第81話 馬って賢い

軽トラの荷台より少し大きいくらいの荷馬車がガコガコと進み出した。


街の中でこれだけの音と衝撃だ。外に出たらどんな事になるんだろう?

今のところスプリングクッションのおかげでお尻は無事だが、街の外に出たらどうなるんだろう?あぁ恐ろしい・・・


「そのクッションはなんじゃ?」


ベビーベッドくらいのクッションに座る俺にドワンが聞いてきた。御者はダンだ。ドワンは荷台に乗っている。


「昨日おやっさんに貰った金属で作ったんだよ。カバーはミーシャに頼んだ」


「ちょっと貸してみろ」


「やだ」


「何だとっ?」


「休憩の時にね」


「今使ってみんとわからんじゃろが」


「俺の体重に合わせて作ってあるから、おやっさんには柔らかすぎるよ」


いいから貸せっと取り上げられた

まったくあんたって人は・・・


「なるほどな。こいつを硬く作れば大人用も出来るわけだな」


さっさと返してもらう。


「元々はベッド用に作るつもりだったんだよ」


「昨日1日で作れたって事は簡単に作れるんじゃろ。ワシのも作れ」


簡単に出来るだと!?


このやろー


「作り方教えるから自分で作った方が早いよ。特にカバーに時間が掛かるから縫製の職人に頼むか雇うかした方がいい」


「帰ったらすぐに出来んのか?」


「無理だよ。このサイズでもマジックポーション飲んだし、ミーシャにも無理させたし」


そこまで話すと街の外に出た。もうこの距離でも大声じゃないと聞こえないくらいのガコガコ音と衝撃。クッションを作ってきてホントに良かった。


昼休憩が終わると御者がドワンに代わった。


ガッコガッコガコガコ・・・


ん?


なんかスピード上がってないか?


ガコガコガコガコガガガガガ


「おやっさん、飛ばしすぎっ!」


「ぼっちゃん、しゃべるな舌噛むぞ!」


あわわわわっ!木の車輪が回ってんだか滑ってんだがわからんようなスピードを出すドワン。俺たちの乗る荷台が暴れまくり、クッションごと外に放り出されそうになるところをダンが掴んでくれた。


ダンもジョンも中腰で耐える。俺はクッションを抱き抱えながら魔法で浮いたてダンに掴んでもらっておく。なんの苦行なんだよクソッ!


最後の休憩でやっと馬車が止まった。


「さすがにあの中腰で長時間はきつかったぜ」


ダンもハァハァ言ってる。ジョンはプルプルと膝を震わせていた。


「おやっさん、何考えてんだよっ!死ぬとこだったぞ!」


「馬車に乗って死んだ奴なんぞおらん。大袈裟じゃな、それに早く着いた方がいいじゃろが」


ダメだ、元英雄パーティーメンバーは常識が違う。


馬を見るとぜーぜー言ってるようだ

そりゃあんなスピードで走らされたらな。


水をガブガブ飲んでる馬に近付くとギロっと目だけでこっちを見てくる。


馬ってデカイよな。元の世界で一度乗馬した時もデカいと思ったが、この身体で見ると尚更だ。顔だけで俺と同じくらいかもしれん。


馬に倒れられたら困るので、疲労に効果があるかどうかわからんが治癒魔法をかけてやる。


「ヒールっ」


フワフワとピンクのもやに包まれる馬。その瞬間ピクっとして水を飲むのを止め、俺をじっと見てくる。荒かった息も収まったようだ


「ブルルルンッ」


大きく息を吐いたあとに俺の匂いを嗅ぎだし、アムアムと頭を甘噛してくる。


やめれ、ヨダレまみれになる。


顔の横をポンポンと軽く叩いて頭を引き抜く。


そうだ、馬も甘い物好きだったはず。疲労回復にもなるだろうからと、少しだけ黒砂糖の塊を手のひらに乗せてそっと顔の前に出してみた。


それをパクっと食べる馬。


なんかワッサワッサと頭を動かす。

これは喜んでるんだろうか?怒っては無さそうだけど・・・


次は片方の前脚をカッカッカと動かす。


んー?よくわからんな。まだ欲しいのかな?


もう一度黒砂糖を手のひらに乗せて近付けるとすぐに食べた。


「あんまり一度に食べたら身体に悪いかもしれないから、向こうに着いたらまたあげるね」


近付けて来た馬の顔をそう言ってポンポンと叩いて荷台に戻った。御者はダンに代わった。身が持たないと思ったのはドワン以外の共通の感想だった。


「ほら、どうした?」


ペシッペシッと手綱を動かすが馬が歩き方出そうとしない。


「ダン、どうしたの?」


「いや、馬の奴がな荷台の方をチラチラ見て動こうとしないんだよ」


「うわっ」


俺が御者台に顔を出したらいきなり馬が歩き出した。


「ぼっちゃん、馬になんかしたか?」


「おやっさんがぶっ飛ばしたせいで疲れてたみたいだから、治癒魔法かけて黒砂糖を食べさせた」


「馬に治癒魔法と黒砂糖か。馬には衝撃的な出来事だな。ぼっちゃんを主人と思ったのかもしれん。チラチラ後ろ見てたのもそのせいか」


あ~、そりゃ高価な砂糖を馬に食べさせるようなこと誰もしないか。


「ぼっちゃん、どうする?御者台に乗ってみるか?」


そう言われたのでクッションを御者台に敷いてダンの隣に座る。クッションにはダンも座った。


「こりゃいいや」


ダンもクッションを気にいったようだが、ダンの体重を支えるにはスプリングコイルが柔らか過ぎるけど。


ゆっくりだが馬の軽快な足取りに合わせて荷馬車が進む。御者台だとガタンとなるポイントも予測出来るので衝撃を受けてもマシだな。


ドワンが飛ばしたのと馬の足取りが軽くなったのが合わさり、日が沈む前に湖に到着した。


「さ、釣るぞ」


「おやっさん、明日の朝からでいいじゃない」


「すぐじゃ」


あーもう!


竿とリールをセットしてフライを結ぶ。その間にダンがこの前のロッジを借りにいってくれた。


しゅるしゅるっとフライが飛んで行く


「おやっさん、こうやって糸を手繰ってフライを動かして」


ジョンにも用意してやって二人で釣り出す。しかし、この前と違って反応が無い。


「釣れんぞ。入れ食いじゃなかったのか?」


ブスッとするドワン。


釣りは1日違うとまったく違う状況になるのはよくあることだ。場所移動するにしても時間が無いしな。ここで粘る方がいいか迷う。


ダンが戻ってきた。


「小屋が閉まってて誰もおらん」


えっ?この前オフシーズンって言ってたけど、あれが今年最終営業日だったのか?


「小屋なんぞいらん、荷馬車で寝れば良かろうが」


むさいおっさん達と軽トラみたいな荷台で寝るなんてどんな嫌がらせだよ。馬小屋も必要だし。


大型のマスもいなさそうなので、フライを外して虫餌を付けて遠くに飛ばしておく。


「俺はすること出来たから、これをゆっくり引っ張るか、アタリがあるまで待ってて」


フライでの釣りは翌朝だ。取りあえず餌でも魚釣れたらいいだろ。


まず馬小屋を土魔法で作り、敷きワラ代わりの草をダンに刈ってきて貰う。この季節だから集めるのは大変だ。


先に水とカイバを与えてると、前脚をカッカッカとしだした。黒砂糖を欲しがってるようだ。


「これ食べたらあげるから、先にカイバ食べて」


そう言うとカイバを食べ始める。こいつ賢いな、こっちの言うこと理解してんじゃないだろうか?


「おい、釣れたぞ。次じゃ」


ドワンに呼ばれると30cm無いくらいのサイズが釣れていた。少し機嫌がマシになったけど、まだ仏頂面だ。ジョンも20cmくらいのを釣った。


また魔法で仕掛けを飛ばして馬の所へ戻る。


「全部食べたんだ。エライエライ。これ食ってみるか?」


ニンジンを手のひらに立たせてあげてみるとポリポリと嬉しそうに食べた。最後にデザートの黒砂糖をあげたら満足したみたいだ。


ブラシとかかけてやりたいけど、届かないしな。それにもし蹴られたらこの身体には致命傷だ。敷きワラ代わりの草もダンにしいてもらおう。ダンなら蹴られても怪我するかどうかぐらいだろう。


「おーい坊主」


「はいはい」


その後、仕掛けを日が暮れるまで投げさせられ続けた。


マスは20cm~30cmくらいのが20匹ほど釣れた。鱗と内臓を取り、軽く塩をしてしばし置いておく。


「ぼっちゃん、まだ焼かないのか?」


「魚焼く時はね、塩したあとちょっと置いておくと生臭いのが取れるんだよ」


余計な水分が出たので、かるく塩を拭いてから、ヒレに化粧塩をしていく。


「ダン、この魚に棒刺して。口から刺してこんな風に」


串に刺してもらった魚を火から少し離して焼き始める。おやっさんは自分のをスッと火に近付ける。


「ぼっちゃん、なんでこんなに火から離してるんだ?」


「ん?その方が美味しく焼けるからだよ。別に好きに焼いて食べたらいいと思うけど」


焼き魚なんかどうやっても同じじゃと言うドワンはそのまま強火で焼き続ける。ドワンが2匹目を食べ出した時に、こちらのも焼けたようだ。


この前食べたばっかりだけど旨いね。


「おい、ぼっちゃん。なんだこれ?この前食べたのとぜんぜん違うぞ!」


ダンが遠火で焼いた魚を食べて驚いている。


「魚焼く時は強火の遠火って言うんだよ。皮はパリパリ、身はフワフに焼けてるだろ?」


「なんでこの前は教えてくれなかったんだ?」


「ベントが居たからね。それに教えても信じないでしょ?おやっさんみたいに」


そんな話をしているのを聞いたドワンがダンの2匹目の魚を奪って食べた。


「これは同じ魚か?」


「目の前で見てたでしょ。おやっさんとジョンが釣った魚だぞ」


「わ、ワシは今までどれだけ損をしてきたんじゃ・・・」


ちょっとの焼き加減で旨さが変わることを知り愕然となるドワン。


「あ、そうだ、おやっさん、あのキツイ酒持って来てるんでしょ?」


塩焼に白ワインを飲んでいたドワンとダン。バターとか油を使った魚料理には合うけど、シンプルな塩焼きには個人的に合わないと思うんだよな。


なんとなく飲んでる本人もそう思ってるのか、いつもみたいに酒が進んでいない。強制参加だったけど来てしまったものは仕方がない。ブスッとしたまま帰るよりも楽しんで貰う方がいい。


「持ってきてるぞ」


「じゃ、いま食べた魚の骨を貸して」


「骨なんてどうするんじゃ?」


「こうやって骨を炙ってこんがりしたら、熱々のお湯に蒸留酒を2割くらいで割ったところにいれて蓋をする。少しおいてから飲んでみて」


日が暮れると同時にどんどん気温が下がりだしてかなり冷えて来た。さぞ温かい酒が旨いだろう。


「もういいと思うよ。飲んでみて」


酒に骨なんて入れやがってと言いながら飲むドワン。


「うぉっ!初めての味じゃが、なんと胸に染みる味じゃ!」


「ぼっちゃん、これ旨ぇぞ。塩焼ともめっちゃ合うぞ」


日本酒だともっと旨いんだけどね。岩魚の骨酒がわりだ。


「骨から出汁が出てくるから旨いし、暖まるだろ?」


「坊主、こいつはいい、こいつはいいぞっ!」


うわーっはっはっは!


ダンと2人で塩焼をもりもり食べて骨酒をあおり始めたことでめっちゃご機嫌になったドワン。これで明日大物が釣れたらバッチリだな。


後は自分達で勝手にやってね。


さて、俺は寝室作りだ。おっさん達と荷台で寝るのは勘弁だからな。


「ジョンは荷台で寝るの?俺は寝室作るけど」


「俺のも作れるか?」


やっぱりジョンも嫌らしい。一人が寝られるくらいの小さい物置サイズの小屋を魔法で作る。扉は引戸で作ってみた。数回開け閉めしたら壊れるかもしれないけど、今日寝るだけだからな。


ジョンには土でベッド作ったけど、地面に寝るのと変わらないだろうな。後は自分で工夫してくれたまへ。


このままだとまだ寒くなりそうなので、馬の様子も見ておく。湖のほとりは冷え込むからな。


俺が近付くとブルルルンッと立ち上がった。


「寝てていいぞ。今日は疲れただろ?」


ふんふんっ顔を近付けてくるので撫でてやると少し目を閉じる馬。


「お前、寒くないか?」


馬は寒さには強いとは思うけど、急に寒くなるのとは違うからな。毛布を持ってきたけどかけてやることが出来ない。


「届かんから、さっきみたいに寝てくれ」


すっと膝を曲げて横たわる馬。やっぱりこの馬は言葉を理解してるな。


ゲイルは馬に近付いて毛布を背中にポイっと投げて掛ける。馬は自分で毛布の位置を直してくつろいだ。


「じゃ、お休み。また明日な」


馬にお休みの挨拶してから、水辺に風呂を作って入る。ジョンのも作って隣合わせで入ってるとドワン達が来た。


「お前らいいもんに入っとるなワシらも入るぞ」


「わぁー、待って待って。こんな小さいのに入れるわけないだろっ」


俺のバスタブに入ってこようとするダンとドワン。お前らどれだけ飲んだんだよ?絶対酔ってるだろ!?


ダンとドワン用の風呂を作って仲良く入って貰った。ガチムチヒゲチビ親父と毛むくじゃらの大型熊が一緒に風呂に肩組しながら入ってる。


「ジョン、酒飲んでるやつってみんなあんなだからな」


そう教えると改めて酒の恐ろしさを感じるジョンだった。


風呂から出た俺は蒸留酒の瓶を確認した。すでに6割くらい無くなっている。このままだと飲みほすだろうから他の瓶とすり替えて中身は水にしておいた。これで今以上に酔うことは無いだろう。


おやすみ~っとジョンに挨拶しておれはスプリングクッションで寝た



明日は大物が釣れるといいな。


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