第52話 料理の試作

ブリックに残してあったパン種を渡す。


「ぼっちゃんこれは?」


「フワフワパンの元だよ。取りあえずこれを使ってパン作ろう」


確か元種に継ぎ足して行けば何度も干しブドウで酵母作らなくてもいけたはずなんだよな。


「これと同量のパン生地を作ってくれる?」


手慣れた手つきでブリックがパン生地をこねる。


「出来たらこの生地と一緒にこねて、こね終わったらボールに入れて湿らせた布を被せて待つ」


・・・

・・・

・・・


こうやって森でした作業を繰り返した。


さて、自宅ではオーブンを使うのでロールパンにしてもらおう。


「ちぎって丸めた生地を細長くしてから棒で伸ばして、こうやってくるくる巻いて」


丸めた生地をオーブンへ。


「焼き加減は任せるよ」


さすがコックだ。めっちゃ綺麗に焼けてる。


「ミーシャ、母さん呼んで来てくれないかな」


アイナが来たらみんなで試食だ。



「ここで食べるんですか?食堂にお持ちしますが」


「新しいパンはまだ内緒にしておきたいから厨房でいいんだ。ブリックも他の人にまだ言っちゃダメだよ」


「うっかりしゃべったら、ぼっちゃんにいきなり燃やされるぜ」


ダンが笑い声ながら言う。


そんなことするかっ!


ダン以外に。



「わ、わかりました。ではここで」




「何かあったの?」


アイナが来た。


「母さん、今からパンの試食するんだよ」


「パン?パンだけ食べるのかしら?」


この世界のパンはスープと共に食べるものだ。パンそのものだけ食べるには美味しくない。


「じゃあ、ブリックみんなにパン出して」


そう言ってさっき焼いたパンを出した。


「これがパン?凄く柔らかくていい匂い」


一口食べて目を見開くアイナ。驚いた顔でパンをじろじろ見回し、その後一気に食べた。


「何なのコレ?すっごい美味しいわ。今日の晩御飯からこれが出るのね? 出るのよねっ?」


ブリックを両手で掴んでガクガクと揺さぶるアイナ。やめてやれ、ブリックの首がもげかけてるぞ。元英雄パーティーの力で常人を揺さぶるな。


いや首がもげてもアイナなら首生やせるのかもしれん。



「ぼ、ぼっちゃん!助けて下さい」


あ、首が生えるところを妄想してたらブリックが限界みたいだ。


「母さん、今晩はまだダメだよ」


「どうしてっ?」


「これ、ベントが元に戻れる為に使いたいんだ」


「ベントが元に・・・?」


「ベントが一言もしゃべらなくなってから何日も経つけど、ずっとこのままでいいの?」


そう言うとアイナが悲痛な顔をする。


「そんなこと無いわ。元通りになって欲しいわよ。アーノルドもそれを願ってる」


「父さんと母さんがそうやって言い出せるきっかけをこのパンで作りたいんだよ。母さんも食べた時に衝撃を受けたでしょ?」


「すっごいびっくりした」


「でしょ?これベントが食べたら驚いてしゃべってこないかな?と思って」


「ゲイル・・・」


アイナにムギュウゥゥっと抱きしめられる。


死ぬっ 死ぬっ!


アイナに必死でタップする。


「ご、ごめんなさい。ゲイルはこんな事まで考えてくれてたのね・・・」


「お互いきっかけを無くしたままだとずっとこのままになる可能性があるからね。僕に出来るのはこれくらい。ベントは僕のことあんまり好きじゃないと思うから、パンはブリックが父さんと母さんの指示で新しいの作った事にしておいて」


「ぼっちゃん、そんな。これを考えたのはぼっちゃんなのに・・・」


「お告げのお陰だからいいんだよ。俺が考えたわけじゃない」


「お告げ・・・?」


「ダン、後でブリックに説明しておいて。口止めも一緒に」


「分かった。ブリック、後で話してやるからここは頷いとけ」


コクコクとうなずくブリック。


「ブリック、パン以外にも覚えておいて欲しいものがあるから、明日の朝食後にまた来るね。新しいパンの料理は明後日の晩御飯でいいかな?」


「ゲイル、分かったわ。明後日の夜ね」



次の日の朝食後、ブリックも連れて4人で買い出しだ。


「今日は鶏肉と骨も仕入れるよ」


「骨ですか?」


「骨を煮出したスープはすっごい美味しいんです」


ミーシャが蕩けるような顔をする。


「骨でスープを?」


「鶏ガラスープって奴だよ。豚や牛の骨でも出来る。それぞれ風味が異なるよ」


「想像が付きません」


先ずこの前狩ったのと同じニワトリをまるごと仕入れ、捨てる骨はないか聞いてみた。骨なんて食えねぇぞと言われたが鶏ガラを4羽分をただで貰った。


後は酢と玉子と油だ。酢はワインビネガーしかない。白い方を選んだ。


「食用油ってどんなのがあるの?」


「オリーブオイル、ゴマ油、菜種油とかですね。他は獣脂系になります」


お、菜種油があるのか。


「じゃあ、菜種油を大量に買ってくれるかな」


この世界の油は結構高いがたくさん買う。


「玉子は今朝生んだばかりのやつを買ってね」


屋敷にも玉子はあるがなるべく新鮮な物を使おう。さて、買うもの買ったし、屋敷で試作だ。



厨房でまず鶏をさばき、合計5羽分の鶏ガラを煮ていく。明日の夕食分もあるので結構大量だ。アクを取ったらそのままグツグツ煮る。


「野菜は一緒に煮ないんですか?」


ミーシャが聞いてくる。


「本来はこうやって鶏ガラ出汁だけ取って、後から野菜入れるんだよ。この前は時間が少ないから同時にやったけど」


次はつくね作りだ。


「ブリック、鶏肉を包丁で細かく切った後、細かく叩いて潰して」


こうですか?と言って小気味よい音で鶏肉を叩いてミンチにしていく。


玉ねぎをみじん切りにしていき、塩を加え鶏ミンチと混ぜる。


「これ、粘りが出るまでこねて」


今度はミーシャとダンの出番だ。


「ミーシャはじゃがいもの皮むいてくれる?ダンはそのじゃがいもをすりおろして」


二人に指示を出して作業を見守る。


ミーシャのじゃがいもの皮剥き見てると怖いな。指切ったのも理解出来る。


「ぼっちゃん、鶏肉こね終わりました」


「じゃ、それは冷蔵庫に入れておいて、いつもの昼御飯作って。僕達はここで食べるから、みんな食べ終わったら続きしよう」


ダンたちにはもうちょっと作業を継続してもらう。


「すりおろしたじゃがいもを布でくるんで、水の中でぎゅっぎゅって絞って欲しいんだ」


「こうか?」


「そうそう。白い濁り水が出なくなるまで続けてね」


ダンに作って貰ってるのは澱粉だ。片栗粉って奴だね。明日のメインは唐揚げを作って貰うのに必要だ。柔らかな唐揚げだと小麦粉でも出来るが、この世界の小麦粉は強力粉だ。衣に使うともっさりするだろう。それに俺が片栗粉で作る方が好きなのだ。


「ぼっちゃん、そろそろいいか?」


ぎゅっぎゅっと続けていたダンが聞いてくる。


「ほとんど濁りが出なくなったらいいよ。あとは搾っておいて」


「で、こいつはどうするんだ?」


「しばらくそのまま放置だよ。そうすると濁りが全部下に沈むから」


「ほぅ、何に使うが分からんが重要なもんなんだな?」


「明日の晩御飯に必要だね」


「そいつぁ楽しみだ」

「私も楽しみです」


いつもの昼食が出来たので、食堂へ運び終わった後、厨房で自分達も食べる。


食べ終わったら続きだ。


この世界にはないマヨネーズを作るのだ。


「ブリック、泡立て器ある?」


「泡立て器ってなんですか?」


この世界には泡立て器が無いのか。しまったな。作るにしても金属がない。竹で茶筅みたいなの作るにしても効率が悪い。明日、おやっさんの所に行って金属を貰おう。マヨネーズは明日だな。


「泡立て器は明日なんとかするから、鶏肉を仕込むよ」


残してあった鶏モモ肉をぶつ切りにして塩をかけて、少しだけニンニクを加える。


「ダン、さっきの濁った水は下に沈んでる?」


「水と白いのに別れてるぞ」


「じゃあ、水だけ捨てて」


そっと水だけ捨てていき、下の澱粉を魔法で乾燥させていく。


「わぁ、じゃがいもが小麦粉みたいになりました」


ミーシャが驚いている。


「ぼっちゃん、じゃがいもから小麦粉が取れるんですか?」


ブリックが聞いてくる。


「これは片栗粉って言って、小麦粉とは違うんだよ。触り心地も違うでしょ?」


小麦粉とは違った触り心地に頷く。


「さっき買った菜種油を鍋に半分くらいまで入れて温めて」


「こんなに油使うんですか?」


「そうだよ。今から鶏肉を揚げるんだ」


「揚げる?」


3人の声が揃う。


「そう。ブリック、さっきの鶏モモ肉に片栗粉をまぶして」


何をやらされてるかわからないまブリックは言われた通りにしていく。


「じゃあ、鶏肉を揚げていくからね。ブリック、いま片栗粉を付けた鶏肉を油に入れて。熱いから気を付けてね」


しょわしょわ~っと良い音をたて始める。


「ダンは鶏ガラスープを3人分だけ取り分けて温めて。温まったら塩で味付けして、鶏肉を潰したやつをスプーンで一口サイズに掬って入れていって」


試食品なので野菜は無しで鶏のつみれ汁だ。


「ぼっちゃん、いつまで油に漬けてたらいいんですか?」


どれどれと見に行くといい感じにキツネ色になってる。


「もういいかな?」


1つ取り出して切って中を見る。よし、中まで火が通ってるな。


「よし、全部出して」


あ、油を切る網も浮いたカスを取る金網も無いな。これも明日作ろう。


つみれ汁も煮たったようだ。


3人分お椀に取り分けて、唐揚げは大皿に盛った。



「さ、出来たよ。明日ソースを作るけど、試食ということでまずは味見してね」


3人ともつみれ汁から行くようだ。


「こっこれはっ!」


ブリックが驚いている


「やっぱり骨のスープは美味しいです」


ミーシャは満面の笑顔だ。


「この鶏肉潰したやつ旨ぇな」


「鶏団子とかつみれって言うんだ。きちんと丸めたら団子、丸めずに入れたらつみれになる」


ブリックは無言のまま鶏唐揚げをかじり始めたままフリーズ。


「熱っつ!」


ダンはいきなり唐揚げを口にほりこみ、出てきた油で火傷したようだ。


「また考えずに行動するからだよ」


トイレにはまった時と変わらない。


「ぼっちゃま、これすっごく美味しいです」


肉食女ミーシャはハフハフしながら唐揚げを頬張っている。俺もそれぞれ食べてみるとどちらも上出来だった。


「お、俺はいったい何をやっていたんだ・・・。これに比べたら俺の作っていたスープは雑巾の絞り汁だ・・・」


あまりの衝撃に落ち込むブリック。


「ぼっちゃん、いや師匠!この料理を俺に作らせて下さい」


「いや、師匠とか呼ばないで。俺が考えたんじゃないから。それにこれは明日の夕食からブリックに作って貰う奴だから」


「誠心誠意込めて作らせてもらいますっ!」


落ち込みから復活したってブリックの目に星が輝いていた。


「パンも宜しくね。明日はソースも作るからちゃんと覚えてね」



こうして試食会は成功に終わったのだった。


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