第9話 元勇者、元魔王軍と出会う

「今日のノルマ分はこんなとこか。あー、クソ、袖に血がついちまった」


 毛皮をまとった猟師らしき男は、血まみれのハンティングナイフを手に溜め息をついた。

 抱えているのは、削ぎ落としたばかりのグリフォンの皮と羽。


「すまない……ジェゼン、すまない……っ」


 半死半生と見えるグリフォンに向かって、青い肌の魔族の女が詫びるが。


「黙っていろ、魔族め。気が滅入るだろうが」


 女の首輪に繋いだ鎖を鳴らし、もう一人の男――こちらは商人風の小綺麗な格好だ――が低くなじる。


「言っておくが、またグリフォンを暴れさせようなどと考えるなよ。次こそ首を落とすからな」

「……ジェゼン――耐えて、くれ……」


 どうやら魔族の女は、調教師テイマーらしい。

 彼女が仕草で命じると、グリフォンはか細い唸り声で応じていた。


(……なんだ、これは。どういう状況なんだ……?)


 囚われの魔族。

 生きたまま素材を剥がれる魔獣。

 そして何食わぬ顔で彼女達を虐げる人間。


「ったく、ホントにクセーな、魔獣の血はよ。普通の獣の方がまだマシだぜ」

「言える立場か。返済期日を伸ばしただけでも感謝してほしいところを、お前の技術が活かせる仕事をわざわざ回してやってるんだぞ」

「感謝しろってか? あんな金利で貸し付けといて、よく言うぜ。天下のムーア商会がこんなアコギな商売してるとはな、クソったれめ」


 ――その時、僕が考えたのは。


(あの男達はもうすぐ砦跡から出てくる)


 万が一、外にいるララ・シェ達と鉢合わせられたら。

 騒ぎになれば、最悪、捜索中の衛兵達に居場所がバレてしまう。


(魔族の調教師テイマー、は――グリフォンを治療中だ。対処は後回しでいい)


 ということぐらいだった。


 にもかかわらず。

 屋根状の幹を力任せに引き裂き、頭上から二人の男に飛びかかると。


「ぎょばっ、ぶっ」

「いっ、ぎゃっ、がっ、ひざ、いだ、いだい、いだいぃぃぃぃ――」


 必要以上に強く叩き伏せてしまった。


 一人は顎を砕かれ、衝撃で気を失い。

 もう一人は膝を潰され、痛みにもがくうちに失神した。


(……僕は――怒っているのか)


 何に対して。


 まさか――この僕が魔族や魔獣に同情を?


 魔族は世界の敵。

 聖剣に選ばれた勇者はその脅威を打ち払い、世界に安寧を――人々に幸せを取り戻すのが務めだと、ひたすらに教え込まれてきたのに。


「だ、誰だ……貴様っ?」


 グリフォンの傷の処置をしていた魔族が顔を上げる。

 僕は首を振り。


「訊かないでくれ。答えたくない」


 僕は近くにあった鎖やら首輪やらで男達を縛り上げ、空いていた檻に放り込んだ。


「それより、早くグリフォンの治療を終わらせてやれ」

「い……言われなくても」


 そして内部に、他に誰かいないかを確かめる。


(……心配はいらなそうだ)


 あるのは、山小屋のような最低限の滞在設備と、生き物を解体した痕跡だけ。

 どうやらあの猟師は、狩りを行うときのベースキャンプとしてこの遺跡を使っていたらしい。


 それが、どういう経緯で魔獣を生かしたまま解体するような仕事を始めたのか。

 あの魔族と魔獣は何故ここに囚われ、どれほどの期間、こんな悲惨なことをさせられているのか――


(考えるな。今の僕には関係ない)


 僕は砦の外に出ると、ララ・シェとロザリンドを呼び込んだ。


「なんかドタバタしてたっぽいけど~、入っても大丈夫~?」

「危険はないよ。今のところ」

「引っかかる言い方~」


 ロザリンドを抱き上げ、猟師が使っていた野営スペースにララ・シェを案内する。


「へ~、いい感じ~。予想よりはキレイかも~」

「ついさっきまで使われたからね」

「え~野盗みたいなこと言うね~」

「間違ってない」


 僕はロザリンドを、原木となめし革が組み合わされた寝台に寝かせると、マントをかけた。


「んっ……」

「もう大丈夫だ、ロザリンド。少し休んで」

「あり……がと……」


 決して上等とは言えない寝床だが、地べたよりは遥かにマシだろう。


「ここなら屋根もあるし~火を焚いてもだいじょぶかな~」

「食料や薪の備蓄もあるはずだ。……どこかに」

「あ~その辺とか~?」


 ララ・シェは片隅の床にあった扉を開くと、食料と日用品を引っ張り出して、手際よく野営の準備を整えていく。

 すごい。まるで達人だ。


「……一応聞いとくけどさ~、元の持ち主はどうなったの~?」

「説明が難しいんだけど……とりあえず、殴って縛って檻に入れた」


 ……ララ・シェの視線が痛い。


「意味もなく襲ったんじゃない。なんていうか、その、色々あって」

「アシェル君って、ホント、説明下手なんだね~……」


 ああもう、そんなことは分かってる。


「直接見てもらったほうが早いと思う」

「分かった~。その前に~食事の準備だけしとくね~」


 ララ・シェが焚き火を起こす。

 僕は、干し肉と固く焼き締められた乾パンを火の傍に置いて――


「そんな火の近くに置くと~燃えちゃうよ~」

「ごめん。すぐ温まるかと思って」

「それ~典型的な料理下手の発想~」


 ――少し離れたところに置いて。


 僕はララ・シェを、問題の牢がある部屋へと連れて行った。

 

「……いや、見ても分からないんだけど~?」


 拘束され、檻に閉じ込められた男が二人。

 鎖に繋がれた魔族の女と、檻の中でぐったりと横たわるグリフォン。

 傷の治療が終わったのか、グリフォンの様子はだいぶマシになっているが……


 確かに意味不明だ。


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