第49話 壁

翌日の朝稽古


「お前、稽古着はどうした?」


朝稽古にベントが稽古着を着てこなかった。


「僕、もう剣を辞める」


「何言ってるんだ? 昨日ちょっと上手くいかなかったからって辞めること無いだろう。ほら、今日は違う剣で・・・」


「もう剣はやらない。ほっといて!」


アーノルドが左手で素振りをするための木剣を渡そうとするも、受け取らずに走り去っていくベント。


「ちょっと上手くいかなかったからって投げ出すとは思わなかったなぁ」


ポリポリと頭を掻くアーノルド。


「父上、やる気の無い奴はほっておいて、稽古をお願いします」


「あ、あぁ、そうだな。試験まであと少しだから気合い入れていけ」


「はいっ!」


アーノルドとジョンは本番さながらの打ち合いを始めた。


ベントのやつ、このまま投げ出すつもりかな?



朝食中も一言もしゃべらなかったベントは先に食べ終えてとっとと学校へ行ってしまった。少し遅れてジョンも学校へ向かった。


「アイナ、ベントが剣を辞めると言い出したんだ。昨日の新しい稽古が上手くいかなかった事がショックだったみたいだ」


「そうね、努力してもなかなか上達しない時期ってあるものね。私からも話してみるけど、自分で乗り越えないと壁にぶつかる度に逃げ出すようになってしまうわね」


「明日は機嫌直して稽古を再開してくれればいいのだが」


仕事もそうだったが壁に当たった時って明確な目標持ってないと乗り越えるの難しいんだよね。とくにやらされてる感があったらまず乗り越えられない。と言って、俺がなんとかしてやることも出来ないし、アーノルドとアイナに任せるしかないな。



ミゲルの親方が来たのでダンと3人で森に向かう。アーノルドは昨日帰って来てからたっぷりアイナに絞られたみたいで、今日は付いて来ようとしなかった。



道すがらダンにベントの事を話す。


「ベントがね、剣辞めるって言い出したんだ」


「そうか、上手くいかなかったのがよっぽどショックだったんだな」


「まぁ、そうだね。ジョンみたいに剣に打ち込んでるって感じもしないからホントに辞めちゃうかもって思ってる」


「やりたくなければやらなくてもいいさ。領主様のご子息様だから食うには困らんだろ」


「それはそうだろうけどさ」


「英雄から直接稽古付けてもらえるありがたさを理解してねぇから簡単に辞めるって言えるんだ。冒険者になるしか無かった奴らだったら血反吐吐いても辞めるとか言わんぞ」


・・・

その通りだな。ギリギリの生活をしてたらこんなチャンスを自ら手放すことは無いだろう。こっちの世界は生きていくのに優しい所ではない。掴んだチャンスを無駄にした奴から死んでいくのだ。



森の稽古場に到着して真っ先に小屋へ向かうミゲル。


「坊主、箱開けて確認するぞ」


昨日作った6面真空パネルクーラーの確認だ。


「まずは普通の木箱じゃな」


箱を開けると氷はすべて溶けて水もぬるくなっていた。


「これは予想通りだね」


まだ暑さが残るこの季節に保温機能が無い木箱だと当たり前だ。


「坊主、お前が開けろ。お前が作ったんだからな」


「分かった。氷溶けてても殴らないでね」


「いいから早く開けろ!」


否定しなかった。やっぱり殴るつもりか?


恐る恐る箱を開ける。


「あっ!?」


「どうしたんじゃい?」


「せ、成功!成功してるよ親方!」


氷は8割方残っていた。これなら真夏でも充分使えそうだ。


「やったな、坊主!これはいくら金払えばいいんじゃ?」


もう自分が買うつもりでいるミゲル。


「ちょっと、気が早いって。これは試作品なんだからまずはドワンのおやっさんに見せないと」


「そ、そうか。兄貴の所にな」


「そうそう」


「量産、量産は出来るんじゃな?」


「これ、今のところおやっさんには作れないと思う」


「兄貴に作れない?どういうことじゃい?」


「金属のパネルの中を真空にしないといけないんだけど、真空にする道具とか作れないと思う」


「真空?真空ってなんじゃい?」


やっぱりわからないよね。これは説明に時間が掛かりそうだな


「親方、おやっさんにも説明しないとダメだから、帰りに商会へ寄ってそこで一緒に説明するよ」


またもったい付けよってからに、と、ぶつぶつ言いながら了解してくれた。



そろそろ机とテーブルが出来るので、増築した部屋と元の小屋の壁をうにょんとくり貫く。これでキッチンスペースも確保出来たぞ。


その後はいつものようにウサギを食べ、昼からは昨日出来なかった剣の稽古をした。



帰り道、商会に試作品のクーラーを持って行った。


「おやっさん、試作品持ってきたよ」


「なんじゃ、この箱に入っとるのか?」


「いや、この箱が試作品だよ」


「ほれ、兄貴。これを見てくれ」


そう言って蓋を開けるミゲル。まだ氷も7割方残ってる。


「なんじゃい?氷と水が入っとるぞ。箱の壁はこの前渡したアルミか?」


「そうだよ。クーラーっていってね、長時間保温出来る箱なんだよ」


「なんだと?冷したエールを入れておけばぬるくならんということか?」


やっぱり酒に発想がいったか。昨日言わなくて正解だな。


「兄貴、この氷いつ入れたと思う?」


「今朝入れたんじゃないのか?」


「昨日だよ。丸一日経ってる」


「なんじゃと?アルミで箱作ればそんなに長い間氷のままなのか?」


「おやっさん、違うんだよ。親方、蓋からパネル外してくれる?」


ミゲルがグイっとパネルを外してドワンに見せる。


「ずいぶん厚みのある板じゃな。渡したアルミだけだとこんなに厚くできんじゃろ?どうなっとるんじゃ?」


「これは真空パネルっていって、中が空洞になってて、真空なんだ」


「真空ってなんじゃい?」


そこから空気そのものと熱電導率の説明をした。空気中の窒素や酸素なんかは省略して。


「目に見えないが、ここにも空気があるんじゃな?」


目の前で手を振るドワン。


「そうだよ」


「この空洞になってる板から空気を抜いて真空とやらにするのはどうやるんじゃ?」


「これは魔法でやったんだけどかなり難しい。道具でやるには無理だと思う」


「なぜじゃ?」


「空気を抜くところまではなんとか出来るかもしれないけど、抜けた状態のまま空気を抜いた穴を閉じる事が出来ないと思うんだ」


「確かに金属の穴を塞ぐのには時間がかかるしの。坊主はどうやったんじゃ?」


「やってみせるから、なんか金属貸して」


じゃこれをと言って鉄の塊を渡して来たドワン。


「じゃ見ててね」


先ずは鉄を柔らかくするイメージをして、小さくちぎり、風船のように膨らます。


「うぉっ、なんじゃ?鉄が別れて膨らんだぞ」


驚くドワンをほっておいて作業を続ける。パネルを作るわけではないので、丸く膨らんだままで穴をあける。


「おやっさん、中に指先突っ込んでみて」


「お、おう」


まだ驚いた表情のまま鉄の風船に指を入れて確認する。


「こうやったあと、魔法で中から空気を抜いて穴を閉じる」


うにょんと穴が閉じた。


「なんと!?穴が一瞬で・・・」


「こうやって作るんだけど、道具でやるには無理でしょ?」


「そ、そうじゃな。あんなスピードで穴を閉じるのは不可能じゃ」


「だから量産は無理だと思う」


「じゃ何で作ったんじゃ?」


「今度、湖に釣りに行くとき持って行って、新鮮な魚持って帰ってこようと思って」


「それだけの為にこんな物を・・・」


「だって冷やして新鮮なまま持って帰らないと生臭くなるじゃない」


「お前さん、魔法で氷出せたんじゃろ?溶けてきたらまた出せば済む話じゃろが」


あっ・・・


「ということで、坊主には必要無い代物じゃからワシが貰っといてやろう」


「あ、兄貴ずるいぞ!それは俺が先に予約したんだからな」


「何おぅ!」


いかん、ドワーフ同士の争いが・・・



「待って待って待って!もう1つ作るから!おやっさんのと親方の分作るから!」


そういってアルミのインゴットを受け取り、もう1つクーラーを作った。


そうか、氷魔法使えたらクーラーいらないって事か。盲点だったな・・・


ゲイルもこの世界に来て、知力が下がったのかもしれないと少し恐怖を感じたのであった。

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