第80話 ドワン、あんたって人は

屋敷に帰った翌日、ダンとジョン、アーノルドも一緒にドワンの元へ向かった。


俺は竿とリールの使用感報告に、アーノルドは小屋にベントを連れて行く為の口裏合わせをお願いしにだ。


「おやっさん、帰って来たよ」


開口一番に、


「釣れたか?」


ドワンがそう聞くと俺が話すより先にジョンが興奮冷めやらぬ口調でメーター級のイトウを釣った事を話した。


「そんなデカいのが釣れたのかっ?」


「イトウは特別みたいだけど、マスも50~60cmのがたくさん釣れたよ。あの竿めっちゃ良かったよ」


竿も誉めておく。


「ワシも行く」


は?


「ワシも行くと言っとるんじゃ」


この前、誘ったら忙しいから無理って言ってたじゃん。


「魚もたくさん持って帰ってきたからそれ食べたらいいじゃん」


「それとこれは別じゃ。明後日出発じゃいいな」


明後日? は!? 何言ってんだ?このガチムチ親父は。それにまたあの馬車旅を連チャンでするのは辛過ぎる。


「おやっさん、馬車の改良方法を思いついたんだ。それを試してから・・・」


「それは馬車の中で聞く。明後日じゃ」


ダメだ、このままじゃ押しきられる。


「じゃ、おやっさんに竿とリール渡すから頑張ってきて」


暗に勝手に行けと言ってみる。


「あれどうやって使うんじゃ?お前が来んと使えんのじゃろ。お前は強制参加じゃ」


マジかよ・・・


自慢気に語ったジョンの足を肘でゴンッと突いた。お前のせいだからな。


それから何を言っても聞かないドワン。


もう行くのは決まりのようだ。釣りは好きだけど、もうお腹いっぱいだ。次は春くらいでいい。


それに今回俺は魔法でフライを飛ばすだけの役・・・


がっくりうなだれてるとアーノルドがドワンに口裏合わせを頼んでいた。俺が断り切れない隙を見計らって頼みやがったのだ。


頼み事を終えたアーノルドは屋敷に戻り、俺たちは3人で森へ向かう


「ジョンが自慢するから、また行く事になったじゃないか。一緒に連れて行くからな」


「構わんぞ。釣りは楽しかったからな」


くそっ、釣りに嵌まった初心者め。行く気満々じゃねーか。


「ダンは俺の護衛だから強制ね」


何か言い掛けたダンには先に釘を刺しておいた。


俺は地下室を作り、ダン達は狩りと剣の稽古といつもの日課を済ませて屋敷に戻る。


晩飯の食堂で、


「ゲイル、また釣りに行くの?」


アイナが呆れた顔で聞いてくる。


「おやっさんが言い出して聞かないんだよ」


「ドワンの奴は小さいのしか釣れないと思ってたみたいだ。ジョンの話を聞いて乗り気になっちまってな」


確かにアーノルド達だけなら小さいのだけだったろうな。


「釣りに行くのはいいんだけど、馬車が嫌なんだよ。お尻痛いし」


「そんなに痛かったの?大袈裟ね」


アイナがクスッと笑いながらそう言うとベントも頷いた。意外な事にベントも平気だったみたいだ。


あれ?そういえばブリックもミーシャも平気そうだった。俺がおかしいのか?いや、そんな事は無いはずだ。皆の尻がおかしいのだ。解せぬ。


使用人達の晩御飯は俺たちがバンガローで食べたのと同じメニューにしてブリックが大好評だったと翌朝に報告してくれた。



はぁ、明日またあの馬車に乗るのか、憂鬱だ。


「ダン、何か良いクッションとか無いかな?」


「どれも似たようなもんだろ。諦めた方がいいんじゃないか?」


やっぱりないか・・・


よし、今日のうちにスプリングクッションを作ろう。マジックポーション飲んででも作る!


「ダン、おやっさんの所に金属のインゴットをもらいに行くぞ」


俺がスプリングコイルを作れてもそれを布カバーで保護しないとクッションにならないからミーシャの手助けが必要だ。すぐにサンプルを作ってミーシャに見せないと間に合わない。


「おやっさん、粘りが強くて折れにくい鉄ない?」


「なんじゃい藪から棒に」


「おやっさんがすぐに釣りに行くって言うから、クッションを作るんだよ。早くっ!」


ぶつぶつ言いながら奥に素材を探しに行くってドワン。


「これはどうじゃ。薄く伸ばすとビヨンビヨンする鉄じゃ」


ビヨンビヨンする?いいじゃん。


「これ貰ってく。上手く行ったら馬車にも使えるかもね」


取りあえず持ってけとの事なので屋敷に帰る。俺を送り届けたダンはジョンと小屋に向かった。


さて、まずこの鉄を細く伸ばしていく

それからくるくると巻いていくとスプリングタイプのバネだ。上から押さえてみるとちょっと硬すぎるな。もう少し細

くしてコイルも細巻きにくるくるっと。


ビヨンビヨン


これくらいだな。10cmくらいのスプリングを作ってミーシャに見せる


「ミーシャ、これがぴったり入る布袋を晩御飯前までにどれくらい作れる?」


「ちょっとやってみないとわからないですけど、20個くらいは出来ると思います」


20個か全然足らないな。


「じゃ、こうやって格子型の入れ物なら作れる?」


個別に入れるのではなく、1辺2cm×2cmの格子にして貰う。120cm×80cm。高さは10cmだ。これを3セット

座るだけでなく、俺が寝転べるサイズだ


「頑張ってみます」


スプリングコイルは思ったより簡単に出来たので、ミーシャが作ったコイルカバーに合わせてスプリングコイルを作ろう


チクチクと裁縫をするミーシャを見守る。しかし、見ているだけなら邪魔だな。ご褒美を何か作るか。


厨房にトテトテと歩いていき、ブリックに手伝いをお願いする。


「ブリック、ちょっと作って欲しいものがあるんだけど大丈夫?」


「あ、ぼっちゃん。大丈夫ですよ。お昼ご飯はお出しする前に温めるだけですから」


「じゃ、牛乳に玉子を入れて混ぜて」


シャカシャカシャカ


「それに砂糖を入れて溶かして」


黒砂糖を削って入れてシャカシャカシャカ。


「それを濾して、完全な液体にして」


濾すと卵のカラザや溶けきってない砂糖が取れるし卵液がなめらかになる。


「これを陶器のコップに入れて蒸すよ」


大鍋に少し水を入れて、鍋より一回り小さな皿を蒸し器代わりに敷く。ここに卵液を入れたコップに蓋して弱火にかける。


大鍋の蓋を少しずらして30分くらい蒸す。


「蒸してる間にフライパンに砂糖削って入れて火にかけて」


火にかけられた砂糖がじゅるじゅると溶け出した。


「水入れて溶けた砂糖と混ぜて」


しゅわわっと音を立てて黒色のドロッとした液体に変わる。


「後は蒸し上がるのを待つだけだよ」


「ぼっちゃん、私は今何を作ってるんですか?」


「今、ミーシャに無理言ってクッション作りを手伝って貰ってるから、ご褒美のオヤツだよ。プリンって言うんだ」


「プリンですか?」


「そう、プリン。作り方は今やったみたいに簡単なんだけど、蒸し加減で味が変わるんだよ。弱火でゆっくり蒸すのが美味しくなる秘訣だよ。食べてみて美味しいと思ったら皆にも作ってあげてね」


そうこう言ってる内にプリンが蒸し上がった。熱いのでブリックに取り出して貰う。


「これが完全に冷えたら、さっきフライパンで作ったカラメルソースをかける」


自然に冷めるのを待つのも面倒なので魔法で冷していく。


「まずはカラメルソース無しで味見してみて」


ブリックと一緒に食べてみる。うんバッチリ良い感じだ。


「うわっ、口の中でとろけました。美味しいです。こんなの初めて食べました」


「じゃ、カラメルソースかけて食べてみて」


プリンに黒糖を使ってるのでぐっとくる甘さがある。やや苦めのカラメルソースを掛けた方が旨いはずだ。


「ぼっちゃん、このホロ苦くて甘いソースがなんとも言えません。すっごい美味しいです」


「そうだね、カラメルソース掛けた方がやっぱり旨いね」


今回4つだけ作ったから残り2個はミーシャにあげよう。


「ブリック、これ冷蔵庫に入れて冷しておいて、昼飯後と晩飯後にミーシャに出して。俺からのご褒美だからと」


そう伝えて部屋に戻る。もうすぐ昼飯だ。部屋に戻るともう一つ目が出来ていた。


「ぼっちゃまこれでどうですか?」


サンプルで作ったコイルをはめてみる


「バッチリだよミーシャ!さすがだよ」


へへへと嬉しそうな顔をするミーシャ

料理はあれだが裁縫の腕前は職人並みだな。


「今日は昼飯いらないから、ミーシャは先に食べておいて。俺はどうしても今日中にこれを作らないといけないんだ」


「馬車に使うんですか?」


「そうなんだよ。おやっさんとまた明日から釣りに行くことになっちゃって」


えっ!?と驚くミーシャ。


「では準備しないと・・・」


「いやミーシャはお留守番してて。おやっさん主催だから大変な事になりそうな気がする」


そうですかとしょんぼりするミーシャ。今回は行っても楽しくないと思うぞ


「さ、ご飯食べてきて。明日釣りに行くより楽しいことがあると思うよ」


わかりましたと、とぼとぼと使用人の休憩室へと歩いて行った。


さて、スプリングコイル作りだ。くるるんくるるんと作って嵌め込んでいく。


ん、待てよ。上下に蓋みたいなのを付けた方が安定するかも。今入れたコイルを取り出して上下に蓋みたいな物を付ける。これで多少ずれても大丈夫なはずだ。手縫いのコイルカバーだとどうしても誤差が大きくなるからな。


くるるんと作っては蓋をしてケースに入れるのを繰り返していく。この金属なら馬車用の板バネも作れそうだな。後は耐久性か・・・ 板バネは複数組合せるので、1本折れたら交換出来るけど、スプリングコイルは1本折れると全体が傾いたりして危ないんだよな。元の世界の車に使われてるスプリングコイルは半永久的に使えると聞いた事があるが、この金属はそこまでの耐久性があるだろうか?


そんな事を考えながらクッション作りに没頭していく。


ガチャン バタンっ


「ぼっちゃま、プリンすっごい美味しかったですぅ」


ミーシャはいつもの両手でほっぺたを押さえるポーズをしながら美味しかった美味しかったを連発した。ほっぺたが落ちそうだったのだろう。


「無理言ってこれ作って貰ってるからね、ご褒美だよ」


そう言うと、続き頑張りますとますます張り切ってくれた。


一つ目のカバーにコイルを入れ終わった後に2つ目のカバーが出来た。こちらも負けじと頑張る。3つ目のカバーが出来た時にマジックポーションを飲んだ。


「ミーシャ、次はね、このカバーを3つ重ねたのがきっちり入る入れ物を作って欲しいんだ。なるべく丈夫な布で作って欲しい。最後に一番上に綿を詰めるからそれも考えて作ってね」


こっちもコイル作りを頑張る。


ようやく全部のコイルを入れ終わり、格子型カバーの上部を布の蓋を縫いけてもらう。3セットを外側のカバーに入れて、上部に綿を何枚も重ねてから最終縫製だ


硬い布なので、ミーシャも力を込めて縫っていく。


「出来ました!」


やった、スプリングクッションの出来上がりだ!


クッションの上にボヨンと寝転ぶ。 懐かしいマットレスの感触だ。嬉しい。


「ほら、ミーシャも座ってみて」


「わっ、ボヨンボヨンします」


嬉しそうに何度もボヨンボヨンしている。


「これで寝たら気持ち良さそうですね」


「ミーシャがまたカバー作ってくれるなら、ベッド用も作れるよ。屋敷と小屋に欲しいね」


「わかりました。頑張って作ります」


ふんすっとガッツポーズを作るミーシャであった。


ちょうど晩御飯の時間なのでミーシャと食堂へ向かった。


翌朝、竿とリール、クーラー、昨日作ったクッションを持ってドワンの元へ。見送りしてくれたミーシャはめっちゃ機嫌が良かった。晩御飯の後のプリンが効いてるのだろう。


「ぼっちゃん、ミーシャがめっちゃご機嫌だったが、何かあったのか?」


「釣りから帰ったらブリックが作ってくれると思うよ」


「ってことは甘いもんか。親方にバレたら絶対小屋で食わせろって言うな」


とカッカッカと笑った。


「ゲイル、このクッションはお前が作ったのか?」


クッションを持った反対の手でボスンボスン叩くジョン。


「中身は俺が作ったんだけど、カバーはミーシャが縫ってくれたんだよ」


「お前のだけか?」


「そうだよ。皆は馬車平気じゃん」


「それはそうだが・・・」


なんか羨ましそうだな。王都に行くときに餞別で作ってやってもいいかもしれん。寮のベッドサイズがわからないから、クッションになるけど。



「お前ら遅いぞ!」


すでに商会の前でドワンが仁王立ちしていた。ぜんぜん遅くありません。


「さ、行くぞ。荷物は積んであるから、お前らのも乗せろ」


「あれ、親方は?」


「ミゲルは地下室の壁作らにゃならんからな」


酷ぇ、弟に仕事押し付けて自分だけ遊びに行くんだ。チラッと商会の方を見るとミゲルが恨めしそうな目で見ていた。コレ見ちゃダメだやつだ。気付かなかったことにしよう。


「ほれ、さっさと積まんか」


そう言われて辺りを見回しても商人の馬車しか見当たらない。


「馬車どこ?」


「目の前にあるじゃろ!」


は!?


これ荷馬車ですけど・・・


「おやっさん、これ荷馬車じゃ・・・」


「馬車なんざ乗れたらいいじゃろ、早く積めっ」


ドワン、あんたって人は・・・


ゲイルはしぶしぶ荷台に乗り込んだのだった。

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