第65話 アーノルドは領主
「おやっさん、来たよ」
商会に到着したらドワンがちょっと嫌そうな顔をした。
「まだなんも進んどらんぞ」
「また別の話だよ」
「坊主、人には限度ってもんがだな・・・」
「じゃあいいや。俺たちだけで作るから。バイバーイ」
用事を言わずに去ろうとする。
「ダンが持ってるビンはなんじゃ?」
試作品の蒸留酒をビンに詰め替えて1本持って来ていたのだ。
「おやっさん忙しそうだから大丈夫。気にしないでこの前お願いしたの作ってて」
ビンの事には答えずに去ろうとすると、むんずと頭を掴まれた。
「このビンの中身はなんじゃと聞いておる」
ぐぎぎぎと無理やり顔をおやっさんの方に向けられた。
「酒だよ、酒!おやっさんに作ってもらおうかと試作品持って来たんだけど、忙しそうだから帰る。離して」
ジタバタ暴れるがびくともしない。ドワンもダンに劣らず怪力だ。頭からアンコ出たらどうするんだ。
「貸せっ!」
ダンからビンをひったくり、蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
そして、ぐっとビンごと煽るドワン。
「あ、おやっさんそんなに・・・」
慌てるダン。ダンは一口で咳き込んだのだ。
「かぁっあああっ!なんじゃいこれはっ!」
「おやっさん、そんなキツイのいきなり飲んじゃ・・・」
「なんちゅう旨い酒じゃ!」
は!?
酒というよりアルコールだぞ?
「フルーティーな匂いにこの刺激。たまらんのぅ」
またビンごと煽る。
「おやっさん、それ1本銀貨3枚だよ」
ほれ、と銀貨3枚出してくるドワン
「違う違うっ!おやっさんから金取るつもりじゃないから」
「この酒なら銀貨3枚なんて安いもんじゃろ?これを売りに来たんじゃないのか?」
始めの話聞いてなかったのかよ?まさか蒸留酒飲んで記憶飛んだんじゃないだろうな?
「これは試作品!この酒をおやっさんに作ってもらおうと思って相談しに来たんだよ」
「何っ?この酒を坊主が作ったのか?」
「作ったと言うより蒸留しただけなんだ」
「蒸留ってなんじゃい?」
ああ、また説明しなきゃならんのか・・・
「明日小屋に来てくれるなら、一緒に蒸留しながら説明するよ」
「今からいくぞ」
「まだ原料ないから、明日しか無理」
ちっ と舌打ちするドワン。あんた忙しいんじゃなかったのかよ?
「明日の朝に迎えに来るから。その酒渡しておくけど、一気に飲んだらだめだからねっ」
心配すんなと笑うドワンを疑いつつ商会を出た。
「ダン、どこかで飯食ったら、荷車買って、屋台用の鶏予約して帰ろ。今日あたり父さん達が帰ってくると思うから、色々話をしないと」
「そうだな。ぼっちゃんと一緒に話した方がいいな」
商会近くの宿屋で塩味しかしないご飯を食べたあと、荷車を買って鶏を予約して帰った。ミーシャは宿屋のパンや料理にハチミツをかけて試していたけど。
いつもよりずいぶん早くに屋敷に戻って来たからすることがない。
コックのブリックの所にでも行くか。作ってもらってる調理器具とかチーズを定期購入した話もしておかないと。
「ブリックいる?」
丁度夕食の準備に取り掛かろうとしているブリックに声をかける。
「あ、ぼっちゃん。また何か教えに来てくれたんですか?」
「いや、今日は報告と確認だけ」
調理器具やチーズの説明をした。
「父さんとジョンが今日辺り帰ってくると思うんだけど、ジョンの合格祝いのご飯は何を作るつもり?」
「旦那様とジョンぼっちゃんが今日帰ってくるんですか?夕食の量増やさないと・・・」
アイナも言っといてやれよな。
「今日の飯は任せるけど、合格祝いの料理はどうする?」
「ジョンぼっちゃんの合格知らせがあったんですか?」
「ジョンが落ちるわけないだろ。だからいつお祝いになっても良いように準備始めておいたほうがいい」
「分かりました。それでは唐揚げはどうでしょう?」
みんな気に入ってたけど、ベント用って言った奴を合格祝に出すのもなぁ・・・
グラタンやピザだと弱いし。ここは牛肉のステーキとか食いたいな。でも肉焼いただけ?とか思われそうだしな・・・
あっ!鉄板焼きならどうだろう?目の前で蒸留酒を使ったフランベとかしたら盛り上がる気がする。
「ブリック、この魔石コンロって動かせるの?」
「熱くなる部分だけ取り出すことは可能ですけど」
「そうか、じゃ鉄板焼にしよう。祝いの日が決まったら、牛肉の柔らかいところ仕入れておいて。あとは牛の骨とモモ肉も。骨は2日間くらい煮込むから早めにね」
「肉と骨の仕入れは分かりましたけど、鉄板焼ってなんですか?」
「ジョン達の前に鉄板を用意して目の前で焼くんだよ」
「ここで焼いて持っていくのではダメなんですか?」
「ブリック、料理は味だけでなく見た目や匂いも大事なんだ。それにジョンやベントは料理してるところ見たことないだろ?目の前で肉焼けるの見るだけでも楽しいんだよ。演出も味のうちだ」
「演出ですか?」
「そうだよ。事前にやること教えるから覚悟しとけよ!」
「は、はいっ!」
部屋に戻ろうとしたらアーノルドとジョンが帰ってきた。
「父さんお帰り!」
なんか疲れてるな。
「あぁ、今帰った」
「ジョンはどうだったの?」
「来年から騎士学校に行くぞ」
後ろに居たジョンが答えた。
「ゲイル、早く大きくなれ。楽しみにしているぞ」
ん?ジョンにちゃんと話かけられたのも初めてだけど、楽しみにしてる?なんのこっちゃ?
取りあえずおめでとうと言っておいた。
「ゲイル、話があるからダンと執務室に来てくれ」
丁度良かった。
「俺からも父さんに話があるんだよ。ダンにも来てもらうね」
アーノルドが風呂に入ってから夕食前に話をすることになった。
ー執務室ー
執務室にアーノルド、アイナ、ダン、俺の4人。まずアーノルドが話し出す。
「ジョンは年が明けたら王都の騎士学校に行くことになった。3年間は寮生活になるから家を離れる」
騎士学校は全寮制みたいだな。
「次にゲイル、お前の事をエイブリックに話した。軍部に目を付けられないように頼む為だ」
これは仕方がないよね。
「あと、ポロっとジョンに闘気が魔法であることとゲイルが闘気を使えることをしゃべっちまった。スマン」
だからジョンは大きくなるのを楽しみにしてると言ったのか。大きくなってもジョンと打ち合いはしたくないけど。
「アナタ・・・」
呆れた顔をするアイナ。
「ジョンにバレても問題ないんじゃない?余計な事を人にしゃべるタイプじゃないし、闘気は魔法だと知ってるほうが魔力切れになった時にマジックポーションで対応も出来るから」
実はな、と、試験で起こった出来事と、ドズルが魔力切れで吐いて倒れた為、ジョンに闘気について話してしまった経緯をアーノルドは説明した。
「そんな事が・・・。入学してからも厄介事に巻き込まれそうね」
アイナが心配する。
「エイブリックの息子も入学するから、アイツがなんとかしてくれるとは思うがな」
借り増えるわねとアイナに言われて頭を掻いたアーノルド。
さて、今度はこちらの番だ。
「父さん、僕からもいい?」
「おぉ、なんだ?」
「まずはこれを飲んでみて」
ダンにレモンチューハイもどきを出して貰いそこに氷を入れる。木のコップなので炭酸は無しだ。
「これはなぁに?」
アイナが聞いてくる。
「取りあえず飲んでみて」
そう勧められて二人は飲んだ。
「あら、美味しいじゃない。それにこれはお酒かしら?」
アイナが美味しいと言う隣でアーノルドは一気に飲み干していた。
「ダン、ビンも出して」
ダンは蒸留酒の入ったビンを出す。それを飲み干されたコップに注いだ。たくさん入れたらアーノルドがダンと同じことしそうだからほんの少しだ。
「今のはこれを混ぜて作ったお酒だよ」
フンフンと匂いを嗅ぐアーノルドとアイナ。
「ずいぶんと良い匂いがするな。これはワインか?」
アーノルド鋭いじゃねーか。
「わっ、何よこれ?舌が熱くなるわ」
少し舐めたアイナ。
アーノルドはグッと飲む。
「なんだこれ?喉が焼けるようだが・・・・また飲みたくなる味でもあるな。不思議な感覚だ」
アーノルドも酒好きだったんだな。家で飲まないから知らなかったわ。
「これね、蒸留酒っていって白ワインから作ったんだよ」
「蒸留酒?」
アーノルドとアイナの声が揃う。もう説明するの面倒くさい。
「白ワインを10倍くらい濃くしたものだと思っておいて」
説明はこれで済ませた。
「これはお前が作ったのか?」
そうだよと言って経緯を説明する。
「明日、おやっさんに作るところ見せて、商会に任せようと思ってるんだ」
「ドワンに任せたら作ったそばから飲み干すんじゃないかしら?」
アイナ、それは同感だ。
「それで原料となる白ワインをある村から仕入れることになったんだけど、厄介事に父さんを巻き込むかもしれないんだよ」
「厄介事?」
村が嵌められて借金を負った可能性があること、他領の領主か貴族が絡んでいるかもしれない事など、推測を含めて話した。
「ダン、お前はどう思う?」
「へい、ぼっちゃんの推測が正しいんじゃないかと思ってやす。農作物があまり育たない村に借金を背負わせる目的がありやせん」
「お前がそういうなら可能性はますます高いな。どこの領かもわからんからダンに調べてもらうか」
「へい、ぼっちゃんからも同じ依頼を受けやした。旦那様の許可を頂こうと思っておりやしたところでヤンス」
だからヤンスって何だよ?
「そうかすでにゲイルからもか・・・」
「それで来月、白ワインの納品しに来るときに奴隷商も連れて来るように言ってあるんだ」
「お前は本当に賢いな。それで村の借金はいくらなんだ?」
「金貨2枚くらいらしい。樽300を金貨3枚で買って、1枚をシドに2枚を奴隷商に払う予定にしてる」
「そうか、分かった。納品の日は俺も立ち会う。ゲイルの言う通りなら相当厄介な問題になりそうだからな」
「え?父さんが立ち会ってくれるの?」
「他領絡みの問題になったらどうせ俺のところに来る。それに3歳にもならん子供が対応する問題でもないからな」
笑いながらアーノルドは答えた。
俺はアーノルドがちゃんと領主してるんだなと感心した
「父さんありがとう。あとはジョンの合格祝いはいつするの?」
「おぉ、そうだな騎士学校に受かったんだからそれぐらいしてやらないとな」
「ブリックにも相談しないとダメね」
「ブリックにはもう話をしてあるから、日にちだけ決めてくれればいいよ」
「何っ? いつブリックと打ち合わせたんだ?」
「さっき父さん達が帰って来る前だよ」
「まだ合格かどうかわからない内にか?」
「ジョンが落ちる訳ないじゃん。ジョンより強いヤツがゴロゴロいるなら俺は剣の稽古を辞めるよ、やっても無駄だからね」
そりゃそうだと皆で笑いあったのだった。
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