞こえ出した。もう作り出したのか?


しばらく待ってるとあぶみらしき物を持ってきた。


「こんなもんでどうじゃ?」


ちゃんと長さ調整が出来るベルトに足場が付けられている


「シルバー、これ付けてみていいか?」


ぶんぶん。


「おやっさん大丈夫だって」


「こいつは本当に坊主の言うことをよくわかっとるな。ダン、ワシじゃ届かんからお前が付けろ」


確かにドワンだと無理だな。ダンがあぶみをシルバーに付ける。


「おやっさん、これだとここに力が集中して馬が痛がるんじゃないか?あと長さを短くすると足場が馬に当たって怪我しそうだ」


ダンの指摘を受けてふむふむというドワン。今作ったあぶみを持ってまた奥に入って行った。


「よく一目でわかったね」


「自分が乗る時とジョンが乗る時を想像したらだいたいな」


ふーん、てっきりすぐ試すのかと思ったけど、生き物相手には慎重なんだな。


「こいつならどうじゃ?」


あぶみの紐が背中に当たる部分は大きくなり、背中に当たるところは柔らかな素材を組み合わせてある。足場の内側にも皮のカバーが付いて、馬に当たる部分は柔らかな素材が付けられていた。


「防具をヒントに作ってみたから、馬に当たっても痛くないと思うぞ」


なるほど、防具と同じ考え方なんだ。ドワンの得意分野だな。


ダンが改良されたあぶみを取り付け、自分が乗って軽く歩かせてみる。


「ぼっちゃん、こりゃ楽だ。今までと比べ物にならんぞ」


軽く辺りを回って来たダンが喜んで帰って来た。シルバーも痛そうな素振りを見せないので馬の方にも問題が無いようだ。


「ワシも乗る」


ドワンがシルバーに乗ると言い出した。俺が仲間だと紹介した人は問題無く乗せてくれるだろう。


カチャカチャとあぶみの長さを自分に合わせるドワンを見て嫌な予感がした。


「シルバー、今からおやっさんが乗るけど走っちゃダメだよ。走れと言われてもダメだからね」


ドワンに走らすなと言っても聞かない可能性が高い。シルバーに直接言っておいた方が確実だろう。


調整が終わったドワンがひょいっと乗る。やっぱり余計な事を言わなかったのは正解だった。


ドワンを乗せてポコポコと歩くシルバー。


「ほれ、ちょっと走ってみろ。どうした走れるじゃろ」


足でトントンされようが、手綱をパシパシされようが走らないシルバー。ドワンもそれ以上シルバーを叩いたり、強く蹴ったりとか無茶はしなかった。


ポコポコと俺の所まで戻ってくるシルバー。


ドワンがひょいっと降りてポンポンとシルバーの身体を叩く。お疲れさんといったところか。


「ダンの言う通りめちゃくちゃ楽に乗れるな。こいつは量産した方が良さそうじゃ。走らせて様子を見たかったんじゃが、お前馬に走るなと命令したじゃろ?」


ばれてた。ドワンはスピード狂な所がありそうだからな。シルバーが走りたいならいいけど、こんな街中ではダメだ。


「シルバーは賢いからね、危ないことはしないんだよ」


「まぁ、いいわい。昨日アーノルドにこの馬見せたんじゃろ?何か言ってなかったか?」


「騎馬用の馬だと言ってた。なんで荷馬車に使われてたのかわからんって」


「そうじゃな、こいつは走る馬じゃ。アーノルドが欲しいとは言っておらなんだか?」


「いや、大切にしてやれと言っただけだよ」


「そうか、アーノルドも大人になったもんだ。てっきり自分が乗ると言い出すと思っておったわ。アーノルドが乗るなら金払わすつもりだったんだがな」


そう言ってニヤリと笑った。


元々自分で払うつもりだったので、ちゃんと払うよと言ったら、


「坊主が乗るなら金はいらん。こいつは良い馬だし、何より見た事が無いくらい賢い。大切にしてやれ」


でも、と言いかけると、


「ワシはこのあぶみって奴で儲けさせて貰うから構わん。勿論お前さんにも取り分は払うからな。こいつはめちゃくちゃ売れると思うぞ」


「でも馬車は見るけど、馬乗ってる人あんまり見ないよ」


「この領だとあまり乗る必要は無いからの。それに馬に乗るにはそれなりの腕が必要じゃから乗れんのじゃよ」


ふむふむ。


「それがこのあぶみって奴を付けたら乗れるようになる奴が増えると思うぞ」


なるほどね、トランスミッションがマニュアルからオートマになるみたいなもんか。


「でも騎馬用の馬って値段が高いって父さんが言ってたよ」


「乗馬用の馬なら荷馬車の馬と変わらん。普通の奴が乗るならそれで十分じゃ」


ん、荷馬車用の馬、騎馬用の馬に乗馬用の馬がいるのか?


「ぼっちゃん、乗馬用の馬はシルバーよりもう少し小さいんだ。スピードもあんまり出ないしおとなしい」


「シルバーもおとなしいよ」


「坊主、騎馬用の馬は本来もっと気が荒いんじゃ、なんせ戦いに使う馬じゃからの。敵に向かっていけるだけの強さが必要なんじゃ」


おやっさんが言うにはシルバーは騎馬用の馬だけど、おとなしいから荷馬車用の馬として売られたんじゃ無いかと言っていた。商店の主人は馬の違いが分かってなくて、あまり力の無い馬と思っていたんだろうと。


なるほどね。商店の主人は荷馬車用の馬として買ったが期待外れだったと。それが値切られるのを想定して高値をふっかけたらドワンが値切りもせず買ったのでホクホクだったわけだ。


「おやっさん、商店の人に騎馬用の馬だと教えなかったの?」


「あいつが相場で話を持ち掛けてきたら教えても良かったんじゃが、ふっかけてきよったじゃろ?ワシは言い値を払ったんだから教えてやる義理もないわい」


そうか、おやっさんもダンも全部分かってたのか。ダンが馬を飼いたいと言い出そうとした時に止めたのも、良い馬を取り上げると思われる可能性が高かったからなんだな。あの時は商店の人が馬のこと気付いてないとか分からなかったからな。



ドワンに礼を言い、ジョンにあぶみを合わせて2人乗りで帰ることにした。


「これを付けてるとぐらぐらしなくて乗りやすいな」


ジョンもあぶみを気に入ったようだ。


「なぁ、ダン。シルバーのこととか分かってたんだよね?なんでいつも先に教えてくれないの?」


「いや、ぼっちゃんって俺たちが知らないことたくさん知ってるだろ?何がわからないのか想像が付かないんだ。後からあぁ、これは知らないんだなとなるからだ。隠そうとしてるわけじゃないぞ。普通の子供なら初めから言うけどな」


そうか、俺が何を知ってて、何を知らないのか分からないからなのか。


「わかった。言われてみればそうだね」


そう言うとウンウンと頷くダン。ジョンはそんな会話を気にも止めず高い目線を楽しんでいた。



屋敷に着くとミゲルがいた。そういやドワンの所に居なかったな。


「親方どうしたの?」


「なんじゃ知らんのか?」


は?何を?


裏へ回れと言われて驚いた。屋敷の裏が整地され始めている。


「領主様に頼まれてな、ここを牧場にするんじゃと。初日だったからワシが現場確認して指示出しをしとったんじゃ。明日からは他のやつに任せるぞ」


「牧場?ダン、知ってた?」


首を横に振るダン。


シルバーの為に作ってくれてると思うんだが、それにしても広いな。


「お前がいきなり仕事を言ってくるのは父親譲りだと実感したわい」


そう言って笑いながらミゲルは帰って行ったのだった。

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