第25話 あ、出来た

コンコン


誰か来たみたいだ。


「はーい」


ドアを開けてくれるミーシャ


「あら、ダンさんどうしたんですか?」


ドアを閉めてドカッと床に座るダン


「ちょっと報告があってな。ぼっちゃん、俺も今日からぼっちゃん付きになったぞ」


「そうなの?なんで?」


「明日から旦那様とジョン、ベントの朝稽古にぼっちゃんも参加するようにだと。その後は俺と剣の稽古だ」


「剣の稽古? 俺、まだ2歳だぞ」


「それはそうだが、まだそんな本格的な稽古じゃないぞ。しばらくは人の稽古を見るだけだ」


「見てどうするんですか?」


不思議そうな顔をするミーシャ


「上手い人の稽古を見るだけでも勉強になるんだよ。ぼっちゃんも散歩だけだと退屈だろ?」


「そっか、朝稽古なんてしてたんだね。面白そうだしいいよ。ダンも教えてくれるんだろ?」


「あぁ、任せとけ。今日中にぼっちゃん用の木剣作っとくから」


「では明日から早めに来ますね」


ミーシャは毎朝、朝食の時間に合わせて来てくれているのだ。


「ダン、朝稽古は何時からだ?」


「1の鐘がなったころから朝飯までた」


夜明けと共に開始か。早いな。


「ミーシャ、朝早くなってごめんな」


「起きる時間は変わりませんから大丈夫ですよ」


「じゃあ頼むね」


「はい、分かりました」


「おっとそれから、あの剣が魔剣ってことは内緒にしておいたほうがいい」


「なんで?」


「なんとなくだ」


熊の野生の勘ってやつか。


「分かった。というよりダンに預けたままになるだろうし、兄弟でもほとんど話すこともないしな」


「そりゃそうだな。ま、念の為だ。じゃあそろそろ仕事の引き継ぎでもしてくるか。と言っても誰でも出来る仕事なんだけどな」


ダンはそう言いながらカッカッカと笑って出ていった。



ー翌朝ー


「さ、ぼっちゃま行きますよ」


夜明け前にミーシャに連れられて稽古をしている場所まで連れて行ってもらう。


「ゲイル? お前何しに来たっ?父さん、なぜゲイルが稽古場に来ているのですかっ?」


なんかベント怒ってるな。眠たくてイライラしてんのか?


「あぁ、ちょっと早いが稽古を見せておこうと思ってな」


「自分は剣の稽古を始めたのは5歳になってからだったのに。なんでゲイルだけ・・・」


「うるさいぞベント」


ぐちぐち言うベントを一喝するジョン


「だって兄さん・・・」


「ゲイルが2歳で稽古を見に来た事と、

お前が5歳になってから稽古を始めたことになんの関係があるのだ?」


正論を突き付けるジョン


「それにお前が下らん事をぐちぐち言ってる間に父上との貴重な稽古の時間が減る。文句があるなら帰れ」


おぉ、ジョン容赦無いな。


ぎりっと下唇を噛みながらこちらを睨みつけるベント。なんだよ?俺が来たいと言ったわけじゃないぞ。


「父上、お願いします」


そんなベントを無視して稽古を始めるジョン。それを見て、しぶしぶとベントも稽古を始めた。


素振りで身体を温めたあと、兄弟二人で打ち合いだ。多少のケガはアイナが治してくれるので思ったより手加減なしで打ち込んでいる。


打ち合いの合間合間にアーノルドからのアドバイスが飛ぶ。


初めて剣の稽古を見るが素人目にも圧倒的にジョンが強いな。1歳年上というだけではなく、強さの質が違う。


「それまで!」


アーノルドが打ち合いを止めた。どうやら良いのが何本か入ったら終了のようだ。


「くそっ、また1本も取れなかった」


「当たり前だ。すぐに人や他のことに気を取られているような奴に1本も取られるか。ひがんだり羨んだりする前に己を鍛えよ」


ぐっ・・・・


顔を真っ赤にするベント


しかし、ジョンは知力が足りない割りに大人顔負けにしっかりしているな。さすが長男。


「ジョン、それぐらいにしておけ。さ、二人同時で構わんから打ち込んで来い」


タァーッ トゥーッ!!!


二人でアーノルドに打ち込み始めるが、まったく当たる気配がない。


「お前ら、いつも言ってるが単純に力任せに剣を振るな」


バシッ


ジョンが剣を振り下ろしたところにアーノルドの剣が入る。


「力任せに振っていると攻撃した後を魔物に狙われるんだ」


バシッ


「ベント、目をつぶるな。怯えて目をつぶった奴から死ぬぞ」


「は、はい」


アーノルドが構えるとなんとも言えん威圧感がある。いつもより大きく見えるもんな。目も瞑りたくなる気持ちはよくわかる。


しかし、ベントも良くやってると思う。9歳であれだけ出来てたらたいしたもんだ。ちょっと比べる相手が悪いだけで。



「これまで」


「ありがとうございました」


今日の稽古は終わったようだ。


「さ、身体を拭いてから飯にしよう」


アーノルドは軽く汗をかいてるだけだが、子供二人は汗びっちょりだ。


朝食の時にこいつら汗臭いなと思ってたが、稽古のせいだったのか。まぁ、この世界は毎日風呂に入らず身体を拭くだけがほとんどみたいだし、臭くても問題ないのだろう。俺は嫌だけどね。


「ゲイル、初めて見る稽古はどうだった?」


「しゅごかった」


「そうか。お前も剣が振れるようになったら稽古してやるからな」


「あい」


ジョンはさっさと食堂へ向かったが、ベントはまだ苦虫を噛み潰したような顔している。


ちょっと声掛けてやるか


「ベントしゅごかった」


「うるさいっ!」


あ、走って行きやがった。なんだよ?せっかく褒めてやったのに。反抗期か?


「さ、ゲイルも一緒に食堂へ行こう。それとな、ああいう時はそっとしておいた方がいいぞ」


そっか2歳児に凄いと言われてもプライドが傷つくか。ずいぶんとデリケートなプライドだな。



なんとなく気まずい雰囲気の朝食を終え学校へと向かおうとする二人。ミーシャも俺を部屋に連れて行こうとした時アイナが話しかけてくる


「あ、ミーシャ待って。ゲイルはこのまま治療院に連れて行くわ」


(治療院!? なんでゲイルが治療院に?)


アイナの声が聞こえたのかベントが訝しげな顔をしながら出て行った。


「奥様、ぼっちゃんには剣の稽古をと旦那様に言われておりましたが」


ダンも食堂に迎えに来てくれてたのか。


「ダン、剣の稽古はお昼からでお願い出来るかしら?午前中は治療院の仕事をゲイルに見せておきたいの」


「わかりやした奥様」


「昼食後は稽古したり色々なものをゲイルに見せてあげて欲しいの」


「へい」


「じゃあ、行ってくるわね。ゲイル、たまにはママが抱っこしてあげるわ」


アイナにひょいっと抱かれた。なんか照れるな。



アイナに連れられて治療院に移動してきた。入っちゃいけないと言われてた部屋だ。


小さなベッドや椅子とか置かれていて、すでに怪我をしている人の治療が始まっているようだ。


治療院で働いてる人が何人かいる。みんな初めて見る人達だな。


その中でも3人がピンク色の髪の毛だ。アイナほどショッキングピンクではないが・・・


これは憧れのあの人みたいになりたいってやつか?怪我人がいなかったらコスプレ喫茶と間違いそうな雰囲気だな・・・



椅子に座っている怪我人にピンク色の髪をした従業員が治癒魔法を掛けていく。


なにやら呪文のようなものをぶつぶつと唱えたあとに「ヒール」と唱えるとなんとなくピンク色した光に傷口が包まれてすーっと怪我が治っていく。


「はい、終わりましたよ」


「た、助かりました。腕を怪我して畑が耕せなくて困ってたんです。これ、少ないですが治療費を・・・」


「余裕のあるときでいいですよ。頑張って畑耕して下さいね」


「ありがとうございます。ありがとうございます」


何度もお礼を言いながら農民であろう老人が出て行った。


あれ?お金取らなかったよね?いいの?


そんな事を思っていると、なにやら外から騒がしい声が聞こえてきた


「こっちだ!早くしろ!急げ!!」

「ニックしっかりしろ、もう少しだがんばれ死ぬなっ!!」

「ニック!ニック!がんばれニック!!!!」


大声で叫びながらやってきた男達に血塗れの男が板に乗せられて運び込まれた


「魔物にやられた!たっ頼むニックを助けてくれっ!」


「お、お奥様、この怪我は私達では無理です」


「わかってるわ。こちらへ運んで」


血塗れの男を板ごとベッドに乗せる男達


「た、頼むっ、金ならいくらでも払う。ニックを助けてくれ!!」


「その言葉忘れないでね」


ぶつぶつと呪文を唱え始めるアイナ。


「ヒーーッルッ」


両手を前に出し、血塗れの男に向かって魔力を込める。そうするとピンクの光に包まれ始め、傷口がシュワシュワと治り始める。


「ちょっと足りないかもしれないわね、魔力ポーション持ってきて」


治療途中でクイッと魔力ポーションを飲み魔力を込め続け、それがしばらく続き、光が収まり始めると、血塗れの男がすぅすぅと寝息をたて始めた。


「た、助かった・・・のか?」


「もう大丈夫よ。治癒魔法で怪我は治ってるけど、失った血は戻らないからしばらく安静が必要ね」


ニックと呼ばれる男を運んで来た4人の男達がペタんと床に腰をつける


「は、は、は助かったってよ」

「ほ、ほんとかよ」

「まさか本当に助かるとは」

「もうニックが死んでるんじゃないかと・・・グスッグスッ・・・」


「せ、聖女様だ・・・」

「本当に聖女様だ!!!」

「あの怪我を治せるなんて」

「うわっー聖女様ありがとうございますっ!!!!」


一斉に叫び出す4人。


「もう、助かったんだから落ち着きなさい。それよりさっき言った事忘れてないでしょうね?」


「さっき言った・・・事?」


「お金はいくらでも出すって言ったの忘れてないでしょうね?」


「は、はひ・・・」


「金貨5枚よ」


「き、きんか・・・・ご、ご、ご」

声にならない声を出しながら顔を見つめあう4人。


「あなた達冒険者でしょ?これくらい持ってるわよね。その防具をみたらそこそこのレベルなのは分かってるから払えないって嘘ついてもダメよ」


「はひ、オシハライシマス・・・」


予想以上の値段だったのだろう。意気消沈する4人。


「これに懲りたら危険な冒険に行く前に上級ポーションを人数分買っておきなさい。命には代えられないでしょ!」


「そうします・・・」


「分かったらギルドに預けてあるお金を下ろして払いに来なさい。それまでこの怪我人預かっておくから」


そう言われてすごすごと4人が出て行った。



「奥様、金貨5枚はちょっと高くないですか?」


従業員の一人が聞いてきた。


「いいのいいの。こうしないと又ポーション買わずに怪我してここに来るわよ。今回は間に合ったからまだいいけど、次も間に合うとは限らないからね」


「そ、そうですね」


「金持ってる癖にポーションをケチって死にかける馬鹿からは持ってるだけ取ってやればいいのよ」


そう言いながらくっくっくと嗤うアイナ。聖女様というより金の亡者様に見える


金の無い人はある時払い、金のある人からはガッツリ貰うスタイルか。

顔がツギハギの無免許医者みたいだな。


「ゲイル、驚いた?ここは怪我した人を魔法で治すところなのよ」


「ママ、せいじょ」


「まぁ、ありがと」


「奥様、お子様おいくつですか?」


「2歳よ」


「もう話せるなんてすっごいですね!?」


「えぇ、最初は私達も驚いたけど、もう慣れたわ」


「慣れた・・・、あ、それで今日はどうしてお子様連れて来られたんですか?」


「この子に治療魔法使ってるところを見せようと思ってね。そのうち治療魔法使えるようになるかもしれないわよ」


「2歳の子供が治癒魔法・・・ですか?」


「やぁ、ねぇ。そのうちよ、そ・の・う・ち」


「あ、そうですね。そのうちですね、そのうち。ハハハ」


なんか乾いた笑い声を聞いている内に昼食の時間になった。



食堂に行くと兄二人も帰って来たようだ。


ムグムグと代わり映えしないランチを食ってるとベントがアイナに話しかけた。


「母さん、今日ゲイルは治療院に行ったのですか?」


「あら、ベント、朝の話を聞いてたの?」


「出かける前にちょっと聞こえて。ゲイルが怪我でもしてるのかと・・・」


「あら、ゲイルの心配してくれてるの?優しいわね。さすがお兄ちゃんだわ。でも違うから安心して。治療魔法使うところを見せただけだから」


「ゲイルに治癒魔法を・・・」


「そう。あなた達も怪我した時に治癒魔法かけてあげてるでしょ。それと一緒よ」


「そ、そうですか・・・」


ベントは俺が何しているのかめっちゃ気になるみたいだな。ジョンにも人の事を気にする前に自分を鍛えろと言われてたくせに。


なんとなく不服げなベントをサラが迎えに来た。


「さ、ベント様、勉強の時間です」


そして、そのまま無言で連れ去られて言った。


「ぼっちゃま、一度お部屋に戻りましょう」


こっちはミーシャが迎えに来てくれたので、部屋に戻った時にさっき気付いたことを尋ねてみることに。


「ミーシャ、指どうしたの?」


指に布が巻かれている。


「へへ、ちょっと失敗しちゃいました」


じゃがいもの皮ムキを手伝っている時に指を切ったらしい。


「ちょっと見せて」


「あ、血が付いちゃいます・・・」


と、指を隠そうとするが布をほどいて見てみる。


おう、けっこうざっくりいってるじゃないか・・・


「母さんに治してもらえばいいのに」


「いえ、こんな程度でお忙しい奥様にご迷惑をお掛けるわけには」


防水の絆創膏とかないこの世界だ。水仕事とかしたらしみるだろう。ちょっと試してみるか。


「ミーシャ、ちょっと試してみていいか?」


「何をですか?」


「ヒーーッル!」


シュワシュワ~


ミーシャの指の傷口がピンク色に包まれていく。


「わっ、治ってます!!!」


あ、出来たわ・・・


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