第27話まずかったらしい

初めて自分で剣を振ってみて、剣を正しく振るのがめちゃくちゃ難しいと痛感した翌日、朝稽古の素振りを見ているとベントもかなり凄いんじゃないかとすら思ってくる。



お、兄弟打ち込み合いが始まった


タァーッ トォーッ


ベントがジョンに打ち込むがさっとか躱され、


「フンッ」


シュパッ


ガッ


ジョンが良いのをベントに入れた。



こうやって見ていると、早さも重さもジョンの方がやっぱり数段上だ。体格もそこまで変わらないのになぜだろう?


「トォーッ」


ベントが上段から振り下ろす。


あっ!?分かった!

ベントの剣は少しブレてるんだ。


それに対してジョンは綺麗に振れている。なぜだろう?毎朝同じようにアーノルドに稽古を付けて貰ってるから剣を振るスタイルは二人ともアーノルドによく似ているんだけどな。


そして今日もベントは1本も取れることなくアーノルドへの打ち込みが始まる。


おー、


ダンが言っていたアーノルドの凄さがもっと分かるというのはこのことか。ジョンの剣筋も綺麗だと思ったが、アーノルドに比べると正確さがまったく違う。シュパッと同じところに剣が振られる様は芸術的だ。


「よし、これまで!」


そう思いながら見ているとあっという間に稽古が終わり、朝ご飯に。



「ゲイル、今日も治療院に行くわよ」


朝飯を食い終わると昨日と同じくアイナに抱き上げられ治療院に。


「ねぇ、ゲイル。昨日ね、ミーシャが指を怪我したんですって」


・・・


「それを聞いて治癒魔法掛けてあげようと思ってたんだけど、怪我なんてしてなかったのよねぇ」


・・・・

・・・・・・


「ゲイル、何か知らないかしら?」


・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・


思わずスッと目線を反らしてしまう

女の圧力は何よりも怖い


「ふ~ん、まぁいいわ」


フフンと不敵な笑いを見せたアイナに治療院へそのまま連れていかれた。


「奥様、おはようございます」


「おはよ、今日はまだ落ち着いているわね」


そういや昨日は朝から治療に来ている人が多かったな。


そう思っていると、母親に連れられた小さな女の子が入って来た。グスグスと泣いている。


「どうしました?」


「すいません、大したことはないと思うんですが、なかなか泣き止まなくて」


女の子を見てみると膝を擦りむいている。どうやら転んで擦りむいたらしい。


「あぁ、膝すりむいちゃったのね。泣かなくてもすぐに治してあげるからねぇ、大丈夫よ。」


従業員が治癒魔法をかけようとした時、


「ちょっと待って。ゲイル、あなたやってみなさい」


「お、奥様・・・!?」


「ミーシャを治したのゲイルなんでしょ? ほら、やってみなさい」


と、アイナが微笑む。どうやらもうバレているみたいだし、別にいいか。


ゲイルはトコトコと小さな女の子に近寄る。といってもゲイルの方が小さいのだが。


「ヒールっ」


シュワシュワ~


女の子の擦り傷が淡いピンク色に包まれて治っていく。


「できまちた」


・・・・・・


「お、奥様・・・・!?」


「ゲイル、ちょっとこっちに来なさい」


ばっと抱き抱えられて治療院から出される。


「あなた、呪文は?呪文はどうしたの?」


呪文?なんかあのぶつぶつ言ってたやつか?


「ちらない」


「知らないっ? 呪文を知らないで治癒魔法使ったの?」


なんだよ、こうなれってイメージしながら魔力込めたら出来るじゃん。と、頭の中で呟きつつ、顔をそらす。


「な、なんてことかしら。ちょっとここに居なさい」


俺を置いて治療院に戻るアイナ


「お、奥様・・・、ゲイルぼっちゃんが治癒魔法を・・・、む、む、む無詠唱で・・・」


「見なかった」


アイナは笑顔で皆にそう言う。


「えっ!?」


「あなた達は何も見ていない」


笑顔なのに眉間にシワが寄せるアイナ。


「お母さんもお子さんも何も見ていないし、怪我もしていなかった。治療院にも来ていない」


「えっえっぇ!?」


「いいわねっ!」


アイナの顔から笑顔は消え、眉間のシワだけが残る。


「は、はっはっ!?」


「い・ い ・わ ・ね?」


「はいっっっ!」


ものすごい剣幕で皆に【見ていない】ことを言い含めたアイナ。


治療院から出てきたアイナが聞いてきた。


「ゲイル、あなたいつから治癒魔法使えたの?」


「きのう」


「私の治癒魔法見ただけで使えるようになったの?」


「うん」


「呪文は?」


「ちらない」


「なんて事かしら、見ただけの魔法を無詠唱で使えるなんて誰かにバレたら・・・」


あぁ、治癒魔法が使えたことより無詠唱で魔法が使えた事が問題なのか。というか、ヒールの掛け声すらいらないって分かったらどうするんだろ?



「みんな、今日は臨時休業にするから治療院閉めて。急患以外は受けないでちょうだい」


「はい、奥様・・・あのゲイルぼっちゃまは・・・」


「閉めたらみんな食堂へ来てちょうだい」


「は、はいっ」



ー重い雰囲気の食堂ー


「今から話すことは最重要機密と思って聞いて」


そう前置きをして皆に話し出すアイナ


「やはり先ほどは無詠唱で・・・」


従業員の一人が呟く


「そうみたい。そのうち治癒魔法が使えるんじゃないかと思ってはいたけど、まさか1回見ただけで・・・しかも無詠唱で使えるとは思いもしなかったわ」


「ど、どうして呪文なしで魔法が使えたんでしょうか?」


「わからないわ。でもゲイルは呪文を知らなかったのよ」


・・・・・


「とにかく、この事が知れたら王都の軍に連れていかれるのは確実だわ」


「奥様、攻撃魔法ではなく治癒魔法ですよ、軍ではなく教会なのでは・・・」


「いえ、軍よ。考えてもみなさい。無詠唱で治癒魔法が使える治癒士が軍にいたらどうなると思う?」


・・・


「闘いながら治癒出来るのよ。最前線に送られるに決まってるじゃない」


「そ、そうかもしれません・・」


「この子はまだ2歳なのよ、軍に連れていかれたらどんなことをされるかわからないわ」


・・・・・


「これは命令でもあるし、お願いでもあるわ。このことは絶対誰にも言わないでちょうだい。もし誰かにしゃべったりしたら・・・」


バキッ


そう言いながらアイナは木のコップを握り潰した。


あまりの迫力に全員真っ青な顔でうなずく。


アイナよ、それは命令やお願いではなく脅迫というのだ。おぉ怖えぇ。



従業員が解散したあと、ミーシャとダンが呼ばれた。


「ミーシャ、あなた昨日ゲイルに治癒魔法かけて貰った?」


「はい、切ってしまった指を治してもらいました」


「その時、呪文は唱えたかしら?」


「いえ、ヒール、とだけです」


「そう分かったわ。ミーシャは疑問に思わなかったのね?」


「すぐに治癒魔法が使えるようになるなんてすっごいと思いました」


「そう、すっごいことなの。だからまだ誰にも言わないでね」


「はい、もちろんです」


「ミーシャはいい娘ね」


「ダン、悪いけど、夕食後にアーノルドの執務室に来てくれる?今後の事を話し合いたいの。それと今日は外に出ずにゲイルと部屋で居てくれるかしら」


「かしこまりやした」



今日はダンとの剣の稽古は無しか。

朝稽古を見て試したいことあったのになぁ。


そして部屋に戻るとダンが聞いてきた。


「ぼっちゃん、何があったんだ?」


「いやぁ、母さんに治癒魔法やってみろって言われたから、女の子の擦り傷治したんだよ」


「治癒魔法使えるのか?」


「見よう見まねだけどね」


「見よう見まねで治癒魔法を・・・」


「それはまだいいとして、呪文唱えなかったのがまずかったらしい」


「え?無詠唱で魔法を??」


「ぼっちゃまはヒールって言うだけで、私の怪我も治してくれました」


ほんとはヒールも言わなくてもいいんだけどな


「そ、それは確かに大事になるな・・・」


「みたいだね。でも呪文って絶対必要なのか?」


「そりゃ、そうだぞ。呪文無しで魔法使ってるやつ見たことないぞ」


見たことないね・・・、ふ~ん


「ミーシャ火魔法使えたよね」


「はい、小さなやつですけど」


「お、お前、魔法使えるのか?」


「ホントに小さな火だけですよ。竈に火を点けるだけの」


「ミーシャ、ちょっとやってみて」


「ここでですか?」


こくっとうなずくと、ミーシャがむむむっと唸りだした。


ポッ


指先にライターほどの火が出てすぐに消える。


「はい、これくらいしか出来ません」


ミーシャがそういうとダンがポカンとした顔で口を開いた


「ミ、ミーシャ、お前呪文は?」


「呪文ってなんですか?」


・・・・・・・・


「な、ミーシャも呪文無しで魔法使えただろ。別に呪文なくてもおかしくないんだよ」


「こ、これは・・・・、今までの常識を・・・」


「ミーシャ、お前どうやって火魔法が使えるようになったかダンに教えてやれ」


「えっと、竈になかなか火が点かなくて、早く火が点けって思ってたら出来ました」


「そんな簡単に魔法が・・・」


「と言うわけで呪文は必ずしも必要では無いってことだ」


「し、しかし・・・、いや、ぼっちゃんの言う事が正しければ・・・ ぼっちゃんが普通に話せることは旦那様と奥様はまだ知らないんだよな?」


「あぁ、まだ内緒にしているぞ」


「いつまで内緒にしておくつもりだ?」


「3歳過ぎたら普通に話そうかと思ってる」


「そっか、あと1年近くこのままか・・・」


「なんで?」


「いや、ぼっちゃんが普通に話せることを内緒にしておくなら、この事は旦那様達に説明が出来ん。魔法が使えない俺が魔法のこと説明するのはおかしいだろ?」


「そうだね」


「そうすると無詠唱で魔法が使える原因がわからんだろ? 原因がわからんと何が起こるかわからんから外に出して貰えなくなって身動きが取れなくなるぞ」


え、また軟禁生活に戻るの?それは勘弁だ。


「それは避けたいな」


「だろ?ぼっちゃん、どっちか選んでくれ、3歳まで部屋で大人しくしているか、普通に話せることをばらして自由を勝ち取るか」


・・・・


「普通にしゃべったら父さん、母さん気持ち悪がらないかな?」


「今日の夜に旦那様と奥様と3人で今後の事について話し合うことになっている。そこで上手く伝えておくから安心しろ」


「分かった。ダンに任せるよ。宜しく頼む」


「任された!」


グッと親指を立てて笑うダンが輝いて見えた。


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