第67話 初めての実戦
ダンが調査に出て3日。早ければ今日帰ってくるかな?
俺は昨日から一日中部屋でリールを作っていた。
目標はスピニングリールだ。元の世界で散々ばらしてメンテナンスしてたから作れると思っていたが、いざ作ってみると細かな部品が多すぎる。わずかな歪みで上手くギアが噛み合わないし、ギアの精度が悪いのかスムーズに回らないし。参ったな・・・
思いきって買ったあの高いリールは使いやすかったなぁ。俺が作ってるのはワゴンに山積みされてる劣化品よりも断然劣ってるよな。ワゴンのリールをクソリールと思ってた自分が恥ずかしい・・・
今なら喜んで買うな。
昼飯食ったらブリックのとこでお祝いメニューの打ち合わせしよ・・・
昼飯を軽く食べてから厨房に行く。
「ブリックはまだ飯食って無いだろ?お祝いメニューの練習するからそれ食ってくれ」
まず鉄板焼のステーキだ。
「鉄板の熱い場所とやや温度低めの場所を作って使い分けるんだ。塩と胡椒は焼く寸前に」
「ぼっちゃん、胡椒はありません・・・」
そっか、胡椒って手に入りにくいんだったなつい昔々の癖が出た。
「じゃ塩だけで」
サラッと訂正する。
「鉄板が熱くなった所で肉の表面を焼いて。あっ、もういい」
「えっ?こんな短時間しか焼かないんですか?」
「はい、手を止めないで、肉を温度低めの場所に移動させて、この蒸留酒を少し振り掛ける」
「火の点いた木の棒を近づけて」
ボワッと青白い炎が上がる。
「はい、蓋閉めて」
「追加で牛脂を炒めて脂だしてニンニクのスライスをカリっとさせる」
「はい、蓋開けて肉を一口サイズに切って」
「鉄板の上でですか?」
「早くっ!」
あわてて切るブリック。
「切った肉を皿に乗せて、その上にカリカリニンニクスライスを乗せて終わり」
「はい、食べて」
「まだ中身が赤い・・・」
「お前、鹿肉のロースト食っただろ?あれと同じだから食え」
「は、はい・・・」
恐る恐る肉を口に入れるブリック。
はっ!と目を見開きこちらを見る。
「いいから早く食ってしまえ。まだやることがあるから」
「次はパンを焼く。鉄板の熱い所でバターを溶かしてニンニクスライスを炒める。炒めたらニンニクどかして半分に切られた薄切り食パンの両面を焼く。カリカリニンニクスライスを添えて皿に乗せる。ほい食え」
蒸留酒を作った帰りに食パンの型を貰ってきたので、今日から食パンになっている。
「ぼっちゃん、このパンの旨さ・・・」
「今回のキモは蒸留酒を燃やす所と焼き加減だ。見た目も派手だし、ほんのり香りも付いて旨かっただろ?」
「はい、とても柔らかくて風味も素晴らしかったです」
「試しに同じ肉を今まで焼いてたようにして食ってみろ」
強火のまま焼き続けるブリック。フランベも無しだ。
中までばっちり火が通ったステーキを食べるブリック。
「いつもの味です。先程のステーキと比べ物になりません」
「さっきの焼き加減はミディアムっていうんだ。お前がいつも焼いてるのはウェルダン。もっと中が赤いのはレアって言うんだ。焼き加減は好みにもよるから焼く前に好みを聞くのがいい。といってもみんなウェルダンしか知らないだろうから、当日はミディアムで焼いて、焼き加減を説明してくれ」
ブリックはふむふむと聞いている。
「あと、付け合わせにじゃがいもやニンジン、もうキノコも出てるだろうから色々焼いて出してくれたらいいぞ。どれが旨いか色々と試しておいてくれ。あ、豚や鶏を焼くときにはちゃんと中まで火を通さないとだめだからミディアムとかで食うなよ」
俺にはキノコのガーリックバター炒めを用意しておいてねとリクエストしてから部屋に戻った。
ブリックは今食べたものを考えていた。
肉はちょっとした焼き加減でこんなにも味が変わるのか。俺は今まで何をやってたんだ。それにこのパンの旨さ。そのままで十分旨いと思ってたのに更なる旨さがあったとは。
ぼっちゃんはキノコのガーリックバター炒めを食べたいと言っていたな。どんな味がするんだろうか?明日試してみてみなければ。それにじゃがいも、ニンジン・・・ぶつぶつ
ゲイルに料理を教えてもらってきたが、全く知らない調理方法だけを見ていた。
それが今までの食材と調理方法だけでも工夫次第で味が大きく変わる事を実感したブリックは大きく料理に対する意識が変わっていくのであった。
夜になってダンが帰ってきたのでアーノルドの執務室に呼ばれた 。
「ご苦労だったなダン」
「へい、色々と調べてきやした」
「じゃ早速聞かせてもらおうか」
「村の名前はボロン村、グズダフ男爵領らしいでヤス。村人の数は200名ほどで女が多かったように見えヤシタ」
「グズダフ男爵か。聞いたことないな」
「へい、グズダフは数年前にやって来て、ここは男爵領だから税を払えといきなり言われたと言っておりやした」
「それまではどこかの領地だったのか?」
「いえ、領地という概念がなく、村人だけで暮らしてたようでヤス」
「村の場所はどの辺だ?」
「ここから北に馬を飛ばして1日くらいの山合でヤスが、男爵領の方が遠いと思いヤス」
「北の山合か。そんな所に村があったんだな」
「顔立ちが少し違う人が多かったでヤスので、元々は帝国から流れて来た民族かもしれやせん。そのあたりはまだ調べられておりやせんが、ほぼ間違いないかと思いヤス」
「顔だちが違う?」
「へい、美人というか顔だちが人形っぽいというか。この国の顔とはちょっと違いヤス」
「なるほどな。どこにも属してなかったとするとその可能性が高いな」
「3年程前に男爵がわざわざ村に視察に来たようで、その後にブドウ畑の拡張が始まったようでヤス」
「そうか、ゲイルが推測した線が正しそうだな」
ヘイとダンが返事をして報告が終わった。
部屋に戻る途中にダンに話しかける
「疲れただろ?明日はゆっくり寝てたらいいよ」
「久しぶりに馬で走ったからちょっと疲れたがな、屋台の準備もあるだろ?」
「それ、延期になったよ。おやっさんが蒸留酒作りに夢中になってね。それとこっちもバタバタするから」
「そうなのか?まあ構わんけど、鶏肉の予約どうした?」
「あっ忘れてた」
「あちゃあ、もう肉屋も準備してるだろうから買うしかないぞ」
「そうだよねぇ~」
「じゃ、お言葉に甘えて明日は休むわ」
ダンを休みにしたので翌日も屋敷におこもり様決定だ。
アーノルドは早朝から朝食のパンを持ってどこかへ出掛けて行った。ジョンも連れて行ったようだ。
俺は相変わらずスピニングリールを作っていた。ハンドルの逆転クラッチは諦めるか。どうせほとんど使わないしな。まともなクラッチを作る労力と効果が合わないのだ。これを省くだけでかなり難易度が下がる。
オシュレート機能は絶対必要だしな。ドラグもいるよなぁ。この世界の糸の強度もわからないし。ウンウンうなりながら、試作品を作り上げた。形だけは最新のリール。中身は数十年前のシンプルなやつだ。基本的な構造は変わってないとはいえ、複雑な気持ちだ。
巻くとゴリゴリ感が凄い。油がオリーブオイルか菜種油、グリスが牛脂かラードとかろくなもんがない。オイルもグリスも無しでリールを回し続けたらすぐにへたるだろうし。
そういや馬車とかの主軸には何使ってんだろな?ドワンに聞いたらわかるかな?
そうこうしている内に昼飯の時間が来たみたいでミーシャが呼びに来てくれた。
ゲイルがリール作りにウンウン言ってる頃、
「ジョン、お前には一つ覚えてもらわないといけないものがある」
「はい、どんな技ですか?」
「技ではなく、覚悟だ」
「覚悟ですか?」
不思議な顔をするジョン
「人を斬る覚悟だ」
「人を斬る・・・」
「そうだ。騎士学校を出たらどこに入るかわからんが、どこに行っても人を斬らねばいけない事が必ず出てくる。その時に躊躇すればお前だけで無く仲間や守るべき対象まで危険にさらす事になる」
「危険が周りに・・・」
少し苦しそうな顔をするジョン。
「騎士学校を卒業するだけで領に戻ってくるなら別に構わんがどうする?」
「私は騎士を目指しています」
「分かった、覚悟があると思っていいな?」
「はい」
「では実際に人を斬る訳にはいかんので、代わりにゴブリンを狩る。ゴブリンを盗賊と思って斬れ」
アーノルドがゴブリンが出る森までジョンを連れて行った。
「あれがゴブリンだ。人間より小さいが形は人間みたいだろ?」
コクッと頷くジョン。
「冒険者であれば、安全を優先して隙を狙うが、今日は目的が違うから声をあげてやつらにお前を気付かせろ」
コクッ
「ゴブリン自体は強くはないが、学んだ剣ではない。めちゃくちゃに振ってくる。だが向こうも命を賭けて向かってくるからな油断はするな。模擬戦の初戦で当たったようなヤツが本気で殺しにくると思えばいい」
わかったら行けと言われてジョンが声を上げる。
「うおぉぉぉっ」
ギッ?
ギギャー
ゴブリンがジョンを認識して走ってくる。むちゃくちゃにボロボロの剣らしきもので切りつけてくるゴブリン。ジョンはそれを避けたり剣で受けたりしながら闘う。
試合と違ってなかなか斬りつける事が出来ないジョン。持ってるのは真剣だ。
もう一匹ゴブリンが出てきた。
2対1になるジョン。
くっ
更に防戦一方になる。試合では相手の攻撃を見て剣筋を予測する癖が付いているジョンにとって何をしてくるかわからんゴブリンの攻撃が読めないのだ。
更にもう一匹後ろからゴブリンが向かって走ってくるのが見えた。
このままでは後ろを取られる。そう感じ取ったジョンは初めて斬りつけた。が、浅い。ゴブリンの皮膚を掠めただけで致命傷になっていない。
更にもう一撃食らわせる。ブシャっと血が吹き出し返り血を浴びる。
返り血に怯むジョン。その隙をもう一匹のゴブリンにつかれた。すでに剣を振り上げて斬りつけてきている。
やられるっと思った時にゴブリンの首が落ちた。後ろから走って来ていたゴブリンもすでに倒れている。
「初めての実戦はどうだった?」
アーノルドが2匹を始末したのだ。ジョンの膝は震えて立てない。
「怖かっただろ?これが命のやり取りだ」
ジョンを立たせてやって血まれの顔を拭ってやるアーノルド。
「ゴブリン退治は冒険者も初めに通る道なんだ。ゴブリンを斬れずに冒険者を諦めてしまうやつも舐めて掛かって死ぬ奴もいる」
ジョンにアーノルドの声が聞こえてるのかどうかわからない。
「今日はこの辺にして戻ろう」
そう言ってジョンを屋敷に連れて帰った。
昼飯を食べに食堂にいく時にアーノルドとジョンが帰って来た。
「お帰・・・わっ、どうしたの」
アーノルドの後ろに血まみれのジョンが立っていた。アーノルドに慌てた様子がないのでジョンの血では無いのだろう。
「ぼっちゃまぁ~」
いかん、ミーシャがこっちへ来てしまう。慌ててジョンにクリーン魔法をかけた。瞬時に何事も無かった姿になるジョン。
「ぼっちゃま、どうされ・・・。あっ、お帰りなさいませ」
アーノルドとジョンの姿を見て挨拶するミーシャ。良かった。ジョンの血まみれの姿は見られなかったようだ。
「ゲイル、今のはお前が・・・」
あ、しまった。最近クリーン魔法をしょっちゅう使ってたからついやっちゃったよ・・・ これ便利なんだもん。
「ジョンとゲイルは昼飯食ったら執務室に来てくれ」
アーノルドはそう言い残して先に執務室に向かった。あれ?ご飯食べないのかな?
「自分も昼飯はいい。ゲイルが食べ終わった頃に行く」
ジョンも食わないのか。血まみれだったから食えないんだろな。
昼ご飯は学校から帰ってきたベントとアイナの3人で食べた。
執務室に入るとまだジョンは来ていなかった
「ゲイル、お前なぁ・・・」
「ミーシャが血まみれのジョンを見たらビックリして怖がるんじゃ無いかと思ってついね」
「ったく、もうジョンにも話さざるをえんぞ」
「そうだよね。ジョンに話すのはいいけど、ベントだけ知らない状態になるのがなぁ」
「本当はベントにも話すべきなんだろうが、態度に出るだろうし、そうしたらサラに聞き出されてしまう可能性があるからな」
「もういつ話すかは父さんに任せるよ」
「そうだな。お前が考えることでもないな。分かった」
そのまましばらく待ってもジョンは執務室に来なかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます