第66話 アルコール中毒
翌日、ダンはシドの村に馬で向かった。馬車で3日なら1日あれば着くらしい。
ダンがいないので昨日ザックから届いた白ワインを荷車に乗せてアーノルドが一緒に行ってくれることになった。ジョンの試験でしばらく領を離れてたのにいいのかな?
「おやっさ・・・」
「待ってたぞ坊主」
すでに商会のなかで仁王立ちしているドワン。どんだけ楽しみにしてたんだよ?
「なんじゃ、今日はダンの代わりにアーノルドが来たのか? 坊主はダンの子供じゃなかったのか?ん?」
めったに顔を出さないアーノルドに嫌味を言うドワン。
「お前と違って忙しいんだよ」
「何じゃとっ?ワシが坊主のせいでどれだけ忙しいと・・・」
ワナワナ震えるドワン。
これ、絶対にとばっちりが来るやつだ。ヤバい!そう思ってたら奥からミゲルが出てきた。
「おう、坊主さっさと行くぞ」
「あれ?親方どうしたの?」
どうやら酒を渡して帰ったあと、ドワンがミゲルの所に酒を自慢しに行ったらしい。ドワン、あんた忙しいんじゃなかったっけ?
「ワシにも酒作るところ見せてくれ。兄貴のところで作るなら設備見ておかんとな」
と言いながら建前半分、本音半分てとこか。酒目当てなのが丸分かりだ。ドワンの所で蒸留酒作ったら本当に二人で飲み干しそうだな。
「じゃ、一緒に行こう」
ミゲルも入れて4人で森へ向かった。
小屋に到着して土魔法で作った蒸留器を見せる。
フラスコみたいなやつの上部に穴をうにょんと開けて、アーノルドに白ワインを入れてもらい、穴を閉じて、ボウルに水入れて火を点ける。
「白ワインをこうやって沸騰しないように80度くらいの温度で温めるんだよ」
「このボウルに水張ってあるのは熱くなりすぎんようにか?」
「そう、あとは焦げ付き防止。どうしても底だけ熱くなるからね」
フムフムと考えるドワン。
「温度は勘だよりになるけど、沸騰させちゃうと失敗するから、のぞき窓とかあるといいかもしれない」
そう言ってる間に管からポチョポチョ液体が出だしてコップに垂れる。
「いま出て来てるのが蒸留酒だよ。1樽からこの小さな樽に満杯になったら完了」
コップから樽に変えて、ボウルに少し水を足した。
「ゲイル、なんで酒が濃くなるんだ?」
アーノルドが尋ねてくる。
「酒の成分であるアルコールは水分より蒸発する温度が低いんだよ。水は100度で蒸発して、アルコールは80度くらいで蒸発するから、その温度差でアルコールを取り出すの」
アーノルドの目から光が消えていく。
理解できてないな・・・
「なるほどな」
理解したようなドワンとミゲル。ドワーフは意外と賢いのだ。
「坊主、そうしたらアルコールだけ出て来るんじゃないのか?」
「実際には水分と香り成分とかも少しずつ蒸発するからアルコールだけじゃないよ。出来た蒸留酒をもう一度蒸留すれば段々アルコールだけになっていくけど、美味しくは無いと思う」
「ほぅ、アルコールだけに出来るのか」
なんか物騒なことをつぶやくドワン。それ消毒とかに使うやつだからね。
「ダンにも話したんだけど、出来た蒸留酒を樽に入れて数年とか数十年寝かしたら極上の酒になると思うんだよ。この白ワインはワインとして飲むのはいまいちなんだけど、蒸留酒にして寝かすにはかなりいいと思うんだ」
「ご、極上の酒?」
ゴクッと喉を鳴らす3人。
「多分ね。王室に献上出来るくらいの物になると思う」
「だから、蒸留してすぐに飲むのはもったいないかなと思ってるけど、設備作って材料仕入れてって毎年するとなれば資金も必要だしね。売るのと寝かす分の割合はおやっさんに任せるよ。俺が自分で作る分は全部寝かせるけど」
「何っ?お前ズルいぞ!」
ズルいとか言われても、おれまだまだ飲めないし。
「今年は400樽買い付けてあって、100樽は個人で買ったから、残りの300樽はおやっさんに任せるつもり。来年からは500樽くらい買えると思う」
「どれだけ蒸留酒になるんじゃ?」
「単純計算すると500樽だと50樽。失敗とかすると減るけど」
50樽か、ビンにしたら・・・ぶつぶつ・・・
「1リットルビンなら1500本だよ」
毎日、俺とミゲルが1本ずつ飲んだとして・・・ぶつぶつ
なに毎日1本飲む計算してんだよ?
「おやっさん、こんなの毎日飲んだら中毒症になるからね。ダメだよ」
「なんじゃ?中毒症って?」
「アルコール中毒って言ってね、手が震えたり、歩けなくなったり、幻覚が見えるようになって死ぬ病気だよ」
「ワシらはドワーフじゃぞ!そんな病気に・・・」
「なる!種族関係無しになるよ。一回中毒になったら、治療法は一生アルコールを飲まないことしか無いからね」
一生酒が飲めなく・・・
「ちなみにエールやワインでも飲み過ぎたらなるからね」
「白ワインの仕入れは毎年100樽は俺が買うから、おやっさんの所は毎年400樽だからね。売る分と寝かす割合は考えといてね」
「坊主が毎年100樽買うじゃと?」
「そう。寝かせば寝かすほど自然蒸発して量が減るけど、色が茶色く濃くなって、熟成された旨味と香りがまろやかになって極上の味になっていくんだよ。寝かした年数違いの酒を混ぜて好みの味を作ったりするのもいいし、数十年寝かせたとろけるような旨い酒を・・・」
あ、ドワーフ兄弟がヨダレ垂らしてトリップしてる。これだけ言っとけば出来たしりからガンガン飲むということは無いだろう。
コソッ
(父さん)
(なんだゲイル)
(コレ、まだどこにも無い酒だと思うんだ)
(そうだな)
(10年くらい経ったらかなり旨くて強い酒になると思うんだよ)
(それで?)
(どこにも売ってない極上の強い酒が父さんの手元にあったらどうなる?)
(???)
(政治的な取引に使えるかもよ)
ばっとアーノルドがこちらを見る。
「俺の為にエイブリックさんに借り作ってくれたんでしょ?お礼にも使えるんじゃないかな?」
「お前、そこまで考えて・・・」
さっき思いついただけだよと笑ってごまかしておいた。
さて、そろそろ蒸留も終わったようだな
今日蒸留した分はビン3本に分けてドワン、ミゲル、アーノルドに渡した。先に作ったのが1本あるから、ブリックに調理用として渡しておこう。
フラスコに排出の穴を開けて、中身を捨てたあと洗浄魔法をかけて終了。
帰りに商会に立ち寄り、鉄板焼き用のヘラと焼いた肉に被せるボウルの底に取っ手が付いたようなものを作って貰った。
「あ、そうだおやっさん。屋台のことなんだけど、2週間後にしない?やること多くて大変なんだよ」
「ワシも蒸留器を作らにゃならんし、設備を置くところと酒の樽を保管する場所を確保せにゃならんからいいぞ」
「蒸留酒を寝かすのは温度変化の無い地下室がいいと思うよ。そのまま保管したら長期間寝かせられないかもしれないから」
「地下室か・・・分かった」
帰り際にアルミ合金のインゴットを貰った。ダンが居ないと外出できないので、部屋でリール作りに勤しむつもりだ。
アーノルドが引く荷馬車に乗せてもらってゴトゴトとドナドナ気分で帰る。
「父さん、ベントのことどうするの?」
「ああ、年が明けたらジョンがいなくなるだろ?そしたらまた基礎からみっちり見てやれるからな。ベントの意思をまた確認してみるよ」
「ベントに剣続けて貰いたい?」
「自分の身を守るくらいまではな。だがベントもそれくらいは出来るようになってるから、好きにすればいいさ。無理強いされてやっても成長せんしな」
「そうだね」
「ゲイルは剣が好きか?」
「出来ない事が出来るようになって行くのは楽しいよ。ただ人は斬りたくないな」
「そうだな。俺もお前が平気で人を斬るような人間になっては欲しくないぞ」
「ジョンは人を斬れるかな?騎士や兵士になったらそういう事もあるよね?」
「ジョンも斬りたいとは思ってないだろうな。闘気を纏った真剣相手に闘気無しの木剣で立ち向かったくらいだからな。俺だったら闘気纏って腕の1本くらいは斬り落としてたかもしれん」
「そうか、ジョンが人を斬らないといけない場面になったら躊躇しないで切れるようになっておかないとダメかもしれないね」
「ああ、そうだな。斬って欲しくはないが斬れないのはもっと不味いな。お前はどうだ?斬れそうか?」
「どうだろうね?思わず斬っちゃうかもしれないし、斬れないかもしれない。多分、魔法で燃やすと思う」
そりゃえげつないな。そう言って何か考え事をするアーノルドだった。
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