第7話「白鳥が唄うとき」

*栗トン、めくり札めくって、

▲7「白鳥が唄うとき」


春ドン それで祖クラは、こんなふうにいいました。

祖クラ 存在するものに二つの種類を立てることから、その話に移行してよいだろ

   うか。

春ドン こう、加マルに諒解を求めました。加マルに異論はありませんでした。


祖クラ では加マル、

ABW では加マルヨ、

祖クラ それにはこんな話から始めよう。

ABW それにはこんな話から始めようデハナイカ。

祖クラ 一方に目に見えるものがある。

ABW 一方に目に見えるものがあるンダ。

祖クラ 他方に見えないものがある。

ABW 他方に見えないものがあるンダヨ。

祖クラ この2種類がある。

ABW この2種類があるヨ。

祖クラ 一方の見えるものは、決して同一の在り方を保たず、

ABW 一方の見えるものは、決して同一の在り方を保たずサ、

祖クラ いろいろなものが合わさってできている、

ABW いろいろなものが合わさってできているンダ、

祖クラ つまり合成的だ。

ABW つまり合成的だッテコト。

祖クラ 他方の見えないものは、

ABW 他方の見えないものはネ、

祖クラ 常に同一の在り方を保ち、純粋なものだけでできている、

ABW 常に同一の在り方を保ち、純粋なものだけでできているンダヨ、

祖クラ つまり非合成的だ。

ABW つまり非合成的だッテコトダ。


祖クラ ここまではよいかナ。

加マル よいでしょう、祖クラ、進めて下さい。

祖クラ では、肉体は、見えるもの、見えないもの、どちらに親縁性があるだろう。

加マル 親縁性とは、どちらに属するか、どちらに近いかということですね。それ

   なら、肉体は目に見える物のほうに親縁性があります。

BD・ 肉体は目に見える物のほうに親縁性があります。

祖クラ タマシーはどうかね。

加マル タマシーは目に見えないほうに親縁性があります。

BW・ タマシーは目に見えないほうに親縁性があります。


祖クラ 私たちは、こんなことをいったのを覚えているだろうか。

    ――タマシーが肉体と協同して何かを考察しようとすれば、タマシーは肉

   体によってあざむかれてしまう。

    ――肉体は、愛欲・妄想・恐怖などで私たちを満たし、真実を求める思考を

   さまたげる、とネ。

    それは、タマシーが視覚なり聴覚なり、肉体の助けを借りるとき、タマシ

   ーは、同じ在り方を保たない肉体のほうへ引きずりこまれて混乱するという

   話をした。改めて訊くが、このことはどう考えるだろう。

加マル 覚えています。そしてここで改めて考えても、タマシーは混乱すると思い

   ます。純粋な物が猥雑な物にふれるのですから。

祖クラ だが、タマシーがタマシーだけで考察するときは、タマシーは純粋で、永

   遠で不死で、常に同一の在り方を保つもののほうへおもむく。タマシーのこ

   の状態こそがフロネシス=真の智恵なのだ。どうだろう。

加マル それは美しい真実です。同意します。タマシーは、常に同じように存在す

   るもののほうに親縁性があるのですから。


栗トン 注釈「フロネシス」について。フロネシスはギリシャ語。自らの意思や行

   為をどの方向へ向け、どのように生きてゆくかについての実践的な智恵。こ

   こでは真の智恵と解釈。


祖クラ 次に、いままでのダイアローグから、次のことがいえるか否か考えてくれ

   ないか。一方には、神的であり、

BC・ 一方には、神的であり、


          *次の部分、ここから2行目、4行目、6行目、8行目の復

          唱部分は、謡うように、諧謔的であるように。


祖クラ 不死であり、

DW・ 不死であり、


祖クラ 知的であり、

BC・ 知的であり、


祖クラ 同一の在り方を保ち、

DW・ 同一の在り方を保ち、


祖クラ 分解されないもの、

BC・ 分解されないもの、


祖クラ この種のものに、タマシーは最も似ているという考えが一つ。他方に、神

   的ではなく人間的で、

DW・ 他方に、神的ではなく人間的で、


祖クラ 不死ではなく死に至り、

BC・ 不死ではなく死に至り、


祖クラ 知的ではなく無知で、

DW・ 知的ではなく無知で、


祖クラ 同一の在り方を保たず多様な形をとり、

BC・ 同一の在り方を保たず多様な形をとり、


祖クラ 分解されないのではなく分解されるもの、

DW・ 分解されないのではなく分解されるもの、


祖クラ この種のものに、肉体は最も似ているというのが一つ。この分類はどこか

   欠陥があるだろうか。

加マル 欠陥などありません。


祖クラ では、肉体については解体することがふさわしく、タマシーについては解

   体されないことがふさわしいといっていいかい。


ユニゾンBCDW

 肉体については解体することがふさわしく、タマシーについては解体されないことがふさわしいと、ホントにいえるというんだね。私に遠慮してないという自信があるのだね。


加マル 勿論です。肉体については解体することがふさわしく、タマシーについて

   は解体されないことがふさわしいと考えます。そう考えるのに遠慮など致しま

   せん。

春ドン そのあと、沈黙がほほえみました。祖クラはおだやかで幸せそうでした。

   蝉アンと加マルの二人は、何か小声で話していました。その二人に、あの方

   は問いかけました。

祖クラ 君たちには、まだ不満足な点がありそうだ。尻ごみしてはいけない。君た

   ち自身のことばで語ってくれ。

蝉アン ハイ、わたくし蝉アンが誠実に申します。私たちは、それぞれに疑問を感

   じていて、あなたに質問するよう、互いにつつき合っていました。というの

   は、こんな不幸のさなか、この質問は不謹慎だろうと思って。

祖クラ おやおや蝉アンに加マル、いま、遠慮など致しませんといったばかりだっ

   たがナ。私は、この運命を不幸と見なしていないといったような気がするの

   だが、私はボケてきたのだろうか。ナーンだ、私は君たちさえ説得できずに

   いたのか。

蝉アン/加マル い、いえ、そんな。

祖クラ ハハハ(軽い笑い)、いやいや、これは諧謔だ。責めているわけじゃない。

   といっても、責めているように受けとられることがあると察しない私はやは

   りボケている。

伽マル もう、からかわないで下さい祖クラ。

祖クラ 分かった分かった。改めて平らかに戻ろう、平らかになろう。

蝉アン 祖クラ、あなたは私たちを充分に説得されました。しかし、私たちのレベ

   ルがいまだ間に合わないのです。

祖クラ そんなふうにいわないことサ。いっちゃーならないヨ。君たちは立派な哲

   学者だ。君たちは、私の予言能力が、かの白鳥より劣っていることを気づか

   せてくれたのだ。


加マル 白鳥の予言というのはどういうことですか。

祖クラ 白鳥は死ぬことに気づくと美しい声で唄う。白鳥はアポロンの召使いだか

   ら、その御許(おんもと)へおもむけることがうれしくて唄うのだ。ところ

   が、人間たちは自分たちが死を恐れているものだから、白鳥も嘆きの歌をうた

   っているのだという。

    考えてみれば分かることだ。どんな鳥も、飢えたり、凍えたり、苦痛にあ

   えいでいるときに、歌なんか唄えやしない。悦びの中にいるから唄うんだ。

   この祖クラ自身も、白鳥のようにアポロンの僕(しもべ)だから、よろこんでこ

   の世に別れを告げるのだヨ。

    そういう訳だから、蝉アンに加マル、何であれ、思うところを語り、思う

   ところを聞いてくれたまえ。11人の刑務委員が許すあいだはね。


          *以下の部分、ちょっとした歌謡のごとく。

          ゆったりゆるるかが望ましい。

          ハッキリした歌にならなくてよい。

          思いつきの節をつければ可。

          でたらめっぷりがよい。

          フシをつければタマシーの不死になる?


A・・ 白鳥は、飢えたり、

B・・ 白鳥は、凍えたり、

C・・ 白鳥は、苦痛にあえいでいるときに、

D・・ 白鳥は、唄いませんか。

W・・ 唄いませんか、白鳥は。

祖クラ 白鳥は、しもべ。アポロンのしもべ。

――――――――――――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る