第48話 人生の転機とベントの為に

アーノルドとダンがベントの稽古方法に頭を悩ましているころ、ベントの部屋では・・・


「ベント様、どうかされましたか?そんな落ち込まれて」


学校から帰ってきたベントにメイドのサラが尋ねる。


「別に」


ボソッと答えるベント。


(ベント様が落ち込まれるのはよくあることですが、今日は一段と落ち込まれてますね)


「ベント様、学校で何かありましたか?」


「別になにも無いって言ってるじゃないかっ」


大声で言い返すベント。


(こんなに声を荒げて言い返してくるベント様は初めてですね。これはきちんと聞いておかねばなりません)


「そういう訳には参りません。このような状態でお勉強しても身に付きません。私はいつでもベント様の味方でございますから、正直におっしゃって下さい」


「僕の・・味方・・・」


「そうです。私はいつでもベント様の味方でございます」


そう言われて今朝の稽古のことをポツリポツリと話し始めた。


「そのような事があったのですね」


コクリと頷く。


「わざと折れやすい剣を渡されたのですね?」


「剣が正しく振れていれば折れないからって」


「ベント様は騙されているのでは無いですか?」


「父さんが僕を騙す?」


「それに闘気というものをジョン様だけに教えられたわけですね?」


「僕にはまだ早いし、来年騎士学校を受けるなら教えると言われた」


「ベント様は騎士学校を受けると旦那様にお伝えしたのですか?」


「わからないと言った」


「ベント様は騎士になりたいのですか?」


横に首を振る。


「では騎士学校を受けるわけではありませんね。ということは旦那様は闘気とやらを元々教えるつもりが無かったということになります」


・・・・・

・・・・・・

・・・・・・・


「旦那様は元凄腕の冒険者なので、後継者を剣の腕で決めようと考えていてもおかしくありません。既にジョン様を後継として考え、ベント様に諦めさせようとしている可能性があります」


「それなら僕も騎士学校に・・・」


「ベント様は剣でジョン様に勝てると思っていますか?」


「それは・・・」


「相手が得意な事で勝負を挑むより、自分の得意な事で勝負を挑む方が勝利することが容易くなります」

 

ベントが黙ったままなので、サラは続ける。


「それにベント様が成人なさる頃には今みたいに剣の腕だけで領地を治めるのは無理があります。領主に必要な能力はいかに税を徴収するかです。こう言っては何ですが旦那様は領地経営に関して素人です。冒険者ギルドが依頼者と冒険者から取る取り分と同じ率になるように設定されていますから、領地の税率としては異常に安いのです。何も考えずに冒険者感覚で税率を決めたのではないでしょうか?それが証拠に税が足りない時はご自身のお金を出されてますから」


「父さんが領地経営の素人・・・」


「はい、冒険者気質が抜けきらない旦那様と奥様は職人風情に子供を坊主呼ばわりされてもなんとも思っておられません。他の領地で平民がそのような口を領主一族にした場合、無礼打ちにされてもおかしくないのです。貴族として平民に舐められないこと、税をより多く徴収すること。これが次の領主に求められることなのです」


・・・・


「旦那様が剣の腕だけで後継を選ぶ前に、ベント様は領主にとって必要なことを身に付け、自ら領主の座を奪いとるのが領地の為に繋がります」


「ゲイルもいるけど・・・」


「少々早めに話せるようになっただけのゲイル様は問題ありません。孤児になりかけた娘と獣人みたいな下男を側付きにしたくらいですから、旦那様も冒険者にでもさせるおつもりなのでしょう。毎日森で遊んでいる猿とでも思っておけばよろしいかと」


ベントは黙ったままだ。


「おわかりになられましたら、剣の事は忘れてお勉強に注力しましょう。これからの領主に求められるのは剣の腕ではありませんから」


「でも・・・」


「ベント様、信じて下さいませ。私はずっとベント様の味方ですよ」



ーゲイルのいる森ー


さっきはパネルの強度が低くてひしゃげてしまったから、もう少し厚目にしないとな。


ひしゃげたパネルを元の塊に戻して、また風船のように膨らませて・・・


さっきは厚さ1cmくらいだったから今度は2cmくらいにして厚くする。


長方形のパネルに・・・


ふう2回目だと早めに作れたな。


うにょんと穴を空けて指入れて中が空洞になってるのを確認したら、中の空気を吸い出す、吸い出す、もっと吸い出す。もっともっと・・・


今だ!穴をうにょんと閉じる。


出来た!今度はひしゃげ無かったけど、本当に真空になったのかな?これは確認のしようが無いから、真空になってると信じるしかない。


【魔力】60/85


やっぱりさっき作ったより魔力の消費が少ない。残りの魔力で5面パネル作れるだろうか?念の為にポーションを横に置いておこう。


5面パネルは蓋のない箱形だ。


大きい方の固まりを大きく膨らませていく。これを箱形に押し潰していき、大きさがさっき作った蓋用のパネルと合っているか合わせてみる。


少し大きいからもう少し小型に・・・


お、ぴったり出来た。うにょんと穴を空けて中を確認してから空気を吸いだす 吸い出す吸い出す… まだまだ吸えそうだな。そりゃさっきの5倍くらい大きいからな。


吸って 吸って 吸って


もう無理そうだな。穴を閉じて、5面パネルも出来た。


【魔力】5/85


ぎりぎりポーション飲まなくて済んだようだ。やりきった達成感と集中し切ったせいでくたくただ。ちょっと草むらで寝転がろ・・・


「おい、ゲイルちょっとこっちへ来い」


アーノルドが呼びつける。聞こえ無かったふりして寝転が・・・


むんずと掴まれて連行された。


「ゲイル、お前はベントが剣折ってるところ見てたよな?」


いいえ見てませんでしたとは言いにくい雰囲気だな。しかし、見ていないものは見ていない


「見てなかったけど、想像はつくよ」


「何?」


「ベントには剣の振り方に癖があるんだよ」


自分が稽古を始めてから気付いたのだ。


「どんな癖だ?」


「他に気を取られて剣がブレる。振り終わりにね」


「振り終わりに?」


「こう、まっすぐ振り下ろすまではいいんだけど、最後に左側にこねるようになるんだ」


「お前、そんなとこまで分かったのか?」


「素振りは毎日見てたからね」


「旦那様、ベント様は左手の使い方が上手くないんじゃないでやすかね?利き手の右だけで剣を振るとそうなりやすいっス」


おい、ダン。っスてなんだよ


「な、なるほどな」


「利き手じゃ無い方は慣れるまで意識して使わないと利き手だけで剣振りやすから」


「そ、そうだな」


無意識に両手を上手く使っているアーノルドにはピンと来ていないようだ。


「意識的に左手を使えるようになるまで、軽い剣を左手だけで素振りさせてみるか」


「ジョンぼっちゃんの試験が終わるまで左手で素振りさせて、試験が終わったら両手の素振りを旦那様が見て矯正していけばなんとかなるんじゃないかと思いやす。後は自主稽古をさせないことっス」


「ダン、ゲイルありがとう。ベントをなんとかしてやれそうだ。ジョンの試験が終わったら、ベントを集中的に見てやろう」


良かったなベント。もう少しでかまって病が満たされるぞ


「じゃ、父さんがここに来た理由は解決したから仕事に戻った方がいいんじゃない?」


ゲイルがそう言うと、とたんにアーノルドは捨てられた犬みたいな顔をした。宿題が終わってない友達に帰った方がいいよと言った時みたいだな。


「いや、せっかく来たんだから魔法の練習してから帰る事にする」


あ、帰ったら死ぬほど怒られる道を選んだな。


ファイヤボール無しの火魔法をだぁーっ!だぁーっ!と言いながら練習するアーノルド。ここから見ているとおっさんがただ森で叫んでいるだけに見える。知らない人が見たら近寄らないだろう。


「おい坊主、例の物は出来たのか?」


ミゲルがいぶかしそうな顔で聞いてきた。


「多分だけどね」


「多分?どういうこった?」


完成した真空?パネルを見せる。


「ただの金属の箱じゃねーか?それに蓋は乗せるだけか?」


「後は親方に木の箱を作ってもらってこの金属の箱を中にはめるんだよ」


「それを早く言えっ!」


真空?パネル持って行った後、しばらくしたら戻ってきた。


「ほれ、出来たぞ!」


仕事早ぇなオイ。


おぉ、蓋もきちんとパネルが埋め込められてるな。


「これで一応完成だね。後はどれくらい保温出来るか検証しないと」


「どうやるんだ?」


「木だけの箱とこのクーラーに同じ大きさの氷入れて、明日、中身を確認したらどれくらいの差があるかハッキリするよ」


「ちゃんと分かるのは明日か?」


「そうだよ」


ちっ


舌打ちしたミゲルは同じ大きさの木箱を早速作った。


「じゃ、氷いれるね」


水をどんどん冷やして氷の塊にして中に入れる。0度以下で水が凍ることを理解していると氷魔法は意外と簡単だ。使える人少ないみたいだけど。


「明日が楽しみだね」


「上手く出来てなかったらブン殴るからなっ!」


な、なんでやねんっ!


おっといかん、いかん。


「一発で成功するとは限らないから殴るのは無しだよ」


「冗談じゃ」


ミゲルが言うと冗談には聞こえないのだ。


ダンがベントの左手用の軽くて長めの剣を作り終えてこっちに来た。


「ずいぶん長い剣だね」


「剣が長いとこねた時にわかりやすいんだよ。まっすぐ振り下ろす癖を付けるにはちょうどいいんだ」


よく考えてるな。というかこういう稽古をさせられてたのかもしれないな。


「そ、そろそろ帰らねば・・・」


悔しそうな顔でアーノルドがやって来た。どうやらファイヤボール無しの魔法は出来なかったようだ。染み付いた魔法のイメージを取る方法があるといいんだけどね。


帰り道に商会へ寄って試作品が出来て、今検証していることだけを伝える。クーラーであることはまだ内緒だ。酒冷やして持ち歩けると言ったら今持って来いとか言い出し兼ねないからな。


じゃ、また明日といって屋敷の前でミゲルと別れた。



振り向くと、


「アナタ、お帰りなさい」


ニッコリ微笑むアイナが出迎えてくれたのだった。

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