第71話 騎士と領地の力

あれからジョンは毎日ダンと狩りに行くようになった。気配の消し方を学んでいるらしい。俺は狩りを二人に任せて蒸留酒用の保管場所と寝かせる為の地下室をせっせと作っていた。


6の付く日にアーノルドが一緒に森へ行こうとのことで4人で小屋に向かった。


「父さん、せっかくの休みに母さんほっといていいの?」


「アイナはベントのお守りをしてくれてる。お前が一緒に街に行けと勧めてからあいつはアイナにべったりだな」


ベントの情緒が安定したなら良いが、依存症にならないだろうな?


「で、ベントを母さんに任せて父さんは森で遊ぶつもり?」


「いや、今日はやらないといけない事がある」


そういうと小屋を素通りして森の奥まで進み始めた。


「ジョン、ダンと稽古しだしてどうだ?」


「はい、ダンに気配の消し方を教えて貰ってます。自分の気配が上手く消せると獲物の気配がわかりやすくなりました」


「そうか、ダンありがとうな。ジョンも成長してくれてるようだ」


アーノルドに褒められてポリポリとダンは頭を掻いた。


「ジョン、自分の気配を消して、周りを警戒してみろ」


警戒?確かにいつもよりも奥まで来てるけど。


すっと気配を消して集中しだすジョン。


「あっ!」


「気が付いたか?そろそろ出会うぞ。今日はもう一度ゴブリンを狩る。危なくなっても助けに入らんからお前一人で倒せ」


「や、やってみます」


決意を固めた様子のジョン。今度はゴブリンを躊躇なく切れるだろうか?



ギギョギョッ!


ゴブリンがこちらに気付いた。アーノルドとダンはその場から離れ、俺は戦いを見る為に木の上に登った。


こん棒を持ったゴブリンがジョンに殴りかかる。それを避けるジョン。ゴブリンはめちゃくちゃに棒を振り回して襲いかかっている。なるほど、ゴブリンって本当にめちゃくちゃに襲ってくるだけだな。


アーノルドやダンなら襲い掛かって来た一発目のこん棒を振り上げた隙に首チョンパだろう。ジョンもそれくらい出来るはずだが、やはりまず相手の攻撃を見る癖が抜けないらしい。一発目を避けた為にゴブリンラッシュに持ち込まれてしまった。


ジョンは乱打されるこん棒を避け、


フンっ!


ゴブリンのこん棒を剣で切った。そこだっ!追撃で切れっ!!とゲイルは心の中で応援する。


こん棒を切られ、無防備になるゴブリン


早く、早く切れジョン!


追撃を躊躇うジョンを睨むゴブリンはそのままバッと後ろを向いた。


ゴブリンが背を向けた。チャーンスっ!

今だジョン!!


しかし、斬りつけられない。


あ、ゴブリンが逃げた・・・


後ろを向いたゴブリンを斬らなかったジョン。やっぱり斬れないのか・・・


逃げたゴブリンを慌てて追うジョン。このままだとジョンの戦う姿を見逃してしまう。ゲイルは木から降りてジョンを追った。


まだ3歳になってない身体の足の遅さが恨めしい。大人の歩くスピードより遅く走る。


ガサガサと音のしている方へ向かう。


音のする方は・・・こっちだ!

音がした方角へ行き、背の高い草を掻き分ける。


居たっ!ジョン発・見・・・・?


げ、ゴブリン・・・

目が合いお互い一瞬フリーズする。


目が合ったゴブリンに慌てて魔法を撃とうとすると両隣にもう2匹いやがった。


これヤベー・・・


ボンっと一匹燃やした所で両隣りから襲い掛かられる。


「うわっ!」


思わず声をあげ、両手で頭をカバーしながら目を瞑ってしまった。



ザシュッザシュッザシュッ!


やられたと思ったが攻撃が来ない。


アーノルドかダンが助けに来てくれたのだろう。ほっとして目を開けると、


「大丈夫かゲイル!」


助けてくれたのはジョンだった。


「お前、なぜここにいる?木の上で見てたんじゃないのか?大丈夫だったか?」


俺の両肩を持って揺さぶるジョン。


俺に襲い掛かってきたゴブリンを見ると、魔法で燃やしたゴブリンと共に首チョンパされていた。


「いやぁ、ゴブリンが逃げて見失ったから追いかけて来たんだけどね・・・」


「いくら魔法が使えるからって無防備過ぎるぞ。やられたかと思ったぞ」


「ははは、俺も・・・」


馬鹿やろうっと頭を叩かれた。


「ジョン、助けに来てくれてありがとう。見事に3匹のゴブリン斬れたね」


「あぁ、ゲイルが危ないと思ったらついな」


「人を守る為に斬るって騎士そのものだね」


俺に言われてはっとするジョン。


「俺が・・・俺が騎士・・・」


「よくやったなジョン。どうなるかと思ったが、見事にゴブリンを切斬れたようだな」


アーノルドが闘気を抜きながらやってきた。ダンは弓矢を持っている。二人ともギリギリまで待って、ジョンがゴブリンを斬れないようなら助けてくれるつもりだったんだろう。


ちょっぴりお湿りした俺のパンツにこっそりクリーン魔法をかけたのはナイショだ。


「父さん、ゲイルが危ないと思ったら斬れました」


「手に震えはあるか?」


「いえ、ありません」


ジョンはゴブリンの血が付いた剣をしっかり握っていた。


「及第点って言ったところだな。ゴブリン相手に攻撃を予測するなと言っただろうが」


アーノルドはちょい厳しめの言葉をジョンに言うが顔は笑っている。


「よし、次はゴブリンに襲い掛かられる前に斬れ」


この後、10匹ほどゴブリンを斬ったジョンはアーノルドから合格を貰った。



「ゲイル、お前のお陰で吹っ切ることが出来た」


森からの帰り道にジョンがお礼を言ってくる。


「こちらこそ助けてくれてありがとう。やられたと思ったからね。ジョンが斬ってくれて良かった」


「それにお前が言ってくれた言葉が嬉しかった。俺はもっと力を付けて騎士になるよ。人を守る騎士に」


拳を握りしめながらそう言い切ったジョンは晴れやかだった。



その日、アーノルドはジョンを正式に騎士学校へ通わす事を決め、数日後に合格祝いをすることが決まった。



屋敷に戻ったゲイルは厨房へ向かった。


「ブリック、ジョンの合格祝いの日が決まったよ。次の5の付く日の晩御飯がお祝いだ。もうバッチリ出来るようになった?」


「もう肉の焼き加減もバッチリですよ。ぼっちゃんはキノコも楽しみにしていて下さい」


そりゃ楽しみだ。ブリックはあれから色々な食材の調理方法を試していたようだから、肉以外の料理も当日の楽しみにしておこう。



お祝いをする前日、シドが100樽の白ワインを乗せて屋敷にやってきた。荷馬車をひいて来たのはここらでは見たことがない大きくて力強そうな馬だ。ばんえい競馬の馬みたいだな。


「領主様のご子息様、この度は我々のワインをお買い上げ頂き誠にありがとうございます。残り200樽は戻りましたらすぐにお持ちいたしますので」


どうやら一度に運べる量が100樽のようだ。


「いや、大丈夫だよ。何度も悪いね」というと。めっそうもないと恐縮された


「お初にお目に掛かります。ハンスと申します。この度は私めも同席するようにとの事でしたので伺いました」


シドの隣にいる男が挨拶をしてくる。こいつが金を貸した奴隷商か。胡散臭そうな顔をしているな。



ガチャっ


応接室にアーノルドがやってきた。


「お前がシドか。俺はこの領地で領主をしているアーノルドだ。息子のゲイルが世話になったようだな」


「め、めっそうもございません。お世話になっているのはこちらでございまして」


ペコペコ頭を下げるシド。


「で、お前が金貸しか奴隷商かどちらかわからんが、ホロン村に金を貸した奴か?」


胡散臭そうな男をギロっと睨む。


「ハンスと申します。確かに金貸しもしておりますが、本業は商人でして、奴隷も商品の一つでございます。奴隷をお探しでしたら是非ご贔屓に」


「うちの領は奴隷を雇うことも売買することも禁じているからな、贔屓もくそもない」


臨戦態勢のアーノルド。こりゃなんかあるな。なにするつもりだろう?


「元はゲイルが個人的に買い付けの話をしたが、取引相手が俺に変わっても問題ないか?金は約束した金額のまま支払う」


そりゃ、どちらでもと答えるシド。


「おい、ハンスと言ったな。お前がボロン村に貸し付けた金をワインの支払い代金で返済する。証文を出せ」


「こちらでございます」


証文を出してくるハンス。その証文を見るアーノルド。


「お前はウエストランド王国の人間で間違いないか?」


はいと答えるハンス。


「おい、だれかセバスを呼んで来てくれ」


セバスとはディノスレイヤ家の筆頭執事であり、この領地の財務も管理している男である。俺はしゃべった事すらない。


「旦那様、お呼びでございますか」

片目だけ丸レンズをかけた年配の男性、セバスだ。


「この証文を見てくれ」


証文をセバスに渡して、ハンスに問う。


「お前、グズタフ領で商人をしているのか?」


ビクッとして答える。


「は、はいよくお分かりで」


所属している領地名をアーノルドが知っていることに驚いた様子のハンス。


「旦那様、この証文では正しい契約にはなりません。元々貸し付けた金額と利率が書かれておりませんので」


渡された証文には現在の貸付金額しか記載されていなかった。


「だ、そうだ。ハンス。証文はこれだけか?なら契約は成立しておらんぞ」


そう言われてハンスはしぶしぶもう1枚証文を取り出した。


証文には元金銀板30枚、利率は分かりにくく記載してあり、年率200%の利率になるように書かれてあった


「銀板30枚がたった3年で金貨2枚と銀板40枚になるのか。えげつない金利だな」


「た、確かに金利は高めでございますが、お互い合意の上での契約でございまして・・・」


暑くもないこの季節にダラダラと汗をかくハンス。


「セバス、どうやらここより田舎のグズタフ領はウエストランド王国の法律を知らんらしい。説明してやってくれないか?」


「はい、この国の法律はどの領地にもかかわらず、貸付金利上限は30%と定められております」


「だ、そうだハンス。この契約は法律に違反しているようだから無効だな。支払いをしてやってもいいが、お前を金利法違反で引っ捕らえることになるがどうする?」


「な、なっそんな・・・」


唖然とした顔のハンスを無視してシドに話しかけるアーノルド。


「シド、お前達の村の税金はいくら取られてるんだ?」


「はい、6割と言われまして。ワイン用の葡萄と他の農作物を合わせた量を納めるように言われております。ただ、葡萄やワインでの税の支払いは認められず、他の農作物とお金で支払うようにと」


領主が農民に課す税率は上限6割だ。税率は領主に委ねられているが、支払いは現物かお金どちらでも認められている。


「ふーん、ハンスはこの件知ってるのか?」


「い、いえ、私はただの商人ですので領の税金までは・・・」


さらに滝のような汗を流すハンス。


「シド、税率は確かに上限内だが、支払いは現物も認められてるんだぞ。必ずしも他の農作物やお金で払う必要はない」


「それは本当ですか?」


驚くシド。うなずくアーノルドとセバス。


「お前の村は農作物があまり育たんのだろ?そんなやり方されたら生活出来んのじゃないか?」


うなずくシド。こちらはすでに切羽詰まってる事を知っている。


「どうだ?グズタフ領からこっちへ移らないか?ディノスレイヤ領は税率は2割と低いし、税の支払いもワインでいいぞ」


「そ、そんな事が出来るのですか?」


「あぁ、領主の俺が構わんと言ってるんだから問題無い」


アーノルドその理屈はおかしくないか?領地の移管はお互いの領主の合意とか王都からの命令とか必要なんじゃ無いのか?と疑問に思ってるとハンスが慌てて口を出した。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい領主様、そんな事を勝手に決められては・・・」


「なんだ、ハンス?お前はただの商人だろ?領地の事に口を出すのはおかしいだろ?」


「そ、それはそうでございますが、いくらなんでもそれはグズタフ男爵様が黙っておられないのではと・・・」


「ほう、商人のお前がグズタフ家の名前を出してくるのか?」


そう言われて黙るハンス。


「それにボロン村は本当にグズタフ領か?」


「そ、それはどういう・・・」


今さら何を言ってんだ?という顔をするハンス。


「まぁ、お前が商人でありながらグズタフ領の心配をする心意気を汲んで説明してやろう。おいセバス、お前が王都で調べたことを教えてやれ」


ん?セバスは何を調べて来たんだ?


「はい、王都の記録を調べました所、グズタフ領の税率は4割。ボロン村の税金に関しては報告すらされておりませんでした」


「だそうだ。ハンスこれはどういうことか分かるか?」


ガタガタ震え出すハンス。


「そうか、わからんみたいだから教えてやろう。グズタフ男爵は脱税とボロン村への略奪を犯した罪人ということだ。良かったな、元男爵という犯罪奴隷が商品に加わるぞ」


アーノルドに説明され、顔が真っ青になるハンス。


この国の脱税犯は死罪かそれに同等する罪として裁かれる重罪だ。すでにグズタフ領の報告を王都に入れてあり、すぐに王都の調査が始まるとセバスが追加で説明した。


ハンスは調査が始まると聞き、気を失いそうになりながら屋敷を後にした。


応接室に残ったシドにアーノルドが聞く。


「シド、お前達が選ぶ道は2つだ。1つ目はどこの領にも属さず自分たちで村の防衛をしながら暮らす。2つ目はディノスレイヤ領に属して税を払い庇護下に入るかだ。お前だけで決められないなら、村に帰って皆で相談するといい。先に言っておくが税率はそのうち変わる可能性はある。まぁ、最低あと10年はこのままのつもりだがな」


「帰って相談するまでもありません。是非ともディノスレイヤ領の庇護下に置いて下さい」


土下座してお願いするシド。


「頭をあげてくれ。領地は領民あってのものだ。お前達が良いのであれば共に暮らしやすい領地にして行こう」


涙を流して喜ぶシドの肩をポンポンと叩きながらアーノルドがその場を収めた。


アーノルドやるじゃん。こんな解決の仕方は確かに俺には無理だったな。白ワインだけでなく村ごと手に入れるとは恐れいった。


シドはアーノルドに金貨3枚をもらい、村のみんなにこの街で食料でも買って行ってくれと言われて喜んで帰って行った。


「なぁ、ぼっちゃん。追加の樽はおやっさん所に直接運んでもらうんじゃ無かったのか?」


「あっ!」


ダンに言われて庭に山積みされた200樽近くの白ワインを見てフリーズしてしまったのであった。



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