第54話 意識改革
使用人の家で唐揚げとエールを飲むダンとブリック。
「やっぱりこの唐揚げってやつとエールは合うな。旨すぎて止まらん」
ダンがガツガツと唐揚げを食いながらエールをガブガブ飲んでいく。
ブリックはマジマジと唐揚げを見ながら、
「なぁ、ダン。ぼっちゃんて何者なんだ?それに3歳にもならないような子供があんなにしゃべれるもんなのか?」
「ぼっちゃんはな、すっごいんだよ」
「すっごい?」
「そう。お前聞く勇気あるか?聞いたら後戻り出来んぞ」
ごくっ… 唾を飲むブリック
「き、聞きたい。パンにしろ、この唐揚げにしろ、この世の物とは思えない。ぼっちゃんはまだ他にも知ってるかもしれないだろ?」
「その可能性は高いな」
「俺はここで料理を作ってるのは誇りなんだ。だけど毎日ほとんど代わりばえしないものでいいのかずっと悩んでたんだ。それをあんな小さな子供が・・・」
「ぼっちゃんを子供と思って接すると混乱するぞ。なりは小さいが大人と思った方がいい。子供っぽい時もあるんだが時々、年上かと思う時すらある」
「なぁ、ぼっちゃんってなんなんだ?」
「本当に聞くのか?恐らくこれからぼっちゃん絡みで大きな事が度々起こる。聞いたらお前も確実に巻き込まれるぞ」
「お前はぼっちゃんのこと知って後悔したのか?」
「大変なこともあるが、俺はおもしれぇことの方が多いな。自分が出来なかった事も出来るようになってきたし、何より俺の心に空いた穴を埋めてくれたような気がして感謝の気持ちの方が強いと思ってる」
「そう言えば最近のお前は来たときと比べてずいぶん明るくなったし、よくしゃべるようになったな」
「あぁ、ぼっちゃんのお陰だ」
・・・
・・・・
・・・・・
「俺も仲間に入れてくれ。覚悟は出来た。俺の知らない世界を知りたいんだ」
分かった。
そう言ったダンはゲイルが神のお告げによりこの世の役に立つように天啓を受け、様々な事が出来るようになったことを話した。
「この事を知ってるのはアーノルド様、アイナ様、ミーシャ、武器屋のドワン、大工のミゲルだけだ。ジョンとベント、他の使用人は知らない。絶対に他にはしゃべるなよ」
「わ、分かった。絶対に秘密にする」
こうしてコックのブリックが仲間になった。
「今度、森の拠点が完成したパーティーを仲間内でする予定らしい。その時にお前も連れて行くからアイナ様に休みもらえ」
「俺が休んだらみんなの食事が・・・」
「近々アーノルド様とジョンが王都に行くだろ?その時だと休み貰えると思うぞ。たまにくらいみんな自分で作るか外に食いに行けばいいさ」
「分かった。アイナ様に相談しておく」
ベントの仲直り食事会が終わった3日後、アーノルドとジョンは試験の為に王都に向かっていた。
王都には馬車を飛ばせば丸1日程度。王都は日が暮れると中に入れなくなるので、急ぎで無ければ間にある宿場町で1泊して行くことが多い。
その間の宿場町にアーノルドとジョンが晩飯を食っていた。
「順調に行けば明日の朝出発して、夕方前には王都に着くぞ。その2日後に試験だ」
「はい、全力を出せるように頑張ります」
体力、気力とも充実しているジョン。
宿屋のパンをかじりながらジョンが呟く。
「この前の夕食美味しかったですよね。あのパンとかなんだったんですか?」
「ブリックが作ったやつだろ。旨かったな。驚いたぞ」
「今まであんなの作ったこと無かったのに、父上の依頼があっただけで急に出来るようになるものなのでしょうか?」
結構するどいジョン。
「お、お前達と一緒でずっと努力してたんだろう」
どぎまぎするアーノルド。
「また食べたいですね」
「お前の合格祝いに作って貰おうな」
上手くごまかせたようでほっとするアーノルドであった。
住宅街にミゲルを探しに来たゲイルとダンとミーシャ。
「あ、親方がいた!お~い親方ぁ~!」
「おう坊主。どうした?」
「近々、小屋の完成パーティーしようと思うんだけど、いつなら休める?」
「お、やっとか。ワシはいつでもいいぞ。酒はちゃんと用意しておけよ!」
「分かった!決まったらまた伝えにくるよ」
そう言い残し、ドワンの元へ向かう。
「おやっさんいる?」
「おお、良いところに来たな。この便器を見てくれ」
そう言って工房の中へ連れていかれる。
元の世界とはちがって茶色くて鈍い光を放つ便器が鎮座していた。
「おやっさん、ついに出来たんだ!?」
「まだ量産って程じゃないけどな。なんとか形になってきたワイ」
そうか、この世界に洋式便器が普及していく第一歩だな。俺が大人になる頃には当たり前の設備になってくれるといいな。
「良かったねおやっさん。あ、今日は小屋の完成パーティーをするからいつなら来れるかな?と思って」
「お、ワシも呼んでくれるのか?そうじゃな、まぁいつでもいいぞ」
おやっさんも融通が効くようだ。
「坊主、この前ワシの口に突っ込んで行った奴はなんじゃ?やたら旨かったが」
鶏の唐揚げを突っ込んで逃げた時のやつだ。
「鶏だよ。今度のパーティーでも準備するから楽しみにしてて」
「そうか、酒も用意しとけよ。あれはエールにあいそうじゃ」
やっぱり酒か。ダンも飲むみたいだし、泊まりを覚悟した方が良さそうだな。分かったと返事して、そのまま森へ向かった。
小屋の前で飯を食いながらダンが話す。
「ぼっちゃん、ブリックも仲間になったぞ」
「そっか、ちゃんと話してくれたんだね。どんな様子だった?」
「かなり驚いてが、それよりぼっちゃんにもっと料理を教えて欲しいのが勝ったみたいだ」
「そりゃ良かった。どんどん新しい料理覚えてもらって毎日美味しいもの作ってくれるといいな」
「楽しみですぅ」
食にはブレないミーシャ。
「それで、今度の完成パーティーにブリックも呼んで料理を作ってもらおうと思ってる」
「そりゃいいね。肉は狩りで取るとして、他の食材と酒たくさん用意しなきゃね」
「あぁ、唐揚げ頼むよ。おやっさんも楽しみにしてるしな」
「じゃあ、スープはこの前と違うのにしようか?ミーシャの好きそうなやつ」
「えっ?どんなのですか?」
「それは当日のお楽しみだ」
えぇっ、と残念そうな顔をする。
「もったいぶるのはぼっちゃんの得意技だ、当日の楽しみにしとけ」
ダンに言われてしょぼんとするミーシャ。
「じゃあ、パーティーはブリックの休みに合わせてやろう。ブリックはいつ休みなんだ?」
「ブリックは休みが無いからな。アイナ様に聞いて、休める日を決めて貰うよ」
「休みが無い・・・?」
「あぁ、ぼっちゃん今まで飯が出て来なかった日無いだろ?」
そういえばそうだ。手伝う人がいるとはいえ、コックはブリック一人だ。今まで何で気付かなかったんだろう。アーノルド家ってめっちゃブラックじゃん。
帰ったらアイナに相談してみよう。
ー屋敷に帰った夕食後ー
「母さん、話があるんだけど」
「あら、何かしら?」
「使用人達の休みの件なんだけどね、今度、小屋の完成パーティーするんだけど、ダンとミーシャ以外にブリックも連れて行きたいんだ」
「あら、そういうことだったのね。ブリックが休みを欲しいと言って来たのは」
「そう、それでねブリックって今まで休み取ったことある?」
「・・・・記憶に無いわね」
「まずいとは思わない?」
「あら、そう?みんな休みたいと言った時には休みあげてるわよ」
あぁ、ダメだ。アーノルドもアイナも基本休まずに働いているから、定期的な休みが無いのが当たり前になってる。社長が休まずに働いているから社員も休みなんかいらないだろという典型的な個人経営ブラック企業だ。
「母さん、決まった休みがあるほうが良いと思うんだ。ブリックが新しい料理を作れなかったのは研究する暇が無かったからじゃないかな?」
味のバリエーションが少ないこの世界だと特に気にならなかったことかも知れないが、新しい味を知った今は味に対する興味が出てきているはずだ。
「そうなのかしら?ゲイルが思いついたものを教えてあげればいいんじゃない?この前のすっごい美味しかったわ」
ダメだ。典型的に感覚がズレてる。悪気が無いだけにタチが悪い。ここはちょっとキツイ言い方しないと改善しなさそうだ。
「父さんや母さんもほとんど休まないよね。それって正しいと思う?」
「どういうこと?」
「ベントがあんな風になったの、父さんと母さんのせいだよ」
意識改善して貰うためにアイナの心に剣を刺した。
バッと怖い顔してひきつるアイナ。
「父さんと母さんが定期的に休み取って、ジョンやベントとどこか遊びに行ったり、外にご飯食べに行ったりと一緒にいる時間がもっとあったらあんな風にならなかったと思うよ」
ひきつった顔のままのアイナ。
「このままだとまたベントが心閉ざすかもしれない。そうなったら今度はどうにも出来ないよ」
心苦しいがさらにアイナの心に刺した剣を捻ることで、ひきつった顔から泣きそうになるアイナ。
ここらが限界かな。
「父さんと母さんが領主になって、一から全部この領を作って来なくちゃいけなかった事は理解してる。だから休んでる暇も無かったって事も」
ポロっと涙がこぼれる。
「でもね、もうそろそろ週に一回くらい定期的に休んでもいいと思うんだ。そうすれば使用人達も休めるし。家族で出掛けたり遊んだりすることも出来るから、もっと家族の絆も深まると思う」
もう涙が止まらないアイナ。
「ジョンが試験に受かったら、王都に行っちゃうでしょ?みんなで一緒にいれる時間もうあんまりないよ」
ここでアイナの心から剣を抜こう。
「僕も家族でどこかに行きたいな」
「そう、そうよね。家族でいる時間があまりにも少なかったわね」
涙をこらえようとしても止まらない。
そんなアイナを俺はぎゅっと抱きしめた
。
「母さん、ごめんね。父さんも母さんももっと楽しんで欲しいんだ。きっとジョンもベントもそれを望んでると思うから」
「ゲイル・・・」
ゲイルはアイナの涙でグショグショになった顔で頬擦りされ続けたのだった。
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