第68話 ジョンとの狩り

「ジョンのやつどうしたんだ?」


いくら待ってもジョンが来ない。アーノルドも仕事に行かなくてはならないのでこれ以上待てない。


「ゲイル、お前はもう戻ってもいいぞ。俺はジョンの部屋を覗いてから仕事に行くから」



ージョンの部屋ー


「ジョンどうした?」


ジョンの部屋を覗くアーノルド。


「あ、父上。もうゲイルは食べ終わったんですか?すぐに行きます」


「いや、もう俺は仕事に行くから帰って来てから話そうか」


「そうですか。分かりました」


一見普通そうに見えたジョンに違和感を覚えつつもアーノルドは仕事に向かった。



ゲイルは部屋に戻ってリールをまた改良しながらジョンの事を考えていた。恐らくアーノルドはジョンに魔物相手に実戦をさせてその時に何かあったのだろう。なんかトラウマになってなけりゃいいけどね。



その日の晩御飯にもまだ顔を見せないジョン。


ベントは街でお泊まりしてからアイナにべったりだ。ジョンが居ないことすら気付いていないようだ。


食べ終わる頃になってもジョンは来なかった。こりゃ重症かもしれん。


ご飯を食べた後、ゲイルはアーノルドの執務室に向かった。


「父さん、ジョンに魔物相手に戦わせたの?」


「そうだ。人を斬るという覚悟を身につける為にゴブリンを斬らせた」


やっぱりね。


「血まみれだったのはゴブリンを斬ったからでしょ?」


「斬るには斬ったが覚悟を決めて斬ったと言うより思わず斬ったという方が正しいな。初めは1対1だったんだが、手間取っているうちに2対1になって、更にもう1匹後ろから来てな」


「ジョンならゴブリンの3匹くらい余裕で斬れたんじゃないの?」


「1匹目に手間取ったと言っただろ。あいつは始めに相手を観察して剣筋を読むタイプなんだ。ゴブリン相手には通用しない」


「ゴブリンってめちゃくちゃに剣振ってくるんだっけ?」


前に見た時は瞬殺されたし、俺も燃やしたからゴブリンが戦う姿は見ていない。


「始めに忠告しておいたんだが、こればっかりは自分で体感せんとな」


「でも倒せたんだよね?」


「1匹目を斬った返り血に一瞬怯んで隙を見せた時にやられかけた。ヤバかったから2匹は俺が始末した」


なるほど、血を浴びたショックか殺されかけたのが原因か。その両方かもしれん。


「父さんどうするつもり?」


「初めてのゴブリン狩りは冒険者も通る道なんだ。ショックで冒険者を諦める奴も多い」


「父さんは初めてゴブリン斬った時はどうだったの?」


「俺には冒険者になるしか生きる道が無かったからな。何にも無い村で自分の力で生きる為に必死で倒した。これで冒険者としてやっていけるという安堵感の方が強かったな」


退路が無かったアーノルド、気付いていないが領主の息子という逃げ道があるジョン。覚悟の重さが違うか。


といっても今さら育って来た環境が変わるわけでもないし、何か手を打たないとジョンがこの壁を乗り越えられない可能性が高い。


「どうするつもりなの?」


「もう一度やってみて確認するが、もしダメだったら騎士学校を辞退するか、騎士学校を卒業後に領地へ戻そうかと思ってる」


「ジョンはそれで幸せかな?」


「仕方があるまい。このまま騎士学校に入って剣を使う仕事に就いたら、自分の命はおろか仲間や護衛対象を危険にさらすからな。もっと不幸になるのが目に見えている」


「ジョンはもう今の学校に行かなくていいんだよね?」


受験が必要な学校に受かった生徒はもう通学する必要はないのだ。


「そうだな」


「森で稽古したらどうかな?狩りもするし血にも慣れるんじゃない?父さん居ない時でもダンがいるし」


「お前はいいのか?」


「どうせ昨日ジョンに俺のこと話すつもりだったんでしょ?なら問題無いよ」


「そうだな。頼めるか?」


頼まれたよ!そう言って執務室を出た。



ゲイルが出た後にアイナが執務室に入ってくる


アーノルドはアイナにジョンに起きた出来事を話した。


「ジョンはしっかりしててもまだ10歳にもなってないし、ゴブリンを見たのも初めてだから仕方が無いかもしれないわね」


「あぁ、それでゲイルが森で稽古させたらどうだと言ってくれたから任せる事にした」


「あの子はジョンにもベントにも可愛がって貰ったこと無いのに、本当によく考えてくれるのね」


「他にも何かあったのか?」


「ベントが一言もしゃべらなくなったのをゲイルが解決してくれたでしょ。今度同じ事になったらどうするのって」


「それで?」


「ベントがああなったのは私達のせいだと言われちゃった。私達が休み無く仕事しててジョンやベントと一緒にいる時間が少ないからだと」


「そうか・・・そうだな。ゲイルの事だってミーシャやダンが先に知ってたくらいだ。俺達は子供を放置しすぎてたのかもしれん」


苦い顔をするアーノルド。


「アナタが王都に行ってる間にベントと二人で買い物に行って街の宿に泊まったの」


「街の宿に?」


「ゲイルがダンやドワン達と小屋に泊まるから、その間ベントと二人で出掛けろって。それにお客さんとして街を見るのも領主として必要だとも言ってたわ」


「それもお告げなんだろうか?」


「わからないけど、兄弟のことだけでなく、私達の事も考えてくれてるのは確かよ」


「どっちが親かわからんな」


頭を掻くアーノルド。


「それでね、私達も使用人も週に一度は決まった休みを取る方がいいって。もうずっと休み無しで働いてきたからそろそろ自分達の時間があってもいいんじゃないかと・・・」


ゲイルに言われた時の事を思い出してポロっと泣くアイナ。


「ジョンがもうすぐ家を出るから家族で一緒にいられる時間が少な・・・」


涙が止まらなくなってきた。


「ゲイルが、ぼ・・・僕もみんなでどこ・・・かに行きた・・・いと」


涙で声にならないアイナ。


分かった。分かったからと言いながらアーノルドはアイナを抱き締めたのだった。



今日からジョンが森に来ることになり、そしてディノスレイヤ家の使用人は週に一度休みが与えられた。アーノルドとアイナは6の付く日を休みにしたので、ダン、ミーシャ、ブリックもそれに合わせた。



なんとか朝食を食べたジョンを連れて森に向かう。初日ということもありアーノルドも来ることになった。


俺やダン、ミーシャが一緒に居ることに不思議そうな顔をするジョン。


「父さん、今日はどこに行くのですか?」


「今日はな、ゲイルがいつも稽古をしている森に行く」


「森にですか?ゲイルはそこで稽古を?」


ジョンやベントはゲイルが森へ遊びに行ってると思っていた。


「着いたら詳しく話してやるから楽しみにしとけ」


そう言われて黙ったまま5人は森に向かう。



小屋までたどり着いてジョンは声を上げた


「森の中にこんなものが・・・」


柵に囲まれた土地に建つ小屋と蒸留器を見て驚くジョン。


「ジョン驚いたか?小屋に入ってみるか?」


頑丈そうな扉を開けて中に入ると、ベッドルームは無いものの、中はすでに生活出来るくらいに整っていた。


「これはな、ゲイルがミーシャの為に作った小屋なんだ。ミゲルの親方やドワンも協力してくれたがな」


「これをゲイルが?それにメイドの為に?」


言葉を失うジョン。メイドは自分のために働くのが当然で、メイドに何かをしてあげるという感覚が無かった。


「父上、ゲイルが作ったとはどういうことですか?」


アーノルドはゲイルの事をすべて話した。


「そ、そんな事が・・・」


「黙っててスマンな。この事が他にバレたらまずいんだ。ドズルみたいな奴がいないとも限らんだろ?」


ドズルの名前を出されて頷くジョン。


「ゲイル、お前の稽古を見せてやってくれないか?」


最近稽古の時間が減っていたものの、森に来た時は少しの時間でも稽古していたゲイル。失敗せずに縦横斜め切りをやって見せた。


「お前、もうそんなに剣を振れるのか・・・。それにこれは父さんがベントにやらせた稽古・・・」


「剣を振ると言っても型だけだよ」


ゲイルから木剣を受け取って自分でもやってみる。


シュンシュンシュンシュンっ


全てを難なくこなしたジョン。


「さすがジョンだね。一発で全部決めちゃった」


「いや、これは正しく剣を振れたら出来ることだ。逆に言うとこれは正しい振り方を身につける為の稽古方法なんだな?」


「その通りだよ。ダンが考えて作ってくれたんだ。変な振り方でいくら稽古しても上手くならないからって」


「それで父上はベントにこの変な木剣と板を・・・」


すぐにこの稽古方法の意図に気付くセンスといい、一発で成功させる腕といいさすがだ。


「あぁ、ダンの考えた稽古方法をベントにやらせてみたんだが、上手く出来なくて剣を辞めちまったがな」


・・・

・・・・

・・・・・

「父上、これから毎日ここでゲイルと一緒に稽古してもいいですか?」


「あぁ、いいぞ。俺はあまり来れないがダンがいるから勉強させて貰え。俺以外とも稽古したら新たに気付くこともあるだろう」


「はいっ。ありがとうございます」


コソッ

(どういうことだぼっちゃん?)

(詳しくは後で話すよ。ちょっと長くなる)


ダンには事前説明する暇が無かったので事後承諾になってしまった


「じゃあ、早いが昼飯の準備をしようか?」


「もう準備するんですか?ミーシャに任せて稽古を・・・」


「ジョンぼっちゃん、ここにはパンと調味料しかありやせんぜ。パンだけ食いやすか?」


???


「私はお肉が食べたいです・・・」


ポソッと呟くミーシャ。


メイドが希望を?何言ってるんだ?

それにそんなものメイドが持ってくるものだろ?とジョンは疑問に思った。


「ミーシャは何が食べたい?」


ゲイルが聞く。


「ウサギでいいですよ。今日はハチミツも持って来てますし」


と、うふふと笑う。


ゲイルはメイドに何を聞いてるんだ?

それにウサギ?屋敷の常識とまったく異なる出来事に混乱するジョン。



「じゃ、ダンいつもの所に行こうか。5人いるから2羽は必要だね」


「そうだな、ウサギだったら近場でいいな」


いつもの所にいく?2羽必要?ダンがゲイルにタメ口?


「ジョン、俺達も行こうか」


混乱が続くジョンにアーノルドが言う。


「何しにですか?」


なんの事か理解出来てないジョン。


「お前話聞いて無かったのか?ウサギを狩りに行くんだよ」


「ウサギを自分で狩って食べるんですか?」


「当たり前だろ」


何が当たり前なのかわからないまま連れて行かれることになったジョン。


「じゃ、ミーシャ。狩りに行ってくるから小屋から出ちゃダメだよ。あとジャガイモだけ茹でて潰しておいて」


「はい、行ってらっしゃい」


ニコニコと手を振るミーシャ。


ゲイルにタメ口のダンに、馴れ馴れしいミーシャ。いくらゲイルが小さいからって、使用人としての態度というものが・・・


「ダン、俺とジョン、お前とゲイルがペアを組んでどちらが早くウサギを狩るか競争しようぜ」


アーノルドが勝負しようと言い出す。


「旦那様、そりゃ実質2対1ってもんですぜ」


そう俺は木の上から見てるだけだからな。


「俺はジョンに教えるだけで手は出さん、その代わりお前も弓矢は無しだ」


剣だけでウサギを狩るのか面白そうだな。


「というわけでジョン、お前がウサギを狩れ。自分で食うものを自分で狩るのも稽古だ」


「稽古・・・」


「じゃ、あっしらはあっちの方へ」


「分かった。俺達は反対側に行く。ウサギを狩って先にここへ戻って来た方が勝ちだからな」


分かりやしたとダンが答えて二手に別れた。



「剣でウサギを狩るのって難しくないか?」


「あぁ、難しいぞ。あいつら小さくてすばしっこいからな。気付かれずに近付いて素早く剣を振らないと切れん。向かってくる獲物は簡単だが、やつらは逃げるからな」


「そうだよねぇ。ダンはデカイからウサギを剣で狩るには不利だよね」


「ジョンも初めての狩りだからハンデってとこだな」


そんな話をしながらウサギを探す。



一方、アーノルド・ジョンのペア。


「ウサギは気配に敏感なんだ。気付かれたらすぐに逃げる。それに逃げ方が不規則だから動きが読めると思うな」


「自分でウサギを狩る必要があるんですか?」


「お前がもし軍に入ったら、遠征先で食料が無くなる事があるかもしれない。自分で獲物を狩れるようになっておいた方がいいぞ。そのへんの草食いながら餓えて死ぬのは嫌だろ?」


何も反論出来ないジョン。


「いたぞ、あそこだ」


アーノルドが指を指すが何もいない。


「目だけで追おうとするな。自然にいる動物は見えにくい。気配を追うんだ。気付かれたらやつらも気配を消して逃げるからな、こちらの気配を消しつつ獲物の気配を追え」


言ってる事はわかるが気配云々と言われてもやり方がわからない。


「やって覚えるしかないから、取りあえずウサギを切れ」


アーノルドに言われてジョンが動く。


「うぉぉぉ~っ」


「あ、馬鹿っ」


ざっとウサギは逃げて行った。


「お前、気配消せって言っただろうが。声上げるとか何考えてんだ」


気合いが入ってつい声を上げてしまったジョン。ウサギを探し直さなければならない。



ダン・ゲイルペア


「ぼっちゃん、木に登れ」


ダンがウサギを発見したようだ。


身を屈めながらスススッとウサギに近付いて水平切りをするダン。やった!と思ったらウサギはビョンっと跳ねて剣をかわして逃げて行った。


「ちっ、小さいから立ったまま切ることも出来んし、分かっちゃいたが難しいな」


「ダンには向いてない狩りだね」


「そうだな。いまやったやり方しか思いつかん」


「横切りじゃ無くて突きじゃダメ?上に跳ばれたらそのまま剣を振り上げたらいいじゃない」


「お前、しゃがんだまま振り上げる剣にウサギを切る程のスピードは乗らんぞ」


「左手に木を乗せて、テコの原理で振り上げてみる?」


テコの原理?キョトンするダン。


枝を1本拾ってやって見せる。


「こうやってね、ここを支点にして持ってる所を下に押すと反対側の先が跳ね上がるスピードが早いでしょ」


「なるほど」


「突いてからこれをしようと思ったら腕を支点にするしかないから、剣で腕を切らないようにしないとダメでしょ?」


左手を忍者走りのような形で前にかまえ、枝を突いて腕を支点にして跳ね上げて見せる。


「腕に闘気まとったらいけると思うけど、反則だとか言われそうだから、腕に木を付けといて支点にすればいけるんじゃないかな?」


「ぼっちゃんはいつもおもしれぇこと考えるな。やってみるわ」


そう言ってダンは堅そうな木を選んで左腕にくくり付けた。



アーノルド・ジョンペア


「お前にはスピードがある、ダッシュでウサギまで届く位置に近付けたら切れるぞ」


ジョンは稽古を思い出す。ウサギを狩ることで頭がいっぱいになり、ダッシュすることを忘れていた。


集中して気配を探る。微かな音に耳をすませる。


カサッ


音がした方を見ると草に隠れたウサギが見えた。


コクッと頷くアーノルド。


音をたてないように慎重に近付くジョン。ダッシュでウサギまでとどく間合いに入って、ビュッとダッシュして切りつけるも寸前の所でかわされてしまった。


「今のは良かったぞ。最後に殺気が溢れて気付かれてしまったな。最後まで気配を消すつもりでやれ」


今ので手応えを感じたのか、やる気が充実してくるジョンは次の獲物を探す為に集中力を高め出した。



ダン・ゲイルペア


ウサギを見付けたダンはいつものようにしゃがんで近付く。


毎度の事だけど、あんな巨体でウサギに気付かれずによく近付けるなと感心して見ていた。


ざっと剣を突くダン、跳んで躱すウサギ。突いた剣をダンは跳ね上げた。スパッとウサギの首が落ちるのが見える。

やった!上手く行った!



ふと少し離れた木の根元に目がいく。


もう一匹ウサギがいるな。


魔法で狩れるかな?火魔法だと燃えちゃうしな・・・ 土魔法で下から刺したらいけるかもと、木の上から魔法を使ってみることに。イメージは下からの串刺しだ。


魔力を込めたらザンっと土の串が下から飛び出てウサギの頭を貫いた。何が起こったのかわからないまま絶命したウサギに合掌をしておく。


「ぼっちゃん、上手くいったぞ。早く降りて来い」


「ダン、あっちの木の根元にウサギが刺さってるから取ってきて」


刺さってる?


ダンが木の根元までいくと脳天を串で貫かれたウサギがいた。


ふわふわと降りてダンの所に行く。


「これ、ぼっちゃんがやったのか?」


「土魔法で串刺しに出来るかなと思って」


「魔法ってずるいよなぁ。あれだけ苦労したのが木の上から一発かよ」


「ダンも魔法使ったらいいじゃない。土魔法の練習してるんでしょ?」


ダンがやったらウサギが木っ端微塵になるだろうけど。


ウサギ2羽を持って元の別れた場所まで戻った。アーノルドとジョンはまだ来て無いようだ。


「俺達の勝ちだね」


「ジョンは狩りそのものが初めてだろ?勝って当たり前だ」


そういいつつ少し嬉しそうなダン。


アーノルド達が戻ってくるのを待ってる間にウサギを狩った土魔法をダンに見せたりしていた。


「あ、父さん達が帰って来たよ」


ゲイルが指を差した方向に、ぼろぼろのウサギを持ってジョンが満足そうな顔をしていたのだった。

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