第76話 お灸
翌朝、起きるとアーノルド達が屍と化していた。
あ~あ、ほぼアルコールの瓶も飲み干してるよ。さすがのドワーフでも潰れたか。ちゃんと炭酸水で割って飲んだんだろうな?
「ゲ、ゲイル。なんだこの頭の痛さと気持ち悪さは・・・俺は死ぬのか・・・」
倒れ込んだジョンがうっぷうっぷとしながら死にそうな声を出す。
「ジョンも酒飲んだの?未成年なのに飲んだらダメじゃないか」
「さ、酒を飲んだ記憶はないぞ・・・」
飲んでないとは言うがどう見ても二日酔いだ。間違えて飲んだか、誰かがこっそりジョンのジュースに酒を入れたかだ。ほぼアルコールだけの蒸留酒はほとんど臭いもしないし、ブドウジュースに入れられたらわからんかもしれん。
塩とハチミツ、レモンでなんちゃってスポドリを大量に作って、まずはジョンに飲ませた。
「意識があるなら死なないよ。ほらこれ飲んで。気持ち悪いなら吐いてくればいいから」
スポドリを飲んだとたん吐き気が増したのか、トイレに這いずって行ったジョン。
他は誰も起きて来ないのでミーシャと朝食にする。ミーシャはフレンチトーストハチミツ掛け、俺はトーストにベーコンエッグだ。
ゼイゼイ言いながら戻ってきたジョンに再びスポドリを飲ませて寝かせておく。あーあ、こりゃしばらく帰れないな。ミーシャと後片付けをして皆が起きるまで待った。
うーむ、いっこうに起きる気配が無い。仕方がないので声をかける。
「もう、昼だよ。いい加減起きて」
床にゴロゴロ転がってるアーノルド達を起こす。結局午前中は起きなかったのだ。
「もう昼か、よく寝たわい」
まずドワーフ兄弟が起きる。続いてアーノルド、ダン、ブリックが起きた。
「みんなこれ飲んでしゃっきりしなよ」
スポドリを皆に飲ませる。
「どれくらい飲んだんだよ。こんなになるまで飲んじゃダメじゃないか」
幼児に怒られるおっさん達。
「いやぁ、すまん、料理と酒の相性が良くてついな」
大量に作ったソーセージもかなり食べ尽くされていた。どんな胃袋してんだか。
「あと、ジョンに酒飲ましたの誰?」
全員がお互いの顔をキョロキョロと見回す。
「わ、ワシはガキに飲ませる酒があったら自分で飲むわいっ」
なるほどドワンとミゲルは無実っぽいな。
「俺もそんな事はしてねぇぞ」
顔の前でブンブンと手を振るダン。
「私もそんなに飲める方では無いのでジョンぼっちゃんに飲ますなんてことは・・・」
ブリックも否定した。
「父さん、何か言うことある?」
俺はアーノルドの前に仁王立ちして聞いた。
「ほら、あれだ、ジョンのやつがなかなかドワン達と打ち解けられないみたいだったから、酒の力を貸してやろうと・・・」
「何をどれだけ飲ませたの?」
「ドワンが作った酒をほんのちょっぴりジュースに・・・」
「父さんのほんのちょっぴりってどれくらい?」
「こうジョボジョボッと入れたくらいかな?」
てへっと舌を出すアーノルド。
はぁ?あのほぼアルコールの酒をジョボジョボ入れた?エールやワインを一口飲ませるとかと訳が違うぞっ。
「バッカモーン!!」
大声でアーノルドを怒鳴りつける。
ビクッとするアーノルド。
「ここへ正座して聞けっ!」
この世界には正座なんて風習がないのに床に正座させた。幼児に正座させられ酒の恐ろしさと子供に飲ませる危険さをこんこんと説明され続けるアーノルド。
その隙にドワーフ兄弟は世話になったなと言い残してこそこそと帰っていった。
「この件は母さんに報告するからね」
「ゲイル、そ、それはないぞ。お前の説明で理解したから.アイナに言うのは無しという方向で・・・」
「ダメ!下手したら急性アルコール中毒ってのになってジョンが死んでたかもしれないんだから」
俺がアイナに話す事が決定し、愕然となるアーノルド。自業自得だ。アイナに死ぬほど怒られろ。
「と、ところでなゲイル。この座り方なんだがもう止めてもいいかな・・・?」
初めての正座だと数分でもキツイ。もう限界なのだろう。こくっと頷いて正座を許してやった。
「急に立ち上がったら怪我するから、足崩して座ったままの方がいいよ」
足がシビレ過ぎると感覚が無くなり立てなくなるのだ。下手すりゃこけるし、酷いと捻挫したりする。
言われた通りに足だけ崩すアーノルド。
「ダン、父さんは足が痺れて動けないみたいだから、その棒で足の裏をぐっぐっと押してやってくれ。止めてくれと言っても治療だから止めちゃダメだぞ」
「お、おい、ダン。何をする気だ?まさかゲイルの言う通りにするんじゃないだろうな?」
手だけでズルッズルッと逃げるアーノルド。
「すいやせん、ぼっちゃんが指示する治療なんで我慢してくだせぇ」
なんか口調が戻ったダンがアーノルドの足裏を棒でグリグリし出した。
「うぎゃーーっ。止めろっ、頼むから止めてくれぇーーーっ!」
アーノルドの断末魔が森に響き渡った。
「スープぜんぜん飲んでないからこれをお昼ご飯にして食べてから帰ろう」
昨日作ったスープはじゃがいもにベーコンの旨味が染みてとても旨かったので、ジョン以外で完食した。
残ったベーコン、ハム、ソーセージ等をブリックに持ってもらい、ジョンはアーノルドにおんぶして貰って帰った。
屋敷につく直前に、
「なぁ、ゲイル。本当にアイナに言うつもりか?」
「当たり前だろ。それにまだジョンがぐったりしてるから黙っててもバレるよ」
ガックリと肩を落とすアーノルド。
屋敷に到着するとアイナが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。楽しかった・・・?」
アーノルドにおぶさったジョンを見てフリーズするアイナ。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
心配して熱を計る仕草をしながらジョンに近付くと。
クンクン
「お酒臭いわね」
そう言うとジョンの口元をもう一度嗅いだ。
「アナタ、いったいどういうことかしら?ジョンからお酒の臭いがするんだけど」
ニッコリ微笑みながらアーノルドに近付くアイナ。周辺の温度が5度くらい下がった気がする。
「アイナ、違うんだ。ジョンがなかなかドワン達と打ち解けようとしな・・」「父さんが飲ませたんだよ」
アーノルドの言い訳にかぶせ気味で酒を飲ませた事を言い付ける。
「ゲ、ゲイルてめぇっ」
「ふーん、アーノルドが飲ませたのね」
更に周辺の気温が下がったような気がする。しかもアナタではなく名前呼びだ。
「ち、違うんだ、まて、待てアイナ!」
・・・
・・・・
・・・・・
「・・・いっぺん死んでみる?」
この後は見ちゃいけない。ダンにジョンをおぶってもらい、さっさと屋敷の中に逃げ込む。
ジョンをベッドに寝かせて、俺達4人は厨房へ向かった。
「奥様怖ぇ~」
ダンが自分で自分を抱きしめ震える。
「奥様って怒るとあんなに怖いんですね。笑顔が恐ろしいと思ったのは初めてです」
ブリックも震える。ミーシャは何度か見ているようで耐性があった。
「さ、父さんの事は忘れて晩飯作るか。ソーセージが残ってるし、それを使おう」
「ぼっちゃん、あっさりしてるな。アーノルド様をあのままにしていいのか?」
「じゃ、ダンが間に入ってやれ。止めんぞ」
「いや、アーノルド様の自業自得だからな。俺も晩飯の準備手伝おう」
自分が間に入れと言われ、清々しいほどあっさりとアーノルドを見捨てたダン。パーティーの絆も大した事はないみたいだ。
「ブリック、パン焼いてくれるかな?こんな形で」
コッペパンサイズのパンを焼くようにお願いする。
「ダンは玉ねぎを細かく刻んで、水にさらしておいて」
パーティーメンバーを見捨てたダンには涙を流すのがふさわしい。アーノルドが今ここに来たら、泣いてるダンを見て感動するだろう。
「ミーシャはキャベツを千切りにして、薄くだぞ」
薄くと念を押したが無理だろうな。千切りと言う名の乱切りキャベツが出来上がるだろう。
しばらくオーブンを眺めて待つ。ぼちぼちパンも焼けそうだ。
「ソーセージを炒めておいて、さっきのキャベツにトマトソースを加えてこれも炒めて」
ミーシャに指示する。
「ダンは玉ねぎをザルに乗せて水気を切っておいて」
「ぼっちゃん、パンが焼けました」
「じゃあ真ん中に切れ目を入れて、トマトソースのキャベツとソーセージを挟もう」
「後はタマネギの刻んだやつを入れたり、マヨ加えたり、マスタード塗ったりして好みでどうぞ」
「わぁ、美味しそうです」
ミーシャが満面の笑顔で見る。
「ブリック、これはホットドッグだよ。晩飯にはちょっと変だけど昼飯とかにぴったりの料理だ」
「サンドイッチみたいなものですね?」
「そうそう。冷めてもこのままオーブンで焼き直しても美味しいから他の使用人達の分も作っといて」
本来休みのブリックに悪いなと思いながら、ソーセージを皆にも食べさせたくてホットドッグを作って貰った。
「母さんはベントの晩飯どうするつもりかな?」
私が聞いて来ますとミーシャが駆けて行った。
アイナはベントの晩飯の事は考えて無かったみたいなので、4人にもホットドッグを出す事になった。ダン、ミーシャ、ブリックは先に厨房で食べ、家族と食堂で食べる事にした。
「あれ?父さんとジョンは?」
食堂に来たベントがアイナに聞いた。さすがに二人居ないと気付くみたいだな。
「ジョンは調子が悪いみたいで寝てるわ。アーノルドは部屋にいるんじゃないかしら?」
しれっと答えるアイナ。
「父さん呼んでくるよ」
ゲイルはそう言ってアーノルド達の部屋に行った。
コンコン
「父さん、晩飯食べないの?もう出来てるよ」
カチャ
「わふぁった ひまひく」
ドアを開けて出て来たのは両方のほっぺを腫らしたアーノルドだった。
何発アイナに往復ビンタを喰らったのだろう?自業自得とは言え、頬を腫らして涙目のアーノルドが哀れになって治癒魔法をかけてやった。
「あら、アナタ大丈夫だったの?」
ニッコリ微笑むアイナ。
「すいませんでした・・・」
目を合わせないアーノルド。
何のことかわからないベントは無邪気にホットドッグを持ち、
「わぁ、これ何?変なのがパンに挟まってる」
「ベントぼっちゃん、これはソーセージと言うもので、羊の腸に豚肉を詰めたものです。お好みでこのタマネギやマスタード、マヨネーズを付けてお召し上がり下さい」
「ブリック、これは肉なのね?それにマスタードって何かしら?」
アイナも聞き慣れない言葉を尋ねる。
「マスタードとは辛い種から作ったものです。辛いので少し試してから食べて頂いた方がいいかと思います」
ブリックが俺の代わりに説明するのも慣れてきたな。さて、俺はマスタードとタマネギ両方だな。
うん、旨い。トマトソースのキャベツもいいな。本当はカレー味のキャベツが一番好きなんだけど無いからな。
羊の腸と聞いて食べるのを躊躇していたベントたが、アイナの美味しいの一言を聞いて食べだした。あ、マスタードべっちょり付けてやがる・・・
「辛くて鼻が痛い~っ!」
マスタードにやられて半泣きになるベント、ブリックの話聞いてなかったのかよ?
ブリックが慌てて牛乳を持ってきて飲ませていた。
アーノルドはモソモソとホットドッグを食べ、
「マスタードがよく効いてるなぁ」
と呟いたアーノルドの目には泪が溜まっていたのだった。
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