第77話 家族旅行 前編

森の保管小屋が完成した。地下室はまだ作成中だ。


3回に分けて白ワインを納品してきたシド。最後の100樽を持って来てくれた時に自分が蒸留する用の樽を森まで運んで貰った。森の前迄は荷馬車でそこからは人力だ。1日掛かったが運搬料に銀板1枚払ったら大層喜んでくれた。


「ぼっちゃん、樽運んで貰って助かったな。冬になって雪が積もったらどうしようかと思ってたんだ」


「そうだね。雪だと荷車も使えないしね。頼んで良かったよ」


まだ雪の降る季節にはなってないが、毎日少しずつだと全部運べない内に冬になるところだったのである。


「ぼっちゃん、前に言ってた湖に釣りに行く話はどうなったんだ?」


「ジョンが王都に行く前には行くはずだから、もうすぐじゃないかな?」


「俺とミーシャとブリックも一緒に行く予定だと聞いてるが、家族だけで行った方がいいんじゃないか?」


「それでもいいんだけど、魚を焼くだけになっちゃうんだよね。せっかくだから色々な料理にして食べたいじゃない?」


「焼くだけじゃダメなのか?」


「魚とキノコの蒸し焼きバター風味とか、マスのムニエルとか食べたいなと。ダンが来ないならミーシャもブリックも来れなくなっちゃうなぁ。ミーシャがっかりして恨まれるだろうなぁ」


「だけどなぁ・・・、家族旅行になぁ・・・」


「マスの唐揚げにエールとか合うと思うんだけどなぁ」


ごくっと唾を飲むダン。


「ダンが嫌ならしょうがないな。ミーシャにごめんって言っておくよ」


「いや、護衛の人数も必要だな。俺も行かないとダメだな」


ちょろい。ちょろ熊だ。別に塩焼きだけでもいいんだが、アーノルドとアイナに任せたら生焼けのマスを食わされそうだからな、いつものメンバーを連れて行くに限る。


「父さんたちにいつ行くか聞いておくよ」



ーその夜ー


「湖にいつ行くの?もうそろそろ寒くて釣りどころじゃなくなるよ」


アーノルドとアイナの寝室で聞く。


「そうかベントの冬休みにでもと思ってたんだが、休みを待ってると寒くなりすぎるな」


ベントの冬休みはまだまだ先だ。


「そうね、2~3日くらい休んでもいいんじゃないかしら?剣の稽古もしなくなって勉強ばかりになってるから」


「じゃあ、次の次の3のつく日に出発しようか」


「了解、ダン達にも言っておくね」


そう言って自分の部屋に戻った。


次の次の3の付く日か。2週間後だな2泊か3泊の旅行かな?


湖まで馬車で片道1日、朝出て湖の側で泊まって翌日釣り、もう1泊して帰るか、2泊するかはわからんな。この世界に来て初めての旅行だからちょっと楽しみだ。


前に頼んだ釣竿とフライリールがどうなってるか聞きに行かないとな。今回スピニングリールは諦めよう。一応出来たけど、実釣に使えるかどうかわからんし。



翌日おやっさんのところに行くと、とっくに出来ているとのこと。


「お前が何にも言わんから、せっかく作ったのに忘れてるのかと思っとったわ」


「いや、忙しいから後回しになってると思ってたんだよ。急ぎじゃ無かったし」


「これを取りに来たということは釣りに行くのか?」


「そうだよ。次の次の3の付く日に3日間か4日間で行ってくる。おやっさんも来る?」


「忙しくてそんなに長い間店を空けられんワイ。たくさん釣れたら小屋で食わせろ。どうせ何か企んどるんじゃろ?」


企むって・・・


「塩焼き以外に、マスとキノコの蒸し焼きバター風味、ムニエル、唐揚げくらいだよ」


「どんな料理かわからんが旨そうな響きじゃの。酒には合うか?」


「そうだね、冷やした白ワインか蒸留酒のレモン炭酸水割とか合うと思うよ。唐揚げにはエールかな」


ごくっと唾を飲むドワン。


必ず釣って来いと釣竿とフライリールの2セットと釣り針を渡された。


貰った竿見て驚く。なんだこの竿?てっきり竹かなんかで作ると思ってたが、黒いし軽い。まるでカーボンロッドみたいだ。


何で出来てるんだろ?


「これは触角で作ってあるのか?」


ダンが竿を触りながらおやっさんに質問する。


「こいつはな、オオキクイムシの触角じゃよ。冒険者ギルドに依頼掛けといたんじゃ」


ああ、あいつかとダンが頷く。


「オオキクイムシって何?」


「やたらでっかい虫でな、木を食い荒らす害虫って奴だ。顎のキバがデカイから噛みつかれたらイチコロだな。背中は硬いが腹は柔らかいからひっくり返して斬るんだ」


なるほど、<大木食い虫>か。元の世界で言う松食い虫の類い、カミキリ虫系なのだろう。確かにあいつらなら触角が長い。けど、竿に出来るくらいデカイのか。虫のデカイのって怖いな。


「おやっさんありがとう。頑張って釣ってくるけど、釣れなかったらごめんね」


絶対釣れと言われて店を出た。


「釣糸はどこで買うの?」


「こっちの冒険者向けの雑貨屋にあると思うぞ」


雑貨屋かぁ。どんなもんがあるのかな?



「この店が一番デカいからあると思うぞ」


へぇ、テントや水筒、寝袋みたいなものもあるな。アウトドア用品を扱ってる店みたいだ。見ていて飽きない。つるはしやハンマーとかもある。採掘用だな。


「おい、ビッグスパイダーの糸あるか?」


ダンが店員に尋ねる。


ビッグスパイダー?デカい蜘蛛ってことか?


「どれくらい必要ですか?」


「ぼっちゃん、どれくらい必要だ?」


リールも2台分だから100m×2でいいか。


「200mくらい欲しいな」


「釣糸だろ?そんなにいるのか?」


驚くダン。


「遠くまで飛ばして使うからね。それくらいはいるよ」


元の世界だと標準的な長さだ。ナイロンラインだと1000m巻きとかもあるし。


「200mあるか?」


「そんなにですか?ちょっと在庫見てきます」


慌てる店員。


「なぁ、ビッグスパイダーの糸って何に使う為のものなんだ?」


「強度が必要だが軽くて細い縫い物に使うものだ。魔導具のテントとかだな」


くいっと奥に飾られてるテントを指差す。ずいぶんと小さめのテントで子供用みたいなサイズだ。値段は金貨5枚とべらぼうに高い。500万円のテント?


「なんであんなに高いの?」


「ありゃあ空間拡張の魔法陣が組まれててな、見た目は小さいが中は大人5人くらい入れるんだ。遠征に行くときは極力荷物を少なくしたいからな」


空間拡張の魔法陣なんてあるんだ。元の世界よりすげぇじゃん。


ほぇ~と驚いてると店員が糸を持って来た。


「100m巻きが2本ならあるんですが」


「2つに分けるからそれでいいよ」


「ありがとうございます。銀板2枚になります」


えっ?銀板2枚?たっか!


糸に20万円・・・


「どうするぼっちゃん?金はあるぞ」


「じ、じゃあ買う・・・」


強度はありますが火には弱いので気を付けて下さいねと言われて店を出た。ダンが何も言わない所を見ると妥当な価格なんだろう。


「なんでこの糸こんなに高いの?」


「ビッグスパイダーを捕まえて糸取り出すのが難しいんだよ。生きたまま捕まえて来ないとダメだし、糸を長く取り出すのは専門の職人じゃないと出来ないしな。10mくらいまでならこんなに高くはないぞ」


なるほど技術料ってやつか。工業製品じゃないから高くなるんだな。


釣糸としての品質は抜群だ。透明でしなやかで伸びがない。強度も同じ太さのPEラインよりありそうだ。生き物が作る物って不思議だな。



屋敷に戻って部屋に戻る。今日はフライ作りに勤しむのだ。


ドワンに作って貰った釣り針にキジの羽でフライを作っていく。渓流なら虫をイメージするが、湖だから小魚をイメージして大きめだ。


軽めの表層を狙うタイプと深場を狙うタイプを作る。


釣れるかなぁ?もしダメだったら魔法で捕まえる事が出来るかな?ドワン用に確保しないといけないし、こいつはプレッシャーだな・・・



それから旅行の日を楽しみに剣の稽古をしたり、蒸留器作ったり、ソーセージ作ったりして日々を過ごした。


ベントの学校を休ませるのに、アイナとサラでひと悶着あったらしいが、2~3日休んだだけでダメになるようなら身に付いてない証拠だとアイナに言われてサラが引き下がったようだ。引き下がらなかったら、サラは彼岸花を背景にしたアイナの微笑みを見る事になったであろう。


アイナの話によると湖はちょっとしたリゾート地みたいになっていて宿泊施設や貸しボートとかあるみたいだ。てっきり秘境の湖みたいなのを想像してたわ。


そうこうしている内に出発当日となった。



一応食材を持っていく。移動中の食事もあるし、馬車での移動にはトラブルも付き物なので多めだ。ドワンに作って貰った金属樽とジョッキも準備した。アルコールでなくてもシュワシュワしたものが飲みたいのだ。


ダンとブリックが荷物を馬車に載せてるとアーノルドがやって来た。


「結構荷物が多いな。ん?ゲイル、その長いのはなんだ?」


釣竿をミーシャに作って貰った布袋に入れてあるのだ。


「おやっさんに作って貰った釣竿だよ」


「釣竿なら向こうでも借りれる・・・ ドワンが釣竿を作った?」


ちょっと見せてみろと布袋を取り上げる。布袋から出してしゅるしゅるっと竿を出した。2本に分かれた竿は印籠継だ。


「これ、オオキクイムシの触角で作ってあるのか?それにこのたくさん付いてる輪っかはなんだ?」


さすが一目で材質が分かるんだ。


「これはリールの糸をここに通して使うんだよ」


と、フライリールを見せる。


「これ、ビッグスパイダーの糸か?ずいぶんたくさん巻いてあるが」


「100mくらい巻いてあるよ」


「何っ?100m?たかが釣りにこんな無駄遣いを・・・」


オオキクイムシの触角もそれなりに高いらしい。ビッグスパイダーの糸がくそ高いのも知っていた。自分のお金で買ったから怒られはしなかったけど呆れられた。


「これは俺とダンで使うから、父さんは貸し竿でやればいいよ」


釣り道具は高いのだ。自己満足と言われてもいい。欲しいものは欲しいのだ。


じゃあ、向こうで勝負だなと言われた。


馬車は2台。アーノルドが御者をする馬車にアイナ、ジョン、ベントが乗り、ダンが御者する馬車に俺とミーシャ、ブリックが乗り込んだ。


俺も向こうの馬車に乗れるけど、こっちの方がいい。ジョンもこっちに来たそうだったが、3人ずつ別れて乗る事に。


「さ、行くぞ」


と、アーノルドが先導して馬車が出発したのだった。





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