第10話 元勇者、元魔王軍と手を結ぶ

「多分……ここは、魔獣の飼育場所、牧場のようなもの、だったんだと思う」

「え~と~あのオジサン達が~、魔族と一緒に~魔獣を飼ってたってこと~? なんのために~?」

「連中の話から考えると……魔獣から採れる素材を量産して、ムーア商会が売り捌いていたらしい」


 魔獣とは、魔王の尖兵として産み出された強靭な生物だ。

 極めて強力な造物魔法クリエイションによって創り出された肉体は頑強なだけでなく、様々な魔法をあらかじめ刻み込まれている。


 魔獣は世界にとって脅威だったが、一方で武器や魔法道具を生産するための資源にもなった。

 討伐された魔獣の肉体は解体され、貴重な素材として高値で取引された。

 おそらく、魔王が倒れた今も変わらず。


「……金のために~生かしたまま~魔獣の皮を剥いでた、ってこと~?」

「回復魔法で治療して、魔族のテイマーに押さえつけさせて……きっと、何度も」


 僕が頷くと。

 ララ・シェの表情が曇った。


「……流石、短命種ニンゲン~。やることが短絡的~」

「頼むから一括りにしないでくれ」


 その侮蔑は、刺すように鋭い。


「魔族や魔物は敵だけどさ~、こういうやり方は~違うと思うな~」


 異論はなかった。

 例え綺麗事だと言われようと、守るべきものはある。


 ……気づくと、魔族の女がこちらを見ていた。

 不審というより、未知の生物を見るような眼差しで。


「お前達は、あの男達――ムーア商会とかいう組織の人間では、ないんだな」


 僕とララ・シェは顔を見合わせた。


「あはは~皮肉だとしたら~魔族って~意外とユーモアがあるんだね~」

「……ムーア商会は、僕達の敵だ」


 仮に商会が関わっていなかったとしても、やることは同じだったと思うが。


「では、お前達はジェゼン――あのグリフォンをムーア商会から奪い、今度は自分達が搾取するつもりか?」


 僕はきっぱりと頭を振る。


「……なら、なぜ連中を襲った。なぜ私達を殺さない?」


 その時。

 脳裏をよぎったのは、今までに殺した魔族や魔獣の顔と、助けた人々の顔だった。


(あんたの顔と、魔族に襲われる人々の顔が重なったから)


 だが、それを語ったところで何になる。

 代わりに僕は質問を返した。


「……あんた、今、武器を持ってるか?」

「見れば分かるだろう」


 訝しげな魔族。


「じゃあ、僕や仲間を襲うつもりは?」

「それは……お前の、返答次第だが」


 魔族の眉間の皺が深まる。


「つまり、あんたは敵じゃない。でもムーア商会は敵だ。奴らは僕らを捕らえようとしてる」

「……敵の敵は味方、ということか」

「ごめ~ん。その理屈~分かんない~」


 ララ・シェの横槍。


「魔族は~いついかなるときも~敵でしょ~。コイツらが~どれだけニンゲンやエルフを殺したか~キミは誰より知ってるよね~」


 僕は彼女を振り向いて、


「だからって生きながら生皮を剥がされるべきじゃない。君も言ってただろ」

「ま~それは~そうだけど~」


 言葉を続ける。

 彼女達に言ったところで詮無いことだと思いながら、それでも。


「僕に『魔族を滅ぼせ』とけしかけてきた奴らは、今、口を揃えて『僕を殺せ・・・・』と言ってる」


 僕こそが世界を脅かす新たな脅威、敵、悪魔、裏切者だと。


「あいつらの理屈で動くのは、もう嫌だ」


 奴らが魔族を殺せと言うなら。

 本当にそうなのか、僕は疑うことにする。


「僕は……自分で決める。それが多分、自由に生きるってことだから」


 ――ララ・シェがため息をつき。


「要するに~誰を殺して~誰を生かすかは~俺が決める~口を挟むな~ってこと~?」

「そう。つまり、そうだ。ララ・シェは説明が上手い」

「アシェルくんが~下手っぴすぎるんだよ~」


 ララ・シェは呆れたように――けれど、どこか面白がるように目を細めている。


「ごめん。でも……この魔族は――彼女のことは、敵だと思えないんだ」


 彼女は頭を振って、


「そういうの~嫌いじゃないよ~。いかにも短命種ニンゲンって感じ~」

「……ありがとう」


 魔族の女は、まだ納得していない様子だったが、


「私を殺さないというなら……取引するつもりはあるか」

「……何のために?」


 それでも意志を疎通しようとしている。


「ムーア商会は投降した私達を散々いたぶり利用した挙げ句、殺した。連中にも同じ苦しみを味わわせなければ、仲間達の魂が――浮かばれない」

「へ~魂とか復讐とか~。魔族も~そういうこと言うんだね~」


 さも意外そうに、ララ・シェ。

 だが、僕は知っている――戦いの中で、見てきた。


(魔族も、結局は僕らと同じ、生き物だった)


 魔族もまた魔獣と同じく戦のために産み出された生き物だ。

 高い知性と、争いを好む性質を持つ。

 迷うことなく戦い、殺し、死んでいく、生まれついての闘争者。


 だからといって、単なる武器という訳じゃない。

 時には矜持や大義を抱いて僕の前に立ち塞がる者もいた。


 ――ララ・シェの揶揄に対して、魔族の女は気にする素振りも見せなかった。


「この枷を外してくれ。引き換えに、私とジェゼンの力を貸そう」

魔族あんたが、人間僕達に?」


 現実的な提案とは思えない。

 案の定、ララ・シェが言う。


「え~? 見逃すのは~できるけど~協力は~無理じゃない~?」

「何故だ」

「だって~魔族って~人目引きまくるでしょ~」


 確かに、魔族の外見は特徴的だ。

 青い肌に大きな角。


 人間社会では、恐ろしく目立つ。

 人目を避けての逃亡生活では致命的な欠点だ。


「それにさ~ムーア商会に勝った後で~魔族と組んでたってバレたら~ミーリちゃん~白い目で見られない~?」


 かつて世界の敵だった魔族。

 その魔族と通じたと知られたら、ミーリアの貴族としての立場はどうなるだろう。


 最悪、彼女も僕と同じような『世界に対する裏切り者』と見なされてしまうかもしれない。


「……いや、待ってくれ」


 僕はふと、思いつく。


「あんた、名前は?」

「ヴァン・ミル・セットゥサン・キャトゥルヴァン・サンク」


 魔族の名前は独特だ。

 とにかく僕はうなずいて、


「ヴァン。あんた、ジェゼンの治療に魔法を使ってたな。医術には詳しいのか?」

「勝手に名前を略すな。ニンゲン」


 ヴァンは嫌々ながら答えてくれた。


「軍が崩壊するまでは第七八九機動医療団にいた。グリフォンで戦場を飛び、負傷者を移送して治療する部隊だ」


 あれは機動医療団という部隊だったのか。何度か見かけたが、厄介な連中だった。

 特にメイゼルはいつもイライラしていた。

 狙撃魔法で撃ち落とそうにも動きが早すぎて、結局、大規模な破壊魔法で空全体を焼き払っていたのを憶えている。


「診て欲しい人がいる」

「ちょ、アシェルくん~? 本気~?」


 魔族に人間の治療ができるか分からないが、それでも、このままよりはマシだ。


「まずはあんたの枷だけを外す。グリフォンの枷は、仲間を診てくれたあとだ」 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「逃した、だと!? 一度は捕らえておきながら、小娘どもをむざむざ逃したというのか!」


 広すぎる額に青筋を浮かべながら、ザブロフ・ムーアは叫んだ。


 顔の印象のほとんどが豊かなヒゲで終わるような男だ。

 若い頃は美丈夫だったのだろうが、広がった額とベルトに乗った贅肉が寄る年波の気配を知らせている。


「ええ。夜を徹して都市周辺の森林を捜索中と報告が入っています」

「街の外まで逃亡を許すとは――治安維持税などと称してカネを取っておきながら、肝心なときに役に立たんな! 自由都市ブラーデンスの無能どもが!」


 年端もいかない少女を捕らえるための税ではないだろう――と私は考える。

 いたいけな少女を凌辱し土地も財産も奪い取るなど、治安維持とは真逆の行いだ。衛兵達もさぞ不満だろうに。


「まったく、あと一歩でアルタンジェの紋章と土地、ついでに極上の生娘が手に入ったというのに……どいつもこいつも!」


 もちろん口には出さない。

 そんなことをすれば、せっかくありついたこの仕事――ムーア商会の雑用・・が不意になってしまう。


 魔王が倒れてからというもの、こんな長期的な収入源は滅多になかった。

 少なくとも次の仕事の口が見つかるまでは、このヒゲ男ザブロフの野望――というか欲望に付き合わなければ。


「おいデュシャン、貴様の部下はどうなっている! 維持費分の働きもできんのか!?」

「どうやらあの娘はなかなかの手練を雇ったようですね。ゴードンが負けたとなると、敵戦力の想定を変える必要があります」


 ゴードン・ブルックという男は救いようがないほど醜く愚かで下劣だったが、こと戦いにおいては抜きん出ていた。

 虚弱なエルフの魔法使いと獣人のコソドロ、それにただの娼婦程度なら、ヤツの怪力とハンマーで十分対処できる。

 私はそう踏んでいた。


 だが、その目論見は外れた。

 現場から戻った兵によれば、ゴードンは完膚なきまでに叩きのめされ、満足に喋ることもできないという。


(しかも、奴を破ったのは痩せた子供――ナイフの一本も持っていない少年、という報告だ)


 荒唐無稽だ。

 おそらく使者は、現場に居合わせた浮浪児か何かを見違えたのだろう。


 無論、ゴードンを素手で打ち破るような少年が実在しないとはいわないが――


(こんなところでに出くわすとは思えない)


 勇者アシェル――世界を救った英雄にして、世界を裏切った反逆者。


 一度、戦場で見ただけだが、彼は本当に年端も行かぬ少年だった。

 その手に聖剣を握り、魔物どもの血で全身を染めていなければ、避難民の一人にしか見えなかった。

 あの鬼神の如き強さには、ゴードンどころか部下をすべてぶつけても敵わないだろう。


 だが、は帝都での斬首刑を逃れて以来、消息が途絶えたままだと聞いている。

 今頃どこか遠い南国で優雅に隠遁しているか、人目につかない場所に潜伏して復讐の機会を伺っているか、どちらかだろう。


 ……と、そこまで考えて、私は意識を会話へ引き戻す。


「小賢しいぞ傭兵ごときが。結論を言え。次の手は何だ、デュシャン!」

「ゴードンより腕の立つ奴を複数――“三又槍トライデント”を出します」


 ミーリア・アルタンジェの一味が、自由都市近くの森に潜伏しているのは間違いない。

 ならばやるべきことは明確だ。


「奴らには人狩り用の猟犬を持たせます。ミーリア・アルタンジェがつけていた香水はこの屋敷にありますから、匂いによる追跡は容易です。いかに森をエルフと獣人が先導していたとしても、複数の猟犬で囲えば逃げ切れないでしょう」

「悪くないプランだ。今すぐ実行しろ、急げ」


 悪くない、とは随分な評価だ。

 金勘定しか取り柄のない商人に、山狩りの何が分かるのか。

 魔物が潜む森で人を探す苦労など経験したこともないだろうに。


 もちろん口には出さず、


「かしこまりました」


 踵を返して部屋を出る。


(少し長引かせすぎたな)


 たかが四人の逃亡者にこれ以上手間取っては、雇い主の信頼を失いかねない。

 そろそろケリをつけるタイミングだ。


 ――集めた部下にそう告げると、私は次の作戦について説明を始めた。

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