第6話「生きると死ぬ」

*栗トン、めくり札めくって、

▲6「生きると死ぬ」


祖クラ 加マル、それにはこんな話をしよう。

A・・ 生と死は反対の関係にある。

B・・ 美しいと醜いも、正と不正も反対だ。

D・・ では、何かが大きくなるというのは、以前に小さな状態にあって、そこか

   ら大きくなる、ということで、

W・・ ということで、問題ないだろうか。

祖クラ どうかね、加マル。

加マル 問題ありません、祖クラ。

祖クラ では、小さくなるというのは、それより大きな状態から小さくなるという

   のは。

加マル 同じく、問題ありません。

祖クラ 何かが悪くなるならば、それは良い状態からであり、正しくなるならば、

   不正な状態からなる、でよいだろうか。

加マル 反対する理由がありません。

祖クラ ならば、すべてのものは反対のものから生成されるということが納得でき

   る。では、生きていることの反対を、加マル、教えてくれないか。

加マル 生きているの反対は、死んでいるです。

祖クラ であれば、生から生ずるものは何だろう。

加マル 死です。

祖クラ 反対からも眺めてみよう。死から生ずるものは。

加マル 生=生きているもの、ということになります。

祖クラ ほほう加マル、君は、死んでいる者たちから、生きている人間たちが生ま

   れるというのかね。

加マル 誠実なことば=ロゴスからいえば、そういうことになります。ほかにいえ

   ることがあるとは思われません。

祖クラ そうか。では、この議論は一段落させていいね。

加マル いいです、そう致しましょう。


春ドン 加マルとのダイアローグが一段落すると、蝉アンが「思い出す」というこ

   とについて質問しました。


蝉アン 祖クラ、あなたがよく話していらした――学習は想起である=思い出すこ

   とであるという、あの理論について話して下さい。

祖クラ 蝉アン、私はそのことついては、こんなふうに考えるんだ。誰かが、何か

   を思い出すのは、そのことを以前から知っていたのでなければならない。こ

   のことに同意できるだろうか。

蝉アン 同意します。

祖クラ 知識についても想起である、と同意できるだろうか。竪琴を見ると、持ち

   主の少年を思い出す、蝉アンを見て加マルを思い出す、これらは想起といっ

   てよいと考えるが、どうだろうか。

蝉アン はい、想起といってよいと思います。

祖クラ すると、想起は、ある場合には似ているものから生じ、ある場合には、似

   ていないものからも生ずる、ということだ。卵からニワトリを想起するのは

   その二つが近い関係にあるからだが、サソリから星座を想起するのはその二

   つが必ずしも近い関係にあるからというわけじゃない。この譬えはまちがっ

   ているだろうか。

蝉アン まちがっているとは思いません。お説のとおりです。


祖クラ 次が肝心だ蝉アン。私たちは生まれるとすぐに、見たり聞いたりして、う

   れしいと思ったり、怖いと思ったり、いろいろな感覚を働かせる。それはそ

   のことに関する知識が感覚をうごかすからだ。ということは、生まれる以前

   にその知識を得ていたのでなければならない。

蝉アン まァ、マ……、そういうことになるでしょう。

祖クラ あまり納得していないようだね。その知識だが、生まれる以前に知識を獲

   得しながら、生まれるや否やそれを忘却し、あとになってふたたび把握する

   のだとしたら、私たちが学習と呼んでいるのは想起にほかならない、思い出

   しにほかならないという言い方が可能ではないだろうか。どうだろうか。

蝉アン ええ、可能です。問題ありません。

祖クラ 私は君に抑圧的ではないかい。可能とか問題ありませんとかいうそこに強

   制を感じながら答えていないとよいのだが。

蝉アン 強制を感じません。むしろ心地よい筋道を感じます。

祖クラ それならよいが、もうすぐ死ぬ人間である私に対して、同情と甘い香りを

   以って答えておこうなんて、そんなふうには思っていないだろうか。

蝉アン そんな感情を持ったとしたら、それはロゴスに対する冒涜です。死を前に

   して、こうして哲学する師匠の心意気につまらぬ遠慮は致しません。

祖クラ ロゴスに対する冒涜か、強いことばだ。君の志の高さが伝わってくる。―

   ―で、加マル、竪琴を見ると持ち主の少年を思い出す、蝉アンを見て加マル

   を思い出す、この学習想起説について、どう思うだろう。それに伴って、生

   まれる以前に知識を獲得しながら、生まれるや否やそれを忘却し、あとにな

   ってふたたび把握するのだとしたら、私たちが学習と呼んでいるのは想起に

   ほかならない、思い出しにほかならないという言い方が可能ではないか、と

   いう考え方はどうだろう。


春ドン 祖クラが加マルにそう問いかけました。しかし、加マルはそれには直接答

   えませんでした。

加マル わたくしは、またタマシーの議論に戻りたいのですが。

春ドン 加マルはそういいました。祖クラは諒解しました。加マルはつづけます。


加マル タマシーが、人間が生まれる前から存在していたことは認められても、

D・・ タマシーが、人間が生まれる前から存在していたことは認められてもです

   ヨ、

B・・ 死んだあとも存在しつづけるということについては、

W・・ 死んだあとも存在しつづけるということについてはですヨ、いまだよく分か

   らないのです。

加マル そのことについて話してくれませんか。

祖クラ 加マルと蝉アンよ、それはもう証明されてしまっているのではなかったか

   ね。君たちが学習想起説による証明と、生きている人は死者から生まれると

   いう、さっき私たちが同意した証明とを結びつけるつもりになればネ。なら

   ば、タマシーが死後にも存在するのは必然ではないか。

加マル ですが祖クラ、よろしければ、以前に私たちが話を中断したところ、――

   人が死ぬと同時に、タマシーはちりぢりになり、それがタマシーの終焉では

   ないかと多くの人々が持っている怖れ――そこへ、もう一度戻って解き明か

   してくれませんか。

ユニゾンABDW

 人が死ぬと同時に、タマシーはちりぢりになり、それがタマシーの終焉ではないかと多くの人々が持っている怖れ――そこへ、もう一度戻って解き明かしてくれませんか。

祖クラ ああ、喜んでそうしよう。

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