第11話「沐浴」

*栗トン、めくり札めくって、

▲11「沐浴」


春ドン 日暮れが近づいていました。しかし、あの方は、依然、

   「諸君、このことだけは考えておこう」

    といい、体を休ませようとはしませんでした。


祖クラ タマシーが不死であるならば、私たちが[生]と呼んでいるこの時間のた

   めばかりではなく、その後のために、タマシーの世話をしなければならない。

   私たちが肉体の世話に気を奪われて、タマシーをないがしろにするならば、

   蝉アン、恐るべき危険が待ちうけていることになると思わないか。

蝉アン 祖クラ、まったくです、そう思います。

祖クラ 死がすべてのものからの解放であるなら、悪人たちには儲けものじゃない

   か。


           *ABCDWの〈一斉バラバラ〉読み。

           Aは①から読む。

           Bは②から読む。

           Cは③から読む。

           Dは④から読む。

           Wは⑤から読む。

           表記はABDCWの順にしておくが、およそ(オヨソで可)

           一斉に読みはじめる。速度は各自任意。


A・・①死がすべてのものからの解放であるなら、悪人たちには儲けものじゃない

   か。

   ②死ねば肉体から解放されると同時に、タマシーもろともにおのれの悪から

   も解放されるのだからね。

   ③しかし、タマシーが不死であることが明らかな以上、できるだけ善なる人

   間になる以外に、悪から遁れることはできないし、自分自身の救済もありえ

   ないのだ。

   ④タマシーがハデス=冥界におもむくにあたって、たずさえてゆくものは、

   教養と自分で養った性格だけである。これらのものが死者を有益にしたり、

   有害にしたりすると謂い伝えられている。

   ⑤人が死ぬと、デイモンと呼ばれる神が、ある場所へ連れてゆくのだが、端

   正で善なるタマシーは何ともなく進むことができる。だが、肉体に執着する

   タマシーは痛い目に遭うらしい。


B・・②死ねば肉体から解放されると同時に、タマシーもろともにおのれの悪から

   も解放されるのだからね。

   ③しかし、タマシーが不死であることが明らかな以上、できるだけ善なる人

   間になる以外に、悪から遁れることはできないし、自分自身の救済もありえ

   ないのだ。

   ④タマシーがハデス=冥界におもむくにあたって、たずさえてゆくものは、

   教養と自分で養った性格だけである。これらのものが死者を有益にしたり、

   有害にしたりすると謂い伝えられている。

   ⑤人が死ぬと、デイモンと呼ばれる神が、ある場所へ連れてゆくのだが、端

   正で善なるタマシーは何ともなく進むことができる。だが、肉体に執着する

   タマシーは痛い目に遭うらしい。

   ①死がすべてのものからの解放であるなら、悪人たちには儲けものじゃない

   か。


C・・③しかし、タマシーが不死であることが明らかな以上、できるだけ善なる人

   間になる以外に、悪から遁れることはできないし、自分自身の救済もありえ

   ないのだ。

   ④タマシーがハデス=冥界におもむくにあたって、たずさえてゆくものは、

   教養と自分で養った性格だけである。これらのものが死者を有益にしたり、

   有害にしたりすると謂い伝えられている。

   ⑤人が死ぬと、デイモンと呼ばれる神が、ある場所へ連れてゆくのだが、端

   正で善なるタマシーは何ともなく進むことができる。だが、肉体に執着する

   タマシーは痛い目に遭うらしい。

   ①死がすべてのものからの解放であるなら、悪人たちには儲けものじゃない

   か。

   ②死ねば肉体から解放されると同時に、タマシーもろともにおのれの悪から

   も解放されるのだからね。


D・・④タマシーがハデス=冥界におもむくにあたって、たずさえてゆくものは、

   教養と自分で養った性格だけである。これらのものが死者を有益にしたり、

   有害にしたりすると謂い伝えられている。

   ⑤人が死ぬと、デイモンと呼ばれる神が、ある場所へ連れてゆくのだが、端

   正で善なるタマシーは何ともなく進むことができる。だが、肉体に執着する

   タマシーは痛い目に遭うらしい。

   ①死がすべてのものからの解放であるなら、悪人たちには儲けものじゃない

   か。

   ②死ねば肉体から解放されると同時に、タマシーもろともにおのれの悪から

   も解放されるのだからね。

   ③しかし、タマシーが不死であることが明らかな以上、できるだけ善なる人

   間になる以外に、悪から遁れることはできないし、自分自身の救済もありえ

   ないのだ。


W・・⑤人が死ぬと、デイモンと呼ばれる神が、ある場所へ連れてゆくのだが、端

   正で善なるタマシーは何ともなく進むことができる。だが、肉体に執着する

   タマシーは痛い目に遭うらしい。

   ①死がすべてのものからの解放であるなら、悪人たちには儲けものじゃない

   か。

   ②死ねば肉体から解放されると同時に、タマシーもろともにおのれの悪から

   も解放されるのだからね。

   ③しかし、タマシーが不死であることが明らかな以上、できるだけ善なる人

   間になる以外に、悪から遁れることはできないし、自分自身の救済もありえ

   ないのだ。

   ④タマシーがハデス=冥界におもむくにあたって、たずさえてゆくものは、

   教養と自分で養った性格だけである。これらのものが死者を有益にしたり、

   有害にしたりすると謂い伝えられている。


祖クラ こういうわけだから、蝉アンに加マル、すべてのわが友よ、私たちはおの

   れのタマシーについて安心できよう。私たちは肉体にかかわるさまざまな快

   楽や装飾品に、係わり合ってこなかったからネ。

    諸君もいずれハデスへ旅立つことになる。私はといえば、いまのいま、運

   命が呼んでいる。――さあ、沐浴(もくよく)に行ってこよう。沐浴後、毒薬を

   飲まなくちゃーね。女たちに死体をあらう面倒をかけては申し訳ない。


春ドン 祖クラが語りおえると、祖クラと幼ななじみの栗トンがいいました。


栗トン 祖クラ、私たちに何か言い付けておくことはないかい。お子さんのことと

   か何か。できるだけ気にいるようにするよ。

祖クラ 栗トン、いつもいっていることだけだ。君たちは君たち自身に気を配って

   くれればいいさ。いま語り合った議論の足跡を辿るように生きてくれればね。

栗トン ああ、そう努力するよ。ところで祖クラ、君をどんなふうに埋葬しようか。


春ドン 栗トンがそう聞くと、あの方は、「まかせる」と答え、私たちのほうを見

   て微笑し、いいました。


祖クラ 諸君、私は栗トンを説得できなかったようだ。栗トンは、まもなく見るこ

   とになる屍体としての肉体を私だと思っている。だから、君をどのように埋

   葬しようかなどとたずねるのだ。私が今日いちにち、長々と話してきたこと、

   つまり毒を飲めば、私のタマシーはここにはとどまらず、福徳なるもののも

   とへゆく。この話は栗トンには無駄だったらしい。

    だから、諸君、幼ななじみの栗トンに保証してやってくれたまえ。私の肉

   体は死んでも、タマシーは安全にここを立ち去ってゆくのだ、と。そう保証

   してくれれば、私の体が焼かれたり、土の中に埋められたりするのを見ても、

   栗トンは嘆いたりはしないと思う。

    ――栗トン、君に会えてよかったよ、君を大事にすることは、私自身を幸

   福にすることだった。私の幸福は君のおかげだ。


           *ABCDがバラバラに(一寸ずつタイミングをずらして)

           謡うがごとく。どこかの部分を繰り返してもよい。


バラバラABCD

    ――栗トン、君に会えてよかったよ、君を大事にすることは、私自身を幸

   福にすることだった。私の幸福は君のおかげだ。


春ドン そういって、あの方は沐浴に行きました。栗トンは私たちに待っているよ

   うにいい、あとを追いました。残された私たちは、とつぜん孤児になったよ

   うな心境になりました。

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